「まさか俺が艦長に……」~艦長の責務②~


※映画~5年後コンパス組織がどうなってるかわかんないので根拠ゼロの妄想で書いてます
※ていうかほぼ全編妄想だから細かいとこは許して欲しい
※シンルナは婚姻統制クリアーしてるか愛の力で押し通したかはご想像にお任せします
※今後の監督の発言などで色々設定齟齬が出るでしょうが、そのうち纏めるときに直しますのでご容赦を

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 強襲機動揚陸艦スクルド
 艦橋

「あっ、艦長。どうされたんですか? 現在ディオキア基地へ向けて順調に航行中。あと36時間ほどの航程です。水上航行もたまにはいいものですね。やはり船というのは水の上に浮いてこそ、なんて昔誰かが言ったそうですが――」

 今の当直はノイマン大尉か、とシンは安堵した。艦長席に向かう足取りは、普段の彼にしてはどこか重たげだった。一瞬だけ振り向いて必要な事項を報告したノイマンは、その事に気づかなかった。

 このときノイマンは珍しい軽口を叩いていたのだが、シンはそれに答える余裕がなかった。

 彼の意識はハッキリとしている。コクピットに座って操縦レバーを握った瞬間、自分の中の血が沸き立ち、視界がクリアになって何をすべきかも明確に理解していたし、新米赤服達に言い放った言葉もよく覚えていた。思えばミネルバ時代の自分を顧みれば、自分がこういうことを言えるようになったのもこれまで出会ってきた色々な人たちのおかげなのだろう、と考えてもいた。

 しかし、シンはもう一歩も動けない。溜まっていた疲れが一気にのしかかり、シンを押しとどめているようだった。

 シミュレータはあくまでシミュレータであり、加速G――シートベルトや筐体の角度を調整することで再現している――や振動などは実機の数分の一以下の強度だったにしても、身体に負荷は掛かる。まして数時間前に出撃したばかりの身体に、それはトドメとも言えた。

 赤服達への指導も、シンへの心理的な負荷となっていたことは言うまでもない。

 どさっ、という音が聞こえたのが、一瞬気のせいだと思ったノイマンだったが、その彼の頭をフォース、ブラスト、ソードがつついて回り、それを払おうと首を巡らせた瞬間。

「痛っ、痛いっ!? 何だ何だ、俺の頭はエサじゃないぞ……って――」

 ノイマンの目に飛び込んだのは、床に倒れたシンの姿だった。

「――艦長!?」

 ノイマンは舵をオートに入れる動作を無意識に行い、艦長席を目の前にして倒れ込んだシンに駆け寄った。タイミングが悪いことに、次の当直のためにブリッジに上がってきたマグダネル中尉もその場に居合わせた。

「マグダネル中尉、艦長の脚を持て、いやその前に艦長席をリクライニングさせてくれ!」
「だ、大丈夫です、ノイマン大尉……俺は……」
「どこが大丈夫なんですか?! どこか痛いとか、何か心当たりはありますか? 私の声、聞こえてますか!」

 震える唇で弱々しく呟いたシンに、ノイマンは大声で呼びかけ続けた。

「こ、これでいいですか?! 大尉!」
「よし!」

 ノイマンが軽々とシンを抱え上げ――ノイマンは意外な膂力を秘めていた――艦長席に横たえる。シンの顔は元々陶磁器のように真っ白だったが、もはや血の気が一切無い蒼白にも近かった。

「ナカハタ軍医大尉、至急ブリッジへ。ストレッチャーを。艦長が倒れた……ああ、よろしくお願いします」

 ノイマンが付けっぱなしのインカムを医務室につないで軍医を呼んだ。

「マグダネル少尉、ホーク少佐とトライン副長を艦橋へ呼んでく――いや、その必要は……ない、か」

 アーサーは仮眠明けに一度艦橋に顔を出すつもりで、ルナマリアは渡し損ねた制服を渡すために艦長室を訪れ、不在だったので艦橋に来たのだった。

 そこで突然の、この様相である。

「か、艦長!?」「シン!!! どうしちゃったの!? 大尉、何があったんですか?!」
「いや、それが――」

 前後の事情をノイマンが話している間に、スクルドの軍医、シルヴァ・ライヒアラ・ナカハタ軍医大尉が看護兵とストレッチャーを引き連れてやってきて、シンは医務室へ緊急搬送された。


