【閲覧注意】アーノルド・ノイマン×TSアーサー・トライン


(ノイマンとアーサー♀の初邂逅。あるいはノイマンの2度目の春の訪れのノイアサ♀小咄)


 自分と彼女の関係性を表すのは少し怖い。何せ片やアークエンジェルの操舵士、片やあのミネルバの副長だ。一言で言えば怨敵の間柄と言えよう。
 ……言える筈なんだが。どうしてこうなった?

「えーっ?! アークエンジェルの操舵士?! しかも最初から?! う、うわぁ会えるなんて……!」
「い、いや、あの……」
「あれ? ち、違いました……?」
「えっいや! 合ってます……」

 興奮した様子から一転して不安げな表情で覗き込まれ、脊髄反射で肯定すればよかったぁと大仰に胸を撫で下ろす女性。
 春の野草のような色をした髪は肩口辺りまでだが緩やかなウェーブを描き、好奇心旺盛な光を宿す丸い瞳は沈む夕日を思わせる色をしていた。
 少々距離が近い気もするが、絶妙に不快にならない距離を保っている。それを恐らく素でやっているのだから別な意味で怖い。作為的にやっているのならとんだ悪女だ。

「改めて、私はアーサー・トラインです。ZAFTから出向してきました! コンパスではミレニアムの副長をすることになっています」
「……自分はアーノルド・ノイマンです。アークエンジェルの操舵士を務めています」
「……うふふ」
「え、なんですか……?」
「あ、すみません急に。こうやって会えるなんて夢にも思わなかったなぁって」
「……そうですね」

 感慨深く微笑んだ相手の言葉に今度は真剣に肯定する。確かに、本当にこんな日が来るとは思わなかった。


 先程、コンパス本部にてオーブ軍とZAFT軍から出向してきた面々による初めての顔合わせが行われた。
 まずクライン総裁が簡単な自己紹介を行い、キラやマリューが続き、コノエ大佐、そして今目の前にいるトライン少佐が口を開いた。

『アーサー・トラインです。前任は戦艦ミネルバの副長でした』

 瞬間、アークエンジェル側が静かにざわめいた。
 ノイマンも目を見開いて今しがた発言した女性を注視する。
 小柄な女性だった。緊張した面持ちで、けれど毅然とした佇まいでしっかりと立っていた。
 同時に隣にいるコノエ大佐が顔を彼女へと向け何かを言おうと口を開きかけたが、けれど結局何も言わずに視線を元に戻した。
 ZAFT側も彼女の後ろにいる何名かが顔を強張らせ、うち一人の赤服が彼女の袖を引く。その方向へ彼女は顔を向けて少しだけ笑って、何事かを相手の耳に囁く。内容は分からない。
 操舵士にとって目は重要な器官だ。だから囁かれた側が泣きそうに目が撓んだのをノイマンは見逃さなかった。
 結局、その後にミネルバのクルーと名乗る者はパイロットとして出向してきたシン・アスカとルナマリア・ホークのみで、他のクルーは誰も名乗らなかった。

(恐らくミネルバのクルーを庇ったんだろうな)

 アークエンジェルのクルーがどんな人間かは分からない。コンパスに出向とはいえ負の感情を持っていないとは限らないと思ったのだろう。
 万が一の際には自分が矢面に立つために。
 ここまでするのはミネルバの艦長がいないからだろうか。もしかしたら免責で軍を辞めさせられたか、軍法会議に囚われているのかもしれなかった。


 ドックの分かれ道まで一緒に行きましょう、と誘われてしまえば断る理由は思いつかず、数秒だが悩んで、首を縦に振ることにした。ZAFTの軍人と話す機会なんて滅多にないだろうと思ったのが理由だ。
 そんなつまらない男の横でトライン少佐はあれこれとよく通る声で話しかけてくれた。最初はぎこちなく相槌しかできなかったが、彼女のタイミングが読めれば段々とテンポに乗ることができるようになり、自然とキャッチボールが進んでいく。
 コンパス本部から専用ドックまでは一般道を使わずに直通で行き来できる。プラントからも人と艦を派遣しており、現議会の方針が共存を推しているとはいえ、まだまだナチュラルとコーディネーターの溝は深い故の配慮だ。勿論プラントに踏み入れる為には前もって入国手続は必要だが。
 こんな形でプラントに来るとは思わなかったな、と窓から見える整然とした街並みをなんとはなしに眺めやる。
 雑然の欠片もない、文字通り作られた都。それに圧迫感を覚えてしまうのだから、まだまだ理解が足りないなと考えさせられる。

「……この街並みは苦手ですか?」
「……えっ? あ、いや、そんなことは……」

 無い、とは言えなかった。たった今僅かな苦手意識を感じてしまったのをものの見事に言い当てられ、申し訳なくなって視線を逸らす。
 隣を歩いていたトライン少佐は気を悪くすることなく、さっぱりとした笑顔を見せた。

「私は地球生まれですが物心がつく前にプラントに渡ったのでこれが当たり前でしたねぇ。軍人として地球に降り立って街を見た時、建ち並ぶ民家に法則性がなかったことびっくりしましたよ」
「へぇ……」

