恋情無垢 Lust Revived


カルデアに召喚された剣鬼伊織と地右衛門リリィの馴れ初めのような何か。
捏造設定しかない。長い割に内容は無い様。誤字脱字矛盾は発見次第、直します。




男の話をしよう。
 夢に溢れた唇は囁く。
欲を知った時、男は愚物に変生する。
 “あなたの全てを、教えてください。”


剣鬼が不要とした余分は本来、彼の中にあったもの。

それを再び呼び起こす時、他者へと繋がる感情が不可欠になる。

────興味だ。


可愛らしいと思う理由を知りたい。笑ってほしいと思う理由を知りたい。

地右衛門への想いがこの域にまで達した時、恋心(よぶん)が現れる。

……とかく、純粋無垢とは劇薬のようなもの。
触れる方は無邪気だが、見方によっては据え膳だ。





 数多の英霊達が集うカルデア。そこに喚ばれた英霊の中には、別側面が他のクラスとして別個体として存在する者も少なくはない。
 宮本伊織もそんな英霊の一人であり、基礎とも言える立ち位置のセイバーを始めとして、余分を切り捨てたアルターエゴ……通称剣鬼や、自身の欲望を同人誌としてひたすら書き綴る同人鬼ことバーサーカーなるイロモノまで、続々とその個体数を増やしていた。
 そして実に不思議なことではあるのだが、カルデアに召喚される宮本伊織は、どんなにその様相を変えようと変わらぬひとつの共通点があった。それはかつての自分と同じ、盈月の儀の参加者であった地右衛門へと惹かれる確率がともかく高いということ。
 過去の記憶を失い、特異点やカルデアで新たな感情や関係性を見出したセイバー。そんな彼の欲望が生み出したとも言えるバーサーカー。この二人が地右衛門に好意や関心を持つのは理解出来る。しかし、そういった感情を切り捨てたはずの自分にまで、僅かながらにもその傾向が表れようとしている事が、剣鬼伊織には理解し難く、不服でしかない事実だった。
 これは好意による執着などではなく、かつての敵意の再来。もしもその機会が訪れたのなら、より確実に切り捨てる為の観察に過ぎない。
……そんな理由を自分の中に作り、宮本伊織と違い一人しかいない地右衛門の様子を日々伺っていた剣鬼伊織だったが、ある日そんな日常に変化が訪れる。カルデアに、新たなクラスの地右衛門が召喚されたのだ。

「伊織さん」

 これまで接していた地右衛門ならば決してあり得ない呼称で剣鬼伊織を呼ぶのは、先日新しく召喚されたばかりのアルターエゴの地右衛門。通称、地右衛門リリィである。
 纏う着物だけでなく、心身までもがボロボロで幽鬼のような男である地右衛門。そんな男の幼き日の姿をした地右衛門リリィは、未来の彼からは想像もつかない程に天真爛漫、無垢な子供そのものであった。
 マスター曰く、彼は島原で惨劇が起こる前、もしくは悲劇など起こらなかった世界の地右衛門を具現化した存在であるらしい。傷一つない健康的な色の肌と屈託のない明るい笑顔は、彼が何も失っていない象徴と言えるものだった。

「……あれ?セイバーの伊織さんじゃない?」

 伊織の顔を下から覗き込んだ地右衛門が、首を傾げながら呟く。どうやら、彼が探していたのはセイバーの宮本伊織であったらしい。アルターエゴの伊織は見た目にはセイバー伊織とほぼ変わらないので、間違えたのだろう。

「人違い……いや、クラス違いか。俺はあの余分ではない」
「そっか、俺と大人の俺みたいな感じかぁ」

 合点がいったらしい地右衛門がふむふむと頷く。人違いならぬ伊織違いであったのなら、これ以上話すこともないだろう。そう考えてこの場から去ろうとした伊織だったが、一歩歩み寄った地右衛門が、ぎゅっと伊織の手を握った。

「決めた!今日はこの伊織さんとお話する!」
「……は?」

 こちらの手を握ったままにこにこと笑う子供の言葉の意図を理解出来ず、伊織はぽかん、と普段はしないような表情で地右衛門の方を見た。そんな伊織の困惑に気付いているのかいないのか、地右衛門は楽しそうな笑顔のまま口を開いた。

