「ブレブレーメンズ」


題名:ブレブレーメンズ 作者:草壁ツノ

<登場人物>
戸坂庭橙梨(とさかばとうり):女性 元OL。現在無職。自分に自信が無く、流されるままバンドメンバ―に加入する。
乾健介(いぬいけんすけ):男性 元ボクサー。無口で不愛想。とある事件をきっかけにプロの道を断たれる。
露葉鈍吉(ろばどんきち):男性 プログラマー。オタク気質。基本的に明るいが他人の心の機微を読み取るのが苦手。
加藤子虎(かとうねこ):女性 喫茶ブレーメンで働くアルバイト。人懐っこい性格。特徴はピンクの髪と大量のピアス。
降江綿次(ふりえめんじ):男性 喫茶ブレーメンの店長。飄々とした性格。ブレーメンズバンドを立ち上げる。
上司:男性 橙梨の前の職場の上司。何かにつけて嫌味っぽい。
面接:男性 喫茶ブレーメンの面接に来た男子。
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<役表>
橙梨:女性
健介:男性
鈍吉+上司+面接:男性
子虎:女性
綿次:男性
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■注意点
特に無し。
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■利用規約
・アドリブに関して:過度なアドリブはご遠慮下さい。
・営利目的での使用に関して:無許可での利用は禁止しております。希望される場合は事前にご連絡下さい。
・台本の感想、ご意見について:お気軽にお寄せ下さい。Twitter:https://twitter.com/1119ds 草壁ツノまで
・両声類の方の利用について(2021/11/11追加)
 演者の方ご自身の性別を超える役のお芝居はご遠慮しております。

 可能:「不問」と書かれているキャラクターを「キャラクターの性別を変えずに演じる」こと
 不可:「男性」と書かれている役を「女性かつ両声類」の演者が演じること
    「女性」と書かれている役を「男性かつ両声類」の演者が演じること

 ご意見ある所でしょうが、何卒ご理解の程よろしくお願い致します。
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橙梨M:私の名前は戸坂庭橙梨(とさかばとうり)。
    25歳。
    ビン底眼鏡。
    これといった長所は無し。
    男女間の浮(うわ)ついた話、無し。
    職業......は、つい最近までOL、でした。

上司:「悪いんだけどさァ、戸坂庭ちゃん。キミ、明日からもう来なくていいから」
橙梨:「え?」

橙梨M:人の生活とはこうも簡単に崩れ去るのだと。25歳の私は身を持って知る事となった。
    世間は相も変わらず不況である。
    会社のお荷物とはこういう時、廃品回収に出されるのだ。

    けど嘆(なげ)いてる時間も無い。
    何故なら世の中というのは労働と税金で回っている。世知辛(せちがら)い世の中だ。
    
    私は求人募集のフリーペーパーから情報を寄せ集め、一つの募集に連絡をかけた。

子虎M:「喫茶店で働いてみませんか?
    きれいな喫茶店で、素敵な音楽を聴きながら楽しんで仕事☆
    初心者の方歓迎。先輩が優しく教えます。ご連絡はこちらまで――」

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橙梨M:後日。バイトの面接を取り付けた私の目に、見慣れない喫茶店の看板が飛び込んで来た。

橙梨:「えっと、《喫茶ブレーメン》......ここだよね。......へんな名前だなぁ」

橙梨M:ドアを開けると、木で出来た内装の店内。入口側のカウンターには、女の子が立っていた。

橙梨:「......あの」

子虎:「......いらっしゃーい。お客さんすか?」

橙梨M:こ、この子髪の毛ピンクに染めてる!それにピアスめっちゃ付けてる。こわっ!

