チリ婦人とドッペル婦人 part1


「ほおぉ……」

「なんて、なんて神々しさなの……!」

日が沈みかけた、てらす池のほとり。立て看板と丸い木の渡しの前には、1台のミニクーパーが停まっていた。

「チリ……アナタからのお誘いには感謝しかありません……!」

助手席で息をのむオモダカの言葉が、甲高く潤んでいく。

「こんなに神秘的で、胸をうつ景色があったなんて……!」

青い手袋の両手で覆われた口もとから涙声でふり絞るオモダカとは対照的に、

ハンドルを握ったまま呆然と池を見つめていたチリの顔は、期待とともに、みるみる満面の笑みに変わった。



まちがいない!ここには、ぜったいに例の神さまが住んでいる!



だんだんと黒く染まってきた茜いろの空。来たるべき夜の暗さにまぎれつつあるグリーンのミニクーパー。

だが、夕焼けの中にキラキラと浮かびあがる池の水面は、せまりくる闇と反比例するかのように、七色の光をいっそう増している。

絶景をおさめようと、構えたスマホで夢中になって連写しているオモダカを放置して、チリは愛車の運転席から踊りでた。

そして、看板の前にアグラをかくと、

地面に置き、留め具をパチンと解いたリュックの大きな口から、なにやらいそいそと掻きだし始めた。

「チリ。お外は危ないので、景色を楽しみながら、中で一緒に食べませんか?

ほらほら、実は作っておいたんですよ!

じゃーん!チリの大好きなハムタマゴですよ〜♪」

太い紙の包みを2本、背後で自慢げに取りだしたオモダカには目もくれず、チリは、リュックの中身を無言で並べていく。

それらの中には、確かにサンドイッチに使えそうな具材も含まれていた。

しかし、大半を占めるのはキタカミ地方の名産品や、神事でつかうような清めの品物ばかりである。

色とりどりのモチが数切れずつに、タッパーに入ったキタカミそば。

ビニールに包まれたきのみあめ数本、

木の棒に和紙がたれ下がった大麻(おおぬさ)に、小さな瓶に入った塩……

「チ、チリ?」

無視されたオモダカは、怒り悲しむよりも戸惑って、チリの後ろに立ちつくした。

いつものこの子なら、目をきらめかせて抱きついてくるのに。

まるで蔵から取りだした宝を鎮座させるように、おごそかなメリハリのある手つきで全ての品を目の前に置き終えたチリは、

ビンから出した塩を手のひらに広げ、自分のまわりを取り囲むようにサラサラとまいた。

「なんだか、ジョウト地方の映像で見た儀式と似てますね……」

「( - "-)」シャッ



そして、大げさに顔をしかめること数秒。

オモダカと色違いの、黒い両手袋につかまれた大麻の棒が、竹刀よろしくチリの眉間に構えられた。

「も、もしかして……」

チリに構えられた大麻が、サラリ、サラリと彼女の眉間を往復しはじめた。

「( ´△`) アァ- マンカメンカ チンカ チンカ ウー」

「これは、祈祷ですか!」

チリの口から放たれる、聞いているだけで気が抜けてしまいそうな、いかがわしさに満ちみちた呪詛。

「( ´△`) アリソーデ ウッフン」

「そういえば、アカデミーのレホール先生から聞いた覚えがあります……」

チリが生まれ育った(らしい)ジョウト地方では、昔から神仏が信仰されている。

ひと口に神仏といっても、目には見えない「運命」のような存在。

悪行を重ねたり、他人のテリトリーを無断で冒涜しようものなら、「運命」はその者に神罰を与える。

「( ´△`) ナサソーデ ウッフン」

ゆえに、ジョウト地方では、あらゆる場面で祈祷や読経を行うのが習慣となっているらしい。

古い建物を取りこわす際や、神聖な場所に足をふみ入れる際には、必ずと言っていいほど。

よこしまな心や敵意が無いことを天に示すためだ。

「( ´∀`) ホラホーラ キイロイ クラボノミ〜♪」

「この子は、なんと信心深いのでしょう!」

わたくしたちは、よそ者。キタカミの神聖なる水源、大いなる命の源へ、足を踏みこませて「いただいている」のだ。

「分かりました!キタカミの神様仏様!チリとわたくしを、なにとぞ……!」

チリの真横にひざまずいたオモダカは、両手をあげ、土下座の上下運動をはじめた。目に見えない「神」に許しをこうために。

そして、それにつられて正座になったチリも、おおげさに土下座を繰り返した。

心がこもった自己流のお祈りで、なんでも願いをかなえてくれるらしい「神」を呼び寄せるために。

すっかり暗くなった池の入り口に、スタイルだけは抜群な二人の影が、しなやかに踊った。



「きっとキタカミの屋台にいますわ!

