「まさか俺が艦長に……」~スクルド、初陣~


※映画~5年後コンパス組織がどうなってるかわかんないので根拠ゼロの妄想で書いてます
※ていうかほぼ全編妄想だから細かいとこは許して欲しい
※シンルナは婚姻統制クリアーしてるか愛の力で押し通したかはご想像にお任せします
※今後の監督の発言などで色々設定齟齬が出るでしょうが、そのうち纏めるときに直しますのでご容赦を

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 プラント
 コンパス総司令部
 総裁執務室

「コノエ艦長、身体は休められたか?」
「いやはや、中年には辛い連続勤務でしたから。泥のように眠っていました」

 地上をスクルドに任せ、補給と整備に入って休暇中のコノエがコンパス総司令部に出頭していた。カナーバ総裁に問われたコノエは、疲れを見せない飄々とした態度だった。

「それは何よりだ……アスカ艦長のスクルド、もうそろそろディオキアに付く頃だろうか」
「そうですな……いやあ、彼の戦いを間近で見てみたいという気もしますが……罪深いことだとも思います」
「ええ……我々大人の起こした戦争の後始末を、彼らに託しているようなものだからな」

 CE70年2月11日に開戦した第1次連合・プラント大戦からすでに10年。度重なる戦乱の都度、甚大な犠牲を出しては停戦し、ようやく平和への一歩を踏み出している現在だが、その最前線で戦うのは若い将兵だ。

「なんとか私達の代で終わらせたいと考えていたのだが……」
「まあ、慌てたところで中々変わるものでもありません。少しずつでも世の中は良くなっている。そう信じるほかないでしょう」

 ファウンデーション事変で再燃した地球上の反コーディネイター運動は長続きしなかった。ブレイク・ザ・ワールド後の復興すらまだ途上な上に、ブルーコスモスがロゴス崩壊による資金枯渇が深刻化しているようで、ロビー活動などに支障が出ていたからだ。

 それに復興事業には莫大な資材や機材、人員、技術、それに資金も必要で、それらをプラントから提供してもらいたい各国の思惑もあり、事態沈静化には各国手を尽くしていた。三度目の全面戦争など御免だ、というのも人類社会を覆う消極的平和構築の遠因でもある。

 しかし火種はどこにでも燻っていて、いつ爆ぜるかは分からない。そのためのコンパスではある、あるのだが――コノエとカナーバはやや草臥れた笑みを浮かべた。若者が生きていくに足る世の中を作るためにもまだ歩みを止めるわけにはいかないのだ。

「ところで艦長、今日来てもらったのは他でもない――」

 コノエとカナーバはプラント情報省から回されてきたデータを見始めた。

「これは……また難儀なことですな」
「ああ……近日中に調査が必要だろうな」

 カナーバとコノエはコーヒーを一口飲んで――マリューが置いていったとある人物ブレンドの――顔を顰めた。それがコーヒーの味のせいなのか、見ていた情報のせいなのかは当人達のみが知ることである。


 ディオキア基地
 司令官室

 夜が明けた頃、スクルドはディオキアに入港していた。司令部に出頭したシンとアーサーは基地司令官と対面していた。

「ディオキア駐留軍司令、ヨアヒム・ラドル大佐だ」

 シンも名前だけは覚えていた。ガルナハン地域のローエングリンゲート攻略作戦の際、マハムール基地にいた指揮官だ。

「コンパス所属、強襲機動揚陸艦スクルド艦長、シン・アスカ大佐です」
「副長のアーサー・トライン少佐です」
「ガルナハンでは、ミネルバ隊に我々も随分助けられた。そうか、あの時のインパルスのパイロットが、今や大佐か。歳は取りたくないものだな」

 精悍な顔つきの大佐が、シンのことを値踏みするような視線を向けてくるが、シンは毅然とした態度でそれを受けた。

「それにトライン少佐も久しぶりだな」
「はっ、大佐もお変わりなく」
「いやあ、そうでもないさ。マハムール基地を撤収して、ようやく宇宙勤務に戻れるかと思ったら、地上を転戦さ」

 ザフト地上軍は往事の規模を縮小してはいたが、それでもジブラルタルとカーペンタリアを拠点として、アフリカ北部、ユーラシア西部、中央アジアにもいくつか平和維持活動支援という名目で基地を設けている。ディオキアもその一つだ。

