題名:ワンコイン・ホームズ 作者:草壁ツノ
----------------
《登場人物》
写勒家主(しゃろく ほーむず):不問 貧乏な大学生。ナナコに遊び相手兼、探偵として雇われる。
箱入ナナコ(はこいり ななこ):女性 箱入家のお嬢様で写勒の雇用主。助手として二人で事件の謎を追う。
箱入金蔵(はこいり きんぞう):男性 箱入家の主人。物忘れが激しい。大事な金庫の中身を探している。
倉香江タマコ(くらかえ たまこ):女性 箱入金蔵の再婚相手。お金に執着している。
箱入酒蔵(はこいり しゅうぞう):男性 金蔵の孫でありナナコの叔父。大のお酒好き。
仄花ツツジ(ほのか つつじ):女性 箱入家のメイド。屋敷の雑務をこなす。
引越:男性 アリクイさんマークの引越し社で働く中年の男性。
カラス:男性 500円を奪ってとんだカラス。
猫:女性 500円をくわえて走り去った猫。
ヨーゼフ:男性 500円よりビーフジャーキーが好きな大型犬。
-----------------
<役表>
写勒:不問
ナナコ:女性
金蔵+引越:男性
タマコ+猫:女性
酒蔵+カラス+犬:男性
ツツジ:女性
-----------------
*注意点
特に無し。
----------------------
■利用規約
・過度なアドリブはご遠慮下さい。
・作中のキャラクターの性別変更はご遠慮下さい。
・設定した人数以下、人数以上で使用はご遠慮下さい。(5人用台本を1人で行うなど)
・不問役は演者の性別を問わず使っていただけます。
・両声の方で、「男性が女性役」「女性が男性役」を演じても構いません。
その際は他の参加者の方に許可を取った上でお願いします。
・営利目的での無許可での利用は禁止しております。希望される場合は事前にご連絡下さい。
・台本の感想、ご意見は Twitter:
https://twitter.com/1119ds 草壁ツノまで
----------------------
ナナコM:――皆さんは、《探偵》と言われたらどんな人を思い浮かべますか?
キレ者でしょうか? それとも優れた頭脳?
ディアストーカー・ハットに、インバネスコートを着た男性?
今回私が紹介する探偵は、今挙げたどの特徴にも該当しません。
これは《彼》が、無くした色んな物を探すために奔走する、そんなお話です。
間
写勒:「ああ、お腹と背中がくっつきそうだ......寧ろ、もうくっついている......。
最後にまともな食事を取ったのがいつだったか、もう思い出せない......」
財布を確認する
写勒:「くうっ。何度財布を確認してももう500円しか無い。世知辛(せちがら)い世の中......
はぁ、嘆いても始まらないか。何を買おうかな。あんぱん、食パン、カレーパン......あっ」
指先の500円玉をカラスが掠め取って飛んでいく
カラス:「ガアガア」
写勒:「えっ。えっ?(二度見)ええっ!?ま、待て!泥棒!泥棒カラス!」
カラスを追いかけて写勒は走る。
カラス:「ガアガア」
写勒:「カラス!うちの子を返してくれっ!それが無いと生きていけない!」
カラスは500円玉を近くの生垣の中へと落とす。
写勒:「しめた、アイツ、生垣(いけがき)の辺りに落としたぞ。どこだ、どこに行った.....?」
猫:「にゃ」
生垣の中に顔を突っ込んで探していると、視線の先に白い猫がいる
写勒:「びっ、くりしたなぁ。猫か......なぁ、お前。僕の大事な500円、見なかったか?」
猫:「なあん」
猫の足元に、自分の落とした500円玉が光っている。
写勒:「おお!それそれ、それを探してたんだ。良かった~~。
もしかしてお前が見つけてくれたのか?ありがとうな」
猫:「なあん?」
写勒:「......猫クン?どうしたのかな?僕の500円玉をおもむろに口にくわえて......」
猫:「ナアッ?」
写勒:「待て、猫クン。ステイ。ステイ。こっちへおいで。ほ~ら、良い子だから......」
猫:「ナアッ!」
猫が500円玉を口にくわえて逃げていく
写勒:「待て!行かないでくれ頼む!ああもう!最近の動物はしつけがなっていない!」
生垣の中を腹ばいで進んでいく
写勒:「......あれ。見慣れない場所に出たな。どこだ、ここ。広い庭だな......
うおっ。すごい、見た事無いほど大きい屋敷がある」
屋敷の塀に穴が開いており、そこと外が繋がっているようだった
写勒:「この塀の穴が、外と繋がっていたのか。随分不用心だな......
なんにせよ、さっきの猫。早く見つけて取り返さない、と......?」
不意に、ぐらり、と視界が揺らぎ、頭から血の気が引いていくのを感じた。栄養失調だ。月に何度かある。
写勒:「あ、やばい。気持ち悪い、倒れる――」
※間
ナナコ:「......ヨーゼフ、ヨーゼフ。もう、突然走り出して一体どうしたの――あら、行き倒れ?」
※シーン切り替え
写勒:「うう、もやし炒め......もやし炒めが襲ってくる......うう......はっ。ここは?」
ナナコ:「あ。起きたのね、大丈夫?」
写勒:「大丈夫......だけど、君は誰だい?」
ナナコ:「私?私は箱入(はこいり)ナナコ。この箱入家のお嬢様よ」
写勒:「箱入家って、ああ――聞いた事がある。この辺じゃお金持ちで有名な、箱入家――
ってことは僕が迷い込んだのは、箱入家の敷地だったのか」
ナナコ:「そういうこと。ところで、行き倒れのお兄さん。あなたのお名前は?」
写勒:「僕?僕は写勒(しゃろく)」
ナナコ:「珍しい名前ね。下の名前は?」
写勒:「う。......笑わないって約束してくれる?」
ナナコ:「当たり前じゃない。人の名前で笑ったりする筈無いわ、失礼だもの」
写勒:「......初めまして、写勒 家主(しゃろく ほーむず)と言います」
ナナコ:「......ホームズ?シャーロック・ホームズ?