それか高い山の上!」

「いえいえ!飽きてパルデアに帰ったのかも……」

ブルーベリー学園のリーグ部では、くっつけられた白いテーブルの上に、各地方の地図が広げられていた。

「フン。講義が終わってから、この短時間で何ができるのですか?

あの2人が自力で切符など買えるワケがありませんよ。どうせ、学園のあちこちをウロウロと……」

地図を囲みながら思い思いに唸るパルデアの四天王たち。

「どこでもいいが、さっさと見つけだしてもらえないか?」

チリとオモダカが、とつぜん校舎から消えた。

散々な内容だった講義について叱りつけようと、ブライアが彼女たちの寮を訪れた時には、すでにもぬけの殻だった。

学園やアオイへ断りがない限り、敷地から出てはならないとブライアが厳命していたにも関わらず。

「パルデアの人間は、そんなに時間の浪費が好きなのかな?」

「い、いえ、あの2人は特別っていうか……」

ブライアの辛辣な言葉に、ワタワタと手を振ったポピー。

あの素っとん狂なコンビが、パルデアの総意と思われてはかなわない。

「チリさんやオモダカさんと話をしたいという人間がたくさんいてね。

不在の理由を何度も聞かれるのが鬱陶しくてたまらないんだよ」

「ですから、このように策を打っている最中ではありませんか。

うらやましいですね。あなたの周りには優秀なトレーナーしか、いらっしゃらないようで」

しか、と強調して、ブライアの愚痴に皮肉で返したハッサク。

少し前に起きた「カキツバタの滑舌騒動」を明らかに知っている。

「おたくらのアホさを知って小生が笑い転げたように、アナタも彼女たちの本性を知らないでしょう?」

部外者は口を挟むな、というハッサク流のメッセージ。

「なんだと。万が一ワタシの庭で何かあったなら、いったい誰が責任をとるのだろうな!」

一触即発になった両者の間へ、アオキが精一杯の営業スマイルで「まあまあ」と割りこんだ。

「フン。首に鈴でも付けておくがいい」

捨て台詞とともに部室を出ていったブライアの背中に向かって、

ポピーとハッサクが、手の甲を向けて同時にピースサインを作った。



「ともかく、行きそうな場所が多すぎて手がかりがつかめませんね……」

ため息をついたアオキが、話を本題に戻した。

「……そういえば」

ハッサクとともに腕を組んでいたポピーが、ハッと瞳を見開いた。

「先日まで同じく講師でいらしていたレホール先生のウンチクを、2人で熱心に聞いていましたわ」

レホールは、そこらを通りかかる生徒や気の良さそうな人間を片っぱしからつかまえては、即席の授業を開くクセがある。

ポピーは思い出した。

ここのホワイトボードを背に、人差し指をピンと立てたレホールから朗らかに語られる雑学の数々に、チリとオモダカが夢中になって聞き入っていた姿を。

「……そう、てらす池!」

その中でも、2人が特に歓喜していた内容がある。



池の光を見ていると、不思議な事が起きるそうなの!