 医務室

「過労です」

 10分ほどの診察のあと、ナカハタ軍医はあっさりと言ってのけた。

「重篤な疾患はなし。現在は聴音、レントゲン、エコーによる所見なし。血液検査の結果も極めて良好です」
「ほ、ほんとですか!?」

 軍医としてのナカハタは、元々フェブラリウス市の病院に勤務していて専門は外科だが、心臓外科としても高い実績を持っていた。軍医として必要な能力は十分揃っている。その彼女が言うのだから信頼して良いだろう、とアーサーとルナマリアは顔を見合わせ頷いた。

「大丈夫です少佐。そもそもコーディネイターがあっさり病気で死ぬわけありません。病原菌やウイルスなどが原因なら、すでに他のクルーにも同一症例が見られます」
「あっ」

 ルナマリアがすがるように言うのを、軍医は優しく諌めた。

「それより、これを……」
〈シン!ヤスメ!ユックリネロ!〉

 軍医は足下に転がっていた真っ赤なハロを取り上げた。

「あっ……イチゴだ」
「なるほど、このロボットそういう名前なのですか……このイチゴちゃんが医務室に入り込んできてですね……これをご覧ください」

 ハロを読み取り機の上に置くと、軽やかな電子音が鳴った。それを確認した軍医が診察室のモニターに何かのデータを出した。

「これは……睡眠記録か……えええええっ!?」

 アーサーが目を丸くしてグラフに目を通したが、その数値を見て驚きの声を上げた。

「ここしばらくどころじゃありません。スクルドが実戦配備されてから、ほぼずっと艦長の平均睡眠時間は2時間から3時間と、このロボットは記録しています」

 これはキラの発案でアスランが組み込んでいたシンのバイタル監視機能だった。キラ自身、自分の身を省みない長時間労働がかつて常態化していた反省を踏まえたものだ。

「そんなまさか……」
「シン……」

 ルナマリアが泣きそうになっているのを、軍医が肩を優しく叩いて慰めた。

「しかし解せないですね。睡眠剤なりなんなり、言って頂ければ出しましたのに……」
「それが――」

 アーサーはミレニアムがアプリリウスを出港する直前、艦長室で倒れていたことを白状した。

「ではそもそも実戦配備前から……!? 少佐、ご存じでしたか?」
「い、いいえ、自宅ではそういうことがあまりなかったのと、こちらに来てからは部屋も違いますし……」

 実際、シンは艦長訓練中の一時期自宅に戻っていた頃は、ぐっすり寝ているのをルナマリアも確認していた。

「ふむ……これは私の責任でもあります」

 軍医が悔しげに睡眠時間の記録されたチャートを見ているが、なにせ去年の検診時、シンは一言も睡眠障害のことを話していなかった。なまじ身体が頑丈なせいで今の今まで影響が出なかっただけで、ナチュラルならとうに倒れていたので、早期発見ができただろう。

 次回検診時においてはもう少しチェックを厳しくしようとナカハタ軍医は心の内で誓った。

「しかしこれは問題です。現状で艦長の業務は許可できません。ドクターストップと行きたいところですが――」
「ダメだ」

 医務室のベッドに寝かされていたシンが、ようやく目を覚ました。

「シン……! ダメじゃないまた寝てなきゃ」
「まだ仕事が……」
「シン!」

 身体を起こしてベッドを降りようとしたシンを、ルナマリアが押しとどめた。

「艦長……軍医として今のあなたをここから出すわけにはいきません。事を荒立てたくないのは艦長も私も同じはず。もう少しお休みください」

 ナカハタ軍医を睨みつけるように見たシンだったが、まだ本調子ではないのか、再び横になった。

「……軍医、少し席を外してもらえないかな。艦長と僕とルナマリアで話したいことがある」

 アーサーの言葉に、軍医は頷いた。

「わかりました……では巡回診療でもしてきますか。どうぞごゆっくり」

 診察器具の入ったバッグを手に軍医が出て行くと、アーサーとルナマリアはシンの説得を開始した。

「シン。僕はアプリリウスを出るときに言ったよね。あとでバレたら大変なことになるって」
「……ごめん」

 シンは申し訳なさそうに言うと、ごろんとアーサーとルナマリアに背を向けた。

「ゴメンで済めば副長はいらない」
「出撃が続いていたから……」
「僕、何度も薬飲んでもいいからベッドで寝なさいと言ったよね? なんだこのザマは。まだベッド戻してないそうじゃないか」
「……」
「ともかく、艦の指揮をとってもらうなら睡眠も取って貰わないとダメだ。でないと……こんなこと、僕に言わせないでくれよ、シン」

