――だからあたしはせんせを、せんせはあたしを忘れられない。
<比率>
1:1:0
<時間>
30~40分
<登場人物>
はづき
【五十嵐はづき(いがらし はづき)】女性
高校生。音楽教師である公則に憧れに近い恋心を抱いていたが、ある日彼の「秘密」を知ってしまう。
公則
【弥生公則(やよい まさのり)】男性
はづきの学校の音楽教師。ある「秘密」をはづきに知られてしまう。
<利用規約>
https://writening.net/page?bmsmZi
------------以下台本—----------
―とある高校の音楽室
はづき:先生。
公則:……五十嵐。
はづき:よかった、ちゃんと来てくれた。
公則:卒業、おめでとう。上慶(じょうけい)大、合格したんだってな。
はづき:ふふ、すごいでしょ?
公則:よく頑張ったな。
はづき:ありがと。でも別に、それを言ってもらいたくて呼び出したわけじゃないよ。
公則:それなら一体、何の用だ。
はづき:分かってるくせに。
公則:……わからない。
はづき:うそつき。
公則:そんなの、今更だろう。
はづき:それもそっか。
公則:……
はづき:先生。
公則:なんだ。
はづき:あたし、先生が好き。
公則:……は?
はづき:なんでそんな驚くの。
公則:そんなわけ、あるはずがない。
はづき:どうして?
公則:だって、俺はあの時……
【間】
―回想。一年前。とある学校の音楽室。
(チャイムの音)
(音楽室で公則がピアノを弾いている)
(扉からはづきが顔を覗かせる)
はづき:弥生先生。
(公則、ピアノを弾く手を止め、教室の入り口に目をやる)
はづき:いま弾いてたの、なんて曲?
公則:もう下校時間だぞ。
はづき:吹部(すいぶ)は?
公則:今日は休みだ。
はづき:そっかあ。
公則:部員の誰かに用事だったのか。
はづき:ううん。むしろ先生に用事。
公則:授業の質問なら明日聞く。
(はづき、公則に歩み寄る)
はづき:先生さ、あたしの名前、知ってる?
公則:……
はづき:あ、やっぱり知らないんだ。先生、部活とかで絡んでない限り、まじで生徒の顔覚えないよね。音楽のことばっかりでさ。
公則:……すまない。
はづき:三年C組、五十嵐はづき。
公則:分かった、覚えておく。だからもう帰れ。
はづき:あたしね、先生が好き。
公則:……は?
はづき:告白しにきたの。吹部が休みなの、ほんとは知ってたんだ、ごめんね。
公則:……
はづき:困ったなって、顔してる。
公則:当たり前だ。
はづき:まあ顔も名前も覚えてないような生徒に言われても、か。
公則:そうじゃない。俺は
はづき:おじさんだぞ、って?
公則:違う。
はづき:あたしたち高校生から見たら、35はじゅうぶんおじさんだよ。
公則:五十嵐。
はづき:あ、名前覚えてくれた。うれし。
公則:……俺は教師で、お前は生徒だ。
はづき:うん。
公則:だから、困ったというより、正直迷惑だと思ってる。
はづき:付き合ってくれないってこと?
公則:当たり前だ。
はづき:……
公則:分かったらさっさと帰れ。
はづき:ふうん。
公則:なんだ。
はづき:帰しちゃっていいの?
公則:は?
(はづき、公則に抱きつく)
公則:……写真でも撮って脅す気か。
はづき:そんなことしないよ。だってあたし、先生が好きだもん。好きな人に抱きついてなにが悪いの。
公則:離せ。
はづき:やだ。
(公則、はづきを引き離す)
公則:学生が教師に憧れを持つのは分かる。だけど俺にその気はない。いい加減にあきらめて帰れ。
はづき:ふふ、うそつき。
公則:なにを
はづき:じゃあこれなら?
(はづき、公則に再度抱きつき、その首を絞める)
公則:がっ……
はづき:あたし、調べたんだ。首の絞め方。
公則:はな、せ。
はづき:絞殺って、女の人がよくやるんだってね。力がなくてもやりやすいから、って。
公則:ぐっ……
はづき:でも、やっぱり抵抗はされるから、結構その時に相手を爪で引っかいたりして、それで犯人がバレちゃうパターンも多いんだってさ。
公則:や、め
はづき:ねえ、先生。
公則:……っ
はづき:なんで抵抗しないの?言ってもあたし、女だし、先生は男で、余裕で振りほどけると思うんだけど。
公則:……やめろ!