子虎:「......あー、今お客さん居ないんスけどー......それでも良かったら、ゆっくりして行って下さいっス。へへ」

橙梨M:あれ、意外と愛想が良いなこの子。それに笑顔が可愛い......印象代わるなぁ。

    店内に入ると、男性二人が席を挟んで会話をしていた。
    雰囲気から察するに、何かの面接中のようだ。

面接:「......学生時代は吹奏楽部に入っていて、全国大会で上位に入った事もあります」

綿次:「ふ~むふむ、実に良い成績だねぇ」

橙梨M:どうやら、その面接も丁度終わった所のようだ。

綿次:「そいじゃ~お疲れさん。今回はどうもありがとうね」

面接:「あ、はいっ!ありがとうございました」

綿次:「いや、キミすごく感じが良かったよ。悪い所な~んも無かった」

面接:「ほんとですか!?良かったです。あの、ところで」

綿次:「ほいほい?なんでしょ」

面接:「今回の......合否連絡っていつ頃貰えそうですか?」

綿次:「おっとっと、うっかりしてた。ごめんね」

面接:「いえいえ、大丈夫です」

綿次:「そんじゃ、結果今伝えてもいいかな?」

面接:「はい!」

綿次:「オーケー。ほんじゃ、悪いんだけど君は不合格」

面接:「え?」

橙梨M:物陰で聞いていた私まで、不合格を宣告された彼と同じような顔になっていた。
    なんで、どうして?感じの良さそうな子なのに。

面接:「り、理由を教えてください!」

綿次:「いや~。ウチさ、君みたいな優秀な子は求めてないんだよねぇ。そんなわけで、ごめんね!」

面接:「えっちょ、ちょっと待って下さい!」

橙梨M:正当な理由を求めて縋るように追いかける少年と、それを気にもかけずにこちらに歩いて来る店長(?)。

綿次:「おっと。お客さん?」

橙梨:「あ、うべ、お、お邪魔してます」

橙梨M:店長と思しき男性と目が合う。私は思わず間の抜けた声を出してしまった。

綿次:「あ~クローズにしとけって言ったのにアイツ忘れてやがったな。おーいネコ!」

子虎:「ひえっ。あ、あっしは知らないっすよ~」

綿次:「ったく......」

橙梨M:さっきのピアスの女の子はどうやら「ねこ」さんと言うらしい。可愛い名前だな。

橙梨:「あ、えっと、お忙しい所すいません......今日面接の予約をしていた戸坂庭と言う者ですが」

綿次:「ああ!この前予約貰った戸坂庭さん。あちゃあ、面接の日程カブってたのか......いや、すいませんね。
   今からすぐ準備しますんで、すこ~し腰かけてお待ちいただいても......」

橙梨M:目の前の男性は不意にぴたり、と動きを止めると、私の方にぐるりと顔だけ向けた。
    その目は何やらギラギラしているように見える。

綿次:「......淀(よど)んだ良い目をしている!」

橙梨:「もがっ!?」

橙梨M:目の前の男性は私の顔を両手で突然挟み込んできた。
    そして潰れた私の顔を至近距離で覗き込んで来る。

綿次:「さぞ社会に対する恨み辛(つら)みがありそうだ」

橙梨:「わ、わんうぇすわっ?(なんですか)はひゃひへふははい!(離してください)」

橙梨M:私の抗議の声を無視して、店長と思(おぼ)しき男は怪しげにふふふと笑う。

綿次:「......よし、決まりだ。君は合格だ」
橙梨:「ご、合格?」

橙梨M:面接もしていないのに?

綿次:「ああ。うちは......君のような《社会のはみ出し者》を待っていたんだ!」

橙梨:「はいっ?」

綿次:「型崩れしたスーツ、生気のない瞳、薄いチークに全身から立ち上る覇気の無さ!
   面接するまでもない。君はどこから見てもこちら側の人間だ!
   おめでとう。我が《バンド》は、君を正式メンバーとして歓迎する!」

橙梨M:一瞬耳がおかしくなったのかと思った。バンド?バイトじゃなくて?バンド......バン......

橙梨:「ば、バンド!?」

綿次:「今そう言ったけど?」

橙梨:「え、あの、待って下さい。私今日はバイトの面接って聞いて......!」

綿次:「ウェルカームトゥ《ブレーメンの音楽隊(ブレーメンズバンド)》!
   メンバーが揃った。さあ、これから忙しくなるぞ!」

橙梨M:目の前の男性はまるでこちらの話を聞く耳も持たない。
    謎の力に抗う術もなく、私はその日、どうしてか、訳も分からないままに。バンドマンとなってしまったのです。

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橙梨M:気が付けば、喫茶・ブレーメンの店内には私を含め4人の見知らぬ男女が揃った。

    一人は髪を短くした、目つきの鋭い男性。愛想の欠片もなく、腕組みをしている。

健介:「......」

橙梨M:一人は少し小太りの、眼鏡をかけた男性。やや挙動不審だ。

鈍吉:「そ、素数を数えるのでござる。2 3 5 7 11 13 17 19 … ……」

橙梨M:一人はピンクの髪の、この店で初めて会話したねこさん。この中で唯一楽しそうに笑っている。

子虎:「いやぁーそれにしても個性豊かな人らが集まったっすねぇ。ね、そう思わないっすか?」

橙梨:「え、ええっと......そう、ですね」

橙梨M:最後に、無難に返す事しか出来ない私。
    4人がけのテーブルにそれぞれ座った私たちは、どこからどう見ても友達には見えない。

綿次:「おお~~揃ったみたいだな」

健介:「......はぁ」

鈍吉:「19…23…28… 」

橙梨:「......」

子虎:「てんちょー、何かお菓子無いっすか?」

綿次:「無いっ。......まぁ、バンドメンバー初の顔合わせなんだし、それぞれ自己紹介ぐらいしたらどうだ?」

子虎:「あ~そうっすね!じゃあまずあっしから。あっしは加藤 子虎(かとうねこ)。よろしくっす~!」

鈍吉:「せ、拙者(せっしゃ)は露葉 鈍吉(ろばどんきち)でござる。作戦参謀(さくせんさんぼう)はお任せくだされ」

橙梨M:さ、作戦参謀?