「ディオキアは黒海を望む沿岸都市。ここから中央アジア一帯ににらみを利かせるのが我々の役目なのだが……まあ、中々簡単にはいかぬものだ」

 司令部のスクリーンに映し出されたディオキア基地を中心にした地図に、いくつもの赤い光点が打たれる。いずれもここ数年で武力衝突が起きた場所だ。

「やはり問題はペテルブルク政府の統制力の弱さ、ですか」

 アーサーの指摘に、ラドルが頷く。

「そうだ。この北カフカースのあたりは古くから戦いが絶えない地域でね。歴史的経緯もあって複雑な情勢にある……この辺りの勢力が、新たに連邦制国家を建国し、カフカース連邦共和国と自称している。今のところは主要国家は承認していない。ただ、中央の統制を外れて独自外交に精を出し、すでにユーラシア西部地域との連携もはじめていて無視できない状態だ」

 ラドルの説明に、シンもアーサーもしかめ面のまま地図を見るしかなかった。カフカース連邦共和国は主にカフカース地方にあるユーラシア連邦の自治区や行政区が蜂起し、汎ムスリム会議を構成する国家と共に合併して樹立されたもので、北側をユーラシア連邦ペテルブルク臨時政府、南と西側を汎ムスリム会議に接している。

 デュランダル政権下において行なわれたユーラシア西側地域等に対する極秘の独立支援工作は、ラメント政権下では人道支援に限ると連合側と協定を結んでいるため、軍事力の提供などは禁じられている。その範囲内でラドル指揮下のディオキア駐留軍は動いていたため、コンパスがこの地域に現在投入されているという背景だ。

「一応この前面にいるのはペテルブルク政府軍だと言っているが、全く中央との連携が取れていない、というか無視しているようだ」
「ブルーコスモス、ですか?」

 シンの指摘にラドルが頷いた。

「その通り。ファウンデーション事変以来、再びユーラシア軍中枢に浸透しつつあるようだ。ペテルブルクも行動を制御出来ていない」
「……」
「ともかく、先日の戦闘以来事態は沈静化しているが、またすぐ動くだろう。ザフトである我々はここから動けないが、補給などはサポートできる。この辺りの都市群や勢力はコンパスと協定を結んでいる。遠慮無く頼ってくれ」
「はっ!」


 翌日
 18時31分
 ディオキア基地
 強襲機動揚陸艦スクルド
 ブリッジ

『カフカース連邦共和国よりコンパス出動要請。現在ノヴォパヴロフスク軍事境界線地域に正体不明の敵MS部隊が集結中』
「やはり動き出したか……コンディションレッド発令、コンディションレッド発令」

 ちょうど当直で詰めていたノイマンが艦内に戦闘態勢を発令しながら、スクルドの発進準備を開始した。

「まったく、来てすぐこれとは」

 アーサーが制服の前を締めながら慌ただしくブリッジに入ってくる。アビーやオリビアといったブリッジ士官もそれに続き、最後にシンが艦長席についた。

「ノイマン大尉、出られますか?」
「はっ。発進準備、整っています」
「わかった。スクルド発進! 港を出たら離水上昇。針路をノヴォパヴロフスクへ」
「了解」

 スクルドがディオキア基地の港を離れ加速を掛け、周辺の安全が確認出来た段階で最大戦速に入り、離水する。シンはそのタイミングでインカムを艦内向けに切り替えた。

「状況は切迫している。これが挑発なのか本格的な戦闘になるか分からないが、本艦として初めての実戦出動だ。気を引き締めて掛かってくれ」
「「「「「はっ!」」」」

 シンの言葉に、ブリッジ士官達が答えた。


 格納庫
 パイロット待機室

「いよいよ実戦出動か……」
「なぁに、どうせブルコス崩れの新兵だらけさ。あの連中、片道切符でいつもパイロットは使い捨てなんだから」
「どうせ今回も脅しだろう? いつものやつさ」

 ギーベンラート隊に配属されたのは去年赤服としてアカデミーを卒業した三人の少尉だ。コンパスギーベンラート小隊新設に際して、新たにプラントから配属された新兵で、まだ実戦経験は無い。

