「まさか俺が艦長に……」~黒海を血に染めて~


※映画~5年後コンパス組織がどうなってるかわかんないので根拠ゼロの妄想で書いてます
※ていうかほぼ全編妄想だから細かいとこは許して欲しい
※シンルナは婚姻統制クリアーしてるか愛の力で押し通したかはご想像にお任せします
※今後の監督の発言などで色々設定齟齬が出るでしょうが、そのうち纏めるときに直しますのでご容赦を

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 強襲機動揚陸艦スクルド


 すでにスクルドの出動も大小併せて20回を超え、ディオキアでの駐留生活も半年を迎えようとしていた。

「艦長、おはようございます!」
「ああ、おはよう。モーリス軍曹、昨日はよく眠れた?」
「は、はい!ぐっすりと!」
「おはようございます、艦長!」
「おはようヴェエルクホーフェン曹長。昨日の戦闘で怪我したって聞いてたけど……」
「問題ありません! ちょっとすりむいただけで」
「そうか。気をつけてな。軍人は身体が資本だぞ」
「はっ!」
「艦長!おはようございます!」
「ああ、シャンクリー兵長。昨日言ってたアグネス機の予備パーツ、明日には届くそうだから」
「はっ!お忙しいところお手を煩わせてすみません」
「それが仕事だから、気にしないで」

 先のノヴォパブロフスク軍事境界線での初陣以来、着々と実戦経験を積んでいた。いずれもペテルブルク政府側から分離独立地域への侵攻という形だが、独立地域側が領域侵犯を行なう例もあり、シンの心労は日増しに積み重なっていた。ハロに搭載されていた睡眠ログを解析すれば分かることだが、シンは纏まった睡眠時間が長くても三時間、通常は二時間しか取れていない。

 それでも表面上、まだ露呈しておらず、シンの艦内での評価も実戦経験を積むに従い高まる一方だった。

「ねえ、アスカ艦長ってちゃんと俺達の名前と顔覚えてくれるんだよ」

 特に兵卒クラスのクルー、つまり艦内で一番数が多い軍人だが、この層はシンに好意的だった。100人少々の艦とは言え、艦長が全ての乗員の名前と顔、それにその会話内容まで覚えてるというのは珍しい。シンが若いこともあり階級を超えて話が合うこととも無関係ではない。

「コノエ艦長やラミアス艦長でない艦で任務なんて、おっかなくてビクビクしてたが、なんだやるじゃないかあの坊主」
「艦長ですよ、滅多なこというもんじゃありません」

 歴戦の下士官達の信頼も得られるようになれば艦長としては一人前に近づく、と昔から言われていたが、シンもその階段を上っている最中だった。


 ブリッジ

「クリミア半島沖を航行中の巡洋艦ラファイエットより救援要請! 正体不明の敵に襲撃され現在交戦中。本艦は難民船団護衛の任に着いているとのこと! コンパスHQより出動命令!」

 当直士官のマグダネル少尉が、言うが早いかスクルドの発進準備を進める。陸に上がっていた乗組員も慌てて戻ってきて、一〇分後には完全に出撃体勢を整えてしまう。

「艦長、発進準備完了。いつでも出られます」
「よし、スクルド発進! 離水上昇急げ!」

 皆が慣れきった緊急出動。周辺に船がいないことを確認してから、スクルドは水上航行から離水し、高度を急激に上げた。まるで迎撃機のスクランブル発進のようだった。

「艦長、ラファイエットより続報。ダガーLなども接近中とのことです」
「数は?」
「そこまでは……ただ、状況は切迫しているようです」
「水中機は?」
「現在までのところ確認されていません」

 正直、コンパス一番の弱点が水中対応だった。宇宙から陸上まで行動範囲にするコンパスにとって、水中専用機の配備はコストパフォーマンスの面から、また人員の面から言っても多大の負担になるので、現地勢力の水中戦力が頼みの綱になりがちだった。

 だからこそ、今回それが確認されていないのは不幸中の幸いだった。ユーラシア連邦軍の財政悪化の影響で、配備が進んでいないのだ。

「ともかく最大戦闘速度で飛ばしても間に合わない。MSに先行して貰おう。ハーケン中佐! ホーク隊、ギーベンラート隊出撃! 先行して難民船団の護衛の任に当たれ!」
『了解、艦長。ルナマリア、行くよ!』
『ええ!』
『ちょっと艦長! 艦がガラ空きになるけど良いの?』
『艦長なら何とかするだろ、急ぐよ!』