橙梨:「と、戸坂庭 橙梨(とさかばとうり)です。よろしくお願いします」

健介:「......乾 健介(いぬいけんすけ)」

綿次:「んで、俺がこの店のイケメンマスターこと降江綿次(ふりえめんじ)」

橙梨:「皆さんも、店長さんに集められてここに?」

子虎:「あっしは元々ここでバイトとして働いてるっす~」

鈍吉:「拙者はこの店でお昼ご飯を食べてる時に、そこのねこ氏から勧誘されたでござる」

綿次:「んで、こっちの健介は俺の昔からの知り合いで、俺が声かけたら快く来てくれた」

健介:「なにが快くだ。くそっ」

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綿次:「そんじゃ早速、それぞれの担当決めちまおうか」

鈍吉:「お、いいでござるねぇ!」

子虎:「いぇ~!」

綿次:「ところで、お前らは何か出来る楽器とかあるの?」

健介:「俺は何も出来ねぇぞ」

綿次:「そっか。んー、じゃあ健介。お前はドラム」

健介:「ドラム?なんで」

綿次:「力いっぱい殴ればいいからな。お前《そういうの》得意だろ?」

健介:「......」

鈍吉:「拙者はタイピングの速さになら自信があるでござるが......」

綿次:「じゃあロバート。お前はキーボード」

鈍吉:「ろ、ロバート?それはともかく、何故キーボードなのでござるか?拙者ろくにピアノも触った事無いでござるぞ?」

綿次:「音の鳴るキーボードもパソコンのキーボードも、大して変わんないだろ」

橙梨M:そんな簡単なものじゃない気がする……。

子虎:「あっしは歌が得意っすよ~!」

綿次:「ふむ......じゃあネコ。お前はギター担当」

子虎:「えーなんでギターなんすか?!」

綿次:「お前目立つポジション好きだろ。じゃあギターはぴったりだ」

子虎:「な、なるほど......?」

綿次:「さて。となると最後にボーカルは......」

橙梨M:4人の視線が私に集中する。え、何だろうこの流れ。

橙梨:「......えっ、えっ!?いや無理です、無理ですよ!私人前に立つとか無理です!」

健介:「つってもお前楽器出来ねーんだろ?」

鈍吉:「なら消去法で決まりでござるな」

子虎:「いいなぁ。ボーカルやりたかったなぁ......」

綿次:「はい。それじゃ多数決で決まり」

橙梨M:そ、そんな......!

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橙梨M:それから。私たち4人はこの喫茶ブレーメンに訪れては、来たるライブコンサートの日に向けて練習を始めた。

鈍吉:「ぐええ、指が動かないでござる......」

健介:「んだこれ。こんな沢山同時に叩けるわけねーだろ」

子虎:「んんん、Fコードが抑えられないよぉてんちょお~~」

橙梨:「生麦生米生卵.......となりの柿はよく客食う......柿、客......」

鈍吉:「そもそも音感というのは2歳から6歳までの間に急激に成長するものであって、
   それを我らのような20数年近く鍛えてこなかった新参者がいきなり身に着けようとするのがどだい無理な話なのでござり、
   それすなわち拙者の解釈だといきなり始めて成功するのはアニメの世界だけの話であってつまり拙者の解釈だと」

子虎:「あいたたた......」

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橙梨M:そんなあくる日。店に珍しい客が訪れた。

綿次:「いらっしゃいませー。何にします?」

上司:「あぁ、とりあえずアイスコーヒー。いやぁ今日は暑くてやんなっちゃうね」

橙梨:「......!」

橙梨M:一目で分かった。前の会社の上司だ......思わず冷や汗が出る。

上司:「おっ?君は戸坂庭くんじゃないか。こんな所で何してるんだ。まさか......バイトか?」

橙梨:「えっ、と。まぁ、そんな......所です」

上司:「ははは、そうかぁ。まぁ何でも仕事しないと生活していけないからなぁ」

橙梨:「あ、はは......そうなんですよね......」

橙梨M:したくも無い愛想笑いが出てしまう。いつも笑ってその場をごまかそうとする私の悪いクセだ。

子虎:「こんちは~っす。橙梨さんのバンドメンバーのねこでーっす」

上司:「ああ?バンド......?」

橙梨:「いや......その」

上司:「......君ねぇ。仕事を辞めてどこで何をしてるかと思えばこんな、ハンパな奴らとつるんで!
   何を考えてるんだ君は。そんなんでこの先どうしていくつもりだね?」

橙梨:「......」

上司:「はぁ。呆れて言葉も出ない。君はもともと、うちで働いていた頃からそうだった」

橙梨M:うるさい。

上司:「自主性が無く」

橙梨M:うるさいってば。

上司:「出来もしない仕事を抱え込んで」

橙梨M:それはあなた達が捌けない量の仕事を私に振るからじゃない。

上司:「挙句、最後は会社を辞める!はぁ、君が辞めた後の仕事のツケがこちらに回って来てるんだよ。ただでさえ忙しいというのに」

橙梨M:うるさい......!私はもう十分頑張った......!もう黙ってよ......