ふふっ。あっはっはっは!すっごい名前ね。それ本名なの?」
写勒:「......笑わないって言ったのに!はぁ。そうです、本名ですよ。
出来れば、名前を呼ぶ時は苗字の方で読んでくれると嬉しいかな」
ナナコ:「あはは。はぁ、ごめんなさい。分かったわ。じゃあ、ホームズ......じゃなかった。写勒さん。
あなたがこの屋敷の庭で倒れていたのを、この子。ヨーゼフが見つけたのよ」
犬:「ボフン!」
写勒:「ああ、そうだったんだ。ありがとうナナコちゃん。それにヨーゼフも。
あっと、肝心な事を忘れてた。ナナコちゃん。僕の500円玉を見」
犬:「(遮るように)ボフ!」
ナナコ:「もうヨーゼフ。ビーフジャーキーは後。今話してる最中だから少し静かにして?」
犬:「ボッフ......」
ナナコ:「ごめんなさい写勒さん。もう一度聞いてもいい?」
写勒:「......ここに来る前、お金を落としたんだよ」
ナナコ:「えっ!大変じゃない。一体いくら落としたの?」
写勒:「......五百円玉」
ナナコ:「......ごひゃくえんだま?」
写勒:「え、ナナコちゃん。500円玉見た事無いの?」
ナナコ:「ええ。だってお金って、一万円札しか私見たこと無いもの」
※シーン切り替え
ナナコ:「ふうん、世の中には500円玉って言うものがあるのね。知らなかったわ......」
写勒:「うん、庶民の強い味方でね......それはさておき、多分さっきの中庭の辺りに落ちてると思うんだ。
見つけたらすぐ帰るから、それまで少しの間、この屋敷に居てもいいかな」
ナナコ:「ええ、もちろん。......ところで写勒さん。聞きたい事があるんだけど。
――もしかして、お金に困ってたり、しない?」
写勒:「え。いや、そんなことは......」
ナナコ:「空腹で倒れるなんて、よっぽどの事よ。それぐらい切羽(せっぱ)詰まってたんじゃないの?」
写勒:「う。確かに、仰る通りです......」
ナナコ:「ふうん......そうだ。それなら良い提案があるんだけど。聞いてみない?」
写勒:「なんだろう、すごく嫌な予感がする」
ナナコ:「そう警戒しないで。――私があなたを今日一日雇うわ。だから私の遊び相手になってくれない?」
写勒:「遊び相手だって?」
ナナコ:「そう。私、この広いお屋敷にいつも一人で。遊び相手と言ったらヨーゼフ(この子)ぐらいで」
犬:「ボッフボッフ」
写勒:「そうなんだ......いや、何とかしてあげたい気持ちはあるけど、僕も仕事が山積みで。
洗濯回したり、レポート書いたり、近所にツクシを取りに行ったり......」
ナナコ、写勒に何か封筒を投げて寄越す
写勒:「ん、ナナコちゃん。この封筒はなに?」
ナナコ:「あなたを雇うって言ったでしょ?それが依頼料よ。もし私と遊んでくれたらそれをあげるわ」
写勒:「なにかな、妙に厚みがあるけヒュ―――ッ(声にならない悲鳴)こ、ここ、これって、(枚数を数える)枚数がすごいけど?!」
ナナコ:「あれ、足りなかった?10万円ぐらい入れてはみたんだけど。
......私こういうの初めてで、誰かにお願いをする時の相場が分からなくて」
写勒:「いやいや多すぎる多すぎるよ。桁が2つぐらい多いよ。そもそも、なんで君がこんな大金を?」
ナナコ:「私の家、自慢じゃないけどお金持ちなの。それで毎月お爺ちゃんが50万円ずつお小遣いくれるんだ」
写勒:「箱入家の子に生まれたかった......」
ナナコ:「お願い!もうほんとにここ何日か、楽しみもまるでなくて、もう退屈でどうにかなっちゃいそうだったの!
ほんとに少しの間だけ。夜までとは言わない、夕方までって約束するから!。だから、お願い!お願いお願いお願い!」
写勒:「......はあ、もう分かったよ。夕方までだからね」
ナナコ:「やった!ありがとう写勒さん。それじゃ、そのお金はしまっておいて。今日一日、よろしくね!」
※シーン切り替え
ナナコ:「それじゃあまずは屋敷の人に挨拶に行きましょ!
このお屋敷、普段そんなにお客さん来る事が無くて、きっと皆喜ぶと思うから」
※間
ナナコ:「それじゃあ、まず私のお爺ちゃんを紹介するわね」
写勒:「お爺ちゃん......ってことはもしかして、箱入家の当主ってこと?」
ナナコ:「そうよ。はい、この人が《箱入金蔵(はこいりきんぞう)》お爺ちゃん」
金蔵:「おお、《ハナコ》や。もうお昼の時間かい?」
ナナコ:「もうお爺ちゃん。私は《ハナコ》じゃなくて《ナナコ》。いつも言ってるじゃない。
それに、お昼ご飯ならさっき食べたばかりでしょ」
金蔵:「はて、そうじゃったか?」
ナナコ:「もう。お爺ちゃんってば」
金蔵:「ところで、お前さんは誰じゃ、ナナコの友達か?」
写勒:「あの、初めまして。僕は写勒と言います。突然お邪魔してすいません。
今日こちらの庭で僕が倒れていたところを、ナナコちゃんが介抱してくれたんです」
ナナコ:「そうよお爺ちゃん。私、この人の命の恩人なんだから」
金蔵:「おぉ、そうかそうか。ナナコはエノキの凡人か」
ナナコ:「命の・恩人!」
写勒:「はは......ところでナナコちゃん。君のお爺さん、かなりご高齢に見えるんだけど。今お幾つなの?」
ナナコ:「どうだったかな。確か前の誕生日の時に100歳ぐらいって言ってた気がするわ」
※シーン切り替え
ドアがノックされ、扉を開いてメイドが入ってくる
ツツジ:「失礼します、旦那様」
金蔵:「おお《シツジ》さん。ご苦労様じゃな」
ツツジ:「旦那様。私は《シツジ》ではなく《ツツジ》です」
金蔵:「ツツジさんはどうも名前がややこし過ぎるんじゃ。名前を変えてはくれんか?」
ツツジ:「旦那様。申し訳ありませんが、それは出来かねます」
写勒:「(本物のメイドさんだ......)」
ナナコ:「写勒さん、あの人のこと気になるの?うちで働いてくれてる、メイドのツツジさんよ」
ツツジ:「......ナナコお嬢様。そちらにいらっしゃる男性はどなたでしょうか」
写勒:「お、お邪魔しています。あ、えっと、僕は」
ナナコ:「この人は写勒さん」
ツツジ:「聞いた事の無いお名前ですね。ナナコお嬢様のご友人ですか?」
ナナコ:「友達というか、さっき知り合ったばかりなの。
このお屋敷の庭で倒れてたから、私が見つけて介抱したのよ」
ツツジ:「......なるほど、そのようなことが」
写勒:「実は今、失くした物を探していて。それが見つかればすぐにお暇(いとま)しますので」
ツツジ:「そうですか、分かりました。もし屋敷の敷地内で何か分からない事があれば、私にお尋ね下さい」
※シーン切り替え
酒蔵:「おんやぁ~。おやおやおや(酒を飲む)ぷはっ、今日は見慣れない新顔がいるなぁ?」
タマコ:「あ~らホントね。ふふっ、一体どこから迷い込んできたのかしら?」
間
タマコ:「はろぉ。こんにちは坊や。見ない顔ね、お名前は?」
写勒:「え、えっと。僕は写勒と言います」
タマコ:「写勒ぅ?随分と珍しい名前ね。もしかして、どこか良い所のお坊ちゃんだったりするのかしら?」
ツツジ:「......では、旦那様。私はこれにて失礼致します」
金蔵:「おお、ありがとうツツジさん」
タマコ:「あらぁ?ツツジちゃん。もう行っちゃうのぉ~?相変わらずお仕事熱心ねぇ」
ツツジ:「......はい。まだ、屋敷の掃除が残っておりますので」
タマコ:「すごいわぁ。アタシ感心しちゃう。毎日毎日、このだだっ広い屋敷を来る日も来る日も掃除して。
ふふ。一体、何が楽しくて毎日生活しているのかしらねぇ?」
ツツジ:「......男漁りしか生き甲斐の無いあなたには、理解出来ないかもしれませんね」
酒蔵:「あ~らら、女の争い勃発(ぼっぱつ)しちゃってる。怖いねぇ。なぁ、少年もそう思わない?」
写勒:「そんな事言われても......。それより、あの喧嘩止めないとまずいんじゃ」
酒蔵:「いやぁ、俺はあんな中に飛び込もうって気はとてもじゃないけど湧かないし、どうせ俺らが入って行った所で止まらんでしょ」
タマコ:「ツツジちゃん。あなた、随分と生意気な口を利くわねぇ?」
ツツジ:「そうでしょうか。私は普段と何一つ変わらず接しているつもりですが」
タマコ:「あなたがウチで雇われてる使用人だってこと、忘れてるんじゃ無いかしらぁ?もしかして、何か勘違いしてなぁい?」
ツツジ:「私が仕えているのは旦那様です。勘違いをしているのはあなたの方かと」
タマコ:「その旦那様の再婚相手がア・タ・シだって事は分かってるぅ?」
ツツジ:「......」
タマコ:「旦那様の再婚相手がアタシ。つまり私の命令は、あなたが忠実に仕えている旦那様の命令と同じということよ?
