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『ふたりのMelt Kiss』









「兄さんの、ばか」



弟の幼い声が、決して広くはない部屋にこだまする。



ソファーの上で、普段は見えないはずの天井がこちらを睨みつけてくるのが無性にもどかしい。



「……パレス、俺なんかした?」



視界の半分を覆うパレスに、押し倒した理由を尋ねた。



でも、返ってきたのは、部屋の空気を満たしている沈黙だけ。



鋭いナイフのように、少しの揺らぎをも許さないほどの目と。

それに相反する、年相応のまあるい輪郭をした涙。



それら全てが、言葉なんて呑み込んでしまったみたいで。



「ねえ、パレス、なんかしたならちゃんと責任取るから……っ、んぐぅ!?」



最後の言葉は、吐き出す前に飲まれてしまった。



顔と顔がぶつかり、瞳に映っていたはずの景色は何処へやら、全てが隠されてしまって。



唇を強引に開けられたと思ったら、思考回路の基盤ごと、パレスの舌に絡め取られてしまった。



(や、ばぁっ……んっ、いき、んく、できない……)



こちらのペースだと言わんばかりに、パレスは空気を奪ってくる。



だんだん酸素の残量が少なくなってきて、目の前がぼんやりと霞んできた。



__ハナから、勝てるわけがなかったんだ。



二歳の時からG1で連対したり、古馬になってすぐ春天で盾を掴みとったパレス。



対して、重賞を勝ったのでさえ去年が初めての自分。



直接対決だって負けてばかり。



それなのに、張り合おうとしたのが間違いだったんだ。



負けを認めてしまったのを身体も検知したのだろう、指一本動かすのも億劫だ。



すると、なぜかパレスは不満げに耳を絞りながら唇を離した。



久しぶりに肺に空気が入り、生の実感と快楽を抜けたことへの虚しさが同時に発生したことに自分ですら驚いてしまう。



くらくらする頭を必死にパレスの方に向けて、その黒く艶やかな闇を湛えた瞳を覗く。



「……兄さん、いっつも他の誰かにはすごく楽しそうに話すのに、俺と話してる時、全然楽しそうじゃない」

「そ、それは……」



引け目__ううん、嫉妬しているからなんて言えるわけないじゃないか。



あまりにも格好がつかないんだもの。



「何をしても、どうやっても、兄さんが振り向いてくれるのは『兄』としてだけ。」

「俺は、兄として好きなんじゃない。アイアンバローズっていう、あなたとして好きだって思ってる。」

「だから」



気づいてほしい。

わかってほしい。



そう言い切ったパレスの瞳に、迷いの色はなかった。



言葉を胸の奥の引き出しに仕舞い、弟の澄んだ瞳の裏にある感情のヴェールをめくる。



それでも、その中にある花嫁は、姿を見せはしなかった。



代わり__というのだろうか、パレスはまた何も言わずにくちづけた。



こちらの理性も感情も身体も、すべて溶けて蕩けてなくなってしまうほどに、長く長くしたたかなキス。



脳みそを直接溶かされて、自分を支配する系統が置き換わっていくのがわかる。



だんだんと、パレスが自分の中に混じってくる。

自分の命令が自分の体からじゃなくて、パレスの体から指示されているのだ。



かろうじて見えた時計は、11時を指しながら秒針が虚しく回っていた。





__夜は、まだまだこれかららしい。
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