健介:「ウゼーんだよオッサン」

上司:「な、なんだね君は」

健介:「誰でもいいだろうが。おいオッサン、この場所に陰気(いんき)くせぇ空気持ち込むんじゃねぇよ」

子虎:「お?なんすかケンカっすか~?あっしも参加していいすか?」

健介:「おう、来いピンク頭」

上司:「な、なんだ君たちは!暴力に訴えるつもりか?け、警察を呼ぶぞ!」

健介:「おお暴力だ。オッサン、あんた理不尽な暴力にあった事が無いんだろ。
    だからそんな風に言葉で相手を好きなだけ煽れるんだ。もし俺なら――」

橙梨M:乾さんが眉間に皺を寄せて上司をにらみつける。

健介:「そんなナメた口聞いた瞬間ボコボコにしてやる」

上司:「ひ――ひ、ひああ!」

綿次:「ちょっと~お客さんお代お代!......ああ、全く。」

健介:「――ふん。くだらねぇ」

橙梨:「えっと、あの......ありがとう、ございました」

健介:「あ?俺はただあのオッサンが鬱陶(うっとう)しかったからやっただけだ。礼言われる事してねー」

子虎:「おやおや?これが俗(ぞく)にいうツンデレというやつですかな?」

健介:「......(無言で拳骨)」

子虎:「いたぁい!てんちょー!女の子に手上げましたよこの男!」

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橙梨M:それ以来、上司が喫茶ブレーメンには現れる事は無くなった。
    それとあの一件依頼、私の乾さんに対する印象が少しだけ変化した。
    眼つきは鋭いし、話しかけづらい雰囲気ではあるけど、悪い人では無さそう。そんな風に思える程度には。

    ある日、喫茶店の近くで煙草を吸っていた乾さんを見かけたので声をかけた。

橙梨:「乾さん」

乾:「......ッス」

橙梨:「一服ですか?」

乾:「見りゃ分かんだろ」

橙梨:「はは......そう言えば、この間はありがとうございました」

乾:「まだ言ってんのか。いいよ別に」
   
橙梨:「いや、すごいですよね。乾さんは」

乾:「は?」

橙梨:「自分の思ったことを怖がらずに口にして。私には、とても出来ない。
   ......それが出来たらもっと、前の職場でうまくやれたのかな」

健介:「......考え無しに、思ったこと何でもすぐやっちまうから、俺ははみ出し者になったんだよ」

橙梨:「え?」

健介:「......昔、暴力事件を起こして、それが原因でプロになる道を絶たれた」

橙梨:「プロ?」

健介:「ああ、ボクシング」

橙梨:「ああ......」

健介:「ダチが不良に絡まれててよ。助けようとして――って言えば聞こえはいいが、結果俺は三人を病院送りにした。
    一人は、まだ意識不明らしい。俺は、やっちまってから事の大きさに気が付いた」

橙梨:「......」

健介:「自分の拳が凶器になるって、その時初めて理解した。少年院にぶち込まれて、
   刑期が終わって出て来た後......俺は、ボクシングが出来ない体になってた。人を殴ろうとすると手が震える」

橙梨:「そんな事があったんですね......」

健介:「......ぺらぺら喋りすぎちまった。今の話は、忘れろ」

橙梨N:乾さんがどこかに歩き去って行った。そんな事があったんだ......。
    私はもやもやした気持ちを抱えたまま、ブレーメンの扉を開いた。

橙梨:「......こんにちは」

綿次:「あ、橙梨ちゃん。丁度いい所に」

橙梨:「綿次さん。どうしたんですか?」

綿次:「いやね、橙梨ちゃん、今練習してる曲があるじゃない。その曲の歌詞を考えてくれない?」

橙梨:「えっ、あたしがですか?」

綿次:「そうそう、トリに使う予定の曲だから」

橙梨:「えっ!?いやハードルが高すぎますよ!」

綿次:「なるべくエモいのにしてね。じゃ、そういうわけだからよろしく~!」

橙梨:「えっあっちょっと!......参ったなぁ。どうしよう......」

鈍吉:「こんにちはでござる~。やや?まだ皆揃っていないのでござるな」

橙梨:「あ、露葉さん......少しいいですか?」

鈍吉:「おお~戸坂庭氏。どうしたでござるか?」

橙梨:「えっと......誰かに聞いて欲しい話があって」

鈍吉:「お。拙者で良ければなんなりと。生憎(あいにく)と流行りの話に疎いでござるが......」

橙梨:「ありがとうございます......」


橙梨:「......私、これまで決められたルートしか歩いて来なかったんです。
   やりたい事とか夢とか無くて。寧ろ、そんな不安定な道を選んでどうするのって、
   内心バカにしてた所すらあって。

鈍吉:「ふむふむ」

橙梨:「でも、いざ自分が正しいと思ってきた道が崩れそうになった時、そこでようやく目が覚めて。
   なんで私は大丈夫って思ったんだろう。どんな道でも絶対のものなんて無いのに。
   好きな道を選んでくださいって、急に言われた時に、私の中に選べるものが何も無かったんです」

