『Transcend.』


SG。…シークレット・ガーデン。心の瑕。深層領域。乙女の─禁断の、楽園。
アナタには隠していたいけれど、アナタにだけ、知ってほしいヒミツ。…いや、もうバレてるかもだけど。
ソレを、ウチはいま…彼の手で暴かせようとしている。侵略されたい。メチャクチャにされたい。…あぁ。ゾクゾク、する。



─俺の机の上に、奇妙なUSBが転がっていた。俺の担当ウマ娘である、トランセンド。どういうわけか、今日はその姿を見ていない。
その上で…目の前の"ソレ"を手に取る。トラン…?だよ、な?

彼女の明るい栗毛の髪の毛。ウマ耳を彩る赤いリボン。醒める様な空色を基調としたジャケット。彼女が内に着込んでいる黒のインナー。
トランの勝負服のデザインそのものでありながら、ソレはあくまでモノという事実を突きつけてくる、長方形の物体。凸凹は存在せず、つるつるで…印刷された笑顔を貼り付けているトランがそこにはいる。

手の凝ったUSBメモリだな…プレゼント、で良いのだろうか…?嬉しいけれども。

手に取って眺めていると、俺のPCの下に紙が挟まっている事に気付く。引っ張り出して見てみると、そこには─

─ウチのヒミツ、知りたくな〜い?トレちゃんになら、いいよん?─

と。………ふむ?なんというか。トランにしては珍しい提案だなというのが第一印象だった。
トランは情報通だ。どこの誰であっても、彼女の前だと丸裸になると言っても過言ではない程の情報収集能力を誇る。
そんな彼女は情報を開示する時、必ず対価を求める。
深く踏み込む情報は…実際に、俺の趣味や嗜好なんかも取引の対象になったコトだってある。

だからこそ、なのだ。一方的な情報の開示を、彼女が…するのか、と。ましてや自身の情報を。
そう思い、目の前のメモをしっかりと確認する。彼女の筆跡である事は間違いなかった。

…状況から察するに…俺の手の中のコレ、が。トランの秘密が詰まっているデータ…か…
試されているのかなァ、これ。ゾクゾクする事を望んでいる彼女は、何処かで俺を見ていて─俺がすったもんだする様を、自分の秘密が暴かれそうになるスリルを。愉しんでいるのかもしれない。

…彼女には手玉に取られたまんま。俺にもまぁ、ちょっとした大人のプライドはあるわけで。
誘いに乗ってやろう。どうせ負けるのは目に見えてるんだから、ほんの少し驚かせてやりたい。

そう思い至り、きゅぽんと。トランUSBの顔に手をかけ、フタを外す。…ふむ。端子は…A端子かっ─!?
ぶるりと、振動するUSB。コントローラーの振動に近いソレに、俺は対処出来るはずもなく。

─うぉわ!?

…あっぶね。ワタワタして落とすところだった。開けるのまで想定済みか…何手先まで読まれてんだ俺は。
まぁ、せっかくの特注っぽいUSBを傷モノにするわけにもいかないよなぁ…よし。
少し呼吸を整えて、掌で包み込むようにして慎重に。自らのPCにトランUSBを差し込む。

『file: Transcend.』

なんというか、簡素なファイルだ。いやまぁ、彼女のファイルなんて覗いたコトなんてないし真面目な彼女はこんな感じなのだろう。
ちょっと緊張しながら、ファイルを開いてみる。
…そこには。凄まじく区分けされたファイルがびっしりと、果てが見えないぐらいに存在していた。…これPC大丈夫か?

『ワンダーアキュート』
『エスポワールシチー』
『フリオーソ』
『スマートファルコン』
etc………

膨大なまでのウマ娘たちの名前。彼女が調べ上げたウマ娘達の全てが、このファイル一つ一つに収まっているのだろう。
…俺が、彼女と会話で連綿と紡いできた…軌跡が、存在している。
目が滑りそうになりつつも、彼女の名前を探す。そうして─

『Transcend.』
『トレちゃん』

お。見つけた。…俺のデータもちゃっかりある。…まず、こっちを見てみるか。
どれだけ俺の情報が彼女に暴かれているのだろう。
と、思ったのだが…開けない。フリーズしちゃったか…?

