転移銃かく語りき


『えーと、はい転移銃ですけど。なんの取材ですか?呼び出す前に教えるものでしょう。
え?花柄の逆鱗のついた龍の事?見ましたよ?確かに。捕えれば4億gの賞金がついたあれですよね。その事について話して欲しい?金は…よし、受け取りました。この額に見合うだけ話しましょう。あれは確か…』
去年の夏の事だった。龍もソワスレラに避暑する、なんて諺があったがあの時期はその当のソワスレラまで暑かったのだから、セントラリアの気温がどうだったかは言うまでも無い。その日は昼過ぎの酷暑に耐えながら歩き続けていた。目的はトイレ探しである。まず、居候している和蘭芹堂のトイレが酷いつまりを起こし使えなくなった。深淵の酒場の物を借りようとしたが、何があったのか私が来た頃には爆破済み。仕方がないのでギルドに転移してみるが集団食中毒でもあったのかどのトイレにも死神を見るような顔の行列が出来ていた。
であるからして、最寄りの公園までトイレを借りるためだけに殺人的な日射の中をくぐり抜ける必要があったのだ。

『さっさと本題に行けって?うるさいですね、ゴタゴタ言わないで黙って聞きなさい』

花柄の逆鱗の龍の事を知ったのは、公園のトイレに張り替えられたばかりのポスターがあったからである。どうにも胡散臭い話だ。第一長く冒険者をやっているから言えるが、その日までそんな龍は聞いたことがない。それに、このような話ならばまず冒険者ギルドか狩猟ギルドに話が回るはずである。逃亡犯でもあるまいし市井の人々に募った所で何ができるか。そんな事を考えながら用を足した。
事済んで、退散しようとしたとき少女が駆け込んできた。女子トイレなのに野郎共の声がする。おっと。取り敢えず何事もない体でロックを外し廊下に出る。輩さん達に少女、怯えてる。
「きゃあ、変態!」
わざとらしく声を裏返して言ってみる。
「うるせぇぞアマ!命惜しければここで見たこと忘れて失せろ、いいな!」
「はい」
ジャケットを少女に持たせる。
「貴方達を衛兵に突き出してからね」
「あ!」
輩の一人が手に持っていたナイフを突き出す。動きは大ぶりで、しゃがめば躱せる。そのまま膝に一発喰らわし、仰け反った所でナイフを持つ方の腕を掴む。掴んだ腕を横にねじ伏せ、ナイフがトイレの壁に垂直に突き刺さるように男全体を押し付ける。顎が無防備になった所でハイキックを入れると男は倒れ込んだ。
「あがっ」「ヒイィィィ覚えてろよぉ」
「ったく、大丈夫ですか?」
少女は15歳くらい。容姿端麗。髪は白く短い。上京した村娘といった身なりに、少し大きすぎて不格好なスカーフが首元を覆っていて、そして何やら袋を背負っている。
「あ、ありがとうございます」
「アイツら誰なんですか?」
「知りません、けど、何故追っているかはわかります」
袋の中身を見せてくれた。龍の首だ。首元に花柄の逆鱗が付いている。
「!おい、これって!」
「しー…これを安全な場所で換金したいんです。護衛を頼めますか」
「仕方がないですね…分前は半々で」
話しあってグロワール国境付近の村に行く事になった。どうやら懸賞金の話は向こうに届いていないらしい。乗り合いの馬車を数回乗り継いで行けば3日後には付く村だ。
「そういえば名前聞いてませんでしたね」
「イツキ。イツキ」
「イツキですか」
少女の腕からジャケットを取って、いよいよ公園を後にした。

イツキとは少し話をした。孤独な身である事、懸賞金を受け取ったら数少ない恩人のために使おうと思っている事。恩人の事は恩人としか説明しなかった。儚げであまり語らない娘だ。
1日目の宿は酒場付きだ。ボアのローストがあると聞いて、ビールを貰いたかったが寝姿を襲われる可能性を考慮してやめておいた。
「というか、その首どこで見つけたんですか?」
「これは拾ったんです。私が来た時には既に首だけ切り落とされていて」
「…そんな事ありますかね?」
「…」
「どうしました?メシあまり食べてないみたいですけど」
「私がこうやって話したら、村のみんなや、転移銃さんに迷惑かからないか心配で…」
「大丈夫ですよ、私は腕が立つ護衛ですからねー。好きに話してください」
「拾ったというのは本当なの、信じて」
「わかりました、信じましょう、じゃ信頼の証としてその肉貰いますねー。食べないともったいないからー」
イツキは小さく声を漏らして笑った。

