チリ婦人とドッペル婦人 part6 後編


さて。肝心のコルサとAチリの勝負だが、結果はAチリの辛勝であった。

パシャリ!

「次のジムからは、こうは行きませんからね……」

しかし、仮にも(違う時空でだが)四天王を務めるAチリに善戦したはずのコルサだったが、

バトルコートで彼女との記念撮影に応じながらも、両手で顔を覆って泣いている。

「ああ、いやその……あそこまでとは小生も……」

「いや、コルサさんホンマ強かったですって。ウソッキーが……その……倒れてくれへんかったら、チリちゃん負けとりましたもん……」

撮影係のBチリからスマホを受け取ったAチリも、それを見つめている、いつもの毒舌を忘れたハッサクも気まずそうだ。

じめんの使い手であるAチリが、くさタイプに勝った。とはいえ。勝因となったのは、彼女の戦略もさる事ながら、Bコルサの抱える大きな弱点であった。

彼ら……コルサと草ウソッキーの致命的な弱点は、ほのお、ひこうタイプやどく、こおり技などではなく、

主の行きすぎた放任主義の結果、主従が逆転してしまっている事だった。

『ほ、ほら!ウソッキー!くさむすびだ!終わったらチュロスあげるから!』

『ケッ』

Aチリのために考案された、互いの切り札1体のみによる一本勝負。

度重なる主の指示にも、座り込んだウソッキーは微動だにしない。

ウソッキーにこれほどふてくされた顔ができるのか……

顔を引きつらせるAチリと外野の一行。Aチリの目の前に鎮座するドオーも、退屈からかウトウトし始めた。

『け、来えへんならコッチから行くでー』

『あー!ほら、ウソッキー!来るって!あーあ、負けちゃうかもなあ。どうしようかなあ!』

気の毒がるような苦笑いを浮かべた相手から、ドオーを起こしがてら掛けられた発破に、わざとらしく驚いたコルサ。

『ファーア……』

主の懇願に、あくびをしたウソッキーの腰がようやく上がった。

『チッ』

舌打ちと同時に、残像と化したウソッキーが、素早い一撃をドオーにお見舞いした。

『くっ……!けっこう重たいの喰らってもうたな……!』

これは心からの呟き。今は互いにテラスタルしている。効果はばつぐんだ。

相手を少しだけ侮っていたAチリは、すぐに認識を改めた。くさむすびは相手が重いほど威力があがる。

『3発……耐えて4発……!マジで行かな持たへんな……!』

独りごちたチリは、相対した者をたじろがせる、リーグでの険しい顔つきになった。

『しゃあなし!イチかバチかや!ドオー!アクアブレイク!』

Aチリは20パーセントの可能性に賭けることにした。水をまとってぶつかるドオーの身体。

効果はいまひとつだ。ウソッキーはビクともしていない。が、防御が下がった。

「狙いどおりや……!」

シャツとお揃いの黒い右手が、ガッツポーズに握りしめられる。

『なるほど!しまった!油断した!』

『勝負は、最後まで分からんもんですよ』

頭を抱えるコルサに、ニヤリと笑いかけたAチリ。

『負けるなウソッキー!もう一度くさむす……』

指示を叫びきらずに、コルサの目が点になった。そして、Aチリも同じく。

『アー……』

たった今まで痛がる素振りも見せなかったウソッキーが、突然バレリーナよろしくクルクルと回転しだした。そして。

『ヤーラーレーター。グヘエ』

アクアジェットが炸裂した部位をわざとらしく抑えつつ、ウソッキーはバタリと大の字に倒れた。

『チュロス』

『なっ、ウソだろう!?ピンピンしていたじゃないか、今!?』

目を閉じたままのウソッキーを抱きかかえ、ユサユサと揺さぶるコルサ。

『ド、ド?』

鈍感なはずのドオーも、おや?と小首を傾げている。

『……コルサさん。この子、絶対ふて寝ですわ……』

コルサに歩み寄り、ウソッキーを見下ろしたAチリが、おずおずと漏らした。

『な、にいい!?』

また始まったか……と漏らした見物客が、1人、また1人と去っていく。

『み、みなさん待ってください!決着はまだですよ!?』

『チュロス』

『……あー……』

自分たち一行のみとなったバトルコートをキョロキョロと見回し、両目を横線にしたAチリが、半泣きでしゃがみこむコルサへと気まずげに問うた。