だったら、私に反抗的な態度を取るのはおかしいんじゃないかしら?」
ツツジ:「......申し訳ありません」
タマコ:「ふふ。分かって貰えたようで嬉しいわぁ。でもアタシ、なにもあなたに意地悪したくてこんなこと言ってるわけじゃないのよ?
これは、言わば私の親心(おやごころ)。教養の無いあなたに社会の厳しさってものを分かってもらうためにね。どう、伝わってる?」
ツツジ:「......ええ。それでは先程申し上げた通り、私は仕事がありますので」
酒蔵:「ありゃ、ツツジちゃんもう行っちゃうの?ざぁんねん。また今度、一緒にお酒でも飲もうねぇ~」
タマコ:「......フン、いじめ甲斐が無いわぁ。それじゃ、アタシも気分転換に出かけて来よっと。それじゃあね、ボク」
酒蔵:「ひゅー、怖かったぁ。大丈夫だったかい、少年?」
写勒:「あの女の人が、さっきのご主人の、再婚相手......ですか」
酒蔵:「そ。《倉香江タマコ(くらかえたまこ)》、金蔵爺さんとの年齢差なんと脅威の70歳。
いやぁ、あそこまで分かりやすく財産目当てで来られると、歴戦の後妻業(ごさいぎょう)って感じだよねぇ」
写勒:「......さっきのメイドさんは?」
酒蔵:「あっちは《仄花ツツジ(ほのかつつじ)》ちゃん。この屋敷で働いてるメイドさんさ。
御覧のとおり、タマコのやつとは馬が合ってない。どっちも美人さんなんだけどね、勿体ないなぁ。
......少年。これだけは肝に銘じておきなよ?どんだけ顔が良くても、性格がキツイ女と付き合うのは大変だってことをさ」
※シーン切り替え
写勒:「......あの、ちなみにあなたは?」
ナナコ:「この人は《箱入酒蔵(はこいりしゅうぞう)》さん。私の叔父さんよ」
酒蔵:「そ。名前にもある通り、酒が生き甲斐の男だよ」
写勒:「酒蔵さん、ですか。よろしくお願いします......ところで、さっきから何を飲まれてるんですか?」
酒蔵:「(酒を飲む)ぷはぁ。なに、気になっちゃう?ふふふ......
これはね、俺が愛してやまない日本酒《太吾郎(たいごろう)》だよ」
ナナコ:「叔父さんほんとそれしか飲まないわよね」
酒蔵:「まぁね。俺は愛した女は一筋だから」
写勒:「なんだか犬みたいな名前のお酒ですね。美味しいんですか?」
酒蔵:「味かい?味は......そうだな。しいて言うなら、消毒用のアルコールを舐めてるような感じかな」
写勒:「全然美味しそうに聞こえないんですが......」
酒蔵:「そう、そこなのよ少年。これがまた全然美味しく無くてさあ。
だけどね、これがどんな酒よりもまた手っ取り早く酔えるのさ。そしてなにより」
ナナコ:「なにより?」
酒蔵:「とても、安い!はっはっは」
写勒:「そ、そうですか......」
酒蔵:「(酒を飲む)ぷはあ。ああそうだ。少年はどうなんだい。酒はいけるクチかい?」
写勒:「いえ、僕は19歳なので、お酒を飲んだ事が無くて」
酒蔵:「知ってるかい少年。アメリカじゃあ18歳でもう大人の仲間入りなんだよ?つまり」
写勒:「ここは日本です。海外のルールを持ち込まないでください」
ナナコ:「あーもう叔父さん!お酒臭い!あっち行ってて!」
酒蔵:「がーん。なんだよお、ナナコちゃん。つれねぇなぁ、叔父さん傷ついた......