鈍吉:「ふむ......戸坂庭氏も悩んでおられるのですな......」

橙梨:「露葉さんはどうしてその仕事を選んだんですか?」

鈍吉:「拙者でござるか.......はは、拙者はですな。
   昔から、人の感情の機微やらなんやらにめっぽう疎(うと)い男児だったのでござるよ。
   だから、就職するにしても、極力人とコミュニケーションを取らなくてもいい仕事を、と。
   その結果、選んだのがプログラマーだったのでござる」

橙梨:「そうだったんですね」

鈍吉:「人間の複雑さに比べたら、プログラムは実に素直でござった。拙者に対してもちゃんと心を開いてくれた」

橙梨:「それにしても露葉さん、プログラム書けるのすごいですね」

鈍吉:「いやいや、そんな大層なもんでは無いでござるよ。ソースコードの大半はコピペでござる」

橙梨:「えっ。そうなんですか!?」

鈍吉:「デュッフッフッフ。戸坂庭殿もまだまだ世間知らずでござるな。
   ちなみに、プログラマーはブラックでござるから、心してかかるように」

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橙梨M:そんなあくる日、事件が起きた。
    私と乾さんとで口論になったのだ。
    事の発端(ほったん)は、何気ない会話から。

子虎:「そういえば、橙梨さんは前の職場でどんな仕事だったんすか?」

橙梨:「私は......はは、なんてことない、ただのOLです」

子虎:「OLかぁ。私には無理だなぁ。ほら、お茶くみ?とか、書類コピーしたりとか」

橙梨:「あはは......」

健介:「まぁ、誰でも出来る仕事だからな」

橙梨M:乾さんの言葉に、少し心がざわつく私。

橙梨:「どういう意味ですか?」

健介:「どういう意味もねぇよ。《替えが利く》、《誰でも出来る仕事》。これで満足か?」

鈍吉:「ちょ、ちょちょちょ健介殿。さすがにそれは言いすぎでは」

橙梨:「......いいわね夢語ってる人は。それがあれば現実見なくて済むから」

健介:「あ?お前今なんつった」

鈍吉:「ちょ、ちょっと戸坂庭氏も。落ち着くでござる」

子虎:「そうだよぉ。ちょっとイヌイっちも落ち着きなって」

健介:「うるせえ、離せお前ら」

橙梨:「......」

健介:「......お前にわかんのか?夢追いかけ続けるっていう難しさが」

橙梨:「分からない。でも、乾さんは目の前の現実から逃げてるだけじゃない」

健介:「知ったような事利いてんじゃねぇ!お前に何が分かるんだ、ロクに何かを目指した事も無いやつが!
    はじめから何も持ってねぇヤツよりもな、持ってた上で取り上げられる方が死ぬ程苦しいんだよ!!」

橙梨:「いいじゃん」

健介:「あぁ?」

橙梨:「いいじゃん......持ってるだけいいじゃん!私何も無いよ。誇れる所なんにも!
    なのに、何?才能持ってる人が一度や二度の失敗ぐらいでさ、うじうじしちゃって!!」

健介:「んだとォ!?」

綿次:「はぁい、そこまで」

橙梨M:綿次さんが会話を遮る。

綿次:「あー、悪いんだけどな、お前ら。ライブは中止んなった」

橙梨::「え?」

健介:「どういう事だよ!」

綿次:「聞こえなかったのか。ライブは中止だ」

橙梨:「どうしてですか......?」

綿次:「......周辺住民からクレームがあってな。
   この店に治安の悪いやつらが集まって何かをやろうとしてるって」

鈍吉:「そんな、誤解でござるよ」

綿次:「ま、それとは別の理由もあるんだけどな」

健介:「ああ?別の理由?」

綿次:「実は、実家の稼業を継ぐことになってな」

子虎:「え!?聞いてないっすよてんちょー!」

綿次:「今初めて言ったからな。まぁそんなわけでこの店も畳む事にした。いや、全くもって理不尽な話だろ?」

子虎:「そんな......今まで一生懸命練習してきたのに......」

健介:「別に、いいじゃねぇか。元々やる気の無かったライブが無しになっただけだ。せいせいする」

橙梨:「綿次さんは......これで終わって、いいんですか?」

綿次:「......」

綿次:「ほんとはさ、この店を畳もうってのは元々思ってたんだ。いい加減、続けても金がかかるばっかりだしよ。
   ただ、元々この店は色んなバンドマンが訪れて演奏してた、活気のある場所だったんだ。
   だからどうせ畳むなら、最後にそんな光景を見てからにしたい......そう思ってたんだけどな」

橙梨:「やりましょう」

綿次:「うん?」

鈍吉:「戸坂庭氏?」

橙梨:「私たち、綿次さんに無理やり誘われてこうしてバンドを組む事になったんです。
   毎日こうして練習して。なのに、それを無しにしましょうなんて納得できません」