「油断すんじゃないわよ。そんな連中に落とされたら承知しないわよ……油断したらいつだって落とされるんだから」

 アグネスは爪の手入れに余念がない様子だったが、部下を見る目は鋭かった。

「あと10分したらコクピット待機だ。ヒヨッコ共、ビビってる暇はないからな。アグネス、子守は頼むよ」」

 ヒルダがヘルメットを磨きながら発破を掛けた。ルナマリアも部下達のほうをみるが、こちらはすでに歴戦の風格。新米達とギャアギャアと言い合いするアグネスや茶化して遊ぶヒルダを見て微笑んでいた。

 誰にでもある新米時代。ルナマリアにしても、ミネルバ配属当時は赤服エリートということで優越意識もあったが、戦場に出てしまえば関係ないことだった。

 ルナマリア自身もミネルバ時代、機体が大破して死にかけたこともある。この5年の間はほとんどルナマリア自身は無傷で、部下も無事とは言え、油断は禁物だ。

「スクルド隊、初の実戦よ。景気よく終わらせたいわね」

 ルナマリアの言葉に、部下達は頷いて一足早く乗機へと向かった。


 18時56分
 ノヴォパヴロフスク上空
 ブリッジ

「艦長、まもなく軍事境界線上空に達します」
「ブリッジ遮蔽。トリスタン、イゾルデ起動。ランチャーワンからテン、ディスパール装填。コンパスHQ(ヘッドクォーター)ならびにカフカース連邦共和国軍、ペテルブルク政府軍と回線固定」

 シンの指示でブリッジが戦闘位置まで下降し、舷窓は艦外映像を映すモニターに切り替わる。いよいよか……とシンは息を飲んだ。

「展開中の的規模は?」
「MSを含む1個中隊規模の部隊がユーラシア側軍事境界線近くに展開。連邦共和国側はも同程度の部隊を展開させています。戦闘はまだ行なわれていない模様」

 アーサーの報告にシンがほっと胸をなで下ろしたが、安心してばかりもいられない。シンはコンパス現地部隊指揮官としての仕事を始めることした。

「ラスカル少尉、全周波で回線を開いてくれ」
「はっ……どうぞ」

『軍事境界線付近に展開する両軍部隊に通告する。こちらは世界平和監視機構コンパス。直ちに示威行為をやめ、両軍共に撤退してください。協定により軍事境界線から20キロメートルの範囲は非武装地帯とされています。戦闘行為を開始した場合、所属の如何に関わらず、コンパスは戦闘停止するよう求め、双方の戦闘力の除去を開始する用意があります。繰り返します。直ちに示威行為をやめ、両軍共に撤退してください』
『先に兵力を展開したのはペテルブルク政府側である!』
『カフカース連邦共和国などという存在を我が国は承認していない。不法占拠をやめ、直ちに投降することを望む』
「両者ともに軍事境界線付近に展開させた部隊を撤退させてください」
『コンパスに正式加盟した我々を支援しないというのか!』
「いや、あなた方カフカース連邦共和国はまだ正式に加盟したわけでは――」
『カフカース連邦共和国などという国家は存在していない!』

 水掛け論、暴言、嘲笑、挑発、それらが乱れ飛ぶユーラシア側とカフカース側の通信に、シンは頭痛を感じながら宥め賺したり窘めたりしながら撃発しないようにと説得を続けていた。

「これで退いてくれるなら苦労はないんだが……」

 シンが双方の責任者からの苦言やら苦情に対処するのを聞いていたアーサーが溜息交じりに言うのを、ブリッジ士官一同が頷いて同意を示した。

「MS隊は即時発進態勢で待機」
『あいよ、艦長』

 ヒルダからの応答にシンは息をついた。この間にも対峙する両軍の責任者は罵り合いを続けていたが、矛先がコンパスに向くこともありドキリとする瞬間もあった。

「対空、対地監視を厳に。このまま上空待機を続けます。ノイマン大尉、操艦任せます」

 シンは会話の合間に指示を出した。

「了解」

 戦端が開かれる前の緊張感が続くのは、はっきり言ってもどかしささえあった。しかし、軍事境界線上にはいくつもの散村がある。少し下がればノヴォパブロフスクの市街地が広がっている。ここで食い止めないと市街地の被害が甚大だった。