(公則、はづきを突き飛ばす)
はづき:ね?できるよね。
(公則、荒い呼吸を繰り返す)
はづき:で、今のは、何に対する抵抗?
公則:……五十嵐
はづき:あたし、知ってるんだ。
公則:なに、を……
はづき:先生、制服の女の子に首を絞められたりするの、好きだよね。
公則:馬鹿なことを言うな。
はづき:だって見ちゃったんだもん。
公則:……え?
はづき:先生の携帯。
公則:は……?
はづき:先生が部活で出てる間に、職員室でさ。
公則:……っ!
はづき:ロックかかってたけど、先生の誕生日入れたら一発だった。色々不用心だなあって思ったけど、先生ってそういうの無頓着だもんね。授業で音楽のこと話すときはすっごく細かく丁寧に説明するのにさ。音楽以外のことには、本当に適当。まあそういうところが好きなんだけど。
公則:……待ってくれ
はづき:ほかの先生もいたんだけど、結構みんな見てないもんだね。
公則:待て……
はづき:でさ、見てみたら写真フォルダにどっかから落としてきたみたいな制服の女の子の画像や、動画がいっぱいだった。で、みいんな、男の人の首を絞めたり、男の人の上に座ったり、叩いたりしてて。
公則:やめろ
はづき:そっかあ、先生ってそういうのが好きなんだあ、ってびっくりした。
公則:脅す気か。
はづき:なんでさっきからそんなことばっかり言うのかなあ。本当にそんなつもりはないんだってば。
公則:なら、何が望みなんだ。
はづき:言ったでしょ?あたし、先生が好きなの。で、先生にもあたしを好きになってもらいたいだけ。
公則:……
はづき:だからあたし、せんせの理想の女の子になろうと思ったんだ。
公則:それで……
はづき:ねえ先生。
公則:……なんだ。
はづき:先生ってさ、「そういう目的」で教師になったの?
公則:いいや、違う。教師になったのは、俺に音楽くらいしか取り柄がなかったのと、プロとして活動するには才能がなかっただけの話だ。
はづき:ふうん。ピアノすごく上手だと思うんだけどな。難しいんだね、音楽の世界って。
公則:ああ。
はづき:じゃあさ、裏で実際にこういうことやってたりするの?そういうお店行ったり、とか。
公則:……「これ」は、表に出すものじゃない。
はづき:先生、真面目なんだ。そっか、行動には移せないから、ひたすら画像とか動画を集めて自分を慰めてたってことかあ。そっかあ……。
公則:……
はづき:よかった。
公則:は?
はづき:それならなおさら、あたし先生の理想になれるね。今まで妄想のなかでしかできなかったことが、あたしとならできる。ね、理想でしょ?
公則:……
(はづき、公則に再び近づき、その首を絞める)
公則:かっ……
はづき:せんせ。
公則:……
はづき:うれしい?
公則:やめて、くれ
はづき:うそつき。
公則:っ……!
はづき:今みたいなせんせの顔、あたし見たことあるよ。
公則:……
はづき:あたしね、せんせが吹部で指揮してるの見てるのが、特に好きなんだ。長い前髪が、汗で皺の寄ったおでこにはりついてさ。ちょっと切なそうな顔して。ああ、この人今、音楽と抱き合ってるんだーって思って、勝手にどきどきしてた。
公則:や、め
はづき:コンクールの時なんかもっとそう。ほら、スポットライトでもっと汗かくでしょ?コンクールだからせんせも気合入ってるし。あたし、部員でもないし、別に愛校心なんてのも全然なかったけど、せんせのそういう顔のためだけにこっそりコンクール見に行ってたんだよ。
公則:あ……
はづき:でも今の顔の方がずっとずっと好きだなあ。ふふ、先生って、音楽より好きなもの、あったんだね。
公則:い、がらし
はづき:はづき、って呼んで。その方がだれも知らない禁断って感じでよくない?
公則:はづ、き、やめ……
はづき:はぁい。
(はづき、公則の首にかけていた手を放す)
(公則、荒い呼吸を繰り返す)
はづき:せんせ、もっとしてほしいこと、あるよね。
公則:……
はづき:あったらいつでも言ってね。あたし、きっと全部できるよ。
公則:はづき
はづき:だってあたし、せんせが大好きなんだもん。
【間】
―数か月後
(床に這う公則の上に座るはづき)
公則:……っ
はづき:ねえせんせ、あたし推薦取ろうと思うんだ。
公則:は?
はづき:動かないで。
公則:……っ
はづき:椅子が動いちゃだめじゃない。ね?