いいよーだ。叔父さんは一人寂しく晩酌するからさぁ」
※間
ナナコ:「そうだ、写勒さん。お腹空いてるでしょ?空腹で倒れたぐらいだし」
ツツジさん。厨房にある食材でなにか、写勒さんに作ってくれない?」
写勒:「そんな、悪いよ」
ツツジ:「かしこまりました。簡単な物しか作れませんが、少々お待ち下さい」
※間
ツツジ:「どうぞ」
写勒:「こ、これは......これは何ですかツツジさん」
ツツジ:「何と言われましても、オムライスですが」
ナナコ:「見た事無いの?オムライス」
写勒:「いや、最近もやしとか色の薄いものしか見てなかったので......刺激が強すぎて......」
ツツジ:「はあ」
写勒:「いただいてもいいですか?」
ナナコ:「どうぞ。あ、私もお腹空いたな。ツツジさん、私もオムライス食べたい」
ツツジ:「かしこまりました」
写勒:「いただきます.....うっ、ふっ」
ナナコ:「な、泣いてる!?」
写勒:「(泣きながら)こんな美味しいものが......この世にあっただなんて......」
ツツジ:「そんな大げさな。......それにしても屋敷に上がり込んだ挙句、
食事までご馳走になるだなんて、良いご身分ですね」
ナナコ:「もう、ツツジさん。そういう事言わないの」
ツツジ:「あっ、すいませんお嬢様......」
写勒M:その日、久しぶりに栄養のあるものを食べた僕のお腹と背中は、満足して元に戻った。
そして金蔵さんのご厚意で、今晩はお屋敷の空き部屋に泊めてもらえる事になった。
今日の夢の中にはもやし怪人は現れず、美しいオムライスの貴婦人が現れて、
黄色い卵のドレスとチキンライスを振りまいて踊っている。
なんて良い一日だろう。明日はきっと、失くした500円玉が見つかる気がする。
そうして眠りについた翌日。事件は起こったのだった。
※シーン切り替え
翌日、お昼の箱入邸。金蔵の声が屋敷に響く。
金蔵:「た、大変じゃ......誰か、誰か来てくれ!大変じゃ、大変なんじゃ!!」
※間
写勒:「ナナコちゃん、今、金蔵さんの声が聞こえなかった!?」
ナナコ:「聞こえた。お爺ちゃんの私室からだよ!行こう!」
※シーン切り替え
金蔵の私室
写勒:「金蔵さん。どうしたんですか?何だかひどく慌てた声が聞こえましたが」
金蔵:「おお、写勒君、それにナナコ。よく来てくれた。
聞いてくれ、ワシはさっきまで気を失っておったんじゃ」
ナナコ:「えっ!?具合は大丈夫なの、お爺ちゃん」
金蔵:「ああ。少し頭が痛いだけで、大したことは無い......」
写勒:「......もしかして金蔵さん、お酒を飲まれていますか?」
ナナコ:「え?お酒を飲んだの?お酒はお医者さんに止められて、日曜日だけって約束したじゃない」
金蔵:「おお......いや、何故じゃろう。確かツツジさんに......いや、覚えておらん」
ナナコ:「......?それはそうと、一体何があったの?」
金蔵:「ああ、そうじゃった。聞いておくれ。目が覚めたら、ワシの金庫の中身が空になっておったんじゃ!」
ナナコ:「金庫って、お爺ちゃんが大事にしている、その金庫?」
金蔵:「ああそうじゃ......目が覚めてすぐ金庫を確かめたら、誰かが触ったような形跡があっての。
慌てて金庫を揺すってみたんじゃが、中からは微かな音しかせず......どうやら中身が空のようなんじゃ」
写勒:「なら、一度中身を確認する必要がありますね」
ナナコ:「金庫の鍵を開けてみてくれない?お爺ちゃん」
金蔵:「それは......出来ん」
写勒:「え。どうしてですか?」
金蔵:「......肝心の金庫の暗証番号が思い出せんのじゃ」
私室に酒蔵、ツツジ、タマコが入ってくる
タマコ:「キンちゃん!ちょっと、なに?変な声が聞こえたから飛んで来たんだけど?」
酒蔵:「なんだよ昼間っから騒がしい」
ツツジ:「旦那様。何かありましたか?」
金蔵:「おおタマコさんにツツジさん。それに酒蔵も。よく来てくれた」
ツツジ:「一体何があったのですか。旦那様」
写勒:「実は......」
タマコ:「ええっ!じゃ、じゃあ何。キンちゃんの部屋に忍び込んで、金庫の中身を盗み出したやつがいるってこと?」
写勒:「どうやらそのようです」
酒蔵:「かぁ、悪いやつがいるもんだなぁ。な、タマコ」
タマコ:「どうしてこっちを見るのよ!?ともかく、盗まれたっていう金庫の中身って何なわけ?
キンちゃん、アタシにも教えてくれたこと無かったじゃない」
金蔵:「......それが、分からんのじゃ」
ツツジ:「......旦那様は、非常に秘密主義の方でしたから。
大切にしている金庫、ともなれば、それに関する情報は屋敷の誰も知らないのでは無いでしょうか」
タマコ:「金庫に隠すほどの、大事なものね。ねえ酒蔵、アンタ何か心辺り無いの?」
酒蔵:「え、俺に聞く?そうだなぁ、大事なものねぇ......。
年代物のお酒とかだったら嬉しいんだけどなぁ。あっはっはっは」
タマコ:「......ハァ。アンタに聞いた私が馬鹿だったわ」
金蔵:「思い出せないんじゃが......とても何か大事なものじゃった。それだけは覚えておる」
ツツジ:「ひょっとすると......親族の方にも秘密にしていた、相続を見越しての、遺産――かもしれません」
タマコ:「な、なんですってえ!?」
酒蔵:「ええっ?!どうするんだよ!!もしもそうだったとしたらさ――盗まれたのは、俺たちが貰うはずの金ってことだろ!?」
タマコ:「い、一体何を盗まれたのよ!金?宝石?それとも、骨董品かなにか?!」
金蔵:「......とても大事なものということだけは間違いないんじゃが、肝心の何を失ったかが――どうしても思い出せないんじゃ」
※シーン切り替え
ナナコ:「ふっふっふ......これは、事件の匂いがするわね!」
ツツジ:「な、ナナコお嬢様?」
写勒:「ナナコちゃん?」
ナナコ:「これは、箱入家の遺産目的で行われた――強盗犯罪よ!」
金蔵:「なんじゃと!?」
タマコ:「ちょっと、チビッコ!子供のおままごとじゃないのよこれは。いいから引っ込んでなさいよ」
酒蔵:「まあまあ、タマコ。そんな目くじら立てなくてもいいじゃないの。
で、名探偵ナナコちゃん。君がこの事件を解決してくれるのかい?」
ナナコ:「ふっふっふ。残念ながらこの事件を解決するのは私じゃないわ」
酒蔵:「ほほう。では一体誰がこの事件を解決して下さるので?」
ナナコ:「ふふ、ご紹介するわ。それは――この人よっ」
※(写勒を前に押し出す)
写勒:「――えっ?」
ナナコ:「この人が私が雇った探偵さん、《令和のシャーロック・ホームズ》改め、
《写勒 家主(しゃろく ほーむず)》さんよ!」
タマコ:「探偵?それに、ホームズですって?......おかしいわね、私にはどうやっても、
どこにでもいる貧乏そうな大学生に見えるんだけど」
写勒:「あははは......ちょっと、失礼しますね......
(小声)何を言っているんだいナナコちゃんッ。僕は君の探偵になった覚えは無いよッ」
ナナコ:「(小声)あら、だってあなた私にお金で雇われたじゃない。
それなら、私の望む通りに仕事をして貰わないと。ね、ホームズさん」
写勒:「(小声)ナナコちゃん。そんなこと突然言われたって、僕には何も出来ないよ。
ましてや探偵の真似事だなんて......!」
ナナコ:「ふうん、そんな事言うんだ。残念だなあ――それじゃあ、色々喋ってもいい?」
写勒:「えっ、何のこと?」
ナナコ:「勝手にお屋敷の庭に入ったわよね。あれってまずいんじゃないかな?