マウスカーソルは動く。それじゃあ試しにと、
『Transcend.』
のファイルを、開いてみる。
…ファイルには『SG』のみ。えす、じー?なんだ?なんの…略称なんだ?

─興味を惹かれる。でも。それと同時に在る不吉な予感を感じとる。
俺は今、彼女の秘密を暴こうとしている。…コレを暴いたことによって、彼女との距離感がおかしくなるんじゃないか。
現在のこの、かけがえのない親友としての距離感が俺の一手で壊れてしまうのではないか。

…今更ながら、怖くなってきた。やっぱやめっ─!?

マウスカーソルは、俺の手を離れて。まるで別の生き物のように…『SG』のファイルをクリックする。…トランーーーッ!?
やられた。こういう仕掛けを仕組んでいたのかッ……!!
絶対この件でまた俺自身の情報を切り売りするハメになるじゃんか…!

そう嘆く間もなく、俺のPCの画面にノイズが奔る。画面が、なんというか──艶やかな。エロスを感じるBGMをバックにして切り替わる。
そうして…切り替わった画面に映し出されていたのは…トラ、ン?
数多のアスターの花に包まれた、彼女の姿がそこには在って。
…なんか、なんか。ハダイロの面積が多い気が、するんだけど。

ダメだ。消そう。コレはほんとにマズ…

『はろはろ〜トレちゃん』
『【コレ】開いちゃった?開いちゃったね?残念ながら、もう逃げる事はできないよん』
『ウチのヒミツ、知りたかったから。ここまで来ちゃったんだよね』
『いちおーさ。消す方法はあるんだよ。ウチを─PCに刺さってるUSBを。抜いちゃえばいいの』
『…でも。それやっちゃったらデータ破損しちゃうかもだし出来ればやめて欲しいかなって』
『んで。こっからは勝負だよん?ウチのこと、どんだけ理解ってるか。ソレに応えられたら、ウチのヒミツは自ずと分かるよ』
『あ、【SG】ってのはさ。まぁ、ヒミツと思ってもらえればいいよん』

生まれたままの姿の、数多の花に覆われたトランの横に、いつもの見慣れた彼女が現れる。
そして、その彼女の横にウインドウが表示され─突如告げられた秘密を賭けた勝負事。

…そうだな。ちょっとだけ、ゾクゾクするし、それに───彼女のUSBを。積み重ねてきたものを壊す事なんて出来ない。
本当に、掌の上で転がされている感は否めないが…覚悟を決めなきゃ。トランが俺に秘密を開示する─その意図は、全く分からないけれど。

意を決して、俺は…トランの挑戦を受けた。

『おけぃ!トレちゃんならそうすると思ってたよん』
『じゃあさ、ウチの発言に疑問があったらバシバシパニッシュしてちょ。ミスは3回まで。』
『ウチがどんな子なのかさ、当ててみなよ』
『…退屈な日常はいらない。ゾワゾワ〜っとする非日常をウチは渇望している。それに、勝るモノは無い!ってね〜』

そう、ウインドウに表示される文字。無機質な文字列に感じ取れる─違和感。たしかに…たしかに彼女はそうなんだけれど。
トランは…どちらも大切にしている。日常が在ればこそ、非日常が輝く。非日常が在ればこそ、日常は暖かみを増す。
…というか。あの…「世界から色が消えた日」から、彼女はその『退屈な日常』の価値を痛感し、心を痛め、アイデンティティを喪失しかけていた。
その上で──彼女が本当に大切にしているのは、その日常と非日常を与えてくれる"人との縁"だ。それが無くなってしまった彼女の脆さを、俺は直に見ている。

…だから。なんというか、あからさまな、チュートリアルのような。試すとかそういうのですらない、戯れ。

───どうすれば、いいのだろう。壁を感じている。当たり前だ。秘密を知られたくないのだから。本来、秘めておかなければならないものなのだから。

なのに、何故誘うよう、に?

