ヴィルシーナが自分の胸をトレーナーに押し付ける話
作成日時: 2024-03-11 10:30:59
公開終了: -
────スキンシップで、胸を押し付けて、彼にアピールしちゃおう。
トレーナーさんとのお出かけの最中、私は、そんな文言を思い出した。
それは先日、所用でシュヴァルの部屋に行った時、ベッドの下から出て来た雑誌に書いてあったこと。
確か、『彼氏の喜ばせ方』とかいう内容だったかしら。
あの子も年頃なのね……と感慨深く思いながら、そっと机の上に置いてあげたのを覚えている。
ちらりと、隣を歩く彼を見やる。
「どうかした、ヴィルシーナ?」
「……いえ、なんでもないわ」
優しく微笑みながら首を傾げるトレーナーさん。
私は何故かどきりとしてしまって、すぐにふいっと目を逸らしてしまう。
……恥ずかしながら、私はあまり男性と関わった経験が少ない。
小さい頃から妹達のお世話に、レースクラブ、そして様々な習い事ばかりしていた。
勿論それは幸せな日々だったと思っているし、後悔なんて何一つしていない。
ただ、パパ以外の男性と、二人でお出かけするくらいの仲になることは、初めてだったわけで。
彼も、胸を押し付けられたら嬉しいのかしら────なんとなく、そう思ってしまった。
一般的に大きい胸、というのは女性の魅力の象徴ではある。
あまり気分の良いものではなかったが、私や妹達のそういう部分に熱視線を向ける男性も、いるにはいる。
ただ、真面目と堅物が服を着て歩いているようなトレーナーさんは、どう思っているんだろう。
私を、私の胸を、魅力的だと思ってくれているのだろうか。
それが、無性に、気になってしまった。
「……服なんて掴んで、何かあった?」
「えっ?」
一瞬、トレーナーさんが何を言っているのか、理解出来なかった。
不思議そうな顔をする彼の視線の先を見てみれば、袖の端っこをちまっと摘まんでいる指先。
それは紛れもなく、私の手だった。
かあっと、燃えるように顔が熱くなってしまう。
「こっ、これは……!」
慌てて手を離そうとして────頭の奥の冷静な部分が、それを制した。
今が、確かめるチャンスなのでは、と自分に問いかける声が脳裏に響く。
そうだ、もうすでに扉に手をかけてしまった、扉を叩いてしまった。
ここまで来てしまったのなら、その扉を開けない方が、失礼というものだろう。
……それにこれは、トレーナーさんに喜んでもらうため、なんだから。
「わっ……!」
私は、掴んだ裾を、軽く引っ張った。
軽くといってもそれはウマ娘の力基準、トレーナーさんは驚きの声を上げて、少しだけバランスを崩す。
その隙を見逃さず、私は彼の腕を全身で包み込むように、ぎゅっと抱き着いた。
想像ていたよりもずっと太くて、大きくて、硬い、彼の雄々しいもの。
それを挟み込むように歪む自身の胸の膨らみを見て────急に、すごい、恥ずかしくなってきた。
わっ、私、もしかしてとんでもなく、大胆なことをしてるんじゃ……?
自身を省みた刹那、先ほどを越える勢いで、頬が熱く燃え上がる。
心臓の鼓動が大きく響いて、腕を通して、トレーナーさんに伝わってしまいそうなほど。
そのことが恥ずかしくて、更に頬の熱量は高くなって、心臓の音色は大きくなっていく。
ああ、なんて悪循環。
私はこんなドキドキしているのに、トレーナーさんは何の声も、反応も返してくれない。
……嬉しくないのかしら、ドキドキしているのは、私だけなのかしら。
落胆にも似た想いを持ちながら、私は恐る恐る、彼の顔を見た。
「…………っ」
「……トレーナーさん?」
「……ヴィッ、ヴィルシーナ、ちょっとこれは近いんじゃないかな、その、色々、当たってるし、さ」
トレーナーさんは、頬を赤くしながら目を逸らし、頬をかいていた。
純粋で真っ直ぐな瞳は、目のやりどころに困っているかの如く、ゆらゆらと彷徨っている。
普段は穏やかで、落ち着いたトレーナーさんは、明らかな動揺を表に出していた。
「……へえ?」
口角が上がり、口元が歪む。
尻尾がしゅるりと彼の足を捕らえて、その逃げ道を塞いだ。
そっか、そうなのね。
普段は、女性としての私なんかに興味無さそうなトレーナーさんも、こういうのには弱いのね。
ともすれば軽蔑してしまいそうな事実なのに、何故か私の心は────密かに、歓喜していた。
「ふふっ、トレーナー、さん♪」
「ちょっ、まっ……!」
抱き締める力の強弱を変えてみたり、擦りつけるよう身動ぎしてみたり、胸の当てる箇所を少し変えてみたり。
感触をちょっとずつ変化させるように調整して、トレーナーさんを慣れさせないようにする。