えっと、確か......《不法侵入》って言う犯罪なのよね?」
写勒:「......な、ナナコちゃん......僕は君が一番怖いよ......」
金蔵:「ナナコの友達の、写勒さんと言ったかの。どうなんじゃ、君は本当に探偵なのか?」
写勒:「い、いや。違っ。僕は......その......!」
酒蔵:「何をまごまごしてるんだい。ホームズ君。探偵がそんなんじゃ、事件は迷宮入りだぞ?はっはっは」
写勒:「皆さん、期待をさせてすいませんが、僕は」
ナナコ:「10万円」
写勒:「自慢じゃありませんが、名の知れた探偵です!」
金蔵:「おお、そうか!それはなんとも頼もしい。まさかこんな時に、偶然!奇跡的に!探偵が!
まさか居合わせて下さるとはのう。まるで推理小説のようじゃ!
写勒さんや、突然の頼みで心苦しいのじゃが、是非とも、盗まれた金庫の中身を取り返す手助けをしてくださらんか?」
写勒:「あぁ、はい......勿論。僕で良ければ、皆様のため、精一杯、お手伝いを、させていただきます......」
※シーン切り替え
写勒N:金蔵さんの私室は、床に敷かれた絨毯(じゅうたん)に《何かの沁み》が広がっており、
近くには《割れたガラス製のコップ》が落ちていた。
部屋からは微かに《消毒液のような香り》がする。
私室の絨毯にはなにやら《細かい毛》がたくさん落ちている。
よく見れば、柱や壁に、《細い傷跡》が幾つかある。
部屋の隅に置かれた《金庫》は、恐らく金蔵さんが動かした後なのだろう。少しばかり位置がずれていた。
※シーン切り替え
①タマコの場合
タマコ:「あら、ガキンチョにシャーロッ君じゃない。なに、私今忙しいんだけど」
写勒:「すみません。昨日の夜何をしていたか教えて貰えませんか」
タマコ:「はあ?なんでそんなメンドクサイ事教えなきゃいけないのよ」
ナナコ:「犯人じゃなければ答えられるはずだけど?」
タマコ:「このガキ......はいはい、分かったわよ。答えればいいんでしょ、答えれば。
私はその時間、自室でお風呂に入っていたわよ。私は長風呂が趣味だから。
それでパックして、寝る前のヨガをして。それが済んだらすぐに眠ったわ。
翌朝お肌の張りがいいと思ってルンルン気分で目を覚ましたら、
キンちゃんが大騒ぎしてて、何があったの?って慌てて様子見に来たんだから」
写勒:「つまり私室には入っていないと......」
タマコ:「何回も言ってるじゃない、そうよ。大体、忍び込む意味が分からないし」
ナナコ:「お爺ちゃんの遺産欲しさに金庫に手を付けたんじゃないの?」
タマコ:「馬鹿言わないでよ。私このままいけば、自動的に玉の輿(たまのこし)なのよ?そんな事する理由がどこにあるのよ」
※シーン切り替え
②酒蔵の場合
酒蔵:「おやおやホームズ探偵にナナコ助手じゃないか。いやはや、二人ともお揃いで。俺になんか用かい?」
ナナコ:「叔父さんが昨日の夜何をしてたのか、教えて欲しいの」
酒蔵:「......な~るほど、事情聴取ってやつ?いやぁ、照れちゃうなぁ。
月9のドラマみたいじゃない。ちょっと髪の毛セットしてきていい?」
ナナコ:「駄目!いいから質問に答えて」
酒蔵:「はいはい。えーと、爺さんが気絶してた時間に何してたかって話か。
そうだなぁ。俺、昨日の夜しこたま酒を飲んでたから正直ロクに覚えてないんだよ。
あ、でも結構泥酔(でいすい)してたから、金庫の鍵開けるとか繊細な事は出来ないと思うよ。多分ね」
写勒:「酒蔵さんは、金蔵さんがお酒をよく飲まれる人だと知っていましたか?」
酒蔵:「まぁね、俺に酒を教えてくれたのも爺さんだったし」
ナナコ:「あれ、そう言えばお爺ちゃん。ワインしか飲まないはずだけど」
酒蔵:「そうだな、爺さんは赤ワインが好きだったし」
探偵:「あれ。でも......確か金蔵さんの部屋、消毒液みたいなお酒の匂いがしたような」
酒蔵:「え......ははは、おっかしいな。まぁ爺さんもそういう気分の時があってもおかしく無いんじゃない?」
シーン切り替え
③ツツジの場合
ツツジ:「事情聴取......ですか?私があなたの質問に答える義理があるとは思えませんが。
大体、写勒さん。あなたは本当の探偵では無いのでしょう?
ただ名前にホームズと付いているだけの、偽物の探偵じゃないですか」
写勒:「失礼な事を言っているのは重々(じゅうじゅう)承知の上です......」
ナナコ:「ツツジさん。あなたの潔白(けっぱく)を証明するためなのよ。正直に答えて」
ツツジ:「......分かりました、出来る範囲でお答えします。
私は昨日、写勒さん、あなたとナナコお嬢様に料理を作るため、厨房に居ました。覚えていますよね?
その後は業務時間を過ぎたので、屋敷を出て......」
写勒:「屋敷を出た後は、何を?」
ツツジ:「......それは、言えません。では私は用事がありますので、これで」
※シーン切り替え
写勒:「三人共に話を聞いてはみたけど、皆どこか怪しいな......」
ナナコ:「そうね......。もう少し有力な手掛かりが欲しいわ」
金蔵:「ああ、写勒君。ナナコも。どうじゃ、その後進展はあったか」
写勒:「あぁ金蔵さん。いや、まだ中々......」
金蔵:「そうか。そう言えば、二人は《コウメちゃん》を見なかったか?」
写勒:「《コウメちゃん》?」
ナナコ:「誰?その子。お爺ちゃんの知り合い?」
金蔵:「《コウメちゃん》は白い別嬪さんじゃ。母親の《ハチヨ》に似ていての」
写勒:「海外の人ですか?でも日本名なんですね」
金蔵:「ああ、《ハチヨ》と《ナナミちゃん》はよく遊びに来てくれるんじゃが、
最近《コウメちゃん》はあまり見かけなくての。なにせ病弱な子じゃから」
写勒:「そうなんですね......」
物陰でその話を聞いていたタマコと酒蔵
タマコ:「(小声)はぁー!?ハチヨ?!ナナミ?コウメですって!?キンちゃん、私に隠れて浮気してたわけ!?」
酒蔵:「(小声)お前も結構屋敷の外では男とっかえひっかえしてるじゃないの」
タマコ:「(小声)違うわよ、浮気じゃなくて私はすべての男が本命なの!一途(いちず)なだけ!」
酒蔵:「(小声)ははは、こりゃまたすごい詭弁(きべん)ですこと」
※シーン切り替え
屋敷の玄関の先で、男と、メイドのツツジが会話をしていた
ツツジはすぐに屋敷の中に消え、一人の大柄な男が出ていく
写勒:「あれは、ツツジさんと......引越し業者の人?」
※間
写勒:「あの。すいません」
引越:「なんだい?」
写勒:「不躾ですいませんが、少しお話を伺いたくて」
引越:「......申し訳無いんだけど、オレいま仕事中なんだ。また今度にしてもらえるかな」
ナナコ:「あ、アリクイさんマークのおじさん」
引越:「ああ、どうも。ナナコお嬢さん」
写勒:「ナナコちゃん、知ってるの?」
ナナコ:「ええ。前の家から今のお屋敷に引越しする時に、おじさんにお世話になったのよ」
写勒:「そうなんですか?」
引越:「ええ、まあ。大分前の事になるけど」
写勒:「なるほど......あ、もしかしてお屋敷の金庫も?」
引越:「金庫?ああ、運んだよ。あの四角くてデカい、厳重(げんじゅう)そうな金庫だろ?