『チ、チリちゃんら……どないすれば?』

グスリと鼻を鳴らしたコルサ。無言のまま立ち上がり、Aチリの手にバッジを握らせた彼は、そのまま乙女のように顔を抑えた。

「ナハハ。戻ったでー」
しょぼくれたコルサが加わり、再びBチリの愛車に戻った一行。一足さきに戻っていたリップとキハダが、ポケモンセンターの前でハグしあっていた。

「そ、そうか。次はセルクルタウンだったな」

Aチリの声にハグを解き、目尻を拭いながら、鼻が詰まった声で平静を装ったキハダ。迷路の小屋での決意をリップから伝えられたようだった。

「カエデさんは、どないな人ですか?」

「ま、まあ……取っ付きやすい人ではありません。ジムチャレンジの1番目にコルサさんが推されているくらいには……」

「さ、さいですか……」

Bの世界の住人は、Aの世界と中身が真逆。忘れかけていた法則に嫌な予感がするAチリは、眉間にシワを寄せた。

「その、害がある人ではありませんのよ。悪いのは口だけで、ガツンと言い返せば黙りますし……」

「……あの女にぶつける毒、すでに思いついております」

ミニクーパーの左側にモトトカゲを寄せてほくそ笑むハッサク。その後ろについたポピー。

「自分も、ドッペル婦人との勝負が楽しみです!」

闊達に微笑み、ミニの右側でモトトカゲにまたがったアオキ。その後ろにはAチリが座る。

「キハダちゃん、ライドポケモン持ってる?」

「ああ。むろん」

「リップ、乗ってみたい!」

「なっ、いいのか?ポケモンに触れるのが苦手なはずでは……」

「うふっ。リップも、ドッペルちゃんみたいに風を切りたくなっちゃった」

「……わかった。しっかり捕まっておけ」

淡い笑顔とともに出されたモトトカゲに2ケツしたキハダとリップ。アオキ達とハッサク達に挟まれ、ミニの後ろに待機した。

「カエデさんの強さは本物ですから、お気をつけて!」

そう言うなり、コルサも己のモトトカゲにまたがった。ミニの両側に2匹。後ろに並ぶ2匹。ハッサクが漏らしたように、ますます誰かの護衛のようだ。

後ろ半分を取り囲まれたミニの中には、運転手のBチリと助手席のオモダカ。そして、スペースに余裕ができた後部座席では、
史料や本を傍らに重ねたレホールが、手に取ったそれらと真摯な面もちでにらめっこしている。

「( >д<) レッツ……カーッ!ケホッケホッ!」

窓の外に向けて咳きこんだBチリの口から、ワラの破片が吹き出す。

「リップさんに取ってもらった破片、まだ残っていましたか!ああ、よしよし」

あの交通事故未遂から髪を整えたオモダカ。彼女に背中をひとしきり叩かれ、やっと落ち着いたBチリの眼差しが、フロントガラスを鋭く見抜いた。

「(`・ω・´) ……レッツゴー!」

ボウルに来た時と同じ配置に、新たなメンバーを加えた一行は、次なるジムがあるセルクルタウンへと向かった。

セルクルタウン。

「オーッホッホッホ!!このわたしに、チャレンジ?10年早くてよドッペル婦人!この街から出る者の運命は、ふたつに1つ!わたしの美しさに魅了されて抜け殻になるか、傲慢の鼻をへし折られるか……」

手の甲を口元に当てて長々と口上を述べるカエデを、ハッサクが止めた。

「やかましい。こちらは時間が惜しい。相変わらず性悪ですね。アナタなど、どこのポニータの骨とも知れない異性に引っかかって結婚詐欺にでもお遭いなさい。」

「……うぅ……なによ。からかっただけじゃないのよお……」

よわよわしく嘆き、涙ぐんでうなだれるカエデ。
出会って10秒で振る舞いをコロコロ変える彼女に、Aチリは苦笑いするしかなかった。

……ジムチャレンジ。巨大なオリーブの実ボールをゴールまで運ぶ事。

「オホホホ!!うまく運べるかしらあ?行く手を阻むのは、腕利きの元ラガーマンよ!」

コースの外から聞こえるカエデの高笑い。

「ムチャ言うなってええ!!」

ジリ、と構える屈強な男たちを前に、ボールにしがみついたままAチリが吠える。

その時。Aチリの真後ろに控えたBチリが。

「(`・ 3 ・´) プッ!」

細長い筒から勢いよく息を吹き出すや、鋭利に研がれた石の矢がボールに直撃した。

パン!!!