綿次:「納得できないって、そんな子供みたいなことを」

鈍吉:「そうでござるよ店長!拙者、こんな消化不良で終わっては夜もろくに寝れないでござる!」

綿次:「......健介とネコは?」

健介:「......俺はどっちでもいい」

子虎:「あっしは......」

綿次:「ふう。分かった。とりあえず今日は解散。どうするかはまた連絡する」

橙梨N:皆が思い思いにブレーメンを出て行く中、残った店長に声をかけた。

橙梨:「あの、綿次さん」

綿次:「あ?どうしたんだ橙梨」

橙梨:「あの、猫さんのことなんですけど――......」

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*その日の夜

綿次:「ほんじゃ鍵かけるぞ。ネコ~、店の電気消しとけ」

子虎:「て、てんちょー!」

綿次:「お、どうしたいきなり。便所か?」

子虎:「違うっすよ!」

綿次:「じゃあなに」

子虎:「......ここじゃなんなんで、場所変えないっすか。このビルの屋上とか」

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綿次:「うう~~さっむ。んで、なんだよネコ~~。俺早く帰りてぇんだけど」

子虎:「すぐ!すぐ済みますから、ちょっと我慢してくださいっす」

綿次:「なんだよったく......。あ、これもしかしてあれか?これは俺、告白されちゃう流れか?」

子虎:「......はは」

綿次:「おいおい参ったな!いやぁー俺も捨てたもんじゃないなうんうん」

子虎:「そっすよ」

綿次:「......は?」

子虎:「そうです。告白です」

綿次:「いきなり何言ってんだネコ」

子虎:「てんちょー的にはいきなりかもしんないすけど、私は、ずっと前から思ってた事なんで......」

綿次:「......」

子虎:「......(深呼吸)てんちょー!好きっす!私にてんちょーの実家のお手伝い、させて貰えないっすか......?」

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橙梨M:夜、ブレーメンの近くにある公園の傍を歩いていると、見慣れた女の子がベンチに座っているのを見かけた。

橙梨:「......ねこちゃん?」

子虎:「......トウ、リさん」

橙梨:「え、どうしたの子虎ちゃん?泣いてるの......?」

子虎:「あ。へへ......実は、さっき......」

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橙梨:「......そっかぁ」

子虎:「はいっす......へへ、人生で初めて告白したのに、見事玉砕しちゃいました」

橙梨:「そっか」

子虎:「いや、誰かに気持ち伝えるのって怖いっすね!」

橙梨:「......子虎ちゃんにも怖いものってあるんだね」

子虎:「あるに決まってますよ~もう、橙梨さん。何言ってるんすか」

橙梨:「私ね、初めて子虎ちゃんに会った時、子虎ちゃんの事怖かったんだ。
   ピアスすごい沢山空けてて、髪もピンク色でさ」

子虎:「あはは。ピアス穴の数は自信の無さの数っすよ。知ってました?
    強がって見せてるけど、実際はあっし、誰よりもビビリなんす」
    
橙梨M:そう言うと、子虎ちゃんはぽつりぽつりと自分の事を話し始めた。

子虎:「――実はあっし、昔いじめられてて。
    だから、見た目でビビらせてやろうと思って、派手な色の髪にして、ピアスも沢山空けたんす。
    そしたら、次第にそいつらは私に近づかなくなって行きました」
    
橙梨:「そうだったんだ」

子虎:「あっし、人の事全然信用してないっすから。自然と猫被って接するのが癖になっちゃって。へへ」

橙梨:「はは。それ、私も似たようなものだよ」

子虎:「でも......そんな私の猫被るクセとか、臆病なとことか、てんちょーには全部見抜かれてて。
   それで見かねたてんちょーが、私の事を喫茶店のバイトとして雇ってくれたんす」

橙梨:「なるほどね......」

子虎:「はぁーあ。こんな穴だらけの私を愛してくれる人、どこかに居ないっすかねぇ。はは......」

橙梨:「......あのね、子虎ちゃん。これは店長には秘密にしろって言われてたんだけど」

子虎:「てんちょーが?なんすか......?」

橙梨:「えっとね――」

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橙梨M:私は、つい数時間前に綿次さんと二人きりになった時、話した内容を子虎さんに伝え始めた。

綿次:「......どうしたの、橙梨ちゃん。話って」

橙梨:「あの、綿次さんは......子虎さんの事、どう考えてるんですか?」

綿次:「......ネコか」

橙梨:「さっき、ブレーメンを畳むって話が出た時、子虎さん、すごく辛そうな顔してましたよ。
    伝えてなかったんですか? どうして......?」

綿次:「言えるわけねーだろ。あいつ、分かり易いぐらい落ち込むんだから」

橙梨:「......それでも」

綿次:「......ハァ。ま。確かに何も伝えなかった俺が悪い。それは、悪かったと思ってる」

橙梨:「それを伝えるのは、私じゃないと思います......」

綿次:「......へ、そりゃまぁそうだ」

橙梨:「子虎さんは、連れて行かないんですか?」

綿次:「はあ?ネコを?」

橙梨:「......」

綿次:「......ネコが実家について来たら、ただでさえ忙しい仕事が回らなくなるだろ」

橙梨:「っ、で、でも」

綿次:「だから」

橙梨:「......だから?」

綿次:「だから......実家の稼業が落ち着いた頃。まぁ、2、3年程度はかかるだろうな。
    そのぐらいにまたネコの様子を見に来るつもりだよ。そん時、まぁ。まだ、もし、万が一......
    ネコに相手が居なかったら......そん時は俺が貰ってやるつもりだよ」