 ヒルダの言葉に、シンは安堵した。百戦錬磨のパイロットからもある程度信頼されているなら、少しは自信も持てるというものだ。

 カタパルトから次々と発進するMSを見ながら、シンはスクルドのアイコンと、戦況図をジリジリとした気持ちで見つめていた。

「艦長! 距離23000に艦隊を確認!」
「友軍か?」
「IFF照合……該当無し!」

 ラスカル少尉の報告に、シンは身構えた。これが今難民船団を襲撃している連中の母艦なのだろう。

「そういえばディオキアで聞きましたが、どうも地中海にはペテルブルク政府軍の艦隊が遊弋しているとか……最近はノヴォロシースクに引きこもっていると聞いていましたが」

 アーサーの追加情報を、シンも思い出した。まさかこんなところでその艦隊と出くわすとは思っていなかったシンは、ともかく戦闘停止勧告を行うことにした。

「回線つなげ。ともかく止めないと……!」

 難民船団の攻撃についてはコルシカ条約で固く禁じられていることだった。もっとも、コルシカ条約自体が第一次連合・プラント大戦時に形骸化していたのだが。

「こちらコンパス所属、強襲機動揚陸艦スクルド。ペテルブルク政府軍黒海艦隊に告げる。現在貴艦らはコルシカ条約により保護されるべき難民船団に対して攻撃を実施している。速やかに撤退せよ。受け入れられない場合は我々は、難民船防護のため――」

 シンの普段通りの通告は、またしても無視された。

「……ええいっ、ブリッジ遮蔽! 敵艦隊の無力化に移る! コンディションレッド発令! 対空、対艦、対潜戦闘用意!」
「艦首魚雷発射管、ウォルフラム装填。ランチャーワン、テン、パルジファル装填。トリスタン、イゾルデ起動、照準敵艦隊。ソノブイ投下」

 ペテルブルク政府黒海艦隊の主戦力はスペングラー級四を基幹とするMS搭載艦を主力にする部隊で、元々は地中海にまで展開してジブラルタルに対する抑えを担当していた。

 しかし今や地中海沿岸諸勢力がユーラシア連邦とは友好的ではない以上、自然と黒海に押し込まれていたので、彼らはこうして黒海沿岸部を襲撃し、ペテルブルク政府に従わない分離独立勢力の攻撃に精を出していた。

「ペテルブルク政府に通告。直ちに黒海艦隊を退かせないなら……撃滅する、と」
「えええっ! 艦長、そんな無茶な!」
「放っておいたら被害が増えるばっかりだ!」
「艦長! コンパスHQより入電……おそらく黒海艦隊の攻撃部隊による攻撃で、黒海沿岸都市多数に被害が出ている模様。コンパス理事国はこれをコルシカ条約違反の武力行使と認定。直ちに鎮圧に入ると決定。スクルド隊には速やかな敵艦隊の無力化が下命されました!」

 ラスカル少尉の言葉に、一同は緊迫した。一隻で水上艦ばかりとはいえ、多数のMSを持つ敵艦隊を相手取らなければならないのだ。

「ミレニアムは!?」
「ダメです、現在イベリア半島ラヴェル自治区の防衛に出ています」
「では我々単独でアレを……?」

 アーサーの声に、全員が凍り付いた。

「もうアイツらは黒海沿岸独立都市への空爆もはじめている。厳しい戦いだが、やらなきゃ犠牲者が増える。各員の奮闘を期待する」

 シンの短い訓示に、クルー達はうなずいて自らの職務に集中することにした。


 その頃、難民船団を護衛していたスクルドMS隊は母艦からの指示を入電していた。難民船団には入れ替わり立ち替わりMS編隊が接近してきていたが、これはクリミアやアゾフ海沿岸のペテルブルク政府軍の基地から発進したものも含まれている。

『はあ!? 敵艦隊無力化ぁ? また無茶な指示が出たわねえ』
『ホーク隊はスクルドの援護に向かえ! ここはアタシ達だけで良い!』
「えっ、しかし中佐」

 難民船団側の防護戦力は既に失われている。ディンやグゥル搭乗のジンやシグ-、ストライクダガーだけでは腐っても正規軍の黒海艦隊に対抗するのは厳しいと言わざるを得ない。だからこそルナマリアは異を唱えた。