「えっ!?のわあああ!!」

穴から空気を噴射したボールは、Aチリを乗せたまま凄まじい速度で滑空し、ゴールの籠へと叩き込まれた。

「何さらしとんねん、このアホおおお!!」

ゴール地点のAチリが、今度はBチリに吠えた。
だが、一部始終を見ていたラガーマンや観客たちは拍手喝采である。

「( *¯꒳¯ )……フッ」

柵の外で誇らしげなBチリ。ドラムのスティックのごとく指先で筒をクルクル回している。

「なっ!?こんなのダメ!無効よ!!反則に決まってるじゃない!?」

「やかましいぞー!!成功だああ!!」

「そうだそうだ!!あんたが言った通り、ドッペルさん以外は『手を』出してないだろうが!!」

「そんなんだから、いつまで経っても良い人と出会えないんだぞおお!!」

「そ、そんなぁ……」

彼女の日ごろの性格ゆえか、腹いせ混じりに叫ぶ観客の怒声に、Bチリへと詰め寄っていたカエデはメソメソと地面にしなだれた。

お次はカラフジム。だが、ジムチャレンジはマリナードの市場で行われるらしい。

「な、なんやここ……!」

黒い幕で覆われた市場は、Aチリの記憶より何倍も広い。布をめくって一行が中に入ると、そこには2つの厨房を前に、無数の観客がひしめき合っていた。

「こ、これは、キッチンというよりも……」

「まるでコロシアムみたい……!」

「リップが知ってる、いっちばんカイデーなTV局のスタジオよりも広いわ……!」

キハダとレホール、リップも息をのむ。

「確か、ハイダイさんにジムリーダーをお願いしてから、すぐに市場の増築の申請が来ましたっけ……」

眉間に指をやったオモダカが独りごちていると、消防士が主役の映画を思わせるような、荘厳なクラシック曲が流れてきた。

〜〜♪ 〜〜♪

「この曲は、確かバックドラフ……」

眉間を押さえたまま、オモダカが呟きかけた時。

「さて。長らく、お待たせしました!」

横に並んだ2つの厨房の間から、ドライアイスの煙とともに恰幅のいい人影がせり上ってきた。

「ハ、ハイダイさんかいな!?」

熱狂する観客に混じりながら、Aチリが仰天した。

光沢のあるタキシードに緋色のマント。四天王が身につけるのと似た黒い手袋。A世界のハイダイとは、服装も物腰も予想以上にかけ離れている。しかも。

「……私が率いる美食の殿堂、ハイダイ倶楽部プロデュースのジムチャレンジへ、よーくーぞお見えになりました!」

とどめに、一人称が「私」。

独特のイントネーションとともに差し出されたハイダイの右手。観客がいっせいに後ろを振り返った。

「わーたしの記憶が確かならばぁ?鏡写しの2人のチリさんを連れた、オモダカ嬢ご一行が本日の挑戦者!」

2人のチリに驚いてか、あるいは大物ゲストに驚いてか、観客は「うおお……!」とざわめいた。

ハイダイが観客を両手のひらで制すると同時に、フェードアウトするクラシック曲。

「ドッペルさん!この人のジムチャレンジは、料理対決ですわ!」

「ポピーさん、いかにも!さて。先ほどハッサクさんから連絡を頂いた私は、1時間ほどジムを閉め、思案に思案を重ねていました。」

ミュージカル俳優を彷彿とさせる語り口や身振り手振りに、ポカンと聞き入る一行。

「私が抱える鉄人シェフたちは、いずれも百戦錬磨の強者。しかし、オモダカ嬢ご一行は料理の道ではアマチュア。どうすれば、フェアなジムチャレンジになるかと……」

大げさに頭を捻ったハイダイは、数拍おいてから二の句を継いだ。

「そこで私は、あるメニューをテーマに据えました!」

彼の大仰な手振りがピタリと止まった。両腕を広げたまま、正面の観客とオモダカ一行を見つめる荒波のような容貌。

「家庭やお店で、皆さんも絶対に1度は口にした事のある、パルデアのソウルフード!」

まさか……!