(はづき、公則をぴしゃりと叩く)
公則:……っ!すまな、い……
はづき:あ、ねえ、もしかしてあたし重い?
公則:少し。
はづき:ごめん、最近ちょっと太っちゃったんだよね。ほら、駅前にドーナツ屋さんできたでしょ?あそこおいしくってさ、最近ほぼ毎日食べてるからさ。せんせは行った?
公則:……それで?推薦がどうした。
はづき:本当は上慶(じょうけい)大に行きたかったんだよね。一応こないだの模試の結果だと射程圏内ではあるんだけど、それでも勉強をかなり頑張らなきゃいけない感じでさ。
公則:そりゃあ、一流校だから、な。
はづき:そうするとさ、せんせと一緒にこうして過ごす時間もなくなっちゃうでしょ?それは嫌だから、推薦取ろうかなって。華泉(かせん)大なら今の成績で余裕で取れるって、綾野先生も言ってたし。
公則:……はづきは、それでいいのか。
はづき:なんで?
公則:どうせ俺との関係は、そう遠くないうちに終わる。そんなことのために、進路を変えて、後悔はしないのか。
はづき:ねえ、せんせ。
公則:はづき……
はづき:よいしょ。
(はづき、公則の背から降りる)
はづき:椅子が口をきいたらだめだよね。よく考えたら。
公則:……
はづき:そんな椅子は壊さなきゃ。せんせ、こっち向いて。
公則:……ああ。
はづき:首、締めていい?
公則:今更聞くな、そんなこと。
はづき:今日はそういう気分なの。絞めて欲しいなら、絞めて欲しいって言って。
公則:……締めてくれ。
はづき:せんせ、いいこ。
(はづき、公則の首を絞める)
公則:……くっ
はづき:ふふ、せんせ、気持ちいい?
(公則、恍惚とした吐息で応える)
はづき:ねえせんせ。せんせとこうするようになって、どれくらい経つっけ?
公則:さん、かげつくらい……
はづき:そっか、あたしが高三になってすぐくらいからだから、そんなもんか。
公則:……
はづき:あたしさ、才能あると思わない?
公則:さい、のう?
はづき:せんせをいじめる才能。
公則:……
はづき:あたし、かなりせんせの「理想の女(ひと)」になれてると思うの。
公則:ああ、そう、だな……
はづき:三か月でそこまでってさ、結構すごくない?
公則:……っ
はづき:……せんせのこと、好きだよ。
公則:知って、る。
(はづき、より一層強く公則の首を絞める)
公則:かはっ……
はづき:このままだと、せんせ、死んじゃいそうだね。
公則:おま、え、次第だ……
はづき:ふふ。せんせ、大好き。
公則:……っ
(少しの間)
はづき:ねえ、せんせ?
公則:な、んだ……
はづき:あたし、こんなにせんせの理想通りなのに、どうしていつも「俺も」って言わないの?
公則:分かっている、だろう、そんな、こと。
はづき:しらない。
公則:ぐっ……!
はづき:せんせにこんなことしてあげられるの、あたししかいないよ?
公則:……
はづき:ねえせんせ。
公則:あ……ぐ……
(はづき、しばらく公則の首を絞め続けるが、やがてぱっと手を放す)
はづき:やめた。
(公則、大きく咳き込む)
はづき:せんせ、今度あたしとデートしよ。
公則:……は?
はづき:あたし、もっとせんせのこと知りたい。
公則:どういうことだ。
はづき:でさ、せんせがどうしてこんな趣味してるのか、教えてよ。
公則:……
はづき:そうしたらもっと、せんせの理想に近づけると思うんだ。大丈夫、ちゃんと制服も持っていくからさ。話してくれたら、ホテルでいっぱいせんせの好きなことしてあげる。
公則:……必要ない。
はづき:なんで?
公則:もうやめよう。
(少しの間)
はづき:は?
公則:俺が悪かった。
はづき:せんせ
公則:俺の意思の弱さと醜い欲のせいで、お前を拒絶できずに傷つけた。すまなかった。
はづき:ちょっとまって。
公則:もう終わりにしよう。
はづき:ねえ
公則:生まれて初めて好きになった女が、加虐趣味だった。高校生だった彼女は、学校が終わると決まって、幼馴染の俺の家に来た。「宿題を見てあげる」「おいしいおやつがある」――理由は色々だったが、とにかくそうして自分の家に連れて行くと、思う存分、俺をいたぶった。
はづき:え
公則:性に対してまだ未熟だった小学生の俺を、その欲望のはけ口にし続けたんだよ。ちゃんとした恋人だっていたはずだったのに。父親の仕事の都合で引っ越していくまで、何度も、何度も。
はづき:……
公則:それでも俺は、幸せだった。好きな女に応えられることが嬉しかった。「ふたりだけの秘密」、その言葉に腰をざわつかせた。彼女のそんな一面を俺しか知らないってことが、快感だった。今思えば、もしかしたらそれは戸惑いと苦痛を快感にすり替えただけだったのかもしれない。それでも、その快感は強烈だった。忘れられようはずも、なかった。
はづき:ねえ、せんせ
公則:これで全部だ。満足したか。
はづき:それってさ、なんか……
公則:「あたしに似てる」――そう思ったか?