『あっちがピンチになれば難民船団なんか放置するだろうって腹づもりなんだよ! いいからいってやんな!』
『ルナマリア! 旦那のお守りくらいやってみせなさいよ!』
「中佐、アグネス……わかった! ホーク隊はスクルド援護に戻る! 続け!」


 強襲機動揚陸艦スクルド
 ブリッジ

「ホーク隊、こちらの援護に向かうとのこと。到着まであと20分!」
「敵艦隊よりMSおよびMA接近!ダガーLおよびザムザザータイプ! 敵艦甲板上にもゲルズゲータイプを確認!」
「艦長! どうするんです!? 袋叩きにされます!」
「これでいい。難民船団側はハーケン隊とギーベンラート隊に任せ、こちらで全部片付ける!」
「ええええっ!? だって相手は艦隊相手ですよ!?」
「こちらに敵を引きつける! これ以上陸側への攻撃を許すわけにはいかないんだ! タンホイザー発射用意!」

 アーサーの悲鳴にも似た抗議に、シンは決然として言い放った。

「りょ、了解! タンホイザー発射用意!」

 シンとしては辛い選択だったが、艦艇を無力化するのは事実上の撃沈と同義である。手足をもぎ取れば戦闘不能に持ち込めるMSに比べて、艦艇は大きく、一部を破壊しただけでは無力化できない。ミサイルVLSなどを破壊すれば誘爆し轟沈することも珍しくない。

 それでも、シンは決断を下した。無辜の民衆を無差別に爆撃に晒すなどあってはならないことだ。

「プライマリ兵装バンクコンタクト、出力定格。射線軸制御、セーフティ解除、取り舵5、艦首下げ10」
「撃て!」

 シンの号令一下、艦首タンホイザーが火を噴く。射線上の大気諸共大爆発を起こしつつ、陽電子流が敵艦隊に向けて放たれた。

「……敵艦隊健在!!」

 かつてのオーブ沖でも猛威を振るった陽電子リフレクターの防御力は未だ健在で、一撃必殺の陽電子砲も簡単に防がれた。艦隊は無傷、一方こちらは寡兵。しかしシンはそれも覚悟の上だった。

「あいつか……! 砲撃戦開始! 接近するMAに火力を集中! 推力最大、取り舵! 取り付かせるな!」

 巨大な爪を掲げてザムザザーがスクルドに迫る、陽電子リフレクターを搭載し、第二次連合・プラント大戦時より機動性も火力も向上したそれは、容易には落とせない。

「最大戦速! 面舵20! 艦隊を回り込みつつ敵MAへ牽制射撃!」

 急速に針路を変えつつあるスクルドのブリッジからは、これ見よがしにミサイルを吐き出す艦隊の姿が見えていて、シンは悔しげにそれを見送るしかなかった。

「直撃! トリスタン1番、発射不能!」
「艦底部に被弾! 第1装甲板大破! 敵MAに下方へ回り込まれました!」
「ルナは!?」
「あと15分で交戦空域に到着する模様!」
「艦長! このままでは袋叩きです! 一時離脱を!」
「まだだ!」
「12時方向敵MS編隊、こちらへ接近! 数12! 上空からミサイル20、急速に近づく!」
「迎撃間に合いません!」
「タンホイザー発射用意! 発射と同時に上げ舵一杯、機関最大! 宙返りしつつ敵MS及びミサイルを薙ぎ払う! 艦内警報! これより本艦は宙返りする! 機器固定確認!」
「っ!?」

 アーサーでさえ悲鳴を上げられないほどの命令がシンから下された。

「了解、タンホイザー発射と同時に上げ舵一杯機関最大用意」

 ノイマンはシンの命令を実行に移すために準備を始めた。この程度の機動はスクルドなら出来て当然だと言わんばかりで、副操舵士のマグダネルは顔を引きつらせながらもやはり準備を始める。

