幼馴染との甘い時間


ここはトレセン学園。
今日も今日とて様々なウマ娘たちが切磋琢磨している学舎。
そんなトレセン学園の一角、食堂に彼女はいた。
お昼時には多数のウマ娘で賑わう食堂にあって彼女は周囲の空気を変えるほどの抜群の存在感を放っていた。
彼女の名はジェンティルドンナ。
トレセン学園の長い歴史においても類稀なる実力を持ったウマ娘だ。
その走りは『剛毅なる貴婦人』と言われるほど、美しくも力強い。
そして、そんな実力者ともあれば、ただそこにいるだけで周囲を惹きつけ場を支配するものだ。
「あそこにいるのジェンティル先輩じゃん」
「ご飯食べてるだけなのにオーラやばー」
「はぁ〜ドンナ様、今日も麗しい……」
「へっ、何が貴婦人だよ。……いつか必ずアタシがぶっ倒す」
「ドンナ先輩今日はカツ丼なんだ。メモメモ」
「ジェンティルドンナ……カツ丼……!!ジェンティルドンナが食べるのはどんなカツ丼な(ドンナ)んだ?ふふっ」
「はぁ……」絶不調↓↓↓
等々、彼女を評価する様々な声が彼女を取り囲んでいく。
しかし、彼女はそんな周囲の声が聞こえていないかのように眉一つ動かさず黙々と食事をとっている。
ウマ娘である彼女ならば周囲の自身に対する声を聞き取ることなど造作もないだろう。
だが、彼女にとってはそれらは特に気に留めることも無い、あって当たり前の空気のようなものにすぎないのだ。
そして、強者とは常に人々の注目を集める存在であり、それと同時に孤独なものだ。
その証拠に、彼女の座っている席は4人席にも関わらず誰も彼女の席に座るどころか近づくことすらしなかった。
そうこうするうちに彼女は食事を終え、食器類を片付けると食堂の職員達へ感謝の言葉を一言述べ、食堂を去っていった。
ピリピリとした独特の圧迫感のようなものが無くなった食堂は普段のような緩やかな空気へと戻っていく。
「はえー、やっぱ美人なら何もかもが様になるんだねぇー」
「嗚呼……ドンナ様のなんと美しい箸捌き……!」
「ジェンティル先輩がいるだけで周囲がピリつくよねー。やっぱ三冠バやべーわ」
「それ言うなら他のヤバい先輩達もそうじゃん?あんなのと一緒にご飯なんて喉通らんて」
「そういえばジェンティル先輩、いつも1人で食べてるよね」
「んー、たまにヴィルシーナさんとかクラフトさん達とかと一緒に食べてるの見るよ。あとドンナ先輩のトレーナーさんとか?」
「あぁ、あのちっちゃいトレーナーさんね」
「そうそう、あの人可愛いよねー」
「ねー」
台風の目がいなくなったことで彼女への様々な評価が矢継ぎ早に交換されていく。
そんなことは何一つ気に留めることなく、彼女は今日もトレーナー室の扉を開くのだった。
ガララ!
「失礼いたしますわ」
ジェンティルは見惚れるような美しい礼をすると室内へと視線を向ける。
そこには彼女のトレーナーがソファに座っていた。
昼食を終えたばかりなのか、ソファの前に置いているテーブルには小さな弁当箱がちょこんと置いてある。
学園内でも圧倒的な力を持つジェンティルドンナのトレーナー。
そんな彼女を一言で表すとするならば“ちんまい”であろう。
どんなに高く見積もっても中学生程度しかない背丈、その背丈に説得力を持たせるような幼さの残る童顔気味な顔つき、凹も凸もない平坦すぎる肉体。
その容姿はニシノフラワーやスイープトウショウなどの年少組と並んだとしても違和感が無い程だった。
トレーナーはジェンティルを見やると柔らかな笑みを浮かべ彼女を歓迎する。
「いらっしゃい、ジェンティル。昼食は済んだみたいーーーぐえっ」
そう言い終わる前にトレーナーはジェンティルの頭をその小さな体に受け止める。
ジェンティルがトレーナーへタックル、もとい勢いよく抱きついてきたのだ。
「いたた……どうしたのジェンティル?」
痛がりつつも、トレーナーはジェンティルの背中をポンポンと軽く叩く。
するとジェンティルはぷくりと頬を膨らませた顔をトレーナーへと見せた。
「むぅー!ねぇね、約束でしょ!2人の時はドンちゃん!」
そこには先ほどの近寄りがたい威圧感を出す強者としてのジェンティルドンナはいなかった。
そこにいたのはトレーナーの事をねぇねと呼ぶ一人の少女だった。
実は何を隠そう、ジェンティルドンナとそのトレーナーの二人は幼馴染なのだ。
元々は二人とも北海道に住んでいたのだが、トレーナーが引っ越した後にトレセン学園で再会、晴れて担当契約を結んだのだ。
ちなみに、普段の貴婦人然としたジェンティルドンナから今の彼女への豹変ぶりは、トレーナーと二人きりの時だけは、幼い頃のような幼馴染の“ねぇね”と”ドンちゃん“の関係に戻るという秘密の約束のためである。
「はいはい、そうだったね。いらっしゃいドンちゃん」
「えへー///」ぐりぐり!