その甲斐あってか、彼は可愛らしく、慌てながら表情をコロコロ変化させて、私を決して飽きさせない。
勿論、私だって恥ずかしいのだけれど、それ以上に彼の反応が好ましくて、嬉しくて、胸が躍ってしまうのだ。
そしてふと、私は思いついた、思いついてしまった。
「……っ、ヴィッ、ヴィルシーナ、本当に、急にどうしたんだ?」
私は一旦、パッと身体を離した。
僅かに残るトレーナーさんの温もりが冷え込んでいくことに、名残惜しさを感じながらも、彼を見つめる。
彼は顔を真っ赤に染めながらも、安堵のため息をついて、困惑の表情で私を見ていた。
私は優越感というか、背徳感というか、イケない気持ちになりながらも、正面から一歩、また一歩と彼に近づく。
無防備な彼は、ただきょとんとした表情で、油断しきった身体を晒していた。
正面からむぎゅっと押し付ければ、トレーナーさんはもっと、喜んでくれるんじゃないか。
すでに目的と欲望と行動が錯綜してしまっていることには、私自身も気づいている。
しかし、芽生えてしまったこの衝動を抑えることが出来ずに、私は彼の胸の中に、飛び込んだ。
それが────地獄の窯に身投げをするような行為であると、気づかぬまま。
ぽすんと、彼の胸の上に頭を寄せる。
私と同じようにドキドキ鳴り響く心臓の音が、聞こえて来た。
それをなんか嬉しいなと、思っていた、その時。
鼻先から、少し汗臭くて、柑橘系の香水の香りが混じった、トレーナーさんの匂いが入り込んだ。
「…………っ!」
匂いを嗅いだ瞬間、全身に甘い痺れが走って、身体がびくりと震えてから、かくんと力が抜けた。
自分の身体を支えることが出来なくなって、トレーナーさんの身体にしがみついてしまう。
がっしりとしいて、大きな胸板。
触れただけで、それなりに鍛えていることが分かる、逞しい身体つき。
それを感じとってしまうと、何故か動悸が激しくなって、呼吸が乱れてしまう。
「ヴィルシーナ!? 大丈夫か!?」
トレーナーさんは慌てた様子で、私の背中に手を回して、身体を支えてくれる。
それは、私のためを思った、献身的な行為。
しかし今だけは、私に一番、してはいけない行為であった。
「ふぁ……んんっ……」
トレーナーさんの太くて大きい腕に抱きしめられて。
トレーナーさんの広くてがっしりとした胸に寄せられて。
トレーナーさんの匂いを色濃く感じさせられて。
ダメッ……身体が……勝手に……受け入れてる……抵抗できなくなってる……!
気が付けば、甘える猫のように、すりすりと顔を擦りつけている。
私の腕はトレーナーさんを背に回り、尻尾は興奮した犬のように大きく揺れ動いてしまっている。
足にも力がまるで入らず、その身を捧げるように、彼に身体を預けてしまっていた。
「気分が悪いのか!? 病院に行くか!?」
「ひゃっ……あっ……うぅんっ……!」
心配そうな顔を浮かべるトレーナーさんが、私の背中を優しくさすった。
撫でるような優しい手つきなのに、背筋にはぞくぞくと甘い寒気が走る。
身体がピンっとなって、変な声が漏れて、でもどこか気持ち良くて、拒否することが出来なかった。
彼のごつごつとした手が上下するごとに、私の身体をびくびくと反応してしまう。
こんなの、おかしい。
こんなはずじゃ、なかったのに。
しかし、ここまでの醜態を晒してしまっては、認めざるを得なかった。
喜ばせるどころか、心配させて、あろうことが────私が喜んでしまっている、と。
でも、まだ、諦めはしない。
私は『女王』になるべきウマ娘で、何よりも『お姉ちゃん』だから、決して諦めるなんて、してあげないわ。
蕩けきった顔をなんとか上げて、崩され切った身体を立て直し、弛みきった頭の螺子を締め直す。
出来る限りの力を込めて、トレーナーさんをきっと睨みつけた。
……彼の感触と、匂いと、背中を撫でる手に、すぐに融けてしまいそうになるけれど。
「って……ない……」
「……ヴィルシーナ?」
「まだ…………ない……からぁ……!」
「顔真っ赤だし、息もすごい熱いし、目も潤んでるけど、本当に大丈夫なのか?」
「身体は屈しても……心が堕ちるまではッ……まだッ……負けてない……ッからァ~~……♡」
「何を言ってるんだ!?」
────数十分後、なんとか正気を取り戻した私は、トレーナーさんに平謝りをした。
でも、あの時の温もりが、あの時の残り香が、あの時の感触が、脳に染み付いて、離れなくて。
……週に何度か、こっそり抱き締めてもらっている。
妹達にも決して言えない、私達の、秘密である。
お知らせ
実務でも趣味でも役に立つ
多機能Webツールサイト【無限ツールズ】で、日常をちょっと便利にしちゃいましょう!
▶無限ツールズ