絶対そうだよ!

観客が活気づきだした。

「さあ、今日のテーマはこれだい!!」

ひときわ大きな叫びとともに、パチンと打ち鳴らされたハイダイの指。

すると、彼の足下から食材を乗せた大きなな台が生えてきた。

「今日のテーマは、サンドイッチ!」

大小や長さ、焼き色が様々なパン達、みずみずしいレタスやトマト、ツヤツヤのリンゴ、瓶詰めされたピクルス、雪のように真っ白な卵、モモンのみのようにピンクでしなやかな断面を見せるボンレスハムの塊……

「(*゚0゚*) ホオオオ……!」

「す、すごい……!」

驚嘆したBチリとオモダカ。
観客の歓声もボルテージを上げている。

「……どれもこれも、最高の素材じゃないか」

観客の合間から台に飛びついたキハダは、卵や野菜を1つ1つ手に取って感心している。

「その通り!カラフジムのチャレンジ内容は、『鉄人シェフに負けない極上の料理を作れ』!

審査員は観客の皆さま、そして私です!」

「は、ハードルが上がりすぎでは?」

ピラミッド型に積まれた野菜の頂点を見つめながら、オモダカが猫背で愚痴をこぼした。

「理事長、ジムチャレンジの内容を知らなかったの?」

「視察では勝負がメインなんです。書類で簡単な概要は見ていましたが、実際に受けるとなると緊張しますね……」

人差し指を口の下にあてがったレホールの素朴な疑問に、オモダカがポリポリと頭を搔く。

「さあ!ではさっそく!蘇るがいい、鉄人シェフ!」

右側の厨房を指し示すハイダイの号令。全身を黄色いコック服に包み、仁王立ちする口ひげの男が床から上がっていた。

「こ、この人……確かゴイスーな洋食の達人……!」

張りつめたリップの声に生唾をのむ一同。

「心配ない。栄養学のプロがついている」

「それに、サンドイッチの腕ならトップの右にでる方はパルデアにはいません!」

腕を組んで余裕のキハダ、誇らしげにフンと仰け反るポピー。

「オモダカ嬢ご一行にはハンデが課せられます!鉄人は1人で調理に臨みますが、皆さんは役割を分担して構いません!」

「では、トップが指示を出してください!自分たちはその通りに動きましょう!」

アオキは、そなえられたフリフリの腰巻きを身につけ、早くも準備万端だ。

「誰が、どの工程を行うか!料理には知恵も不可欠です!時間は20分!素材は使い放題!

では、オモダカ嬢たち!そして鉄人シェフ!

アレ・キュイジーヌ!!(調理開始!!)」

ハイダイの野太く力強いカロスの古い言葉に、オモダカが口火を切った。

「まずは卵の攪拌を!カエデさん。お客さんとハイダイさん、そしてわたくし達の分まで!お願いできますか!」

しょーがないわねえ……とこぼしたカエデが台に向かい、大きな籠に卵を手際よく詰めこんでいく。

「具材は何にいたしますの?」

「もちろん、チリが大好きなアレです!ポピーはハムの用意をお願いします!」

ピシッと敬礼したポピーが、カエデと入れ替わりで台に向かう。背伸びをして器用にボンレスハムを手繰りよせ、抱きしめながらいそいそと戻ってきた。

「……勝者!オモダカ嬢ご一行!!」

どわああ!と観客が湧いた。鳴り止まない拍手。

鉄人シェフのサンドイッチも美味しかったけど……!

オモダカさん達のハムタマゴの方が、あったかい味だった……!

