「まさか俺が艦長に……」~艦長任命編~


 CE80 某月某日
 コンパス本部

「やあ、シン。いやアスカ大佐、昇進おめでとう」

 整備と補給のために入港していたミレニアムから、シンだけ国防委員会からの呼び出しを受けた。何を言われるのかとおっかなびっくりだったシンだが、これまでの戦功を鑑みて昇進が申し渡されたのだった。

 コンパス本部に戻ってきたシンを、皆が拍手で出迎えた。ファウンデーション事変以来様々な戦場を戦い抜いたシンが、ついに大佐に昇進したのだ。

「ありがとうございます。コノエ艦長」
「いやいや、君の戦功なら遅いくらいだよ。そうでしょう? ヤマト総司令」
「はい。シン、これからもよろしくね」

 キラにとってはシンが大佐になったことよりも、ずっとコンパスで一緒に戦ってきてくれたことのほうが重要だった。

「ありがとうございます!!」
「さて…それじゃあ、昇進祝いにパーティでも、と言いたいところだがその前に、君に見てもらいたいものがあるんだ」


 アプリリウス・ワン
 港湾ブロック

 港を見下ろせる管理ブースからは、他のプラントや地球、月からの貨物船、シャトル、ザフト艦などが所狭しと並んでいたが、特にシンの目を引いたのは、旧来のザフト艦とことなる鋭利さを備えたミレニアムの隣に横付けされた、やはりザフト艦らしからぬシルエットの艦だった。

「うわあ……なんですあの艦。見たことのないやつだ」
「ヴェルダンディ級強襲機動揚陸艦スクルドです」

 管理ブースに入ってきたハインライン大尉が、誰に求められるでも無く解説を開始した。

「従来の降下ポッドではなく艦ごと大気圏に突入しMS隊を展開、艦本体による直接火力支援ができるようにと開発された新機軸の艦艇でこれはその同型艦の三番艦。動力にレーザー・デュートリオン複合炉心と高効率レーザー核パルス推進を備えると共に戦闘機動時に作動する簡易版のヴォワチュールリュミエール応用のスラスターも装備することで対ミレニアム比で四割以上機動力を向上させることに成功しています。元々はミレニアムの運用実績を元に、より攻撃的な設計に改変されていますが防御力もラミネート装甲をはじめとした通常防御に加えて耐熱耐衝撃結晶装甲システムも搭載し――」

 ハインラインの説明をやや聞き流しつつ、シンは見慣れぬ新造艦を眺めていた。

「――が、しかし。まあザフトでこれをフルに活用、というかデータ取りが出来るスタッフがいないとのことでね」

 ハインライン大尉の説明が一段落した――させた――コノエ艦長は、説明の続きを引き取ってシンに目を向けた。

「はぁ」
「そこでだ、君にこの艦の艦長を任せたいと思うのだが」
「はぁっ!? あっ、いえ、俺、いえ、自分が、でありますかぁ?!」

 余りに唐突なことにシンは面食らった。シンはザフト入隊からこれまでMSパイロット一筋で、艦艇の指揮などしたこともなかったし、考えたことなどあるはずもない。

「まあまあ、そう硬くならなくてもいい。とりあえず、中を見てみよう」


 スクルド
 ブリッジ

「ミレニアムと似てますね」
「まあ、ブリッジは少し狭くなったが艦内は広いよ。長期任務前提の設計だ」

 シンの言うとおり、艦橋内はミレニアムより少し狭いくらいで、見た目は変わらない。

「ようやく来たわね、アスカ大佐」

 艦長席に収まっていたのは、旧アークエンジェル艦長、現在はミレニアムを交替で運用する際のAチーム艦長だ。スクルドの回航作業のために臨時でこちらに来ていた。

「ラミアス艦長!」
「コノエ艦長、彼でいいんですか?」
「ええ」
「いえ、しかし、自分がやるより、ラミアス艦長のほうが適任なのでは……」

 ファウンデーション事変以来、シンも幾度かマリューが指揮するミレニアムで戦いに臨んだが、艦長としての指揮能力は疑いなく全勢力でも抜きん出たものがある。それを差し置いて、階級だけは並んだとはいえ自分が艦長などとはシンには考えられなかった。