 スクルドには佐官が4名乗り込んでいる。大佐のシン、中佐のアーサーとヒルダ、そして少佐のルナマリア。このうちシンを除く3名が同意することで、艦長を更迭することも、コンパスの内規では可能となっていた。これを使わざるを得なくなる、とアーサーは暗に言ったのだった。

「ベッドは戻す。ちゃんと寝るようにする……」
「あと睡眠剤も」
「薬は嫌だ。絶対に嫌だ」

 アーサーがそのあとを続けようとすると、シンは起き上がってアーサーに懇願するように言った。

「シン!」

 子供じゃないんだから、という憤りを込めてルナマリアがシンを睨む。

「いや、その……アレ飲むと、毎回見るんだよ、嫌な夢」
「夢?」
「……マユが……家族が吹き飛ばされた夢。見上げたら、デスティニーがいた。隊長と話してるとき、突然隊長が血を吐いて、俺はアロンダイトを握って隊長の腹に突き刺してて……メイリンとアスランが、俺のことを責めるんだ。お前のせいで死にかけたぞって……夢だって分かってるんだ。でも、ラクスさんが子供を抱いて、隊長にすがりついて……」

 睡眠薬は服用すると夢を見やすくなる傾向がある。これはレム睡眠時間が増えるからと言われている。ただし、内容が悪夢になるのは日常生活中のストレスも関与していることから、一概に薬のせいとはいえないのだが。

 実のところ、シンは一時期睡眠剤を服用していたこともあったのが、前述の理由で服用を止めていた。

「そうは言っても、それで倒れられたら困るなあ」

 シンの告白を一通り聞いたところで、アーサーはすっぱりと一刀両断するように言い放った。アーサーらしからぬ厳しい意見でもある。

「……」

 シンは何も言えずに黙りこくってしまった。確かに、その職責に見合う覚悟を持っていてしかるべきだと考えたからだ。

「副長! シンだって――」

 ルナマリアが目に涙を浮かべているが、アーサーはあえてそれを無視するように続けた。

「だってそうだろう? 大佐の階級、指揮官の証である白服、艦長の席ってのは、そんな甘いものじゃないんだ」
「……」

 シンはバツが悪そうに顔を俯け、ルナマリアはシンの手を握った。

「はぁ……ともかく、シンにも休養は取って貰わないと、危なくて艦長席に戻せないよ。ベッドについてはヴィーノに僕から言って、すぐに戻すように言っておく」
「わかった……」
「あと、ルナマリア……すまないがシンの体調、少し気遣ってやってくれ。僕も気をつけるけど、やっぱりこういうのはパートナーの方がわかりやすいだろ?」
「わかりました……」
「では――」

 アーサーの口調が上官と部下のものに切り替わった。

「しばらく艦長はお休みください。ディオキア入港まで、私が艦橋に詰めますから」
「……頼んだよ、副長」
「はっ!」

 アーサーは折り目正しく敬礼して医務室を出て行った。

「シン……」
「ごめん、ルナ心配掛けて……できるだけ、ちゃんと寝るようにするから」

 シンは申し訳なさそうに目を伏せ、横になった。ルナマリアはシャツ越しに見えたシンの身体が、以前よりも細くなっているように見えた。

「私こそゴメンね。シンがそこまで追い詰められてると気づけずに……」
「そんな! ルナは」
「少しずつ解決していこ、ね?」
「……うん」
「しばらくここに居てあげるから……ゆっくり寝なさい」
「……うん」


 少し時間を遡り、アーサーが医務室を出た直後。

「な……君達? 何をしているんだい?」

 医務室前の通路には、一〇名くらいのクルーが並んでいた。まだ若い、一〇代や二〇代前半の一等兵や上等兵、兵長が中心だった。補給科に整備班――整備員と機関員など――や、さらにはホーク隊やハーケン隊のパイロッらも何名か来ている。

 狭い艦内、それも艦長が医務室に搬送されたという事実は隠しようがない。

「艦長、何かあったんですか?!」
「軍医殿は少し疲れただけだと言っていましたが!」
「艦長、どうなっちゃうんですか副長!?」
「あー、落ち着け皆。軍医の診察では過労だとのことだ。休息を取って貰っている。命に別状はないので安心してくれ」

