カスタネダ『内からの炎(意識への回帰)』の小暴君に関する章(真崎訳23~42ページ)
エネルギーの流れる道を切り開きなおす行動は、他と影響しあう6つの要素から成っていて、そのうちの5つは「戦士としての特質」と呼ばれている - 管理(コントロール)、訓練、忍耐、タイミング、意志である。これらは自尊心をなくそうとする戦士の内心における闘いに関連しているが、第6の要素は外の世界に関連するもので、小暴君と呼ばれる。「小暴君とは他の戦士を苦しめる者さ。他の戦士に対する生死の力をもっているか、他の戦士を気も狂わんばかりにいらだたせる、そういう者だ」。「新しい見る者たち」が小暴君を分類するに当たって、それの重大さにそぐわない呼称を付けることによってユーモアを発揮したのは、やっかいな分類をする人間の意識に対抗できるのがユーモアだけだからだ、とコメントした上で、ドン・ファンはカルロスに言った:
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(邦訳書29ページ)
新しい見る者たちは、その実践のとおり、自分たちの分類に宇宙で唯一の支配者たる根源的なエネルギー源を冠し、暴君と呼んだ。そして、そのカテゴリーの下に、さまざまな専制君主が配される。あらゆるものの根源と比較して、もっとも恐ろしく暴君的な者は道化である。したがって、彼らは小暴君と分類される。
ドン・ファンによると、その下に2つの小区分がある。ひとつは、他を苦しめ、不幸を与えはするが死にいたらしめることはない小暴君で、小さな小暴君と呼ばれる。もうひとつは、終始他をいらだたせるだけの小暴君で、ザコ小暴君、あるいはケシツブ小暴君と呼ばれる。。。
彼は、小さな小暴君はさらに4つのカテゴリーに分けられる、といい加えた。第1は、乱暴と暴力で痛めつける者。第2は、まわりくどいやり方で耐えられないような不安をつくりだして痛めつける者。第3は、悲しみで重圧感を与える者。第4は、戦士を激怒させて痛めつける者。。。
「わしの師はいつも、小暴君にめぐり会う戦士は幸運だといっていたよ。自分の道を歩いていて出会えなければ、こっちから探しに行かねばならんのだからな」
征服された見る者たちがなしえたことでもっとも偉大なもののひとつに、ドン・ファンいうところの3段階進行の確立がある、彼はこう説明した。人間の本性を理解することによって、彼らは議論の余地のない結論に達することができた。それは、小暴君と向かい合ったときに自分というものを守ることができれば、未知のものにも無事に向き合えるし、不可知の存在にも耐えることができるのだ。
「ふつうの人間は、それは順序が逆だと思うだろう」。彼は説明をつづけた。「つまり、未知のものに向き合ったときに自分が守れる見る者が、小暴君にも向かい合えると考えるだろうということだ。だがそうじゃないんだ。古代の優秀な見る者を破滅させたのは、この逆の考え方なんだ。いまのわしらにはよくわかっている。力をもった並外れた人間を相手にする難行くらい、戦士の精神を強くするものはないということがな。そういう状態でこそ、戦士は不可知のものの重圧に耐えるだけの平静さと落ち着きが得られるんだ。
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スペイン人の征服者たちを相手にした見る者には、以後、立ち向かえないものなどなにもなかった。その後はせいぜいザコ小暴君の時代が続いたが、幸いにもドン・ファンは「大きなやつ」を見つけたのだった。だが、そのころのドン・ファンには、自分が幸運だなどとは思えなかった。そしてドン・ファンはカルロスに、自分の出会った小暴君の話を始めた。