「艦長!?」
「アーサー早く!」
「わ、わかりました!」

 狼狽えたアーサーと火器管制官ヒカル・ハヤテ中尉が慌ててタンホイザーの発射準備を始める。

「発射準備完了! 各部準備完了!」
「ミサイル、迎撃間に合いません!」

 オリビア・ラスカル少尉の悲鳴とアーサーの報告は同時だった。

「タンホイザー撃て!」

 シンの号令と同時に、艦首タンホイザーがこの戦闘で二射目の光を放つ。同時にスクルドは艦首をもたげ、急速にその姿勢を変化させる。

 突然の動きに敵MS隊は反応できずに直撃を受け、ミサイルも陽電子流の余波を受け誘爆し、黒海上空にオレンジ色の光をまき散らす。艦の姿勢がほぼ直立した直後に、シンはさらに命令を続けた。

「ラスカル少尉、敵MAは?!」

 逆さ吊りになりつつある艦長席でシンが叫んだ。

「本艦下方にて占位!」

 ラスカル少尉の報告と同時に、艦橋メインスクリーンにスクルドの下方で爪を構えているザムザザーが映される。大型ビーム砲をこちらに向けてトドメを差そうという腹なのだろう。

「艦首衝角ゴウテン起動! ノイマン大尉! 艦首が敵MAに向いたらそのまま急速前進! 敵MAに体当たりを敢行する!」
「は、はいっ!」
「艦首衝角ゴウテン起動!」

 アーサーはもはやヤケクソに近かった。号令通りハヤテがゴウテンを起動する頃には、スクルドは完全に背面飛行となっていたが、そこからさらに艦首が海面へ向けて下がっていく。ミレニアムに搭載され、ファウンデーション旗艦の撃沈に一役買った突撃兵装は念の為、あるいは試験的にと言う名目でスクルドにも搭載されていた。

「敵MAに高エネルギー反応!」
「ノイマン少尉!」
「ええい!」

 ザムザザーの"前脚"の大型ビーム砲をこちらに向け、まさに発砲寸前の臨界光を発していた。シンの呼びかけにノイマンが反応し、スクルドは僅かに身をよじるようにしてそれを回避した。その勢いのまま、スクルドは海面へ向けて急速に高度を下げていく。

「敵MAこちらの動きに気付いた模様! 敵機陽電子リフレクター展開!」
「もう遅い!」

 上空からの逆落としかつ最大加速をかけたスクルドの艦首衝角の威力は、速度と質量差を持ってザムザザーを叩き割るようにして破壊した。

「敵MA撃破!」

 ラスカル少尉の若干うわずった報告に喜ぶ暇は無い。まさにブリッジのメインスクリーンには急速に近付く海面が見えていた。

「艦首上げ!」
「ぐぅっ……!」

 言うが早いかノイマンが艦首を引き起こす。戦闘機でも稀な機動にスクルドの艦首から艦尾まで金属が軋む音が鳴り響いた。

「艦姿勢復帰完了……!」

 ノイマンの報告に、今度こそブリッジ、それに同じ音声が流されていた艦内でも喝采の声が轟いた。だがまだ戦闘は終わっていない。

「艦長! 敵艦隊よりミサイル!」
「ちっ、迎撃!」

 ザムザザーと敵艦隊直掩機を撃破したのはいいものの、ここまでにスクルドは大分手傷を負っていた。主要なブロックへの被弾は避けていたが、非装甲部分にあるミサイルランチャーやCIWSの損害はバカにならない。

 ここまで無傷の敵艦隊から放たれたミサイルが、スクルドへ数発直撃した。

「トリスタン2番、イゾルデ、発射不能!」
「残りの火砲だけで敵艦隊無力化は無理ですよ艦長!」
「ホーク隊、あと一〇分でこちらに到着します!」
「艦長! 今度こそ後退を!」

 このままだと残った艦隊からのミサイル飽和攻撃を受ける。アーサーの度重なる進言に、シンはついに決断を下す。ただしそれはアーサーや他のクルーが考えていたものではなかったが。

「格納庫! インパルス発進用意! 俺が出る!」
「ええええええええええええええええええええええええっ!?」
「スクルドは後退しつつ援護頼む! 俺が出たあとは副長に任せる!」
「――!?」

 シンが艦橋後方のドアを潜ったあと、アーサーはようやく状況を飲み込んだ。

「い、インパルス発進後本艦は後退! 後方より援護を行なう! ノイマン大尉! 操艦よろしく! 格納庫! インパルス出るぞ! いいか!?」
『聞こえてましたがねえ! 本気ですか?!』