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子虎:「......!」

橙梨:「......って、綿次さん顔赤くしながらボソボソ言ってたよ。どう、元気湧いた?」

子虎:「......(鼻をすする)やる気出ないわけ無いじゃないっすか!もう何も怖いもん無しっすよ!」

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橙梨N:子虎ちゃんを見送った後の帰り道、コンビニの近くで煙草を吸っていた乾さんを見かける。

橙梨:「あ、乾さん」

健介:「......よく会うな」

橙梨:「あはは、確かにそうですね」

橙梨N:少し前に口論したばかりなので、なんとなく気まずい。

橙梨:「......そう言えば、いよいよ明日がライブですね」

健介:「そうだな」

橙梨:「明日のライブで、何か変わるんでしょうか」

健介:「さあな。何も変わらないんじゃねーの」

橙梨:「そんな言い方......」

健介:「あのな。そもそもお前は何を期待してるんだ?あのバンドに。
   寄せ集めの集団。信念も何も無いやつらが音楽やって、何を変えるつもりなんだ?」

橙梨:「それは......」

健介:「......」

橙梨:「私は......臆病な自分を変えたいです。
   人の顔色ばかり見て、自分の言いたい事を曲げてしまう自分を。
   もっと本音で、何が好きで何が嫌いか......私はどんな人間なのか......
   それを言えるようになりたい。明日のライブは、そのチャンスだと思うんです」

健介:「そんな簡単に人間変わらねーよ」

橙梨:「......そこまで頑なに、相手を否定するのは何故なんですか?
   自分を変える事を、乾さんが諦めてしまっているから......?」

健介:「......はっ、出たよ、お得意のお説教が。それに付き合うつもりはねーよ。それじゃあな」

橙梨:「......」

橙梨N:去り際に見えた乾さんの横顔は、私の勘違いかもしれないが、辛そうだった。
    私はそれを見て、なぜか胸が苦しくなるのを感じていた。

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子虎N:ライブ当日、喫茶ブレーメンにはお客さんがまぁまぁ入ってました。
    けど、そこに橙梨さんの姿はありませんでしたっす......。

綿次:「ん~~橙梨ちゃん来ないねぇ」

子虎:「えーっどうするんすか?もうすぐ始まっちゃうっすよ!」

健介:「中止だ、中止」

鈍吉:「ま、待つでござる。戸坂庭氏は昨日必ず来ると言ってたでござらんか」

健介:「どうせ怖くなって逃げたんだろ」

子虎:「橙梨さんはそんな人じゃないっすよ!」

綿次:「にしても、もうすぐ始まっちまうぞ」

子虎:「......それまで、あっしらで場を繋ぐっす」

健介:「はぁ?そこまでして待つ必要なんか無いだろ。悪いけど俺は降りる」

綿次:「逃げんのか健介」

健介:「あぁ?」

綿次:「《また逃げんのか》、って聞いてんだよ。健介」

健介:「......安い挑発しやがって」

鈍吉:「時間でござるよ!皆の衆!」

子虎:「うぉ~っし!行くっすよ~!」

健介:「ハァ......」

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健介N:しばらくすると店の扉が勢いよく開き、息を切らした戸坂庭が駆け込むように店に入って来た。

橙梨:「はあ、はあ......すいません......!遅く、なりました」

子虎:「あ、も~っ遅いっすよ~橙梨さ~ん!」

鈍吉:「戸坂庭氏~~!拙者心配したでござるぞお」

橙梨:「あはは......みんな、ごめん」

乾:「......はっ、てっきり逃げたのかと思ったぜ」

子虎:「もう、イヌイっち!」

橙梨:「......ホントは、直前まで逃げようかと思ってた」

乾:「......なら何で」

橙梨:「......私がここで逃げたら、誰かのこと言えないなって思ったから」

乾:「......」

綿次:「お、橙梨ちゃん間に合ったんだ。良かった良かった。次でもう最後の曲だぞ」

橙梨:「良かった!すぐ準備します」

綿次:「歌詞は?」

橙梨:「準備出来てます!」

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橙梨N:私を含め、それぞれの楽器と共に4人が小さなステージの上に立つ。
    人の目が沢山ある......怖い......私、今からここで歌うのか......

