ハルモニア様ををどう思うか聞いてみた プトレマイオス編


若プトレマイオス
「……言葉にしにくいな。表現する言葉は無数にあった筈なのにな。
だが確かなことは、吾は最初に出会ったあの日から、老いぼれてくたばる晩年まで、あの御方に夢中だった。
……そうだな、美貌や賢さについては、イスカンダルの小僧がさんざん惚気ただろうから、そういのではないあの御方の話でもしようか」

そう言うとプトレマイオスは、どこからかサイコロを取り出した。
包む布は非常に華美で高品質だが、サイコロの方はしっかりしてとしてはいるものの、白を基調とした簡素な物だった。
「おっ、こんな普通のサイコロを出して、どうしたんだと思っているだろ。
こいつは、凄いぞ。
なにせ、どう振っても、どの目も出る確率が均等なんだ。
……いや、サイコロは普通そうじゃないかって。
残念ながら、サイコロなんて振り方次第で、出目なんか容易に変えられる。
そもそもサイコロ自体に、どうしても個性が出てしまうから、完全な乱数なんて期待できないのさ。
俺の戦友どもは、賭博が大好きでなあ。
しかもろくでなし揃いだから、イカサマなんて日常茶飯事だった。
よくよくそれが原因で、取っ組み合いの喧嘩になったり、殺し合いも起きたものさ」

 物騒な話をしながらも、プトレマイオスは朗らかな笑顔をしていた。
喧嘩や殺し合いも、彼にとっては青春の一部なのだろう。

「そんで、登場したのが、このサイコロでな。
ハルモニア様は、『賭博禁止とは言わないけれど、イカサマは駄目よ』とこの完璧な乱数が出るサイコロを配ったのさ。
当初は、不満げだった連中も、こいつがあの御方の手作りだと知ったら歓迎してな。
サイコロそのものが、賭博の対象になったりしたものだ。
……あの御方もついに怒って、イカサマしたりサイコロ泥棒した奴には、月一のワインや氷菓の配給をしないと、発表したことで事態は沈静したがな」

 そう言うと、手に持ったサイコロをプトレマイオスは愛おしげに見つめる。
彼は終生まで、このサイコロを肌身離さずに持っていたという。
「……このサイコロはさ、本当に凄いのさ。
なにせ、吾はこいつの完全な乱数が出る仕組みを、終生まで解明できなかった。
そもそも完全な乱数というのが、どういう数式によるものなのかすら分からなかった。
あの御方は、こういうとんでもないものを、簡単に吾たちに見せつけるのさ。
本当に底知れない、まさに最果ての海〈オケアノス〉のごとき御方であった」


老プトレマイオス
「吾にとっては、すべてを知りたかった御方だな。
……あの御方の叡智はエレオスの掌のように広大で深淵だった。
それでいながら、あの御方は自身の知恵に奢らず、学び続ける謙虚な御方だった」
 そう言うと、プトレマイオスは若者の時と同様に、例のサイコロを胸元から取り出した。
いや、今度のサイコロは黒基調で、目の部分が宝石の豪華な物だった。

「これは『もう一つのアレキサンドリア大図書館』を建設する際に、協力者クルドリスが吾に譲ったものだ。
クルドリスは当時のアトラス院分派の長でな、ある大儀式に吾の協力が必要だったので、先祖代々の秘宝である、このサイコロを代価として吾に出したのだ。
贈答品用だから見た目こそ豪華だが、若い吾がそなたに見せたものと本質は同じだぞ」
 サイコロがアトラス院の秘宝?
そんな疑問が顔に出ていたのだろうか、プトレマイオスは、アトラス院とサイコロにまつわる話をしてくれた。

「吾も詳細を知らぬゆえに、大雑把な話になるが、このような話だ。
 ある錬金術師の集団が、世界を平等で幸福なモノにしようと計画した。
彼らは、それぞれが非常に優秀な錬金術師だったせいで、計算の果てに、人類の不可避の滅びを測定してしまった。
当然ながら、それを食い止めようと様々な手段を考察したが。
滅びは姿を変えるだけで存在し続け、しかも対策をすればするほどに滅びは、より醜悪でどうしようもない物に変化していった。

 当時は神代が終わって、そこまで時間が経っていなかった。
そのために彼らは人間に好意的な神、すなわち女神ハルモニアに助力を求めたのだ。
具体的には、人類に世界を任せたら、不可避の滅びに辿り着くから、世界を女神ハルモニアを筆頭としたヌオー達に運営を任せるという内容だったそうだ。
女神はその案を拒絶した『私たちが世界を運営しても、穏やかな滅びをもたらすだけです。私たちは人々を補助できても、支配にはまるで向いていません』
当時の錬金術師たちにとっては、女神の住まう都市エフェソスは、理想の体現そのものだったので、女神による穏やかな滅びも許容範囲だったそうだ。
だから、錬金術師たちは、女神に思い直してもらおうとさまざまな試みをしたが、それらは何の成果ももたらさなかった。
最終的に、彼らは餞別に渡されたこのサイコロを持って、アトラス山に引きこもったのが、アトラス院の始まりだ。
女神に謁見していた代表者六人が、以後の六賢の始祖なのだと、クルドリスは言っていたな。
……錬金術師たちは、サイコロの意味に気が付くまでは、酷く落胆していた。
『本当に、もうどうしようもない。そう思ったときは、この封を解きなさい』と女神に言われていたので、狂気に陥る直前に六賢の一人がその封を解いた。
開封した瞬間は、出てきた物がサイコロだという事実に、その錬金術師は落胆。
思わず、呆れて笑いかけたらしいが、さすがは六賢というべきか、そのサイコロを起点に世界が塗り替えられたことに気が付いた。
……アトラス院の錬金術師は、計算によって世界を描く。
それによって彼らは、世界の過去から未来までを観測する。
であるならば、完全な乱数というものは、彼らの計算を狂わせるのだ。
計算できないがゆえの、完全な乱数だからな。

 これにより、不可避の滅びは、極小ながらも回避可能な物に貶められた。
なぜなら完全な乱数が存在するのなら、確定された未来などというものはありえないからだ。
それと同時に、完全な乱数を解析することで、アトラス院の錬金術師さえ知らないような、数式への取っ掛かりが出来た。

 無論、計算のやり直しだとかの労力は凄まじい物だったそうだ。
とはいえ詰んでいた状況がひっくり返されたことを考えれば、そのような労苦はどうというものでは無かったようだ。
ゆえに、このサイコロはアトラス院の秘宝となり、クルドリスの覚悟を示すには、これ以上の品物は存在しなかったのだ」

 続いて、プトレマイオスは、『もう一つのアレキサンドリア大図書館』の建設に託した夢を語る。

「クルドリスの話を聞いた吾は、年甲斐もなく昂った。
あの御方の叡智は、吾の想像を凌駕していた。
ああ、継承者戦争で薄れていた、あのころの気持ちが蘇るのを、吾は感じていたのだ。

 吾はクルドリスの、『人類の救済者を創造する』という計画に協力することにした。
遠い未来に可能性を繋げ、あの御方の叡智に辿り着く道を用意したかったのだ。
アレキサンドリア大図書館は両方とも、そのために用意したのだ。
そして、クルドリスの創造した救済者に『もう一つのアレキサンドリア大図書館』を閲覧して貰いたいと、吾は考えていた。

 まったく、クルドリスに出会わなければ、吾の最後はもう少し穏やかだったろうに。
本当に、あの御方はつくづく吾の心を捉えて放さないな」
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