 うわずった声で指示を出したアーサーに、格納庫からマードック曹長が通信を入れる。

「ああ本気だマジだ! シンがそちらへ行きました!」
『わかった!』


 格納庫

「マードックさん!」
「おい坊……艦長! 本気かぁ!?」
「整備は万全でしょ?」
「いやそりゃそうなんだが……ストライカー、じゃねえシルエットはどれ付けりゃいいんだ?!」
「ソードシルエットを!」
「ソード?! 相手は艦隊だぞ!?」
「班長! シンなら大丈夫ですよ!」

 艦内の応急処置やら宙返りと急降下で出た体調不良者――あの無茶な機動での負傷者そのものはゼロだ――の対処に大わらわの格納庫の喧噪に負けないように、ヴィーノがマードックに叫ぶ。

「ああ!? これだから若い奴らは……インパルス出るぞ! ソードシルエット装着急げぇ! モタモタしてるやつは海へ叩き込むぞ!」

 宙返り飛行からのダメージ回復もそこそこに、顔を青くしたり白くなっている整備班が駆けずり回ってインパルスの出撃準備を整える。シンはその間にパイロットスーツ――念の為にと積んでいた――に着替え、インパルスのコクピットに滑り込む。

「シン! 設定は前と一緒にしてある!」

 コクピットを覗き込んだヴィーノにシンは頷いた。

「ありがとうヴィーノ! マードックさん、出られますか!?」
「準備完了! 行ってこい!」

 整備ベッドから一歩踏み出したインパルス。シンはその感覚を思い出していた。かつての乗機は度重なる改修を受けているロートル。操作系がゲルググと共通化され分離はできなくても、シンには手に取るようにインパルスの挙動を理解できた。

『艦長!』
「あとを頼むよ副長! シン・アスカ、インパルス、行きます!」

 すでに大破して使い物にならないカタパルトを使わずに甲板から飛び立ったソードインパルスが、VPS装甲を作動させて鮮やかな赤、白に塗り分けられた機体色に変化する。

 黒海艦隊のMSや艦艇は、この旧式機を見て驚いた後、すぐに迎撃を開始した。

「くっ……!」

 海面スレスレを滑るようにして飛び回るインパルスを、艦砲では捉えきれない。見る間にシンは艦隊外縁部にいた駆逐艦に取り付き、主砲をエクスカリバーで切り落とし、返す刀で艦橋を両断した。時をおかずにインパルスは飛び上がり、次々に艦隊を切り刻んでいく。同士討ちを恐れて艦砲も使えず、黒海艦隊はただただインパルスに切り刻まれている。

 しかし、黒海艦隊もただやられるのを指をくわえて見ているわけではない。直掩機として最後に残されていたウィンダムが数機、スペングラー級のハッチから飛び出てきた。

「ええい! いい加減にっ!」

 4機のウィンダム相手でも、シンはまったく退かない。定期的にシミュレータでの訓練は欠かしていなかったし、そもそもインパルスはデスティニーと同じくらいにはシンの手に馴染んでいた。

 しかし、前線を離れていたブランクは確実に存在した。インパルスの背後から接近するウィンダムに、シンの反応は遅れた。

『シン!』

 通信機から聞こえたルナマリアの声に、シンは反射的に操縦レバーを倒し、フットペダルを踏み込んでいた。虚を突かれ動きが止まったウィンダムは、ルナマリアのゲルググのレールガンに撃ち抜かれ、爆散した。

「ありがとう、ルナ。助かった」
『アンタってホント無茶するんだから! 艦長が前線出てきてどうするのよ!』
「仕方ないだろ! ホーク隊は敵艦のミサイル発射を阻止!」
『了解!』

 その時、コクピットに警報が鳴り響く。スクルドからの長距離射撃を防御していたゲルズゲーが、いよいよ艦隊の危機となったインパルスに襲いかかった。

「ちいっ!」

 シンは接近する多脚型MAを認めると、腰にマウントしていたビームライフルを放つ。しかし陽電子リフレクターに阻まれ有効打にはならない。しかしシンにとってそれは些細な問題だった。インパルスがイージス艦の甲板を蹴って飛び上がり、ゲルズゲーに迫る。フラッシュエッジビームブーメランを投擲する。インパルスに気を取られていたゲルズゲーは、一度は回避したビームブーメランが背後から迫っていることに気がつかなかった。そのまま二つのブーメランに胴体を真っ二つにされたゲルズゲーは黒海の藻屑となる。

