ユタカが姐さん乗り始め頃の話


「こんばんは、良い月夜ですね」
「……こんばんは……どちら様で?」

計画の第一歩としての魔眼狩りの最中、結界を貼った筈の背後から、第三者に声を掛けられた事実に''無い筈の心臓''が飛び跳ねた。

「なぁに、名乗るのも烏滸がましい田舎魔術師ですよ。今日は久しぶりに古い友と遊びに行く予定だったのですが……流石に見過ごせませんのでね」
「おや、お知り合いでしたか?」
「……親切心ですよ、''色んな意味で''」
「では、遠慮なく‼︎」

グレーのスーツの胸元に、一輪の薔薇を差した老爺へ、小手始めに大岩の棘を飛ばすも……

「嫌がらせかい?一張羅が砂塗れだ」
「………は?」

''何の詠唱も、何の動作も無かった''、それなのに岩が崩れて砂埃と化す光景に……一つの与太話を思い出した。

「……極東に、死徒の寵愛を受ける男が居るとの噂を聞いた事が有ります。
その男は……対魔眼戦闘においては時計台の君主すらも打ち破るとも」
「少し違うね。魔眼保有者ならば私は……あった事は無いけど神とて殺せるよ……【散れ】」

はらりと、彼の胸に差した薔薇が散った瞬間。魔術師としての勘が一斉に警鐘を鳴らす。

「さて、忠告だ。そろそろ全力で逃げた方が良い。薔薇の姫とも呼ばれる彼女は……大分丸くなったけれども私に危害を加える相手には容赦は無い。だからこそ私は……噂話のままでいられるのさ」
「……何故、そこまで惚れ込まれたのですか?」
「メジロファントム……良い馬だったよ」

日本の、競走馬らしき名に己の失態をはっきり自覚した。

「……競馬科の人間でしたか。……名前を聞いても?ミスター……」
「大久保ヨウキチ、唯のしがない調教師だよ」
「成る程…ご忠告感謝します。では【裏返れ、僕の心臓】」


◆◆◆


「……助かりました、大久保先生」
「いらぬ助けだと思ったけど……彼女の目に付く可能性があったからね。''時間前に''片付いて良かったよヨシトミくん」 

魔眼に関しては自身ですら敵わぬ、メジロの加護を受けた彼の人が通りかかったのは、少々手こずっていた身としては幸運だった。

「あちら向けの偽造情報ミスったね。どうせ君がただの魔眼保有者だと思った上での襲撃でしょ、彼」
「……失態です、本来なら多人数で掛かる予定でした」
「可愛い教え子に、累が出ちゃ困るんだよ……逃したのまずったかな」

少ないながらも、この日本競馬界にも魔眼の持ち主は人馬含めて存在する。故に近頃魔眼を狩る目的の殺人鬼らしき人間が近隣を彷徨いてると、野鳥達に告げられた故の囮作戦だったが。

「本気のどんぱちされると、リタが来ちゃいかねないよ?」
「デート、この近くの店でしたね」
「ああ、彼女と初めて会ったメジロファントム初勝利の時からの行きつけだ」
「……お手数を掛けました」

虚空から、飛び切りのワインを取り出してかの人に渡す。

「楽しんで来て下さい、大久保先生」

幕間 「閉眼」の調教師と薔薇の姫
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