改めて、覚悟を決めよう。彼女の奥底に触れるのであれば──多少、嫌われる覚悟も必要だ。

【ソレは違う。君は日常も、非日常もどちらも大切にしているし、君は人との繋がりをとても大切にしている。】
【…そんな君を言い表すなら。情報屋を傘にした─『寂しがり屋』だろう】

そう、メッセージを、返す。どう、なる…?

『…おーっ…さっすがっ…っあ……』

ばしゅっ。

えっ。花…が、消えっ…

『…そうだね。ウチは【寂しがり屋】。日常も非日常も、一緒に楽しんでくれるひと。ゾクゾクを、くれるひとがいないと…楽しくないんだ。』
『ニヒルでキケンな情報屋で通してるけど、お節介上等でよく突っ込んじゃうし…さっき指摘されたように─【人との縁】が欲しいから。本当に欲しいモノはそれで、情報はあくまでそのアクションに付随してきたオマケってね。』
『…あは。手段と目的がさ、逆転してんだよね、ウチ』
『そうやって手に入れた人との繋がりが無くなっちゃうと、ウチは簡単に、ぽっきりと。折れちゃう』
『【あの日】から。それを痛いほど味わって。苦しんで。トレちゃんにも、迷惑かけちゃった、からねん』
『……えっぐいくらいに切れ味いいじゃんトレちゃん。見直したぞ〜?』

…なんだろう。結構本当に秘密っていうか触れていい領域の話じゃない気がする。いくら、気心の知れた仲であっても。

いやそれもあるけど肌。肌面積、ふえてる。パニッシュして正解だとこうなるのか?
……落ち着け。焦ったらトランの思う壺だ。ここは─

【よく、見てるから】

『……………』

沈黙。こわい。…マズった、だろうか。

『…ウチのカラダ、けっこー凄いでしょ』
『よく見てるってそういうコト〜?トレちゃんウチのコト好きだもんね。きゃ〜、エッチ〜』
『…ふっふっふ〜。まさかここまでスムーズにウチの一つ目のヒミツが暴かれちまうとはねぇ。ここまでトレちゃんがウチを深ーく考察できるというデータはなかったというのに』
『これじゃあニヒルで危険な情報屋が形無しだぜぃ』

…ココまで想定済みか…でもまだ、パニッシュチャンスだ。逃すわけにはいかない。更に、深く…深くへ。

【情報を集めるのは、やっぱり怖いから?】
【俺には踏み込んでくれるけどさ、他の子にはそんなに干渉しない、よな】
【だから。結構さ、奥手というか…『臆病』だよな、トランって】

『んはぁ!?』
『…っ。……っはぁっ…はっ…つぅ…あっ…』

ばちぃん。また、花弁が消える。…正解を、引いたらしい。
…この…違和感は。なんだか、誘導されているような…?

『えーっ…?なーんか…サドい。トレちゃん、ちょっち野蛮でわ?』
『…そだね。【情報】は。ミステイクを減らすためのダメジーカット手段。』
『まぁいわば──鎧をガチガチに着込んで、致命傷を避けてるみたいな?』
『何かの拍子で築いてきた距離感が壊されるのが怖いからさー。仲良くなるまでは何度も踏み込むけど、踏み込まれたら弱いん、だよねぇ。』
『その度に、当たり障りのない言葉を使って逃げてるチキンだよ。』
『トレちゃんも経験あるでしょ?ウチがさ、映画おもしろくないなーって思ってた時のやつ』
『トレちゃんには、見抜かれちゃったけどねん』
『告白するけどさ。アレ、すっごい怖かったんだよね。ウチが面白く感じなかったって言って…トレちゃんを不快にさせたらどうしよかなって。』
『トレちゃんとのこと知りたいのはね。単純にいっぱい知りたいってのと、そういうイレギュラーを無くしたいから。』
『……だって。識っておけば。選択を誤らなければ。気まずくなることもないでしょ〜?』
『だから、そだね。ウチ、【臆病】なんだと思う』