『φ(・∀・*)』

『聞いているだけで素敵……一度は見に行きたいものですね、チリ』

うっとりと微笑むオモダカの横顔を見やったチリは、花が咲いた笑みでこう解釈した。

『きっと、とんでもねぇ神様が住んでいて、何でもお願いごとをかなえてくれるんだ!』



「たぶん間違いありません!お2人はキタカミにいます!」

「分かりました。ポピーさんが言うのなら行ってみる価値はありそうですね!」

「無駄足にならなければいいですがね。まあ、あの生活主任の顔を見るよりは100倍マシでしょうが」

部室を飛び出したポピーにつられ、アオキとハッサクも後に続く。

「頼むぞ。今回は何もやらかさないでくれ」

指先で肩に突っかけたスーツを走ったまま羽織りながら、アオキはボソボソと祈った。



「(*`・ω・´) オン キリキリ ハッタハッタ」

チリの呪詛にあわせて、オモダカの上体がひれ伏しては起き上がる。

2人がのエクササイズは、夜がふけた今も続いていた。

「ハァハァ、チリ、そろそろ、良いのでは?」

「(*`・ω・´) ハーメタヤ ハメタハメタ」

「そ、そろそろ、お腹が空きました……もうダメ……」

ドテッと横に倒れたオモダカに合わせて、正座をといたチリも、後ろ手になって尻もちをついた。

「きっと、神様もお許しになっていますよ。さあチリ、車に戻りましょう」

しょんぼりと下を向くチリ。

彼女の腕をとって立ち上がったオモダカの耳に、こちらへ向かってくるライドポケモンの足音が聞こえた。

「やっぱりここにいたんですのね!」

どうどう、と、モトトカゲをいなすアオキの背中から顔をのぞかせた、口うるさいマトリョーシカが叫んだ。

「いやあ、よかった。毎度の事ながら、ポピーさんの勘はつばめがえしのように当たりますね!」

「ポ、ポピー!皆さんも!何故ここが……」

「なぜ?じゃありませんわ!あのイヤミな生活主任がカンカンなんですのよ!」

「まったく。またチリさんの奇行に巻き込まれたのでしょうが、彼女を甘やかすのもほどほどになさい!」

「まったくです。あなたがたのおかげで、小生たちまで八つ当たりされてはかないませんよ」

「面目、ありません……」

眉をへの字に寄せてしおれたオモダカとともに、チリもうなだれている。

もっとも、全くちがう理由からだが。

「まあ、お説教はブライアさんに任せるとして、早く学園に帰りましょうか」

地面に広げた供えものが、落ちこんだチリの手で重々しくリュックにおさめられて行く。

「大丈夫ですよ。すっごく嬉しかったです。キチンと許しをもらってから、また来ましょうね」

かがんだチリの頭をゆっくり撫でるオモダカの右手。

まったく。人が良すぎるだけのトップはともかく、チリ(さん)がもっとしっかりしていればなあ……

3人が、同じタイミングで憂いた瞬間。

池の水面から、湯立つような霧が上がりはじめた。

「こ、これは一体?」

「モトトカゲ!大丈夫!落ち着きなさい!」

あっという間に一面を霧に囲まれ、いつもは怜悧なハッサクもたじろいだ。

アオキとハッサクを乗せた2匹のモトトカゲたちは、パニックを起こして暴れている。

「前が、見えませんわ!これじゃ進めません!」

外した帽子を両手であおぐポピー。しかし、ますます濃くなる蒸気を防ぐ事はできない。

「アワワワワ!!」

「な、なんや、この煙!なあ、ポピー!アオキさん!ハッサクさん!総大将!」

「その声はチリ!