「おぅ……」
トレーナーの胸にぐりぐりと顔を押し付けて全力で甘えるジェンティル。
一方でえずきながらも上半身をいっぱいに使ってジェンティルの頭を抱きしめ、優しく撫でるトレーナー。
その様子は二人の体格の違いもあって、大型犬にじゃれつかれ揉みくちゃにされる飼い主のようでもあった。
「くんかくんか。はぁあ……!ねぇね良い匂い、この匂い好き……!」
クンクンと鼻を鳴らしトレーナーの匂いを嗅いでいくジェンティル。
その尻尾はパタパタと忙しなく振られている。
ウマ娘は人間よりも嗅覚が優れているために、良い匂いがする相手には非常に安心感を覚えるという。
とはいえ、自分の匂いを嗅がれるのはいち女性としては恥ずかしいわけで。
「うぁ///ちょ、ちょっとドンちゃん!あんまり嗅がないでよ……///」
「いや!すぅ〜〜〜、はぁ〜〜〜。……っぷはぁ!やっぱり、いつ嗅いでもねぇねのスメルは五つ星だね!」
恥ずかしがるトレーナーを他所にジェンティルはトレーナーの胸に顔を埋め、その匂いを堪能する。
ちなみに、トレーナーがされるがままなのは、自分の力ではジェンティルを引き剥がすことができないと分かっているからである。
それに加えて二人きりの時だけがジェンティルが甘えられるほぼ唯一の時間であるため、できる限り彼女の好きにさせてあげたいというのもあった。
「スメルって……匂いなんてそんな感じないけど……?」スンスン
試しに自分の脇あたりを嗅いでみるも人間のトレーナーにはさっぱりだった。
「でも僕にとってはすっごく良い匂いだよ!とっても安心するんだ〜!」
えへへ、と普段見せない年相応の可愛らしい笑顔を見せるジェンティル。
そんな眩しい笑顔にトレーナーは、ほんの少し頬が熱くなるのを感じた。
「もう……///ドンちゃんってば、いつもはあんなにカッコいいのに……」
トレーナーの脳内にあらゆる強敵をも薙ぎ払っていく強くて美しいジェンティルドンナの姿が浮かぶ。
「むぅ。……今の僕はカッコよくない?」
ジェンティルはトレーナーの胸に顔を押し付けながらも上目遣いでトレーナーを見やる。
その顔は大型犬から一変、雨に濡れた子犬のような少し不安げな表情だった。
そんなジェンティルにトレーナーは優しく頭を撫でる。
「うーん、普段のジェンティルはカッコいいけど、今の貴女は私の可愛い幼馴染のドンちゃんだからねー」
「はっ、確かに……!じゃあじゃあ、ねぇねはどっちの僕が好き?」
ある意味、究極の質問をジェンティルは純粋な気持ちでトレーナーに投げかける。
ジェンティルはキラキラとした子どものような瞳でトレーナーを見つめている。
そんな彼女を前にトレーナーはすぐに言うべき結論を導き出す。
「そうだね。月並みかもしれないけど、私はどっちの貴女も大好きだよ」
「えぇー?それって大人の逃げなんじゃないのー?」
ぶーぶーと口を膨らませて不満をあらわにするジェンティル。
そんな彼女にトレーナーは続きを聞かせていく。
「ふふっ、ごめんね。でも、全部本当のことだからこれ以外は言えないよ。だって、ジェンティルドンナは今も昔も強くてカッコよくて可愛い、私の大切な幼馴染で相棒なんだから」
子供に優しく諭す母親のような声色で語るトレーナー。
その朗らかな笑顔は、幼さの残る彼女を幾分も大人にしていた。
「むふー!やっぱりねぇねってば、僕のこと大好きだよね!僕もねぇねのこと大好きだよ!」
「ぐぇ」
ぎゅーっとトレーナーを抱きしめるジェンティル。
それにえずきながらも抱きしめ返すトレーナー。
お互いの心臓の音すら聞こえてくるような距離感にトレーナーもジェンティルから香る良い匂いを感じるのだった。
2人だけの甘い甘い秘密の時間はまだまだ続く。
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