「ヤマト准将にはすでに総司令としてコンパスの戦闘行為全体を統括してもらっている。ハインライン大尉と共に技術部も見てもらっているしね。ラミアス艦長も、一旦前線を離れられることだし」
「えっ!? ラミアス艦長辞めちゃうんですか!?」
「違うわよ。一旦のこと、ふふっ」

 そう言うと、マリューが自分のお腹をさすって見せた。さすがのシンも察して頷いた。

「まあ、相変わらず我々コンパスは続発するブルーコスモス派軍閥の攻撃阻止や各都市の防衛支援、それにファウンデーション残党の対処でてんてこ舞い」

 コノエが艦長席のコンソールを操作すると、地球を中心にした宙域図がメインスクリーンに投影された。これまでに起きたブルーコスモス軍閥やファウンデーション残党の蜂起した地点が紅くプロットされる。五年前に比べればかなり落ち着いたものの、まだまだ数は多い。

「ようやく大西洋連邦も各地の駐屯地にコンパスの協力部隊を置いてくれるようになったが数が少ない。ミレニアムを旧AAクルーと旧ミネルバクルーで交代制で回すのも限界が見えている。どのみち新造艦の配備が必要なんだ。ラミアス艦長が離脱されたら、私が過労死してしまうのでね」
「とはいえ……自分、でありますか?」
「なあに、それについては考えがある。任せたまえ」
「僕もシンになら、任せられるかなと思っているんだけど……ダメ、かな?」

 それまで会話を聞いているだけだったキラが少し申し訳なさそうに、上目遣いで微笑む。これをやられるとコンパスメンバーは断れない。特にシンには無理だった。

「やります!」
「よし!ではアスカ艦長、早速だが君に指揮官教育をしていく」
「ヤマト准将と私、あとノイマン大尉でシミュレーションプログラムを作成するわ。艦長としての教育はこれで行なう予定よ。大佐……指揮官としての心構えについては、別の講師を頼んであるんですよね?」
「そうだな。プログラムの準備とか人員の選考もあるので、まずはそちらが先かな?」


 ミーティングルーム

「というわけでアスカ大佐に対しての指揮官基礎講習を担当する情報局局長イザーク・ジュール大佐だ」
「同じく、オーブ軍所属、アスラン・ザラ一佐だ」
「ジュール大佐……はともかく、なんでアスランまで?」
「お前が白服になったというから興味があった。立派になったなシン(立派になったなシン)」

 一応艦長ともなれば白服――この場合コンパス用の指揮官服――だろうとコノエが渡した制服に着替えていたシンを、アスランは感慨深く眺めていた。

「……ありがとう、ございます」

 もっともシンから見ると、何だか珍獣でも見ているように思ったのか、やや憮然と、子供っぽい返事を返していた。

「ザフトも人材不足でな。キチンとした指揮官クラスを増やさないと烏合の衆になる。コンパスの活動にも支障が出ては困るしな。ではいくぞ――」

 イザークとアスランによる講義は指揮官、特に白服たるものの心構えを中心とした基礎の基礎だったが、シンにとっては改めて自分の階級に伴う責任を痛感するものだった。

「――とまあ、基礎の基礎はこんなものか。アスラン、何かないか?」
「ジュール大佐の仰るとおり」

 やや茶化すような笑みを浮かべたアスランに、イザークは再び激昂したが、これがアスランとイザークの通常のやりとりと知っていたシンはぼんやりその様子を眺めていた。

「なにぃ? そもそも聞こうと思っていたのだがお前はターミナルに出向している身でなぜこんなところにいる!」
「ジュール議長に用があった帰りに、キラに頼まれたんだ。そうそう、お前はまだ結婚しないのかと大層心配されていたぞ、議長は」
「母上と俺の婚期のことはいま関係あるまい!」