中には、涙を流して喜ぶ観客もいる。ようやく歓声が鳴りやむと、キッチンコロシアムには、すすり泣く声のみが残った。

「……世界で芸術として認められているのは、全部で7つだと言われています。
建築、絵画、彫刻、音楽、舞踏、文学、そして映画……」

厨房の間――食材の前に立ったハイダイが、ジムチャレンジを粛々と結んでいく。

「ですが、料理も第8の芸術に値すると私は確信しています。何故なら……」

ハイダイの拳が、自身の胸を叩いた。

「本能を揺さぶり、感動を与える。それが芸術なのですから!」

左の厨房で頷くコルサとハッサク。

「そう!両者の明暗を分けたのは、供する相手を想う『心』!観客の皆さんを泣かせたチャレンジャーは、オモダカ嬢たちが初めてです!」

黄色のコックも、大きく首を上下させる。

「ではコロシアムの皆さま、大きな拍手でお送りください!ドッペル婦人!カラフのバトルコートでお会いしましょう!!」

反対側から近寄ってくる鉄人サカイと代わる代わる握手を交わしたオモダカ達は、彼のエスコートでスタジアムを後にした。

黒い幕と青空を背景にしながら、Aチリのスマホに記念撮影がまた1枚。

「(*´▽`*) チーズ!」

パシャリ。

「私の記憶がたしかならばぁ、上質なパスタにも負けないコシと粘りのある戦いぶりでしたぁ!」

「ホンマに負ける思いましたわ……!やっぱ、こっちのジムリーダー達も実力は本物や……!」

今回もAチリの辛勝。効果ばつぐんな技で何度も突かれたが、持たせたたべのこしが功を奏した。

あとはどくどくで粘りきり、何とか勝利をもぎ取ったのだ。

「ハイダイさんって、詩的な例えがお好きなのね!」

「ミュージカル俳優と力士、料理人の間で揺れ、3番目を選びました!」

「どうりで!面白いしゃべり方だなあって!」

ミニの後部に加わった新メンバーへと、笑顔で応じるレホール。

だが、彼の大きな身体にシートを半分以上は占領され、隣で史料を読む手つきもいささか窮屈そうだ。

「……ホウエン……3匹の……災厄……森羅万象の神……」

「レホール先生。何かお調べですか?」

助手席からオモダカが首をかしげる。

「ブルーベリー学園のブライアさんって居たじゃない?あの人から送られた史料を読んでいるの」

レホールの手と太ももには、数々の悪の組織や幻のポケモンたちが引き起こした、他の地方での事件や災厄が箇条書きされたクリップどめの紙の束。

「教え子くんも調べたんだって!スグリくん、だっけ。あの子が書いたページも、上手くまとまっててとっても読みやすいわ!

……2ページに15、6回は『信じるのは非常にシャクだが』って言葉が挟まってるけど」

ペラリ、ペラリとページをめくりつつ、レホールは苦笑いでつけ足した。

車外では、恒例となっている次のジムについてのやりとりが飛び交っている。

「いよいよ次はチャンプルジムですね!いやあ、腕がなりますよ!!」

モトトカゲを繰りながら力強い顔と口調で気を吐くアオキ。彼が比較的マトモだと分かっているAチリも、後ろで安心している様子だ。

「アオキさんのジムチャレンジは何ですのん?」

「自分との勝負に、正々堂々と勝つ事です!」

分かりきっている彼の生真面目さに、Aチリは思わず表情をゆるめた。

「……ドッペルさん、ご注意を。
アオキさんは、ジムチャレンジや実技テストが関わると少しだけ変になりますので……」

「へっ!?」

ポピーの言葉に、Aチリの安堵は数秒でとぎれた。

「変だなんて……!住人やチャレンジャーの皆さんに、少しでもリラックスして喜んでもらおうと……」

「アオイさんなんてドン引きしていたじゃありませんか!

大きな水槽の中で息を止めながらチャレンジャーと勝負なんて……何が『水中クン○カ』ですの!?