最初見た時はびっくりしたよ。金庫だけでもかなり重量がありそうなのに、《中に大事なものが入っているから丁重に運んでくれ》って言われてさ。
万が一中身を壊しでもしたら弁償もんだから、当時かなり緊張しながら運んだのを覚えてるな」
写勒:「そうなんですね......やっぱり、かなり重たいものだったんですか?」
引越:「それがさ、持ってみたら全然なんて事無くて拍子(ひょうし)抜けしたんだよ。《金庫そのものの重さ》ぐらいしか感じなくて」
写勒:「金庫そのものの重さ......?」
引越:「おっと、次の仕事があるんだ。金蔵さん、あと......ツツジによろしく伝えといてくれ」
写勒:「え、ツツジさん?あなた、お知り合いなんですか?」
引越:「......いや、忘れてくれ。それじゃあまた」
※シーン切り替え
写勒:「そう言えばこのお屋敷に来る時、猫を見かけたよ」
ナナコ:「あ、そうなんだ。私もたまに見かけるよ。お爺ちゃんの私室で」
写勒:「え、そうなの?しかも私室で?」
ナナコ:「うん、私一人で行くとたまに見かけるよ。
あ、でも昨日と今日は見掛けなかったな。あとお爺ちゃん以外には懐いてないみたい」
写勒:「そうなんだ......」
ナナコ:「あ、でももしかしたらツツジさんは猫好きかもしれないよ」
写勒:「どうして?」
ナナコ:「前に一度、紙袋一杯抱えたツツジさんが荷物を廊下にばらまいちゃったことがあって、拾うのを手伝ったの。
その時見たんだけど、猫用の缶詰とか、牛乳とか。色々買ってたみたいだから」
写勒:「猫......猫か」
ナナコ:「あと、タマコさんが嘆いてた。どこかから猫の声がして、うるさくて眠れないーって」
※シーン切り替え
写勒M:金蔵さんの部屋の沁み。消毒液の匂い。
床の絨毯に落ちていた、白い毛。
部屋のあちこちにあった細い傷。
日曜日と決めた飲酒の約束。
猫用の買い物、引っ越し業者。
中身の無くなった金庫――。
※シーン切り替え
写勒:「そうか。そういう事だったんだ」
ナナコ:「え、分かったの。写勒さん」
写勒:「うん。多分当たってると思う。ナナコちゃん、皆を集めてくれないかな」
※シーン切り替え
金蔵:「一体、誰が金庫の中身を......」
タマコ:「だから、何度も言っているけど、ツツジちゃん。アンタが一番怪しいのよ」
ツツジ:「何故、私なのですか?」
タマコ:「何故ですって?言えません、答えられませんって、アンタそればっかりじゃない。
言えない事があるのは、何か隠しているからでしょう!」
ツツジ:「そ、それは」
タマコ:「それに。知っているわよ、アンタの親、莫大な借金作って離婚したんですって?」
ツツジ:「!」
タマコ:「大方、その借金返済のためにキンちゃんをそそのかして、金庫の中身を盗んだんでしょう!」
ツツジ:「......確かに、私の両親が作った借金は、それなりの額のものです。
ですが、それを理由に人様のお金に手を付ける程、私は落ちぶれてはいません......」
酒蔵:「確かに、もしメイドちゃんに迫られたらグラっときちゃうかもしれないけどねえ」
ツツジ:「何を言ってるんですか。私はそんなにふしだらな女ではありません」
タマコ:「そうよ。それに、もし仮に誘惑するにしたって、ほら。私ぐらいナイスバディじゃないと?」
ツツジ:「全身整形してる人が、自分の体型を誇るのは些(いささ)か滑稽(こっけい)ですよ」
タマコ:「なんですって!してないわよ!私がしたのは鼻と瞼(まぶた)だけよ!」
写勒:「ツツジさんは嘘をついていませんよ。元々、今回の事件は、タマコさんと、酒蔵さん。二人が別々に犯行を行っていたんです」
金蔵:「な、なんじゃと?」
タマコ:「は、はぁ?」
酒蔵:「しょ、少年。何を根拠にそんな事言ってるんだい?」
写勒:「それを今から証明してみせます。今回の事件の鍵を握るのは、この――(指を鳴らす)」
窓の外から飛び上がるようにして、しなやかな動きの生き物が室内に入り込んでくる。
写勒:「――猫です」
猫:「にゃおん」
ツツジ:「猫?」
タマコ:「猫ですって?」
写勒:「ええ。そうです。タマコさん。あなたは昨日、夜は自室にいて、
金蔵さんの私室には一歩も入っていないと言いましたね」
タマコ:「そうよ。それがどうしたの」
写勒:「タマコさん。あなたのタイツを見て下さい」
タマコ:「はあ?タイツ?」
よく見ると、タマコの履いている黒いタイツに、白い毛が幾つかついているのが見える
タマコ:「......何これ。何か白い毛みたいなのがついてる」
ツツジ:「それって――」
写勒:「それは《猫の毛》です」
タマコ:「猫ぉ?なんで猫の毛なんか」
写勒:「それが、あなたが昨日この部屋を訪れた証拠です。
タマコさんは知らなかったかもしれませんが、金蔵さんの私室には、常に猫が出入りしていたんです」
金蔵:「何故それを。それはワシとツツジさんしか知らぬはず」
写勒:「部屋の中に人間のものとは違う毛と、爪を研(と)いだ傷跡がありました。それで気付いたんです」
タマコ:「はあ?そんなわけないじゃない。私、キンちゃんの部屋で猫なんて見た事無いわよ」
ツツジ:「それはきっと......タマコさんのつけている香水が原因です」
タマコ:「香水?香水がどうしたのよ。私のつけてるレモンの香りが駄目だっていうの?」
ツツジ:「ええ、猫は匂いの中でも、特に柑橘系の匂いを嫌いますから」
写勒:「今回は僕が前持って、香水をつけないようにと伝えているので、猫も逃げないんです」
間
写勒:「タマコさん。あなたは昨日の夜、金蔵さんの私室に忍び込んだ。
そして、そこであなたは運悪く金蔵さんに出くわした」
タマコ:「うっ......」
金蔵:「なんじゃと。昨日ワシの部屋に居たのか、タマコさん?」
写勒:「あなたは咄嗟(とっさ)にメイドのツツジさんの声を真似て、恐らくこう言ったんです。
《今日は日曜日。お酒を飲んでも大丈夫な日ですよ》と。意識を反らして部屋から抜け出すため」
金蔵:「そうじゃ、昨日ツツジさんの声が聞こえて、ワシは酒を飲んでもいいと......」
酒蔵:「そういやタマコ。学生時代は演劇部って言ってたっけ」