それは、違う。違うと、言いたい。
失敗しても良いんだ。だって、俺と…君の仲なんだし。ちょっとした失敗なんて、笑って流せるような、そんな──
先程、俺にはトランは踏み込んでいる、とそうメッセージを送った。けれど…彼女の秘密の告白を読み終えた後では、意味合いが変わっていて。
…そういう意味では、彼女は俺に【踏み込んでいない】。仲が良い、しっくりくるこの距離感は常に彼女の頑張りで成立しているんだ、と思わされているようで。
良いことではある。ある筈だ。…でも。その気遣いが、なんというか。心苦しい。

…なんだろうか。淡々と表示されるウインドウにしてはこう、感情が本当に、籠っている、ような。彼女の、ホンネに。痛みに。踏み込んでしまっている。

『きっと、さ。トレちゃんの事だから─ここらへんで良心が痛んでくると思うんだよねー。ウチが巻き込んで、赤裸々な乙女の告白、見てるわけじゃん?』
『しかも、けっこー…ナイーブな側面の。』
『やー…ゴメンね。トレちゃんは悪くないのにねん』
『…次で、最後なんだけど。今なら戻れるよ?ココからは、本当に。今の関係が壊れるかもしれない…最悪の秘密の開示になる。』
『二つ目までのSGを解放した今であれば、このファイルを閉じれるようにしてある。そうして、USBを抜いちゃえばそれでおしまい。』
『選ぶのは、自由だよ?』
『あともうシンプルにだいぶハダ面積増えてるし。ちょー恥ずい』

───それは。そう、なのかもしれない。現在の距離感は俺にとっても、きっと…彼女にとってもベストな距離感なのだろう。…まぁ、俺の願望込みで。それをわざわざ完全に壊してまで、彼女の最後の秘密を暴こうとしていいのか。

…否。それは…トランに向き合えていない。このハイリスクで、リターンがどのくらいあるのかさえ分からない極限の選択肢を前にして、トランはどうするのだろう。
そう考える。…尤も、それに共感や助言をしてくれていた彼女は、いま。目の前でアスターの花の中に埋もれて、あられもない姿を晒しているのだが。

…ここで踏み込まなければならない。何故だかは分からないけれど。彼女との『現在の距離感』を賭けても、そうしなければならないと、そう直感で思ったから。

【覚悟は決まった。お願いするよ】
そう、メッセージを送る。

『……あは♡』
『ふぁ…っ…んぅッ……』
『あぁぁぁ…っ……くふぅ………ッ』

ぱぁん。

………へ?なんか、勝手にパニッシュ、した?
彼女の肢体が、ほぼ。顕になる。けれど、それよりも…俺は自動で更新されるテキストに釘付けになる。

『…いたい。いたいよぅ。でも、きもちいい。ほんとに、心が。溶けてくみたい。開放感…すっご……っ……あぁ、ゾクゾクする…っ』
『ああ───すなおに、なれちゃうな。いまだけは。』
『えへ。えへへ。…最後の、SGは、さ。【停滞願望】だったんだ。』
『トレちゃんが踏み込んでくれた時点で、コレはもうパニッシュされる前提のSG。』
『──ウチもさ。トレちゃんとの距離感すごーい好きなんだ。この関係がさ、ずっ…と、続けば良いかなーって、そう思えるくらいには』
『だから、【停滞願望】。ウチの未知を…新しいモノを求める願望と相反する、矛盾する願望。』
『【寂しがり屋】も。【臆病】も。全てを内包した最後のSG』
『【あの日】の事もあってさ。トレちゃんとの日常がなくなるって、考え、たら』

『こわ、くて。』
『こわくて』
『ほんとうに、こわくて』

『でも…ね?その先を…さ。求めちゃったんだ。ココまで本気になっちゃうコトなんて、無かった、のにね。』

『波長が合う。』
『同じコトを、楽しんでいられる。』
『ずぅっと、新しいモノを、刺激を。追いかけてくれる。』
『───そんなアナタが。ウチはさ、好きになっちゃったんだ』

