3年/秋桜


ハッとして口を手でおさえた。
でも、言ってしまった言葉は取り消せない。
どうしよう。もし、これが家に知られたら?雪音は?涼夏は?那月は?
「大丈夫か、榊原?顔色が…」
傑が私の前にまできて、しゃがみ込む。こちらを見上げてくる傑と目が合った。
「だ、だいじょうぶ。だいじょうぶ。だって私、まだ、ちゃんと、いい子で…」
「…榊原?」
「いい子でいるのがイヤなくせに、いい子をやめるのは怖いんだ?」
「アナタはちょっと黙っててください。…なあ、榊原。明日の任務、私が代わろうか?」
急いで首を横に振る。
「だいじょうぶ。だいじょうぶだから、ちゃんと任務に行くから、誰にも言わないで…おねがい…言わないで…」
「でも、そんな状態で行って、大怪我でもしたらどうするんだ?呪術師だからって、なんでも…」
傑は途中で口を閉じた。その先の言葉を傑は言わなかったけれど、なんだか、傑らしくない言葉が続きそうな気がした。
「おや、もしかして非術師嫌い?」
女の言葉に、傑の肩が揺れた。目が合わなくなる。
「一般家庭出身って聞いてたけど、特級になるくらいだからちゃんとイカれてるね」
「…非術師のせいで術師が死んでいくのに対して、アナタはどう思いますか」
傑は立ち上がって、女の方を向いた。私からはもう、大きな背中しか見えない。
「非術師のせいで…ねえ…。ウーン、確かに」
傑は何も言わない。
「だって、術師からは呪霊も呪いも生まれないからね」
嫌な予感がした。
「すぐる…?」
「じゃあ、非術師がみんな死ねば、誰も傷つかないで済みますか?」
「…なに言ってるの?」
「それはアリだよ、夏油君。でも私はナシ。そこまでイカれてないからさ」
「…出てってください」
声が震える。いったい、何を言ってるの?
「一番イージーではあるんだけどね」
「出てって!」
ベンチに座る特級術師の前に立つ。
「どうしてそんなに怒ってるのかな。呪いがなくなったら君もうれしいだろ?」
「お願いします。出てってください」
「…しかたない。出直すとするよ。それじゃ、夏油君。五条君によろしく伝えておいて」
女は出て行った。特級の爆弾を落として。
「傑…」
「明日の任務遠いんだろ?早く寝た方がいい。私ももう部屋に戻るから…」
「傑」
私の横を通って出て行こうとする傑の手を取った。冷たい。クーラーのせいかもしれない。両手で傑の手を包む。
「初めて君に会ったとき、変な人だと思ったの」
「知ってる。言われたからね、実際」
「…それが優しいってことなんだって、知らなかった。そんなこと、家ではなかったから。だから、君のことをおかしいと思ってたけど、本当は、私の方がおかしかったの」
言ってるうちにボロボロ涙が出てくる。
「女をバカにして、非術師を猿だとバカにするのが、普通で、正しいことだと思ってた。私も女なのにね」
「でも榊原は術師だ」
「…たまたま術式があって、たまたま術師になれただけだよ。それでたまたま、ここに入学できた。家の命令だったけど、今はよかったって思ってる。君に会えたから」
「榊原…」
「これは秘密なんだけど…、」
声を小さくして、口元に手を添えると、傑が屈む。その耳元に秘密を話す。
「実は家も術師も呪術界もクソだと思ってたんだけど、君みたいな術師がいるから、まだここにいてもいいかなって思ってる。ありがとう、傑」
お礼を言って、2、3歩、傑から離れる。
「明日頑張ってくるから。傑が今まで頑張ってきたことが無駄じゃないってこと、私が証明するから。だから…」




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