 ホッとした空気がその場に満ちたのを見て、アーサーはシンが思った以上にクルーの間では信頼され、尊敬もされているのだと安堵した。

「ほら、せっかく休める時間帯なんだからお前達もキチンと休んでおけ。ディオキアについたら整備と補給で忙しいぞ。それに艦が動けなくてもMS隊は出撃が掛かるかもしれない」
「「「「「「「「「はっ!」」」」」」」」」」

 アーサーの言葉に医務室前の人だかりは解散した。その後、ブリッジへ向かうアーサーは少し落ち込んでいた。

「あーあー……ちょっと厳しく言い過ぎたかなぁ……慣れないこと言うもんじゃないよなあ」

 アーサーとしては人生の先輩として、また艦内ナンバーツーとして厳しいことも言わなければならない立場だったが、そもそもアーサー自身、シンのことを心配している気持ちは変わりない。今まで彼にどれだけの重荷を背負わせてきたのか、ミネルバ時代からシンを知るアーサーとしては気に病むところだった。

「副長」

 アーサーを呼び止めたのはノイマンだった。

「なんだいノイマン大尉。あれ? ブリッジは?」
「今はマグダネル少尉が当直ですから。艦長のご様子は?」
「今はホーク少佐がついてる。過労だそうだ。しばらくは医務室で休んでもらうよ」
「そうですか……副長、今お時間大丈夫ですか?」
「うん、いいよ」

 自販機のコーヒー片手にアーサーとノイマンは、通路のベンチに腰掛けた。

「自分が頑張らないと周りが死んじゃうって思い込んでるのではないか、と」

 ノイマンの言葉に、アーサーが頷いた。

「彼、ミネルバ時代からそういう役回りをさせちゃったからなあ……」

 ノイマンは「ヤマト准将もそうだった……」と心の中だけで相づちを打った。キラがストライクのパイロットだったと言うことは未だに当人とアスラン、カガリ、ラクス、それにAAの主要クルーとオーブとプラント、連合の極々限られた人々にしか知られていないことになっている。全ては闇の中。この秘密は墓場まで持って行くことになるだろうと覚悟しているノイマンだった。

「守らないとと気を張りすぎているような。MSで戦ってるときは、自発的にそれが出来ましたが、艦に乗っていると受け身になりすぎるというか……まあ、私にMSパイロットの本当の気持ちはわかりませんが」

 ノイマンの感覚にはアーサーも同意だった。

「ふーむ。でもあり得そうだなあ……ただ、だからといってインパルスで出撃するのが常態化するのはよくない。とはいえ今回はシンが出なかったら沈んでたか、作戦失敗、黒海沿岸都市が火の海に、だったしなあ……」

 シンの決断は結果として多くの人命を救っているし、コンパスの理念にも沿ったものだ。それにシンを大佐まで昇進させたのも、単に前線で戦うだけでなく、後方に控えて部隊指揮を出来る人材をプラントとして確保したいという思惑もあった。

「使っている機体がインパルスというのも、怖いですね。強化型とはいえもうロールアウトが7年前でしょう?」

 ノイマンにはMSの性能などはよく分からない。MSの新型機開発はここ数年の軍縮傾向から停滞気味だが、それでも細かな改良はずっと続けられるのが兵器というものだった。基礎設計が古ければ古いほど、アップデートの際の性能向上の幅は狭まる。

「うーん……こればかりはシンが自重してくれることを祈るしかないんだけど」
「……緊急時は後方支援に限り出撃を許可する、ということにしておいて、あまり縛らない方がいいのでは? ザフトの軍制はあまり詳しくないですが、第一次連合・プラント大戦の頃は艦長がMSで出撃する事例があったとか」

 アーサーはノイマンに言われて、第一次連合・プラント大戦の戦史を思い出していた。確かに開戦劈頭、一部の隊では赤服の艦長が部隊を率いてMSに乗って活躍したということも記録には残っていた。

「あれは特殊事例で……まあ、一考の価値はあるのかな。ありがとうノイマン大尉」

 ノイマンの案はアーサーの心を軽くするものだった。

「いえ……出来れば彼のような若者が前線に出なくて済むようにしたいのですが」
「まあ、そう簡単に平和って出来ないもんだよね……少しずつでも規模は縮小してるし、なんとかなるよ、あっはっは」