 そのままジリジリした時間が2時間ほど続いた頃、状況が動き出した。

「ユーラシア連邦軍、全部隊が後退しています……退いてくれるのか?」

 アーサーの声にブリッジに安堵の溜息が聞こえたが、シンだけは目をこらすように細め、緊張した面持ちのままだった。

「ラスカル少尉。光学映像最大望遠、一二時方向」

 シンが唐突に指示した。少尉は訳も分からず、今艦首が向いている方向の望遠映像をメインスクリーンに投影させた。

「あれは……ハンニバル級です」

 連合軍がザフトの投入したレセップス級やコンプトン級に触発されて建造した陸上戦艦。移動する火力拠点でありMS搭載母艦であり司令部機能も持つ。文字通り地球連合陸軍の陸上戦力の要とも言えるものだった。ラスカル少尉が諸元をサブスクリーンに出し、画像と熱紋照合でそれが連合軍陸上戦艦であると断定した。

 これが前線に投入されると言うことは、今回のユーラシア軍の展開が単なる示威では済まないことと同義だとシンは判断した。

「さらに増援を呼んでいたんだ。監視を継続、そろそろ動き出す」
「えぇ? しかし前線部隊は下げはじめたんですよ?」
「違う。多分――」

 アーサーの言葉に、シンが自分の推測を話そうとした瞬間だった。

「敵艦より発砲! 本艦ではありません、照準は……境界線付近の部隊および陣地!」

 ハンニバル級の大口径の実弾砲が火を噴き、瞬く間に軍事境界線付近の構造物を薙ぎ払っていく。突撃支援砲撃だ。

「こちらコンパス所属艦スクルド、直ちに砲撃を停止しなさい!」

 シンが全周波回線で呼びかけるが、先ほどから不通状態の両者の回線はなにも答えない。砲撃を合図に、一旦後退していたユーラシア軍のMS、機甲部隊が前進を始める。ボナパルト級からも追加のMSが発進した。砲撃のカーテンに隠れながら、ユーラシア軍は前進していく。対するカフカース側も応戦するが、火力の差は歴然だった。

「くそっ……本艦はこれより阻止行動に移る! MS全機発進、ハーケン隊、ホーク隊はユーラシア軍の軍事境界線越境を阻止。ギーベンラート隊は援護、もし境界線を越えたものがあれば撃破を許可する」
『了解! MS隊でるよ!』
「射出電磁圧正常。カタパルト展開。ヒルダ機、右舷カタパルトへ。続いてホーク機、左舷カタパルトへ。」

 アビーのアナウンスが入り、ようやくMS隊が動き出す。ミレニアムと同様、両舷格納庫区画の上に設けられたカタパルトが展開され、MS射出体制に入る。

『ちょっと艦長! うちの隊が後方待機って』
「アグネスの部隊はまだ新兵揃いだろ。初陣で死なせたくない」
『艦長! 我々は演習でもシミュレーターでも十分な技量を確保しています!』
『すでに動き出した敵部隊を止めるなら、我々も前線に!』
『艦長!』

 MS隊発進が続くなか、ギーベンラート隊の隊長以下、3人の赤服も自信に満ちた表情で、尚且つ不満を隠さずに艦橋に通信を入れてきた。

「シミュレーションだけのエリートなんか何の役に立つんだ。まずは実戦を生き残ってからでかい口を叩け。命令が聞けないのなら出撃させない」

 シンは可能な限り苛立ちを押し殺して声を掛けたつもりだったが、それが逆に迫力に繋がったらしく、赤服3人は黙って通信を切った。大戦を生き抜いたエース――シンやルナマリア、ヒルダ、それにアグネスも全面戦争時代の生き残りだ。今とは比べものにならない規模の戦闘をこなしてきた、その程度のことが分からないほど、新兵達も無鉄砲ではないらしい。

『はぁ……わかった援護を徹底させるわ』
「頼むよ、アグネス」
『了解! アグネス・ギーベンラート、ギャン、出ます!』

「艦長! 敵艦よりミサイル多数! 市街地を狙っている模様です」
「迎撃、ディスパール撃て! 市街地の人道支援部隊に警報発令!」

 市街地へ向けて飛翔していたミサイルのほとんどは、上空待機しているスクルドがたたき落とした。残りの数発もカフカース側の迎撃システムで破壊されている。

「ノヴォパブロフスクの避難状況は?」
「すでに退避を完了しているとのことです」

 コンパスは武力行使を伴う前線任務に当たるミレニアムやスクルドの他にも、人道支援任務に当たる部隊も多数参加している。人員数だけなら後者の方が多いほどだ。今回は前線から都市部までの距離があったからいいものの、都市制圧を最初から狙っている作戦だと犠牲が増えるばかりだ。