20歳そこそこだったドン・ファンは、実質的には奴隷として売られたようなものだったが、金持ち一家の土地で稼ぎのいい仕事にありつけたと思っていた。彼が働くことになった農場の親方は、彼が家族の居ない、「その日暮らしの無学なインディアン」だと聞いて、これは完璧な奉公人だと思った!農場に着いた直後に、ドン・ファンは「すぐに逃げ出さねば」と悟ったのだが、レヴォルヴァを身体に押し付けられて脅されたため、最初に試みた逃亡は諦めねばならなかった。彼は3週間の間重労働にこき使われ、そのあいだ親方はずっといばりちらし、様々な武器でドン・ファンを脅した。
親方と、ドン・ファンが前に働いていた砂糖工場の工場長がグルになっていて、工場で働くインディアンたちを騙して死ぬまで働かせるのだと気付いたドン・ファンは、怒りが頂点に達し、大声をあげて台所を抜け、玄関のドアから外へ逃げ出した。しかし、親方の足は速く、ドン・ファンは通りで追いつかれて胸を撃たれてしまった。親方は、そのまま家へ戻って行った。幸いにもドン・ファンの師が通りかかって彼を見つけ、元気になるまで世話をやいてくれたのだ。この時の事を、ドン・ファンはカスタネダにこう語った。「ことのしだいを話すと、師匠は興奮を隠しきれないようすだったよ。『その男は、貴重な存在なんだぞ』というんだ。『その男は大切にしなければいかん。いずれ、おまえはその家へ戻らなければならん』とな。そして、大声で、百万人にひとりいるかいないかという無限の力をもった小暴君に出会う幸運に恵まれたんだ、とわめいていたよ。わしは、この老人は気狂いだ、と思った。師のいうことをちゃんと理解するまでには、何年もかかったんだ」。ドン・ファンはカルロスに、その家には3年後に戻ったと語った。「師が、管理、訓練、忍耐、タイミングという、戦士の4つの特質を使って戦略を練ってくれたんだよ」
ドン・ファンの師は、鬼のような人間との出会いから何を得なければならないかを教え、新しい見る者たちが知の道の4つの段階をどうとらえていたかを話した。第1段階は、弟子になる決心だ。弟子になって自分自身や世界に対する見方が変わると、第2段階へ進んで戦士になる。これはすなわち、最高度の鍛練と自分自身の管理ができるということだ。忍耐とタイミングを身につけたあとの第3段階は、知者になることだ。知者が見ることを学ぶと第4段階へ進み、見る者になる。
小暴君の重要性を説きつつ、ドン・ファンはカルロスにこう言った。「小暴君を利用するのは、戦士の精神を完璧にするためだけじゃなくて、楽しみと幸せのためでもあるんだよ」。実際、ドン・ファンの親方など、征服されていた時代に新しい見る者たちが立ち向かったほんものの怪物にくらべたら、なんてことはなかった。
ドン・ファンは説明を続け、普通の人が小暴君に立ち向かう時に犯す過ちは、そのための戦略を持って居ないことだ、と言った。いちばんまずいのは、普通の人々が自分というものを深刻に考えすぎていることなのだ。彼らは自分の行動と感情が一番大事だと考える。それは小暴君も同じだ。それにひきかえ、戦士は考え抜いた戦略を身につけているだけでなく、自尊心からも解放されている。彼らが自尊心を抑えているのは、現実というものは私達が行う解釈だということを理解していたからなのだ。この認識は、愚かなスペイン人に対する新しい見る者たちの決定的な優位性となった。
肉体も強化した後、ドン・ファンは同じ砂糖工場で職を得た。以前彼がそこで働いていたことを覚えている者はひとりもいなかった。
成り行きは同じだった。しかし、新しい職を斡旋してもらっても、工場長への支払いは拒否することになっていた。男は驚きもあきらめもしなかった。クビにするぞ、とドン・ファンを脅したのだ。しかし、ドン・ファンは、あの女性のところへ行って話をする、と脅し返した。工場の持ち主の妻であるその女性が2人の男のしていることを知らないことは、ドン・ファンにも分かっていたのだ、「近くの砂糖きび畑で働いていたから、彼女の家がどこかは知っている」とドン・ファンは言った。「喋らないからカネを寄越せ」とドン・ファンは要求した。工場長はあきらめ、ドン・ファンにいくらかカネを渡した。しかしドン・ファンには、これが彼をあの家へ送り込むための手だということがわかっていた。。。