『そのぅ…かなり、前から。』
『トレちゃんの情報がアプデされてく度にさ。トレちゃんのいいとことも。ダメなとこも──ぜんぶ。ぜんぶが好きになって行くジブンがいて。』
『でもでも。もうさ、気づいた時には…親友としての距離感がガチガチに固定されちゃってて。しっくりくるこの感じが逆に枷になってて。』
『この想いをぶつけたら、今みたいにワイワイやれなくなるかもだし。』
『最悪の最悪で、【アナタとの縁】が壊れちゃうかもしれないって。そう思ってさー。』
『初めて仲良くなった時も。トレーナー契約した時も。今まで3年間歩んできても変わらなかったソレが、壊れるかもしれないのが。終わってしまうかもしれないのが、ね。』
『だから、この関係性を維持する事を選んだ。選んだ、筈だった、のにっ───』
『アナタに、狂っちゃったのかもねん』
『それを素面で言うのは耐えられなかった。トレちゃんを…アナタを揶揄いついでに、ちょこちょこっと伝えることしかできなかった。』
『でも…想いが、抑えれなくなった。だから、こうして─トレちゃんに委ねたんだよ。』
『秘密を。【停滞】を。自分から捨てたかったから。いや…捨ててくれるアナタを待ってた』
『どうカナ?画面の前のトレちゃん。こんなさ、臆病で卑怯なウチと、付き合い続ける覚悟、ある?』
『ダメだったら、ウチもきれーさっぱり諦めるから』
『はい。これでウチの秘密の開示は終了。報酬は─アナタの、お返事がいいかなって』 

『…好きだよ。トレちゃん。』

─PCが強制的にシャットダウンされる。あっという間の出来事だったが、脳に焼き付いて離れないテキスト。

声はない。けれど。悲痛な想いの開示。

…PCから、USBを慎重に抜き取る。そうして、トランの顔のフタを再びかぽんと被せる。あれだけ俺を揺さぶっておいて、手の中のトランUSBは…ニヒルな笑顔でコチラを見つめ返している。その後、トランUSBをキュッと握りしめて。
…なんつーもんを、報酬に据えてるんだあの子は────けれど。

「…そんなもん、決まってる。好き、だよ。俺も」
「君と一緒に、ゾクゾクをもっと追いかけていたいよ。」
「ていうか…そんなもんで壊れないよ、俺たちの関係性は。そういうのも、延長線上に、あるだけなんだよきっと。…トラン」

少し暗くなったトレーナー室に響く、そんな告白。探しに行かなきゃ…彼女を。今はまだ親友のままでいいんだ。友人のままでいいんだ。─いや。これからもずっと、そのままでいい。

けれど、そんな永遠の関係性は存在しない。そんな時は─少しずつ、少しずつ。アップデートをしていけばいい。緩やかに、積み重ねていけばいい。
…俺も君も気付いてなかったんだろうけど、今までがそうだったんだ。緩やかに変質していって、君は恋心を獲得した。
…俺はそれを、君の前で肯定したい。そういう愛の在り方だって、ある筈なんだ。

居ても立ってもいられない。USBをことりと机に置いて…弾けるように。
俺は───トレーナー室を飛び出した。





かたり。薄暗いトレーナー室に残されたUSBが揺れる。ウチが変化した、ウチそのものの記憶媒体。けど、ちゃんと自我は残ってて。ぜんぶ、ぜんぶ。みていた。

……………はぁ。……あ゛〜〜〜〜っ゛……。

トレちゃんの掌のあったかさも。ちょっと汗ばんだ時の緊張の匂いも。あたま、かぱって外された時にびっくりして揺れちゃったのも。PCに挿れられて、頭の中を掻き回される感覚も。ほんとに、いいようにされちゃってて余裕なんてもんはなくて。

…他の子の情報には目もくれず、ウチの情報だけを求めてくれたの、すっごい嬉しかったんだよね。
トレちゃんのデータ閲覧はさ、ホラ…流石のトレちゃんでもドン引きするようなネタばっかあるから、なけなしの力で阻止して…さ。

そうして、カーソルを無理矢理動かして。ウチの秘密。心の鍵をトレちゃんに暴いてもらって。…やー。変態だよね、ウチ。
トレちゃんはあくまで、USB内に内蔵された…プログラムだと思って返答してたんだろうけど───ウチがダイレクトにレスポンスしてたとは思うまい。
結論から言うと、最っ高にゾクゾクした。あんなに…あまくて、いたくて、きもちいい刺激を味わうの、ハジメテだし。
波長が合うのは分かってたけど、トレちゃんがウチのコト理解り過ぎててびびったわー…
心の中に押し込めていたモノを、他ならぬトレちゃんに指摘されて、引っ張り出されて、けちょんけちょんにされちゃった。やっと、深く深くで繋がれた。
あれー…ウチ、ヤバめのマゾか?