 アーサーはそう笑うと、とりあえず艦橋へと向かった。

 残されたノイマンはコーヒー缶の中身を飲み干してから、果たして医務室に様子を見に行くべきか、と迷ったが、ドアの前まで近づいたところで足を止めた。

 歌が聞こえる。声の主はおそらくルナマリアだとノイマンでも分かった。

「……子守歌……?」

 ノイマンはあまり音楽を聴く趣味はないが、ドア越しに聞こえた声は、どちらかと言えば古典的な子守歌に聞こえた。

「おやノイマン大尉、どうされたので?」

 巡回診療から戻ってきたナカハタ軍医が、ノイマンに聞いた。ノイマンは人差し指を立てて口の前に当てた。その意味と歌声に気がついたのか、軍医は呆れたように笑みを浮かべた。

「やれやれ。しばらく医務室は使えないか……ま、いいでしょう。しばらくは休診、ということで」

 軍医は、コーヒーでも飲んでくると言い残してその場をあとにした。

「……さて、俺も休むとするか」

 ノイマンにしても、先の戦闘では久々の戦術機動だった。シンとは比べるべくもないが、全長350mを超える大型艦を大気圏内で宙返りさせるような操艦は神経を使う。

「おや……確か君達は、ギーベンラート隊の……」

 ノイマンの目に飛び込んだのは、妙に落ち込んだ様子のザフトから出向してきたパイロット達だった。ノイマンは彼らと交流はないが、一応同じ艦に乗り組む者として顔くらいは覚えていた。

「航海長……艦長のご容態は」

 マルテンシュタイン少尉が申し訳なさそうに聞いた。

「ああ、軍医殿によれば、まあたいしたことはない。少し休めば大丈夫だそうだ」
「そうですか……」

 安堵したような三人の様子に、ノイマンは何事かを察した。

「今は艦長も休息が必要だ。緊急の用事でなければ、あとにした方が良いぞ」
「は、はい……」

 ヴェルヌ少尉とシコルスキー少尉はやや強ばった敬礼をノイマンへ向けた。コーディネイターもナチュラルも、新米少尉という者は誰でもこんなものだな、とノイマンは微笑んだ。


 時間はノイマン大尉が医務室のドアを開こうとして止めた瞬間まで遡る。

「寝ろって言われて寝られるなら苦労しないんだけど……」

 シンは医務室のベッドで不機嫌そうに言った。少しだけ持ち直したな、とルナマリアはやや安堵していた。

「先生から薬貰っておけば良かったね……じゃあしょうがない。子守歌でも歌ったげる」
「子守歌ぁ?」

 驚いたような、あるいは不満げにシンが声を上げた。

「何? 不満なの?」
「そんな……赤ちゃんじゃあるまいし」
「文句言わない。ほら目を閉じて」
「……手、握って」

 ルナマリアが毛布をシンに掛けると、シンは少し恥ずかしそうに、小さな声で言った。

「はぁ!?」
「……」

 素っ頓狂な声を上げたルナマリアだったが、どこか不安げなシンの表情をみて、溜息混じりに、少し笑みを浮かべてシンの手を取った。女である自分よりは大きいが、それでもインパルスやデスティニーに乗っていた男とは思えない細く、しなやかな手の感覚に、ルナマリアはこうしてふれあうのが久々だと言うことを実感した。

「分かったわよぉ。もう、家に居るときはそういうこと言わないくせに……」

「眠れ、王子よ……♪」

 ルナマリアが歌い出すと、シンは安心したように目を投じて、ゆっくりと深呼吸した。

「鳥も羊も……皆眠れば……♪」

 澄んだ歌声が医務室に満ちる。シンはその歌が古い子守歌であることを知っていた。

「庭も牧場も……静まりかえり……♪」

「月の光が……見守っている……♪」

 ルナマリアは歌いながら、シンの手を優しく握っていた。歌っている側からシンは久々に眠気が訪れたことを感じた。

「眠れ、王子よ……♪」

「眠れ、眠れや……♪」

「眠れ、王子よ……♪」

 このあと、ルナマリアが3番まで歌いきる頃には、シンはすぅすぅと寝息を立ててすっかり眠りに落ちていた。

「……アンタってほんと、自分で抱え込んじゃって……手、離してくれないか……」

~~~~~~~~

「さて、患者のご容態は……あら」

 ナカハタ軍医大尉が休息から戻ってくると、診察室のベッドに寝かされた患者であるシンと、その患者の手を握ったままベッドに突っ伏しているルナマリアが、すやすやと気持ちよさそうに寝ていた。

「おやおや……男女同衾、ではないからいいか……」

 仕方がない、という風に軍医は笑みを漏らすと、予備の毛布をルナマリアに掛け、はだけていたシンの毛布を綺麗にかけ直し、巡回診療の際のデータを精査する作業へと戻るのだった。
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