「アビー、MS隊の状況は?」
「現在ハーケン隊、ホーク隊は越境部隊と交戦中。今のところは全て阻止出来ています」

 アビーの報告にシンは安堵した。ヒルダにしてもルナマリアにしても、その部下にしても真っ当なMS戦で遅れを取ることは無い。近年はデストロイのような大型MAの投入数も減少傾向にあることもあり、MS戦の推移はシンの予想を超える物ではない。

「敵艦、さらに発砲!」

 アーサーの報告にシンは臍をかむ思いだった。ミサイルならともかく、砲弾を迎撃するのは今の技術でも不可能に近い。ノヴォパブロフスクの市街地外縁に大きな火柱が上がるのを見て、シンは決断した。陸上戦艦撃破はエスカレーションの元になるが、放置すれば
近隣都市に被害が増すばかりだった。

「これより本艦は敵陸上戦艦の無力化を実施する。トリスタン、イゾルデ、照準敵陸上戦艦」
「はっ! トリスタン、イゾルデ照準敵戦艦。イゾルデ、弾種徹甲、初弾装填」

 アーサーがシンの指示を復唱し、それを火器管制官のヒカル・ハヤテ中尉が実行に移す。

「ラスカル少尉、敵戦艦に回線つなげるか?」
「相手が聞くとは思えませんが」
「つなげるのか? と聞いてるんだけど」

 指示を復唱せず、ラスカル少尉が反論するのを聞いて、シンはやや語気を強めて再度問い返した。

「は、はっ! 全周波指向性になりますが」
「それでいい」

『接近するユーラシア軍ボナパルト級に通告する。現在貴艦は非武装地帯に侵入し、軍事境界線に接近している。反転し、撤退せよ。そうでないなら本艦が全火力を持って貴艦を撃沈する。返答を求む』

 型通りの通告は、通信モジュールが生きている艦なら間違いなくキャッチしたはずだった。しかしボナパルト級は速度を緩めるどころか加速して、軍事境界線に近付く。すでに非武装地帯であり、撃破しても問題は無かった。

 シンは号令を下そうとしたが、すでに降りているとはいえMSパイロットの直感が働いた。

「面舵! 回避!」
「敵艦発砲!」

 ラスカル少尉の報告より前にシンは指示を下し、指示が出た瞬間にはノイマンが舵を切っていた。ノイマンはシミュレーションでも感じていたスクルドの反応性の良さに驚いていた。

「攻撃開始! 敵の足を止める!」
「トリスタン、てぇっ!」

 アーサーの指示で、上甲板に搭載された連装砲塔から極太のビームが放たれる。こちらの攻撃を予期して回避運動をしているボナパルト級とはいえ、宇宙戦と違い、陸上戦艦はあまりにも鈍重だった。初弾命中。被弾箇所から炎を吹き上げてはいるが、まだ戦闘能力を失ったわけではない。反撃の砲弾が飛んでくるが、空中を動き回る艦艇に対してはあまりに遅い。

「副長、攻撃続行!」
「イゾルデ、てぇっ!」

 ミネルバにも搭載されていた実弾砲が炎を噴き上げ、三発の42センチ徹甲弾が過たずボナパルト級の甲板を撃ち抜いた。速度を急激に落として停止したボナパルト級の動きを、シンは注視する。攻撃を停止するようならよし、そうでなければ第三射は機関部に精密砲撃して完全に破壊することを考えなければならない。

「敵艦より離脱する多数の人員を確認。艦を放棄するようです」
「よし……監視は継続。もしまだ攻撃態勢を取るなら、再度砲撃を加えて完全破壊する」

 しかしこの攻撃はスクルドへのユーラシア連邦軍側の攻撃優先順位を繰り上げることとなった。

「敵MS隊本艦へ向かってきます! ミサイル、地表から多数!」
「迎撃! ディスパール撃て、取り舵20」
 
 無数のミサイルがスクルド目がけて放たれたが、ほとんどは迎撃ミサイルのディスパールで撃ち落とされ、残りもCIWSが順当に撃破した。

「敵MS接近!」
「艦首下げ20、ロール右30、取り舵10,トリスタン射線確保でき次第焦点拡散で発射! CIWS、ランチャーワン、スリー、ディスパール、迎撃! イゾルデ照準ポイント349、258、139! 敵戦車部隊を越境させるな!」