まぁでも?トレちゃんにサドい部分があったのは新発見。また、アナタのコト、知れちゃった。にひひ。
…さびしんぼで、臆病で、でもその上でアナタが好きで。自分から変える勇気はないから、この関係を壊すのはアナタに委ねてしまった。
普段、あんなに…揶揄ってんのになぁ。

…ていうか、うら若き乙女のハダカなんですから、もうちょい反応してくれたっていいじゃないデスか。自信、無くしちゃうなー。
こういう要素も、アナタへの無言の告白の成功率を上げるためのちょっとしたイベントだったのにぃ。

ま、そんな事どうでもよくなるぐらいのド級のイベントが発生しちゃうんだけど。

…トレちゃんの掌に、きゅっと。包まれて、アナタの匂いと熱に狂わされて。もう熱烈なぐらいの愛の告白。そのままでもいいんだって。そういうふうに、なんというか…自分にも言い聞かせているような、そんな告白だったねん。

もうめっちゃくちゃよ。あんだけ自分の気持ちだけ捲し立てるように伝えた筈なのに、ノータイムで返ってきたのがアレなんだもん。…すき。だいすき。

かたかた。かたり。かたんッ!

悶える。悶える。…………もだえる。幸せに侵されて、おさえが…きかない。無機質なカラダを揺すって、焼き切れそうな乙女回路を鎮める。

─あ。ダメだ。このままじゃ壊れちゃうわ。

…ぱさり。衣擦れの音と共に、「ウチ」が姿を取り戻す。………あっつーい。久しぶりに動かす手を使って、ぱたぱたと仰ぐ。意味を成さない手動のファンを使って、恋の熱を冷ます。
カオはさっきから、にへらとしたままの表情で固定されて直んない。

「…てれり。すっごい報酬、貰っちゃった。」

そう、貴方の熱が消えて、貴方の匂いが。残滓が残るトレーナー室でぽつりと呟く。あぁ…ダメだ。抑えきれない。

「すき、すき。だいすきだよ。トレちゃ─」

ばたん。静寂をやぶるおと。─かおる、好きなヒトの、におい。

…ふぇ?

「はぁっ…はッ…おれ、もっ……!だっ…!」

…わお。聞こえてた?マ?わわわわ……ゾクゾクじゃなくてっ…ドキドキのままなんですけどぉ…っ!ちょっ…タンマ!いまこないで!ひぁっ…

………うひぁ〜〜〜っ…………


…んで。あの赤裸々告白のあと、暫くして─いつものティータイム。駄弁って、アールグレイを啜って。動画見て、新しいガジェットやシネマの話題で盛り上がって。
新しい事を、ゾクゾクを。それらを求めるための、なんてコトない日常の繰り返し。関係性は変わってしまった筈なのに、変わらない日常。
なんか、拍子抜けだけど。こんなもんだよね〜。
…でも。いつもよりも。ちょ〜っとだけ、距離が近くなったのが、うれしい。
─あと、USBにまた変化して、トレちゃんにニギニギされんのがマイブームになってしまいましてね…麻薬だよアレは。抜け出せなくなっちった。えへ。


─私は通りすがりのトランちゃんの知り合いAです。アレで付き合ってなかったんですか?マジ?
─通りすがりの知り合いBです。そんな変わってないですよ距離感。前からあんなでした。多分これからも変わりません。友人から恋人に名称が変わっただけです。
─通りすがりの知り合いCです。なんでフラれると思ってたんですかねトランちゃん…


……ちょっとぉ!?
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