no title


 少年が1人、町を歩いていた。
 体を白いローブで覆い、人間1人分ほどの大きさの箱を台車に載せて引きずっている。明らかに異様な風体…だが、人通りを避けるように澱みなく進んでいるその姿は誰かの目にも触れることはない。照明が照らす道を超え、月明かりだけが照らす郊外へ。中心部すら砂漠に侵食されつつあるアビドスの町、その更に外にある砂漠へと少年は歩き続けやがてその足を止めた。そこはすっかり砂に埋もれたエリア。あたり一面には無限に広がる砂の大地とかつてここにあった日常の残滓。
誰も望んで足を踏み入れることの無いような…アビドスの町では珍しくもなんともなくなったただの砂漠だ。

 少年は持っていた台車を地面に置き、持ってきた箱に手をかけ、開ける。その中に入っていたのは白色と黒色で作られたスナイパーライフルだった。入っていた箱の大きさに違わず余りにも大きなそのライフルは先端に装着されたサプレッサーも合わさりこの銃を持って来た少年の身長と遜色ないほどの長さとなっている。持ち運びながら使う事は考慮されておらずどこかに設置して使うことが想定されているだろうことが装備されているバイポッドから伺う事ができた。
不意に風が吹いた。砂漠の砂を巻き込んだ砂嵐が少年に襲いかかるが白いローブがその砂塵を防ぎ、ローブをはためかせる風にしかならない。
そんな風の中で少年は懐からフリスビーを取り出して風に放る。風の流れに乗ったフリスビーは遠く遠くへ飛んで行き、やがて砂漠にサクリと突き刺さる。

 
 風が止むと、少年はフリスビーの位置を確認して砂嵐を防いだローブを脱いだ。体を覆うローブから白い布に変わったそれを砂漠の砂の上に折りたたみながら敷き、箱の中に手を入れ両腕に力を込めてライフルを持ち上げる。なんとか箱の中からライフルを取り出しバイポッドを広げて布の上へと置くと、バイポッドが砂の中へと沈み込むことはなく布の上でしっかりと固定の役割を果たす事ができていた。
少年は砂漠の上にうつ伏せになるようにしてライフルを構える。スコープの中には砂漠に刺さったフリスビーを捉えつつ、肩に押し当てたストックを左手で押さえ込んで右手は銃のトリガーへ。数回大きな呼吸を挟み、意識を集中させ…そのトリガーを引く。サプレッサーでも抑え切ることのできない銃声が高く響き、それと同時に砂の柱が高く巻き上がる。フリスビーからそう遠くない距離で舞い上がった砂の塊は砂に軽く刺さっていただけのフリスビーも巻き込んでいた。

痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
「あっ…ガァ・・・ッ!」
引き金を引いた時に感じる銃の反動。右肩に密着させていたストックから直接叩き込まれたその衝撃に体を殴りつけられた。
呻き声をあげながら砂漠の上をのたうちまわる。荒れた呼吸を抑えようと頭が命令していても、体はいう事を聞きやしない。体が耐えられなくなってこの銃を捨てざるをえなくなったあの時と、今の体はまるで変わっていないという現実が体を直接蝕んでいくのを感じる。霞む視界でフリスビーを探すとそれは綺麗に形が残っていて、どこにも穴なんて無くて。
(あの程度の距離でも、駄目なのか…!)
「なにやってるのかな〜?こんな時間にこんな場所で」
息が落ち着いたちょうどそのタイミング。後ろからかけられた声は誰の物かなんてすぐに分かった。このアビドスの中で、1番長く聴いている声だからそれも当然で。
「ホシノ…」
「うへ〜…ソレ見つけられちゃったかぁ。おじさんの隠し方甘かったかなぁ」
「俺も死ぬ気で探したよ…あそこだったとは思わなかったけど」
「そっかぁ…」
痛みもある程度引いてきてなんとか立ち上がった頃にはホシノはライフルのところまで歩いていて。しゃがんでそれを掴んだと思ったら片手でヒョイと持ち上げる。やはりそこにあるのは、絶対的なまでの差で。
「でもダメだよ〜?もう無理だってこと、改めてちゃんと分かったでしょ?」
「………嫌だ」
その事が分かってても、引きたくなかった。
「……君が最近頑張って鍛えたりして頑張ってるのはおじさんも知ってるよ?ちゃんと鍛えればまたって気持ちは分からなくないけど、その調子だとその前に」
「返してくれ、ホシノ。」
痛む体を動かしてホシノに近付く。ホシノはやれやれとでも言いたげに首を振った。
「…シロコちゃんが悲しんじゃうよ」
「っ」
「鍛えて練習して、戦えるようになるんだって頑張っても…君は多分もう戦えないよ。その前にまたあんな事になっちゃったら…。」
ホシノは言葉を区切った。
「彼氏になったんでしょ」