写勒:「元々、金蔵さんは大のお酒好きです。でも、最近はお医者さんからの指示で、お酒を控えるようにと言われていた。
飲むとしてもそれは、決まって《日曜の夜に嗜む程度》という約束をしている。そうですよね」
ツツジ:「え、ええ。そうです」
写勒:「......おかしいと思いませんか?だとしたら何故、あの日金蔵さんは、意識を失うほどお酒を飲まれていたのか。
それは、金蔵さん自身が飲んだんじゃない。誰かが金蔵さんに、強いお酒を勧めたんだ」
ナナコ:「あ......そう言えばお爺ちゃんの部屋、酒蔵叔父さんの飲んでるお酒と同じ匂いがした」
酒蔵:「げっ」
写勒:「そう。タマコさんが部屋を出た後、入れ替わるようにして酒蔵さんが部屋を訪れたんです。偶然にも。
そして、酒蔵さんは金蔵さんに自分が愛飲している《太五郎》を飲ませ、金庫の暗証番号を聞き出そうとした」
金蔵:「確かに、そう言われれば昨日、酒蔵がワシの私室に来たような......」
酒蔵:「ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺はそんな事しちゃいない。潔白さ!ほら、俺の目を見てみてくれよ!」
ツツジ:「濁(にご)っています」
酒蔵:「オーシット!」
タマコ:「まぁそうでしょうね」
写勒:「酒蔵さんは金蔵さんを酔わせ、あわよくば暗証番号を引き出そうとした。
そして、恐らく金蔵さんは数字を教えてしまったんです」
ナナコ:「それで、金庫の中身を酒蔵叔父さんが?」
酒蔵:「いや、待ってくれ!確かに、確かに。じーさんに酒を飲ませたのは俺だよ。暗証番号も聞いた!
開けようと金庫のダイヤルを回しはしたさ。だけど、開かなかったんだよ!」
金蔵:「酒蔵。お前そんな見え透いた嘘を......」
写勒:「いえ、酒蔵さんが言っていることは、恐らく事実です」
ナナコ:「でも、暗証番号を聞いたんでしょう?」
酒蔵:「ああ、聞いた。ナナコちゃん。君の名前と一緒だったよ。7・7・5だって。でも開かなかったんだよ。
それに、何とか開かないかと思って金庫揺さぶってみたら、中からなんも音がしなくてさ。
......何で中身が無くなってるのかは分からないけど、このままじゃ犯人にされちまうと思って、慌てて部屋を出たんだ」
金蔵:「どういうことじゃ......?」
ツツジ:「それでは、タマコさんは何も盗まずに部屋を出て、酒蔵さんも金庫を開けていないという事に......?」
タマコ:「おかしいじゃない。となると、誰が金庫の中身を持ち出したのよ!」
写勒:「そもそも、そこからおかしくなっていたんです。皆思い違いをしていた。
《金庫には大事なものが入っている》、つまり《ある程度重さがあってしかるべきだ》と」
酒蔵:「えっと、少年。どういうこと?」
写勒:「この屋敷に出入りしている、引越し業者の方に聞きました。
前の家から今の屋敷に引越す時、金庫を運び出したことがあると。
でも、その男性いわく、《金庫自体の重さしか感じなかった》と言っているんです」
ツツジ:「......そんな」
写勒:「つまり、金庫の重さが変わったのは、昨日今日の話じゃない。もっと前からその状態だったんです。
そして、その状態で、金庫の中にはちゃんと物が保管されていた」
ツツジ:「それじゃあ、私達は全員勘違いしていて......?」
写勒:「さて、ここから種明かしです。金蔵さんはきっと、自分の記憶力が落ちていた事を悟っていた。
そして、忘れないためにあるものに情報を残していたんです。
それが、このお屋敷で密かに飼われていた、3匹の猫。それが、ハチヨ、ナナミ、コウメです」
酒蔵:「あ、あのタマコが怒ってた浮気相手の女の名前!」
金蔵:「う、浮気相手じゃと?何を言っておる」
タマコ:「あれって猫の名前だったの!?」
写勒:「ええそうです。そして、この猫の名前からそれぞれ一文字ずつ取ると、数字の8・7・5になります。
昨日の夜、酒蔵さんが聞いた暗証番号は、775(ナナコ)じゃなくて、875(ハナコ)だったんですよ」
酒蔵:「んなっ......そんな、ポカミスをしちまったのか、俺は......」
タマコ:「もうそんな事どうでもいいわよ!早く開けてみましょう!」
金庫の中には色あせた一枚の写真と、500円札が一枚だけ保存されている。
タマコ:「――き、金庫の中身って、これだけ?」
酒蔵:「......どうやらそうみたいだな。にしても、これは一体......?」
ツツジ:「写真と――昔の、500円札?」
金蔵:「ああ。そうじゃ」
タマコ:「あ、あのさあ。アタシ、500円札って初めて見たんだけど.......これ、すごい価値があったりとか――」
ツツジ:「いえ......残念ですがその名の通り、500円と同程度の価値しかない筈です。珍しい印刷なら別ですが」
タマコ:「そ、そんなぁ」
ツツジ:「......昔、それこそ昭和初期頃は、今よりも価値が高かった筈です。当時の1円が現代の10円程度の価値ですから」
酒蔵:「それでもいい所5000円だろ?なんでまたこんなもんを大事に金庫なんかに」
写勒:「......この写真に写ってる方は、誰なんですか?」
金蔵:「......それは若かりし頃のワシと、当時片思いをしていた《花子》さんという女性じゃ」
ナナコ:「花子さんって......お爺ちゃん、思い出したの?」
金蔵:「ああ。......花子さんは、ワシが貧乏だった頃に知り合った女性でな。ワシの初恋の人じゃった。
とても穏やかで、優しい人で、本当に花のように可憐な人じゃった」
ナナコ:「お爺ちゃんの初恋......」
金蔵:「当時金の無かったワシは、彼女をろくな場所に連れていってやれなくてのう。
もっぱら、二人で会うのは近所の喫茶店じゃった。
じゃがそれでも花子さんは文句のひとつも言わず、いつも嬉しそうにワシと一緒に居てくれた。
やがて、彼女への想いが強くなったワシは、貯金をはたいて彼女にプレゼントをする事にしたんじゃ」
ツツジ:「それで......?」
金蔵:「じゃが、あくる日彼女に言われたんじゃ。両親の勧めで、お見合いの話を持ち掛けられていると。