そのうえリーグでは、手持ちを倒されるたびに熱湯風呂!」

「……小生とトップが視察で見た時は、手持ちを倒される度に、スライスしたマトマのみを1切れずつ食べてましたです。トップ、半泣きで止めていましたね」

Aチリの顔が、ポピーとハッサクの非難にゲンナリと青ざめていく。

「やっぱ……こっちのアオキさんも、結構なアホやないですか……」

「い、いえいえ!ご安心ください!今回は無茶はおこないませんので!」

それきり、車外は沈黙に包まれた。



宝食堂には、観客とAチリのどよめきが響いている。

「何ですのん!?ア、ア、アオキさん!?」

「違う〜。今のじぶ……オレ様は、ダース・ラリーだ!」

ポケモンセンターそばに着くなり、

『10分してから宝食堂に来てください!いいですか!すぐにはダメですよ!』と念を押して町に走っていったアオキ。

「(*'ᗜ'*) カッコイイ!」

「すごい……もしかして手作り!?」

Bチリとリップのスマホがバトルコートを連写した。

「ダース・ラリー?さんとやら!アオキを何処にやったのですか!?」

「トッ……オモダカ〜、安心しろ〜!ドッペル婦人がオレ様に勝てば解放してやる〜!」

アオキと入れ替わるように、一行が向かったバトルコートには謎の人物が立っていた。

「スター団のみなさんにお願いし……奴らを脅して作らせた甲冑だぁ〜!重さ30kg!制作費うん十万〜!」

「もうコレ、どこから突っ込んだらええねん!?」

ラリーと対峙するAチリも狼狽えている。

全身から顔にいたるまでを、鉄板と長い手袋、兜のようなヘルメットとマントに包んだ黒ずくめの怪人物。マントをまとった背中には、大きなボンベを背負っている。

アオキさんを返せ!アオキさんはどこだ!と、ギャラリーの少年少女たちからも悲喜こもごもの叫びが上がった。

いつもよりはマシで良かったわ……と、ため息をつく女将の声も聞こえてくる。

「さあ!ドッペル婦人、ボールを取れ……!そ、それ、それし……そ……」

ラリーが突然、喉元を押さえた。ガチャン!!