はづき:……
公則:そうだな、お前はあの時の俺によく似ている。俺ははづきにいたぶられることで、彼女もまたはづきのように本当は俺を愛していて、俺にしか見せられない顔を見せてくれていたのだって、自らの歪んだ性癖に言い訳をしていただけなんだ。
はづき:……せんせ。
公則:……
(はづき、公則の頬を張ろうと腕を振り上げる)
(少しの間)
公則:叩かないのか。
はづき:だって、だって、あたし別に、せんせをいじめたいわけじゃないもん。あたし、あたし……せんせが本当に好きで……
公則:お前が好きになったのは、「真面目で偏屈な音楽教師」という俺の仮面だ。
はづき:今は違う。
公則:そうだな。仮面の裏側を知ったことで、自分が他人とは違う特別な存在になれたと思っている。そうだろう?
はづき:……
公則:はづき。お前は、あの日の俺と同じだよ、本当に。お前は、特別な自分でいることへの執着に悦んでいるだけだ。恋なんかじゃない。
はづき:せ、んせ
公則:そもそも、はづきがどれほど俺の理想通りだったとしても、こんな歪んだ欲望を平然と向けられる相手を、恋愛の対象として見られるわけがないだろう。
はづき:せんせ。
公則:制服だって、じきに脱ぎ捨てていくくせに。
はづき:……っ
(はづき、はらはらと涙をこぼす)
公則:でも、それもすべて自分の欲望に負けて流された俺のせいだ。俺が、全部悪い。お前の純粋な恋心を歪めて、踏みにじった。本当に、すまなかった。もう二度と、お前を歪めるようなことは、しない。
はづき:まって
公則:もう帰れ。
(公則、音楽室から出てゆく)
はづき:せんせ。まって、せんせ。
(少しの間)
はづき:せんせ。
【間】
―とある高校の音楽室
はづき:先生。
公則:……五十嵐。
はづき:よかった、ちゃんと来てくれた。
公則:卒業、おめでとう。上慶大、合格したんだってな。
はづき:ふふ、すごいでしょ?
公則:よく頑張ったな。
はづき:ありがと。でも別に、それを言ってもらいたくて呼び出したわけじゃないよ。
公則:それなら一体、何の用だ。
はづき:分かってるくせに。
公則:……わからない。
はづき:うそつき。
公則:そんなの、今更だろう。
はづき:それもそっか。
公則:……
はづき:先生。
公則:なんだ。
はづき:あたし、先生が好き。
公則:……は?
はづき:なんでそんな驚くの。
公則:そんなわけ、あるはずがない。
はづき:どうして?
公則:だって、俺はあの時……
(はづき、ふっと微笑む)
はづき:せんせ。
公則:あの時、俺はお前に
はづき:あたし、あの後考えたの。あの時せんせは、いろんな理由をもっともらしく真面目に並べ立ててあたしを強引に振りほどいていったけど、結局さ、せんせは「自分を本心からいたぶってくれる制服の女の子」しか好きになれないんだろうなあって。
公則:……その通りだ。
はづき:だから、「せんせのために」って言いながらいたぶるあたしは、好きになれなかった。身体は悦んでいたかもしれないけど、心までは喜べなかった。
公則:……
はづき:身体と心がちぐはぐなのって、つらいもんね。
公則:本当に、すまなかった。
はづき:なんで謝るの?
公則:言っただろう。俺がお前の純粋な恋心を踏みにじった。それは紛れもない事実だ。
はづき:……
公則:あの時、俺はお前を確かに傷つけた。傷つけたはずなんだ。
(少しの間)
はづき:……ふふ。
公則:え?
はづき:あはははははは、あははははははは!
公則:……
はづき:ははは、せんせってば、ほんと、おっかしい。
公則:なにがおかしい。
はづき:せんせ、あたしが今でも傷ついて、悲しんでると思ってるんだ?