チリ、わたくしはここです!さあ、この腕を掴みなさい!」

虚空にむかって差し出されたオモダカの両手を、チリの右手と右手が握った。

「ああ、よかった!これで迷子にならずにすみそうですね!」

「(*^^*) センキュー♪」

「ふう、助かりましたわ。

総大将でもテンパるんですね。滅多に聞かれへん慌てっぷりで、正直おもろかったですわ」

立ちこめていた霧が、じっくりと晴れていく。白一色の景色が、ふたたび夜のてらす池に戻った。

「ひととおり調査も終わったけど、今の霧、とりあえずブライアさんに報告……おん?みんな、どしたん?」

「チ、チ、チ、」

「「「チリ(さん)が2人!?」」」

「( ゚д゚)what?」

「ほーん……ん?」

3人の叫びは、文法が明らかにおかしい。

「ナ、ナイストゥ、ミーチュウ……」

放心したまま、チリは目の前のチリと握手をした。

くたびれたカッターシャツ、黒いタイ、伸ばし放題の後ろ髪、リーグの紋章いりの手袋。何から何まで瓜二つ。

「な、な、な、なんやねん自分!?」

わずかな違いを上げるなら、

もう1人のチリは、ハキハキとコガネ訛りで話し、こちらのチリに比べると幾分か聡明そうな物腰であった事。

2人のチリのやりとりに、クッキリとした瞳をひときわ見開いたオモダカは、直立不動で絶句したまま倒れた。

『ドッペルゲンガーだと?ハッ、ワタシの叱責から逃れようと、バカげたウソをついても……』

「バカげたウソと一蹴するには、非常にバカげた事態なんですがね」

パルデアにある空港の待ち合いスペース。

3人の四天王と意識を取り戻したオモダカ、2人のチリは、真夜中の空の旅でイッシュに戻るはめになった。

それも、パルデアを一度介してから。

初めは、空飛ぶタクシーで学園に各々もどる手はずだった。

しかし、こちら側のチリが、愛車のミニをキタカミに放置するのを頑なに拒んだため、結局そろって飛行機に乗ることになり、

さらには、ミニを空輸するための手続きもろもろに時間を食われてしまい、

こうしてパルデア発イッシュ行きの夜行便を待っている頃には、すでに時刻はミルタンクの刻を1時間も超えていた。

夜明けが近い無人のターミナルには、ハッサクの抑揚がないテノールと、通話相手のくぐもった怒声が響いている。

『ドッペルゲンガーだの、生き別れの姉妹じゃないかだの、

そんなもの、まるで我が祖先が遺したタワ言と同じ、血迷ったオカルトだ!』

「ああ、もういいもういい。

間もなく、そちら行きの飛行機が来ますから。たかがアナタ1人を黙らせるために、交通費が高くついたものです……

で、切れたと。まったく。見なきゃ納得しないのはおバカさんの証ですね」

コガネ訛りのチリが、道中うすうすと感じていた違和感は、いまでは確信に変わっていた。

池に現れたコガネチリを迎えたパルデア一行は、自分を見下ろす2人の赤い目に意識を再び失いかけたオモダカを乗せ、ミニの車内ですし詰めになりながら、まずは、キタカミの空港を目指した。

移動する時のクセでだき抱え、膝元に乗せたポピーから、

「もう、ポピーはお子さまじゃありませんのよ!」

という、いつもと変わらない抗議を浴びて苦笑いしたコガネチリは、

目を限界まで見ひらいて運転にいそしむ、もう1人の自分いがいの面々から、素性について質問責めにあった。

(え?これ、ドッキリか何か?)

この小じゃれた車を運転しとる、目の前のもう1人のチリちゃん。

実はファンの1人で、チリちゃんのべっぴんなコスプレが趣味の一般人、とかかいな?

さまざまな邪推をしながら、コガネチリは正直に答えた。

パルデア四天王の露払いこと1番手。かつチャレンジャーを試す面接官。

「おん?代理で、ポピーが?

なっははは! 自分ら冗談うまいなあ!こんなやりがいのある役目、誰にも譲る気はあらへんよ!」

切り札はドオーで、テラスタイプはじめん。

「愛車?そんなもん持ってへんけど?」

「そこらへんでゲットしたモトトカゲと、じめんに着く足さえあれば十分やろ!」

などなど。

車内が沈みかえり、運転手の荒い鼻息だけが残された。

「あのー、もう1人の、チリさん?」

「なんなん、もう1人って?

それに、さっきからずーっとオズオズして。アオキさんらしくないなあ!