 黒海艦隊はいよいよ本格的な機動戦力を喪ったのだ。

『黒海艦隊司令官に次ぐ、現時点を以て撤退、以降黒海における作戦行動協定D-39834に従うというなら、コンパスも攻撃を停止し撤退する。この要求が受け入れられない場合、このまま無力化を続けるが、返答はいかに!』

 旗艦と思われるスペングラー級の甲板に降り立ったインパルスが、エクスカリバーを艦橋に突きつけた。

『……本艦隊は撤退する。攻撃も停止させた』

 苦み走った司令官と思われる男の声が、全周波で流された。

『了解。では、帰路の無事を祈る』

 シンはインパルスを再び空中に飛び立たせる。煙を噴き上げ傾いだイージス艦から脱出する内火艇や救命ボート、波間に漂う救命胴衣を付けた兵士、MSの残骸などが漂う海域を後にして、シンはボロボロのスクルドへと帰艦した。

「おいシン! やったな! あっ、いや艦長!」
「いいよヴィーノ、ありがとう」

 格納庫に戻ったシンを、整備員達が歓呼の声で出迎えた。特にミレニアム、そしてミネルバ以来のクルーはオーブ沖、クレタ沖で見たシンの鬼神のごとき戦いの再来だと涌いていた。新規のクルーもあのような戦いをシンが出来ると知ったわけで、興奮しないわけがない。

「いやあ、さっすがだなあ艦長!」

 マードックがシンの背中をバシンバシンと叩く。

「シン!」
「ルナ!」

 インパルスに続いて着艦したゲルググのコクピットから、ルナマリアがワイヤーを伝って降りてくるやいなや、シンに抱きついた。

「シン無茶しすぎ!」
「ま、まあこれは……」
「後ろ取られて撃墜されかけるなんて信じらんない!」
「し、仕方ないだろ! それにルナが守ってくれたから……」

 ルナマリアの抗議するような目線に、シンは叱られて口答えする子供のような顔をしていた。

「な、何言ってるのよこのバカ!」
「バカって事は無いだろ!」
『艦長! 艦長ー! 戻ってきたならすぐ艦橋へ! カナーバ総裁より通信です!』

 アーサーの声に、シンはルナマリアを抱きしめていた腕を放した。

「そ、そうだった……じゃあごめん、皆、ディオキアまでの道中で破損箇所の応急処置を頼む!」


 ブリッジ

『アスカ艦長……? なぜ、パイロットスーツを?』

 プラントからの直接通信に現れたカナーバ総裁は、シンの格好を見て怪訝そうに首を傾げた。

「ああ、いや、これは、その」
『まあいい。黒海艦隊の"無力化"、ご苦労だった。大分損傷も酷いとトライン副長からも聞いている。すぐに補修資材をディオキアに送るが、全ては無理だ。ミレニアムがイベリアでの作戦が終わり次第ディオキアに向かうので、その後、一度プラントに帰投してもらえないか?』
「は、はっ! 了解しました」
『……アスカ艦長、すまない。今回は無茶な作戦をさせてしまったようだな。しかし、君はコンパスにとっても、プラントにとっても必要な男だ。私が言うのも変な話だが、無茶は禁物だぞ』
「ありがとうございます。カナーバ総裁」

 そう言うと、通信は切れた。

「ふぅ……」
「ふう、じゃないよシン! なんて無茶なことを!」

 アーサーが艦長と呼ぶのも忘れてシンを諫めた。

「ああでもしなきゃ、止められなかっただろ?」
「でも艦長凄いです! 腕は落ちていませんね!」
 
 アビーの興奮した声に、マグダネル中尉やハヤテ中尉、ラスカル少尉も頷いた。

「艦長のMS操縦の腕が落ちていないのも分かったが、ラミアス艦長以上に荒っぽい操艦指示をするのが分かりましたよ」

 ノイマンも呆れたような笑みで、シンを見ていた。

「まあ、なんとか作戦は成功だ。皆、ご苦労だった」

 シンが言うと、一同は敬礼でそれに答えた。
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