聞けば、その男は街でも有名な資産家の跡継ぎじゃった。......その話を聞かされた時、ワシは......身を引いてしまった。
心にも無い「おめでとう」という言葉で祝福して、彼女への想いに蓋(ふた)をしたのじゃ」
ナナコ:「そんな......」
金蔵:「じゃが、――今なら分かる。あの時、きっと花子さんは、ワシに引き留めて欲しかったんじゃ。
やがて、彼女はワシの手の届かぬ人となってしまった。ワシは......それがあまりにも辛くて、
当時の写真と、その500円札を目の届かぬ場所にやったんじゃ。
じゃが、そうか......こんな場所にしまっておったんじゃな。後生大事に」
タマコ:「せ、折角期待してたのに、中身は......写真と500円札ぽっち?そんな......」
酒蔵:「大吟醸(だいぎんじょう)風呂の夢が......」
タマコ:「世界中の男をはべらせる夢が......」
ツツジ:「......どちらもろくでもない夢ですね」
猫:「みゃあお」
金蔵:「む?おや、これは......写勒君。君はこの屋敷に来た時、お金を落としたと言っていなかったか?」
写勒:「え、はい」
金蔵:「そうか。コウメが渡してきたんじゃが、これはもしや、君が落とした物じゃないか?」
写勒:「あ!多分そうです。良かった......そう言えば、事件に夢中ですっかり忘れてました」
金蔵:「かっかっか。......それはそうと、写勒君」
写勒:「は、はい。何でしょうか」
金蔵:「......今回、君が取り返してくれたのは、世間的に見れば安い物かもしれん。じゃが、
ワシにとってはそれ以上に価値のあるものじゃった。見つけてくれて、本当にありがとう」
写勒:「いえ、少しでもお役に立てたようで何よりでした」
金蔵:「もしまた何か困りごとがあったら、その際は君に探偵として、正式に依頼したいと思う」
写勒:「勿論です。こんな僕で良ければまた500円で依頼してください」
金蔵:「かっかっか、依頼料が500円か。君はもうすっかりワンコイン探偵。いや、ワンコインホームズじゃな。
......さて、それはそうと。タマコさん、それに酒蔵」
タマコ:「ギクギク。あ、あ~ら、キンちゃん♡」
酒蔵:「じ、じーさん。良かったな!忘れてたもの無事に思い出せたみたいで!」
金蔵:「何をたわけたことを言うておる!お主ら、揃いも揃って良い年の二人が、屋敷内で泥棒騒ぎなぞ、いい笑いものじゃ!!
酒蔵、お主は罰として半年の間酒を飲むことは禁止じゃ!」
酒蔵:「そ、そんなあじーさん!」
タマコ:「わ、私にはひどいことしないわよね、キンちゃん♡だって私達、夫婦ですものね?ね?」
金蔵:「タマコさん。そんなに金が好きなら、金を稼ぐ大変さを身を持って知ってもらおうかのう。
ツツジさんや。しばらくタマコさんを、君の元でメイド見習いとして修行させてやっておくれ」
ツツジ:「ふふ、かしこまりました」
タマコ:「は!?いやよ、そんなの!そんなの嫌ーっ!!」
間
ナナコ:「......探偵さんのお陰ね」
写勒:「え?」
金蔵:「......ああ、花子さん。花子さんや――忘れておってすまなかったな。思い出せて良かった」
ナナコ:「だって、お爺ちゃんあんなに嬉しそうだもの」
写勒:「......そうだね」
ナナコ:「写勒さん。今回は本当にありがとう。私のわがままに付き合ってくれて」
写勒:「いや、僕は別に。あ、そうだ――ナナコちゃん、(封筒を取り出す)このお金の事なんだけど、僕が貰ってもいいのかな」
ナナコ:「勿論いいわよ。だってあなたにあげたんだもの」
写勒:「そっか。じゃあ、使い方を僕に選ばせて貰ってもいいかな?」
ナナコ:「?」
※シーン切り替え
ツツジ:「――猫のワクチン代、ですか?」
ナナコ:「そう。あの人、《ツツジさんが面倒見てる猫がいるから、そのワクチン代に使ってくれ》って。
詳しくないけど、それなりにお金かかるんでしょう?あと、去勢(きょせい)手術とか避妊(ひにん)手術とか。
《10万円ぐらいあれば足りるだろうから》って」
ツツジ:「確かに......でも......」
ナナコ:「受け取ってもいいと思うわよ。実際、今回の手柄はその猫ちゃん達みたいなものなんだし」
ツツジ:「そうですか......あの、ところで写勒さんは?見当たらないようですが」
ナナコ:「探し物も見つかったからって言って、もう帰るところみたいよ。屋敷の皆に挨拶してるんじゃないかな」
※シーン切り替え
ツツジ:「あ、あの!写勒さん!」
写勒:「わ!びっくりした。あれ、ツツジさん。どうしたんですか?」
ツツジ:「あの......今回は、ご迷惑をおかけしてすいませんでした。......父のことも、言わないでくれて」
写勒:「......あの引越し業者さんが、ツツジさんのお父さんだったんですね。
そして、金庫を運んだお父さんが犯人かもしれないと思ったあなたは、疑いの目がいかないように黙っていた」
ツツジ:「そうです。......ふふ、結局、見当違いもいい所でしたね」
写勒:「でも結局、皆事件を起こしたわけじゃなかったし、大したことが無くて良かったです。
......それじゃあ、僕はそろそろ帰りますね」
ツツジ:「あ!......あの、少し待って下さい。帰る前に、私の、《依頼》を――聞いて貰えませんか?」
写勒:「え、依頼......ですか?一体、なんの」
ツツジ:「この屋敷から、少し歩いた場所に、私の行きつけの喫茶店があるんです。
とても美味しい珈琲を淹れてくれるお店で」
写勒:「は、はあ。それと依頼と、何の関係が?」
ツツジ:「......《私と一緒に珈琲を飲んで貰えませんか?》」
写勒:「え?」
ツツジ:「......これが、私からの《依頼》です。依頼料の《500円》は、そのお店の珈琲代です」
写勒:「え、えっと――その依頼の相手というのは、僕でいいんですか?」
ツツジ:「決まってるじゃないですか。あなたに依頼をしているんですから」
写勒:「あ、えっと......はい。僕で良ければ、その依頼、お受けします」
ツツジ:「ふふ、良かった。それじゃあ行きましょうか」
写勒M:物の価値は変化する。今も昔も、これからも。
ワンコインホームズは、あなたのご依頼お待ちしております。
<完>