次の日も相変わらず暑さが居直っていた。もう少し進めば森が深くなる所だから木陰で幸いにも涼めると思ったが、そうでもない。山火事で山がはげ上がるのも納得である。昼食は川に入って魚を採る事にした。
イツキは手づかみで魚をひょいひょいと捕まえる、意外とワイルドだ。お陰で豪勢に昼食を取ることが出来たが。
ふとイツキはスカーフなぞ巻いて暑くないのか気になって尋ねてみる。
「これはとても大切なモノなんです」
「こんな時でもほどかないほど?熱中症でくたばっても知らないですよ?」
「このスカーフは恩人が初めて私にくれたんです。私ずっと一人で、寂しくて、でもこれがあればあの人が近くにいると思えるから」
「へー、じゃあ好きにしなさいな」

2日目の宿は1日目の物よりずっと小さい。経営者の老婦人が気前のいい人で、1泊分の食事に加えてパンやら果物やらを分け与えてくれた。イツキは相変わらず物を食べる様子がない。
「あの首をお金に変えたら、やっぱ村に買えるんです?」
「ううん、恩人は村にはもういないので。私夢があるんです、恩人と一緒に暮らして、自由に生きたいんです」
「今は自由じゃないんですか?」
「色々ありまして」
悲しそうな目だった。深入りは無用か。

茹だる暑さの中、疲労もたまっていた。すっかり寝付いてしまった私が次に目を空けるのは
朝の5時くらいだったか。何故目が冷めたかはよく覚えていない。何かガタガタした音がなっていて、部屋から出てみると縛られた老婦人
であった。夜盗に入られたのだ。すぐさま部屋に戻る。首を入れた袋が、ない。夜盗が逃げた方角は…目的地の村の方か。イツキに後で追いつくように手紙を残すと、すぐに村へと向かった。

目的地の村まであと数キロという所で盗人達の集団を見つける。数はざっと7人か。
「わざわざご苦労さん、4億gは俺達のモノになったんだぜ」
「3発」
「なんだ?」
「あんたら全員倒すのに3発しか使わないって事ですよ」
「いい度胸だなテメエえ!」
まず二人来る。槍を突き出してきたので飛び上がる。重なった槍を踏み切り板にして男二人の前に乗り出し、側頭部を足で払う。4人程の間にある地面に向けて転移団を発砲し、その先で左手首を地面につけて軸にする。そして回し蹴りで4人程薙ぎ倒す。残りの一人と先程の二人が囲んでくるので、一人の方を足払いして槍先に送る。
「ほら、残り2発くらいたくなかったら失せなさい!」
「ひ、ええええええ許してくださああああい」
これで首は取り戻した。イツキを乗せた馬車が追いついてきたので飛び乗らせて頂いた。
目的地には無事ついたのだ。

『で、この後どうなったって?知りませんよ。4億gは貰えたかって?この金額じゃ言えません、これの50倍出して下さい…ったく、じゃあ私帰りますよ!』







『…』
無論この話には続きがある。村についた時点でイツキはふらっとどこかに消え、後日先に首を換金しておいて欲しいという旨の伝言が来た。来たのだが…
「が、贋作ゥゥゥゥゥゥ!?」
「ええ、野生の龍の死骸に貼り付けただけの簡単な細工ですな。これではお金は支払えません」
「ええええええッ!?」
「…【ジロッ】」
「あ、はい、失礼シマシタアアアアアアア」
大体おかしかったのだ。懸賞金の依頼主は匿名だが、こんな辺境の村に人をよこせるなら大金持ちか公的機関だろう、態々ここに来る必要もなかった。しかし、ではいったい何故偽物の龍の首をあの少女は、金も貰わずに押し付けたのだろう?考えを巡らしながら宿でふて寝していると、いつしか本当に眠りに入って、目覚めたのは深夜丑の刻だった。鳥の羽ばたくような音に釣られ、月でも見るかと外に出る。そこには。
「…そういうことか」
赤いスカーフのついた白い龍がいた。龍はこちらに気づく事なく、ふたたび舞い上がる。
スカーフが風圧に押されてめくり上がる。そこには、確かに花のような模様の逆鱗が生えていた。龍は月光を背に写しながらグロワールへの空へと旅立ち、やがて見えなくなった。自分がこの件について知っている事は以上だ。4億gの懸賞金がなぜかけられたか、その後どうなったかは結局知る機会がなかった。ただ、3日間旅を共にした仲間の無事を細やかに祈る。
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