公則:違うのか。
はづき:そりゃ、あの時は少し悲しかったけどさ。それから何か月経ったと思ってるの。
公則:でも
はづき:それとも、せんせはあたしが今も悲しんでいてくれてる方が安心する?
公則:……は?
はづき:だって、自分が悪い、ごめんって言い続けていればいいもんね。頭を下げ続けていれば、あたしを見ないで済む。自分の歪みからも目をそらせる。だから、あたしにずっと傷ついていて欲しいのかなって。
公則:そんなことは
はづき:それでもいいよ。
公則:……は?
はづき:あたし、せんせが好き。今でも好き。
公則:……どうして
はづき:今はね、せんせがそうやって自分の欲に負けて、あたしを歪めてしまったことを悔やんで、眉間に皺を寄せてる顔が好きなんだ、あたし。
公則:……
はづき:あれから何度も授業で顔合わせてきたけど、そのたびにせんせはそういう顔であたしを見てた。その顔がね、ふふ、今はすごく愛おしいの。
公則:意味が分からない。
はづき:そう?分かるはずだよ。
公則:分からない。
はづき:せんせって、本当にうそつきだなあ。
公則:……だから、それはただの執着だと
はづき:恋って執着じゃん、結局。
公則:違う。
はづき:あたしの恋とせんせの恋と、なんにも違わないじゃない。
公則:いいや違う。
はづき:うそつき。おんなじだって言ったの、せんせだよ。
公則:今は、そうは思えない。
はづき:うそつき。
公則:……なんとでも言え。
はづき:まあいいや。とにかくさ、その顔は、あたしだけのものだもん。あたしのような偶然は、きっともう現れないだろうし、現れたとしても、あたしの恋を踏みにじったと思っているせんせはきっと、もう二度と、「真面目で偏屈な音楽教師の仮面」を外せない。でしょ?
公則:ああ、そうだろうな。
はづき:でも、その欲望とはずっと付き合っていかなきゃいけないわけで。
公則:だから、なんだ。
はづき:これまでと変わらないって思うかもしれないけど、これからは、いつも自分を慰めるために使ってた写真や動画に、あたしの記憶も絶対についてくると思うんだ。
公則:……あ
はづき:あたし、せんせの最初で最後の過ちになったんだね。
公則:……っ
はづき:あたし、せんせの傷になったんだよ。せんせの仮面の下で、過去の初恋の相手なんかよりも生々しく、じゅくじゅくと疼く傷に――せんせを永遠にいたぶる傷に、ね。ふふ。
公則:はづき……
はづき:ねえ、せんせ。あたし、せんせがあたしのことを好きじゃなくてもいいんだ。
公則:……
はづき:あたしはそのうち普通に恋人を作ると思うし、結婚だって、もしかしたらするかもしれない。どっちにしても、せんせのことを全然好きじゃなくなる日は来ると思うの。
公則:……ああ。
はづき:でもきっと、ふとした瞬間に、せんせがあたしっていう傷を今も撫でているんだろうなぁ、なんて思い出したりはすると思うんだ。それってすごく、幸せじゃない?
公則:しあわせ?
はづき:あたしにもできた。仮面の下の、誰も知ることのない、あたしだけの秘密。
公則:すまない……すまない……。
はづき:やっぱり謝るんだ。
公則:俺には今、もう、これしか言えない。
はづき:うん。だから、それでいいよ。むしろ、そうでいてくれなきゃ。
公則:すまない……。
(少しの間)
はづき:せんせ、あたし、せんせが好き。
公則:……
はづき:大好き。
公則:……そうか。
はづき:ねえ、せんせ。
公則:なんだ。
はづき:あたし、やっぱり才能あると思うな。
(公則、ちいさく息を吐く)
公則:そうだな。
はづき:ふふ。それじゃね、せんせ。来てくれてありがとう。
公則:ああ。
はづき:あ、そうだ。
公則:どうした。
はづき:あの日、せんせがピアノで弾いてた曲。
公則:……
はづき:あたし、調べたんだ。
公則:……笑ったか。
はづき:笑うでしょ、あんなの。「仮面舞踏会」なんてさ。
公則:そうだな。
はづき:でもあたし、好きだよ。クラシック全然興味なかったし、今もあんまり興味はないけど、いい曲だとは思った。
公則:ああ、俺も好きだよ。
はづき:……
(はづき、ふんわりとほほ笑む)
はづき:それじゃあ、今度こそほんとにばいばい、先生。
(ぱたぱたと遠ざかる上履きの音)
公則:……卒業おめでとう。はづき。
【幕】