「ど、どないしたん!?」

「コヒュー……コヒュー……」

コートの床に這いつくばり、小刻みに震えだしたラリー。どうやらコスチュームの中で苦しんでいるらしい。

心配したコルサとレホール、そして観客の少年が1人、外からコートに上がってきた。

「どうしたのアオキさん!?具合悪いのかしら!」

カチャカチャとレホールに頷くラリー。

「どこか怪我をされているのでは!?」

コルサには否定の横振り。

「……せ、せ、背中を……!」

長い黒手袋が指さす先には、大きなボンベ。

「ツマミを……3に……!」

力なく訴えるラリー。

少年がオロオロとボンベを見やると、甲冑のうなじへ繋がる管の横にあるダイヤル。ツマミの目盛りが0を示している。

「3だね!?分かったよラリーさん!」

人が好いらしい少年の指が、目盛りを3.0に導いた。ラリーの痙攣が止まり、息づかいが整っていく。

「危なかった〜!ありがとう〜!上半身は隙間なく溶接してあるのだ〜!ですから〜!酸素が無ければ〜!オレ様は死ぬぅ〜!」

「それ欠陥品やないですか!?」

Aチリのキレのあるツッコミに、観客たちの一部がゲラゲラ笑った。

「よかったわ、アオキさん!元気になったみたいね」

「ち、違います!オレ様はダース・ラリーだ〜!」

レホールの呼びかけを拒否する、ラリーのくぐもった慌て声。

「そうですよ!そんなに悪そうな人がアオキな訳ないでしょう!?」

プリプリと頬を膨らませたオモダカに続いて、観衆からも「そうだそうだ!」とヤジが出た。

「そう……だったみたいね!やだワタシったら!勘違いしてたなあ!え、えへへ!」

ニッカリと見せた白い歯を手のひらで覆い、たどたどしく笑うレホール。

「あなたたちの目は節穴かしら!その殿方はどう見ても……」

「「ダースさんよ(です)」」

「えっ。えっ?だって、声といい同じだし、さっきから『自分』って言いかけて……」

「「ダースさんよッ(だッ)!!」」

「ひぃ!ごめんなさぁい!!」

カエデの横槍を見事に封じたレホールとコルサの形相。観客に混ざる青少年の夢を壊すわけにはいかない。
ふだん穏やかな人間ほど、怒らせた時の剣幕は凄まじいのである。

「ふう。では!酸素を取り戻したところで〜……」

漆黒のヘルメットの口から、コーホー……と規則的な呼吸音が流れ始めた。鎧の中に酸素がきちんと循環している証のようだ。

「どなたか、起こしてください!じぶ……オレ様の筋力ではどうも……」

Bチリとオモダカ以外が、勢いよくずっこけた。

膝をついた腕立て伏せの格好でプルプルふるえているラリー。

「ええい、世話のやける!」

「わ、私にもぉ、お任せあれ!舞台でのアルバイトで慣れていますので!」

「「カエデさん!貴女も手伝って(ください)!」」

「な、なんでわたしが……」

「「お菓子作りで鍛えてるんでしょう?いいから早くッ!!」」

「は、はいぃ!」

白衣とマントをひるがえしたキハダとハイダイ。そしてパタパタと駆け上がったカエデ。

一行の中から踊りでた力自慢たち、コンビネーション抜群のレホールとコルサ、そして利発な少年の介助を受けながら、ラリーは産まれたてのシキジカのごとく立ち上がった。

「たとえ、にっくき敵であっても手を差し伸べる……!やっぱりパルデアの未来は明るいわ!」

祈りを捧げる姿勢で手を組み、オモダカはキラキラと感心している。

「(*´罒`*)シシシシシシシシシシ」

この状況がツボにハマったのか、爆笑するBチリは、ラリーが立ち上がるまでの一部始終と、棒立ちで猫背となり、口の端をヒクつかせたAチリの勇姿を己のスマホに録画していた。

「ありがとうございま……礼を言うぞトレーナーども!」

「「い、いいえ。それほどでも!」」

雄々しく立つラリーに、レホールとコルサが眩しく微笑んだ。

「お礼ついでに、もう1つだけお願いがある……あります……」

キョトンと瞬いた彼を囲む一同。

「相棒をくり出してから、すぐにテラスタルしますので!その間だけ、じ、オレ様の背中を押さえておいてください!オーブの圧力に、またひっくり返るかも知れませんので……!」

「はぁ……承知してやる」

キハダのため息を合図に、甲冑の背中と太ももの裏が一斉に支えられる。

「さしずめ、介護の予行演習ですね」ズルル

「うわっ。老後のアオ……ラリーさんの姿、鮮明に想像できちゃいましたわ」モグモグ

ちゃっかりと頼んだかけそばの丼とからしむすびを素手で持ちながら、カウンターの椅子をコートに向けたハッサクとポピーが茶かした。

「……そろそろ始めてもええですか?」

「いつでも!おいでなすって!」

しびれを切らしてローファーのつま先を鳴らしていたAチリを、口調が迷走したラリー(と、背後の大人5人と1人の男の子)が迎えうつ。いよいよ勝負だと告げるラリーの口上が始まった。

「おお、ビッグワン(イッシュの古語で偉大な者)、この瞬間を待ちわびたぞ!」

「……!」

なかなかにハリのある声質で、仁王立ちのラリーから厳かに告げられたAチリ。

言動こそふざけているが、今までに下してきたジムリーダー達の実力を思い出し、彼のヘルメットを真顔で睨んだ。

「ついに運命の輪は閉じる。かつては平凡なサラリーマンだったが、今やポケモンマスターだ!」

「極めたのはアホの道でしょう、ダース」ズズズ

出汁をすするハッサクの憎まれ口とともに、ラリーが掲げたボールの光から、切り札ムクホークが繰り出された。

「よっしゃ来た。行ったれドオー!」

全身を一周させるAチリの独特なフォーム。

「ドオー!」

きゃあ!

チ、チリさんが……

か、かっこいい!?