ドッキリなら、とっくに気がついと……」

「これはドッキリや悪ふざけのたぐいではありません!」

助手席に乗ったアオキから、叫びに近い制止がとんだ。

おそらく一生見る事はないと思っていた、キッと引きしまったアオキの精悍な顔つきがコガネチリを睨みつけた。

肩をギョッとすくめた彼女にとって、ここから先、事件が解決するまでの全てが、正反対の繰り返しだった。

「アナタの話が本当ならば、ところどころではありますが、自分たちの知るチリさんと完璧に符号します」

運転手に「こっちです」とナビゲートしながら、目をパチクリさせているコガネチリへと、粛々と告げたアオキ。

たしかに、チリが四天王の1番手かつ面接官なのは同じだ。

しかし、とてもではないが役目を全うしているとは言えない。

「小生が一言で例えるなら、アナキズムの権化ですかね」

幼児かと疑うほどマイペースで、自分が納得いかない物事には頑なに従わない。

空港で同僚たちを悩ませる事になる、この車へのこだわりが、まさにそれだ。

面接という名のチャレンジャーとのおままごと(文字通りの)も、業を煮やしたポピーが割りこみ、チリに成りかわって務めるのがお約束。

彼女がリーグに入れたのは、

たまたま目の前で倒れたリーグ職員の命を、野生のパモの尻に根元をつないだジャンプケーブルで助け、オモダカに大いに気に入られたから。

そして、なぜか勝負だけは異様に強い理由は、

彼女の手持ちたちが、なんの指示も出さない(だせない)主人のために、みずから頭脳をフル回転させて死にものぐるいで動くからである。

「なんでやねん!」

「ふざけすぎやろ!」

「チリちゃん、そこまでアホちゃうわ!」

コガネチリは、もう1人の自分の経歴を聞かされる間だけで、すでに50回はツッコんだ。

「たまたま出くわしたコインランドリーで、コップ入りの洗剤を飲み干した時には、この方は正気ではないと確信しました……」

「小生のアトリエに無断で入り、サンドイッチの具材で絵を作ったせいで、無数のベトベターを部屋にたからせた時はどうしてやろうかと……」

「この間だって、アカデミーの実験室を吹き飛ばしましたわ。ジニアさんに殺されるかと……」

「アハハハ!

……でも、そんなチリが、わたくしはどうしても憎めないのです。見た目は美人さんなのに、中身は9歳児みたいに可愛くて。今回だってきっと、わたくしを喜ばせたい一心で……」

そして、会話が進むにつれ、コガネチリは、さらなる違和感に襲われた。

「あの。みんな、なんかこう、微妙に違わへん……?」

まず、彼女が知るハッサクは、こんなにクールで無口ではない。

おまけに教職にあるまじき口の悪さ。

「これじゃまるで、めちゃくちゃ機嫌わるくしたアオキさんみたいやん」

しかし、コガネチリを困らせる昼行灯など何処にもおらず、

当のアオキは、

「もう1人のチリさん……テラスタル……もしや、あの方なら何かお分かりになるかも……」

などと慇懃な口ぶりで独りごちながら、ドラゴンつかいを思わせる目力でフロントガラスを凝視している。

「でも、今のアオキさんなら、大声も出してくれるし仕事サボることもあらへんかもしれんな……」

それに、ポピー。

言葉遣いが完璧で、所作もしなやか。大人たちと対等に私語を交わしている姿は、守られる児童というより、さながら保護者のように見える。

いつの間におぼえたん?やるなあ!

と、何度もことわざの問題を出したコガネチリが、「もう1人のチリさん、大人気ないですわね」と言われて本気で凹むのは、もう少し後の事である。

「だいたい、ポピーがチリちゃんを『さん』付けってないわ!」

おまけに、トップ。

この人は、業務用のスマイルではない、心からの喜怒哀楽などめったに見せない。

それが、この移動中だけで表情を何回かえた事だろう。

(作り話としか思えない)自分の架空の経歴を聞くたびに。

ブライア先生になんと説明すれば……としょげ返り、運転席から伸びた手で頭をなでられるたび。

「だいたい、今のトップとかアオキさんこそ、ハッサクさんの役目ちゃうんか?」

そもそもコガネチリは、ハルトが遭遇したという不思議な現象を調査するために池を訪れていた。

「5人まとめて、あの霧に包まれた時からや。みんなの様子がおかしくなったんは」

「ポピーたちも一緒ですの。チリさんが分裂したのは、霧に包まれた後……」

「チリはアメーバか何かなのですかね」

「ハッサクさん、アホ言わんといて!

……あと、チリちゃん的に一番ワケわからんのは……」

後列の真ん中から、コガネ弁でジトッと見つめられる、運転席の後ろ姿。

「自分、ホンマ何者やねん……?」

「チリ」

「ちゃう!ホンマの名前教えてーな!」

「チリ、チリ !! it's true !!」

「だあー、もう!!」

らちがあかない。コガネチリは、考えるのを諦めて憮然とだまった。



学園を勝手に抜け出した他の面々とは違い、この日の彼女は働きづめだった。

通常どおりのリーグの業務にくわえて、キタカミヘ飛んで池の調査、そして謎の霧……

黙っているうちに、疲労と心労がまぶたにのしかかったコガネチリは、

ウトウトと目を閉じ、ハッサクとともに自分をサンドイッチしているオモダカにもたれかかって、細い寝息をたて出した。

「おやすみなさい、チリ」という、トップの慈母を思わせるささやきを、片耳に浴びて。
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