橙梨:「......ふう」

鈍吉:「大丈夫でござるか?戸坂庭氏」

橙梨:「......心臓が口から出てしまいそうです......」

鈍吉:「そういう時は相手の事を別の物にイメージするでござる」

橙梨:「別の物?」

鈍吉:「そう例えば......人がゴミのようでありますぞお~!」

子虎:「いやゴミにしたら駄目でしょ」

健介:「芋かなんかでも思い浮かべてればいいだろ」

橙梨:「............お客さんは全員じゃがいも......じゃがいも......」

健介:「どうせ即席のバンドだ。失敗して笑われてもどうって事ねぇよ」

子虎:「そうっすよ。イヌイっちの言う通り。楽しんでやりましょう!」

綿次:「この曲で最後。事実上の解散ライブだな」

子虎:「あはは......結成して一発目のライブで解散って斬新っすね」

綿次:「ふっ。さてお前ら、この店の最後を締めくくってこい」

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橙梨N:マイクに口元を近づける。キーーン......と高い音が周囲に反響した。

橙梨:「人生で初めて、歌詞を書きました。聞いて下さい。
   私の、知り合いの......《I(アイ)さん》に向けて歌います。曲名は――《ブレーメン》」

健介:「っ?」

鈍吉:「健介氏、合図合図」

健介:「あ、ああ。ワン、ツー、スリー」

橙梨:「――哀れな犬がいた、彼は負け犬《ルーザー》」
   
健介N:......《I(アイ)さん》って......俺か?

橙梨:「――強がりで そのくせ自分の影に怯えてる
    臆病なやつで 一人もがいてる
    彼が目指す 目的地(ブレーメン)は遠く
    悲しい遠吠えだけが夜に響く」

健介N:......なんだこの歌

橙梨:「彼が選んだ道 その夢はまぶしく
    敗れた今でも 彼の胸を焼く
    夢という呪い、その中で一人もがいてる」

健介N:……バカにしてんのか?

橙梨:「嫌われ者のルーザー。愛想無しの皮肉屋 その上自己中心的
    (笑う)けれど 媚びを売らないその姿が 人を惹きつける
    私もその一人 そんな君が好き」

健介N:......

橙梨:「勇気が足りないなら分けてあげるよ
    だから泣かないで 一人で孤独を歩かないで
    あなたは勇気ある人 そうさbrave men(ブレーメン)
    何度でも言うよ そんな君が好き」

健介N:目の前で歌う戸坂庭が、ほんの少し俺の方を振り返った。
    その緊張と興奮と、どこか吹っ切れたような顔に、俺は思わず目を奪われる。

綿次:「......ククッ。悪くねぇ(拍手」

橙梨N:歌い終わると、自然と会場には拍手が沸いた。
   それはお世辞でも忖度(そんたく)でもない。気持ちの良い喝采の音だった。

綿次:「随分と良い友達が出来たじゃねぇか。健介」
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橙梨:後日。店舗の撤去作業が行われていた喫茶ブレーメンの前に、5人が集まった。

綿次:「いや、こうして壊される様(さま)を見ると寂しくなるもんだな」

鈍吉:「そうでござるねぇ」

橙梨:「なんだかすごく長い間、ここで皆といた気がする」

子虎:「確かに、そうっすね」

橙梨:「皆はこれからどうするの?」

子虎:「あっしは、とりあえずネイルの勉強でもしようかなと思ってるっす」

鈍吉:「拙者はそうでござるねえ。今の仕事から別の道に転職したいという気持ちが湧いてきた次第」

橙梨:「そっか。私はとりあえず......自分が何をしたいかを考え直してみるつもり」

子虎:「いいじゃないっすか」

橙梨:「ところで、乾さんはこれからどうするの?」

健介:「あ?俺は別になんも」

鈍吉:「え、健介殿は何も考えておらぬのでござるか?」

健介:「ハァ。あのな、そんな誰も彼も目標持って生きなきゃいけないのか?
   かたっ苦しい。俺はそんなのごめんだ。
   目標もって頑張りたいならお前ら好きにやってろよ。俺は俺で自由に――」

綿次:「あ、おーい健介。そういや今朝うちのポストにプロテスト受験の書類来てたぞ」

健介:「あっバカ!お前!」

子虎:「......へえ~そうっすねぇ~」

橙梨:「そうだよね。目標持たなくても自分のペースでいいよね~」

健介:「んだァお前ら!ころすぞ!ニヤニヤしてんじゃねぇてめぇコラこの野郎」

橙梨:「ははは。そっか、乾さんまた頑張ってみる事にしたんだ」

乾:「お、ま、まぁな」

橙梨N:何故か乾さんがたどたどしい。あれ?

鈍吉:「健介殿が心変わりしたきっかけはなんだったのでござるか?」

乾:「そ、それは――いや、そんなもんどうだっていいだろ」

子虎:「あっしは何となく想像がつくっす」

綿次:「......《アレ》だよなぁ?」

子虎:「《アレ》っすよねぇ」

橙梨:「……《アレ》?」

子虎:「あんな大勢の前で、唄で熱い告白されちゃったら......」

綿次:「ねえ?」

子虎:「ねえ~~!」

橙梨:「あ、あの歌詞は告白とかじゃなくて、違う、違いますから!」

乾:「......」

橙梨:「ちょ、ちょっと乾さんも何とか言って下さいよ」

乾:「俺は......まぁ、別に」

橙梨:「別に?」

乾:「元からどっかで コクるつもりでは居たからよ......」

橙梨:「えっ?」

橙梨N:喫茶店が潰れた後でも、我らブレーメンの旅はまだまだ続きそうである。


<完>
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