 シンの矢継ぎ早の指示に、アーサー以下クルー達は迅速に対応した。アーサーはシンの指示の細かさに改めて驚かされた。艦橋にいながら、彼は戦場を広い視野で把握して、適切な攻撃ポイントを割り出している。

「MSさらに接近!」

 ボナパルト級から発進したダガーLジェットストライカー装備機が二個小隊ほどスクルドに接近していた。CIWSがあらん限りの弾幕を張り、ディスパールが五月雨に撃ち出される。

「このままでは取り付かれます、艦長」
『スクルド! 援護する! ひよっこ達! 着いてきなさい!』

 アグネスの通信に、シンは微笑んだ。

「すまない、アグネス! 頼む!」

 ギーベンラート隊がカバーに入ったことで、スクルドに突進してきていた敵MS隊は軒並み排除された。

 なおこの間、艦内はすでにシンとノイマンの戦術機動を警戒して最大限の警戒をしており、皆安全帯を装着し、手すりを握りしめていた。

「ペテルブルク政府側は何も言ってこないか?」
「は、何も……ただ先ほどから連邦共和国側からボナパルト級撃破につき礼をと――」

 ラスカル少尉の報告にシンは激昂しそうになる自分を抑えた。

「何が礼だ……」

 シンがやったのは突き詰めれば人殺しに過ぎない。そもそもは中央政府の統制に従わずに独立を宣言した連邦共和国にも非はある。しかしこの地域はモスクワ中央政府が機能していた頃から治安維持活動の名の下に苛烈な弾圧を受け、戦争反対のデモすら満足にできない始末。これがこの地域の独立を後押しする原因となったことは否定できず、独立宣言にも同情的な地域が多い。そもそもペテルブルク臨時政府はこの独立を認めてはいないが、政治的解決に一度は同意して軍事境界線を設定したのではないか……と悪態を吐きたい気持ちを抑えて、シンは戦況把握に努めた。

「戦況は……ユーラシア側が総崩れか」
「ユーラシア軍、後退していきます……艦長、高度を下げて監視を強化すべきかと。追撃のために連邦共和国側が越境しないとも限りません」

 アーサーの進言にシンは頷いた。

「そうだな……高度を500まで下げて上空待機。MS隊は?」
「全機監視継続中。損傷もないようです」
「そうか……よかった」

 高度を下げていくと、戦場の様子がさらに鮮明になる。MSの残骸、戦車だったはずの鉄塊、ミサイルの破片、連行される兵士――これまでいくつも見てきた戦場とは言え、MSから見るのと艦長席から見るのでは少し感覚が違ったように、シンには思えた。

「この戦場にいる全ての勢力に通告します。軍事境界線を超えての行動は禁じられています。現時刻を以て本地域での戦闘は終了したものと宣言します。両勢力は非武装地帯からの撤収を――」

 シンが再び型通りの通告を行なう一方、MS隊も連邦共和国軍が境界線から後退していくのを見届けて撤収してくる。

「ホーク少佐が帰投されました。MS全機収容完了」

 アビーの報告に、シンはホッとした気持ちで胸をなで下ろした。最後まで地上に残っていたホーク隊のさらに殿を務めたルナマリアのゲルググが帰投したことで、スクルドも初の実戦行動が終了した。

「艦長、初の実戦、無事終えられてよかったですね。いやあ、敵艦砲の回避は流石に冷や汗ものでしたが、艦長の指揮でこう、ぐわっと避けて間一髪。MS隊も無事ですし、上々の滑り出しといったところですね」

 アーサーが全艦通信で態々言うのは、戦況が分からない整備班や艦内各所で機器の操作などに当たるクルーにも無事戦闘が終了したことを告げることも兼ねていた。

「ああ、そうだね。皆、お疲れさま! ディオキアに戻るとしよう! 戦闘態勢を解除する」

 艦橋クルーも小さくガッツポーズしたり安堵したような溜息を吐いた。この頃格納庫でも初実戦終了で皆が涌いていた。

 スクルド初実戦終了。艦及びMS隊に損害無し、とコンパス総司令部には報告された。
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