「家へ着くとすぐ、わしは家の中へ入ってあの女性を探した。見つけると膝をついて彼女の手にお礼のキスをしたんだ。例の2人の男は青ざめていたよ。
「家の方のボスは、前とまるで同じ事をした。だが、わしには奴を扱う道具があった。管理と、訓練と、忍耐と、タイミングだ。結果は師の計画どおりになった。管理のおかげで、男の愚劣な要求を満たすこともできたしな。普通、そういう状況では、自尊心からくるいらだちや涙ですっかり参っちまうんだがな。少しでも自尊心を持っていると、自分にはなんの価値もないと感じさせられたときに、ずたずたになっちまうものなんだ」。。。
以前のように自分を哀れむのではなく、自分を踏みつけにする者がいても、ドン・ファンは管理によって、精神を調和させる一方、相手の男の強み、弱み、気紛れな行動を、すぐに観察したのだ。ボスの強みは激しい気性と大胆不敵さであり、彼の弱みは、自分の仕事が気に入っていて失いたくないと思っていることだった。どんなことがあっても、彼は白昼、作業場でドン・ファンを撃とうとはしなかった。もう1つの弱みは、家庭を大事にする男だということだった。家の近くの小屋に、妻と子どもたちが住んでいたのだ。
忍耐というのは、あせらず、懸念ももたず、ただ待つこと、出して当然のものを単純にひっこめておくことだった。無学な労働者の役を演じきるため、ドン・ファンは毎日はいつくばっていたという。
ドン・ファンの師の戦略には、「身分の高い者」を使って男の攻撃をかわすことも要求されていた。被征服時代に、新しい見る者たちがカソリック教会を利用して身を守っていたのと同じだ。ドン・ファンは例の女性に会うたびにひざまずき、彼女の守護聖人のメダルが欲しいと頼んだ。彼女がメダルを渡したので、ボスは仰天したという。夜、ドン・ファンが召使たちに祈りを捧げさせると、彼は心臓発作さえ起こしかねないほどだった。
「毎日あの男は、馬にわしを蹴り殺させようと、馬小屋へ押し込むんだ。だが、わしは厚い板を持って小屋の隅に行って、身を守っていたよ。奴は、わしがそうしているのに気付かなかった。それというのも、奴は馬が大嫌いだったのさ - 後で分かるように、これが奴の決定的な弱みだった」
ドン・ファンによると、タイミングというのは、抑えていたものすべてを解き放つものだという。管理、訓練、忍耐は、あらゆるものをせきとめておくダムのようなもので、タイミングは、ダムにつくられた水門なのだ。
ドン・ファンは、ボスの暴力を無力なものにする完璧なタイミングを見つけた。ある日、他の労働者たちとあの女性のいる前で、彼を侮辱したのである。社長の奥さんを死ぬほどこわがっている臆病者だ、といったのだ。「奴は狂ったように怒ったが、わしはもう彼女の前にひざまずいていたよ」
彼女が家へ戻ると、男とその手下たちは仕事があるから裏へこいといった。男の顔は怒りに青ざめていた。彼の声音から、ドン・ファンは彼が本当は何をするつもりでいるのかを悟った。ドン・ファンは言われたとおりにするふりをしたが、裏へではなく馬小屋へ走った。彼は、馬が大騒ぎをして、持ち主がなにごとかと見にくるのをあてにしていた。そうなれば、男も撃ったりはできない。仕事をなくすようなことをするはずがないのだ。それに、馬のいるところへは近づくまいということもわかっていた - よほどのことが無い限りは。
「いちばん気の荒い馬のいる小屋へ飛び込んだよ。そうしたら、怒り狂ってわけがわからなくなった小暴君もナイフを片手に飛び込んできた。わしはすぐに厚い板に隠れたんだが、奴は馬に一蹴りされてそれで終わりだった。
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