 そこでイザークはともかく、と咳払いして、シンを真剣な目で見つめた。

「これまでの、一人のパイロット、狭い小隊内での責任よりも大きなものをお前は背負うことになる。そのことを肝に銘じておけ。それと、細かい講習についてはまだ山積みだからな。久々にアカデミーにも顔を出してもらうことになるだろう。コンパスのみならず、ザフトの、プラントの今後のためにもお前の様な若い指揮官を育成していくことが大事なんだ。頼むぞ」
「はっ!」

 シンがカチコチに固まって敬礼して退室した後、アスランはイザークに顔を向けた。

「なんで言わなかったんだ? この間にもう少し新婚生活やっておけって。ザフトから増援部隊を出してまでシン達を前線から離したのはお前の計らいだろ?」
「言えるか馬鹿者! セクハラだぞアスラン! 本当にお前はデリカシーがないのだな!」


 シンの自宅

 これまでミレニアムがプラントに寄港したときの休暇でしか戻らなかったシンの家はコンパスが借り上げた借家だが、五年前とは変化がある。

「ただいまぁールナぁ」

 恋仲のルナマリア・ホークと結婚し、ようやく彼らは夫婦となっていた。
 同居――といっても大半の時間はミレニアムにいたのだが――から三年でようやくシンが勇気を振り絞り、ルナマリアに一世一代の覚悟を決めてプロポーズしたのだ。

 ただ、お互い依然コンパスで働いていたことから、ややこしいのでシンが旧姓であるアスカを名乗ることにしている。シンのプラントの市民登録データ上での正式な名前はシン・アスカ(A)・ホークとなっている。

「おかえりー。シン、昇進おめでとう!」

 帰ってくるや否やルナマリアがシンに飛びかかるように抱きつく。驚いてシンは書面やら制服やらが入ったカバンを放り出して抱きかかえることになった。

「大佐って言われてもなあ……実感涌かないっていうか」
「コンパスの白服も案外似合うのね。あとでザフトのほうも見せてよ」

 シンのコンパス制服姿を見たルナマリアが、物珍しそうにシンを眺めている。

「べ、別にいいだろ? 白服なんて他にも着てる人居るし」
「よくなーい、シンが着てるってのが大事なのー。大体私今日一日アカデミーの臨時教官まで頼まれて大変だったのよ?」

 などと話しつつ、夕食をとりつつ話題はシンのスクルド艦長内示についてになった。

「呆れたー、そんな軽いノリで引き受けたの?」
「……そんなこと、ない」

 シンの予想以上に真剣な表情を見て、ルナマリアは彼の頭を撫でた。

「わかってる……ごめん」
「まだ戦いは続くし、今後のコトを考えたら、俺にもこういう仕事ができたほうがいいんだろうって」
「そうだねえ……でも、シンが艦長かぁ」
「ルナはどう思う?」
「いいんじゃない?」
「軽くない?」

 シンが口を尖らせるが、ルナマリアは微笑んでシンの唇に手を当てた。

「シンなら出来るって思ってるから言ってるのよ。大丈夫、きっといい艦長になるわよ。私も支えるし」
「へ?」
「さっき、シンが着替えてる間にコノエ艦長から内示が来たのよ。スクルドに配属だって」
「えっ!? だって、それじゃあミレニアムは?」
「フラガ大佐をメインに、一時的にバルトフェルド少将がこっちに来てくれるんだって」
「そうか……それならなんとかなる、かなあ」
「さあ? ま、コノエ艦長がそう言ってるんだから大丈夫でしょ」
「そうだな……さ、一応明日から指揮官講習でこっちに滞在できる。久々にゆっくりできるなぁ……これが終わったら、また忙しくなっちゃいそうだな」
「そうだね……でもいいよ。私はシンと一緒に行くって決めたから」
「うん……ありがとう、ルナ」
「アタシも転属でしばらくこっちにいるだろうから、ご飯は一緒に食べられるわね」
「俺も手伝うよ」
「うん」

 二人の静かな決意の後、翌日以降、シンはアカデミー指揮官講習でこってり絞られ頭を悩ませ、ルナマリアはルナマリアでスクルドの他のMS小隊長と一悶着あるのだが、それは別のお話。


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