Bチリは、そもそも投球もおぼつかない。黄色くどよめく観客たち。

ムクホークのいかく。ドオーの攻撃が下がった。

「最初から、サ、サービス全開で行きますよ……!」

ギシ……ギシ……

袴を思わせる布地の裏。

ボールとは反対側の腰に下げられたテラスタルオーブに右手を伸ばそうとするラリーだが、どうやら甲冑の関節は可動域が極端に狭いらしい。

「ああもう!まだるっこい!チャレンジャーを待たせるんじゃない!」

ラリーの腰からオーブをもぎ取り、彼のかざされた右手にねじ込むキハダ。

「キィーッ!」

ラリーのマントとボンベを手で押さえこんだ6人が歯を食いしばるうち、オーブの反動は過ぎ去った。

ムクホークのテラスタイプはノーマル。色も味気もないが、シンプルに打たれ強い。ラリーの戦法やポリシーも、Aチリの知るアオキと同じようだ。

「いやあ、面目ない……」

背後を向いてカチャリとかすかに頭を下げたラリー。安堵した6人が外へ降りていった。今、バトルコートの上は正真正銘の1対1だ。

先手を打ったのはムクホークのつばめがえし。だが、並外れた耐久力をそなえるドオーには、タイプ不一致など痛くも痒くもない。

「キィキィ!!」

「さあ、どこからでも来いドッペル婦人!」

「上等や!ドオー!隆起せえ!」

オーブの振動に耐えながら、豊かな前髪を掻きあげたAチリ。彼女の虜になった観衆が絶叫をあげている。

「ドー!」

ドオーの頭上に燦然とかがやく地球儀。流れるように鮮やかなテラスタルの手際。

ヘルメットの中で、ラリーも思わず「かっこいい……」と囁いてしまった。

「足もと気いつけや! ちぃと揺れるからなあ!」

食堂中を震わせる、ドオーのじしん。

「わわわわ!ドッペル婦人、タ、タンマ!倒れるうう!!」

漆黒の鎧が、ヨタヨタとふらつく。

そして、主とおなじく平衡感覚を失って地に落ちたムクホーク。

揺れる床に全身のあちこちをぶつけては跳ねながら、悲痛な鳴き声でもんどり打っている。

「あっ、アカン!ちょい待ち、ドオー!やりすぎやって!ストーップ!!」

我に返ったAチリは、床を叩き鳴らすドオーを大声で制止した。

ラリーは右半身を下に横たわっている。ジムチャレンジ用にレベルを落としてあったムクホークは一撃で倒れた。

「す、すんません!加減まちがえてもうた!アオ……ラリーさん、大丈夫です!?」

グッタリと倒れたラリー。

「……お疲れさまです、ムクホーク」

「キィー……」

重い手つきで掲げられたボールの光が、ひんしのムクホークを吸い取った。

「……ドッペル婦人。この鎧を取ってくれぬか?」

「それじゃバレてまう!」

「ジムチャレンジをクリアしたビッグワン(イッシュの古語で偉大な者)の姿……ここを去る前に1度、自分自身の目で見ておきたい……」

「ど、どうやって外せばええんです?」

ラリーのか弱いジェスチャーは、覆いを取るように両手をスポッと。

そのイメージに従ったAチリは、ラリーの両肩に手を添えて彼を引き起こすと、尻もちをついた鎧をゆっくりと真上に引き抜いた。

「……見事です、ドッペル婦人」

「アオキさん!」

あらわになったラリー……もといアオキの上半身。ギャラリーとオモダカが目を見開く。

「アナタの勝ちです……アナタは正しかった……!最後に言えてよかったです。ドッペル婦人なら自分に勝てると信じていました……」

「アオキさん!」

「…………」

眠たげに瞼をとじたアオキは、仰むけに力尽きた。

「アオキさああああん!!スーツのままは無茶やってええ!!」

髪型を乱れに乱れさせて寝息を立てるアオキにすがりながら、天を仰いだAチリの雄叫び。

「行きましょう、ミス・ゲンガー!アオキを連れて!」

涙ぐんだオモダカが、コートの外から気丈に告げた。彼女の周りは、ラリーの驚くべき正体にザワついたままだ。

「Aチリさん、アナタはまともだと思っていたのに……」

苦々しく顔をしかめたキハダも、茶番のマヌケさに頬を濡らしていた。

「ま、まあ……仲良しなのは良いことよね!」

「ア、アオキさん、レホールさんの隣でオネンネしといたほうがいいみたいね」

その隣のレホールやリップも、反応のしかたが分からず苦笑するしかない。

「チリちゃん、四天王でいちばん!ふざけてへんよおお!!」

アオキにすがった姿勢のまま、先ほどと同じトーンで嘆いたAチリ。

「( ´∀`) チーズ!」

食堂に入る際、彼女からスマホを手渡されていたBチリが、カメラのボタンを押した。アオキの寝顔が、まるで遺影のようだった。

パシャリ!
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