 成程。そりゃあ逆の考えもあるよな、と考えつつ楽しげに並び歩くトライン少佐を横目で盗み見る。彼女はノイマンの肩くらいの身長なので旋毛が見える。
 こんな小柄な女性が自分達をギリギリまで追い詰めていた戦艦のトップ2だったとは。だが人は見た目によらないというのもある。アークエンジェルの艦長ことマリューもその一人だ。あぁ見えて攻撃的な戦術で今までの激戦を乗り越えてきたのだから。
 友好的でいるべきなのだろうが、正直なところこれ以上はどうすればいいのかは分からない。こうやって話をしてくれるだけ有難いと思うべきなのか、それとももっと積極的に話していくべきなのか。
 会話によるコミュニケーションは好きな方だ。憎み合うより理解し合った方がいいに決まっている。
 彼女も、銃を手にするよりケーキのようなお菓子を美味しそうに食べている方がずっと似合うと思うから。

「あっ流石直通ですね〜もうそろそろドックですよぉ」
「ん、本当だ……。これは楽ですね」
「ですね〜。これならコンディションレッドでも大丈夫そう!」
「……そうですか?」

 どういう状況なんだそれは。見た目と第一印象で判断するのはいただけないとは理解しているが、もしかしなくてもやっぱり天然なのだろうか。
 不意に告げられたトライン少佐の言葉で前を見ればいつの間にか通路の終わりが近づいていたことに漸く気づく。
 他愛ないことを沢山話していた。街並みから始まり、業務の休憩の最中に見かけた忘れられない景色や休暇中に起きたアクシデント、他にも色々。
 元々話すことは好きだ。だが、こうやって何気ない話題を気兼ねなく話せる人間はこの数年で大幅に減ってしまった。
 戦死してしまったり、思想の違いから道を違えたり。士官学校では笑いあっていたのに今では冷たい視線を送る同期すらいる。残念ながらこれがノイマンの現実だった。
 それなのに今日会ったばかりの、それも少し前までは殺し合った者同士の二人が穏やかに話せるのは少し不思議で……とても嬉しい。

「よかったです」
「何がですか?」
「……自己紹介した時、ちょっと警戒してたじゃないですか。けど、さっきみたいに楽しいことを共有できて嬉しいなぁって」
「……そうだな。俺も嬉しいよ」

 これくらいならいいか、と思い口調を崩す。目敏く気づきこちらへ勢い良く向いてじっと覗き込む。そうして相好を崩した表情は今日一番の笑顔だったので、釣られて笑ってしまった。

「じゃあ僕も敬語やめようかなぁ。そういえば何歳?」
「今年で28だ」
「えっ同い年じゃない?! じゃあ問題ないね〜よろしくねノイマン大尉!」
「そこまで来たらノイマンでいいよ」
「そう? じゃあ遠慮なく! 僕のこともトラインでいいよぉ。もしくはアーサーでも」
「……流石にトラインにさせてくれ」

 まだ会って1日目の女性に対してファーストネームを呼べるほど厚顔ではない。
 なんとなく気恥ずかしくなり、待てと言う代わりに手の平を向けてストップの合図をする。少し不満気な表情を見せるが、雰囲気は楽しそうである。言うほど気にしてはいないのだろう。

「副長ぉ〜皆行っちゃいましたよ」
「んえっ? 皆もう行ったの?」
「長話してるからだろ……。ほら、行きますよー。……あ、えっと……時間なんで失礼します!」
「あ、あぁ。こちらこそ付き合わせてすまない」
「いいえ! 全然大丈夫です」
「それ僕が言う台詞じゃない……?」

 赤服の少……青年がトラインを呼びに来たのか、軽快な足音と共に現れた。あどけない顔立ちだが目つきは猫を彷彿とさせる鋭さがあるのがノイマンには印象深く映った。
 ズルズルと引っ張られていくトラインが不意に振り返ってひらひらと手を振る。考えるより先に同じように返せば、彼女は綻ぶように笑ってくれた。
 もー話すの大好きなんだから……と些か敬意に欠けた台詞がギリギリ聞こえたのを最後に、彼女と赤服の青年がミレニアムへ続く連絡通路の扉の向こうへと消えていった。それを半ば呆然と見送るしかなかったノイマンの肩を誰かが叩き、思わず強張ってしまった。

「随分と話してたな」
「……そうか?」
「それにしても驚いたな。後ろで見てたけど、あのミネルバの副長があんなポワポワした女性だなんてさ。副長ってことは俺達と同じなら火器統制が担当だろ? 毎度ヤバいくらい狙い撃ちしてきた人とは思えないよなぁ」
「あ、あぁ……そうだな」
「……え、何。一目惚れでもしたか?」
「ハッッッ?!」
「うるさっ」

 一応持ってきた端末が手から滑り落ち、床へ強かに叩きつけられた音で我に返る。慌てて拾って壊れていないか確認したが、特に問題はないようで息をつく。
 だが背後から笑いを噛み殺した声が聞こえたらもう、ノイマンは長い付き合いになっている男を睨みつけるしか選択肢は残されていなかった。

「違う!」
「はいはい分かりましたーって」
「違うからな?!」
「わかったわかった」
「信じろよ!」
「しんじてますよー」

 別にそんな気持ちは一切無い。本当に驚いただけだ。こんなに小さくてかわいい人がこちらを沈めようとしたのかと、そう思っただけで。

(いやいやいや! かわいい人ってなんだ!)

 完全にチャンドラの言葉に動揺している。さっさとブリッジに戻ろう。そうすれば強制的に気持ちが落ち着くのだから。
 まだからかい足りない友人を引き剥がし足早にアークエンジェルへと向かう。見上げるアーサーの顔とチャンドラの笑い声がぐるぐると脳内を駆け巡って止まらない。1秒でも早く止まってほしいのに。
 一心不乱に歩き去った所為でマリュー達を追い越したことに一切気がつかず、面白いものを見たと言わんばかりに追撃を受けることになろうとは、この時のノイマンは思いもしなかった。
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