ホシノはもう終わりだというように元来た方へと歩いて戻っていく。
「…もう嫌なんだよ」
ホシノの歩みが止まる。振り返ってこっちを見ることはないホシノのその背中に、ただ吼えた。
「お前が!シロコが!みんなが頑張ってる…先生も頑張ってくれてる!そんな時に俺は何をしてる?何が出来てる!?なんの力も持ってない。ただ後ろで待つことしか出来てない!」
「…だから、またこれを使いたいの?」
「それがあれば、皆のために戦える。俺は…皆が頑張ってる姿を指を咥えて見てるだけなんて嫌なんだよ…!」
「………」
ホシノはこちらを振り返ると何も言うことなく歩いて近づいてくる。身長差があるからか、俯いたホシノの表情を窺い知ることはできない。そして、俺の目の前までくると黙ってライフルを持った手を差し出してきた。
「なんで……!?」
突然の変わりように驚きながらソレを受け取ると、ホシノが手を離したことで腕に全てかかったライフルの重さに耐えきれず膝から崩れ落ちる。
「…いでよ」
頭の上。自分を見下ろしているホシノの冷たい声が聞こえて顔を見上げる。
「君まで、置いていったりなんてしないでよ」



「おはよう、シロコ」
「シロコちゃんおはよ〜」
自分の家を出たシロコは待ち合わせ場所へと到着した。毎日とはいうわけではないが、時折彼と一緒に歩く登校時間。今日はそんな日だったからいつもの待ち合わせ場所に到着したのだが、いつもと少し様子が違っていた。まず、彼は右腕を固定して何やら保護しているようだ。そして、いつもは待ち合わせしているのは彼1人なのに今日はホシノ先輩もいた。
「おはよう。…腕、どうしたの?」
少し悩んで彼の腕を優先した。最近は一緒にツーリングをしてくれたりしているけれど、それが原因かもしれないという可能性を考えると尚のこと心配だったから。ん、それにホシノ先輩とも一緒に投稿するとしてもそれはそれで楽しみ。
「あ〜…これは〜」
「シロコちゃん大丈夫だよ〜。トレーニングして調子に乗って体変に動かしちゃったんだって」
「ん、それは良くない。ちゃんと体は大切にする」
「肝に命じます…」
その場で続く3人での談笑。それを遮ったのはホシノだった。
「うへ〜。それじゃあおじさんは先に1人で行っちゃうよ〜。2人でごゆっくり〜…遅刻しない程度にね〜」
「言われなくても分かってるよ…」
「ん、勿論」
登校すればまたすぐ会うことになる先輩の後ろ姿を見送ると、彼と2人で顔を見合わせる。
「それじゃあ、行こっか」
「そうだね」
先輩がついさっき歩いて行った道を、今度は2人並んで歩いていく。


…彼の制服。サイズがなかったから制服とは別物の校章を付けただけのスーツから、サラサラと何かが溢れていたような気がした。
お知らせ
実務でも趣味でも役に立つ多機能Webツールサイト【無限ツールズ】で、日常をちょっと便利にしちゃいましょう!
無限ツールズ

 
writening