「汝の隣人を愛せよ。つまりはみんなと仲良くしましょうって、我が主も四郎さまも聖女さまも言ってました!だから、今日は伊織さんの事を知りたいです!」

 説明しながらも、地右衛門リリィは伊織の手をぐいぐいと引きながら、自室の方へと向かっていく。
 振り払う事は容易だが、下手に力を入れると小さく柔らかな手を傷付けてしまいそうで、どうにも出来ずにされるがままになってしまう。

「待て、勝手に話を進めるんじゃない。……おい、そこの保護者。微笑ましい目で見ていないで止めないか」

 いつの間にか現れて、伊織と地右衛門の後ろを当然といった表情で着いてくるのは、盈月の儀で地右衛門のサーヴァントとして彼に寄り添っていたランサーである。かつての主と共にカルデアに召喚された彼女は、今は専ら心身共に幼い地右衛門リリィの保護者として過ごしているようだった。

「地右衛門が健やかに過ごす事が今の私の望みです。彼が貴方との会話を望むなら、止める理由はありません。……念の為、近くに待機はさせてもらいますが」

 複数いる宮本伊織の中でも、剣鬼と呼ばれる宮本伊織の事を彼女は危険な存在として警戒しているらしい。
 私闘禁止のカルデア内において滅多な事は起きないだろうが、幼い子供である地右衛門リリィはサーヴァントの中ではか弱い存在だ。出来る限り近くで護りたいという気持ちがあるのだろう。

「……分かった。付き合うから、引っ張るな」

 二対一。多数決なら単純に負けであるし、両者をまとめて説き伏せるのも面倒だ。そう考え、この二人から逃れる事を諦めた伊織は、何が楽しいのかやったあ、とはしゃぐ地右衛門リリィに手を引かれ、彼とランサーが使っている部屋へと向かうのだった。


 そうして始まった交流は気付けば剣鬼伊織の日常となっていた。
 この頃は保護者である聖女も伊織と地右衛門が二人で過ごす事を認めたようで、今現在、部屋の中に彼女はおらず、地右衛門と伊織の二人きりである。何かがあればすぐに駆け付けられる距離には待機しているようではあるが、少なくとも視界に入る位置にはいない。

「ねえ、伊織」

 いつの間にか伊織の事を呼び捨てるようになり、敬語も取れた地右衛門が、幼い声で呼び掛ける。
 地右衛門は楽しげに自分のことを話す日もあれば、興味津々といった様子で伊織を質問攻めにする日もある。さて、今日は一体何を話すのだろうか。食堂で食べた料理のことか、言葉を交わした英霊のことか、はたまた新たに学んだ教義のことか。
 あれこれ予想をしながら次の言葉を待つが、地右衛門は躊躇うように唇を開いては閉じるを繰り返すばかりで、なかなか話を切り出さない。
 これは一体どうしたことか。いつもとは違う様子に伊織の方も少しばかり戸惑い、らしくもなく緊張を感じ始めた頃、地右衛門が意を決したという表情で口を開いた。

「あのね。この前、教わったんだけど……」

 教わった、と言う事は彼の信じる神や主の教えについての話題だろうか。だとすれば、いつもは「伊織にも教えてあげるね!」などと得意気に語るのだが、今日は何故にこうも神妙な面持ちなのだろうか。
 いつになく真剣な地右衛門の顔を見ながら、伊織は続く言葉に耳を傾ける。

「聖書の中にある『知る』とか、『知りたい』って言葉は……」

 そこまで言うと、再び地右衛門は躊躇うようにもごもごと口籠る。いつも真っ直ぐにこちらを見る視線は泳ぎ、ほんのりと頬を染めた姿はとても……とても?
 自分は今、目の前の子供に何を思ったのだろうと伊織が首を傾げたのとほぼ同時に、何かを決意したような表情の地右衛門が伏せていた顔を上げる。そして伊織へと顔を近付けると、唇の端に口付けた。

「……は、」

 ほんの一瞬。されど確かに、唇が触れた。地右衛門の薄く小さな唇が、自分へと。
 思考と動きを止めた伊織は、ただ呆然と目の前の地右衛門を見た。

「……聖書の中の『知りたい』って言葉は、こういう事をしたいって意味なんだって」

 こういう事、とは口付けのこと……だけではなく、おそらく性的な接触を指すのだろうと、元来の察しの良さで伊織は理解する。
 ……しかし、それと地右衛門が自分へと口付けてきた事が繋がらず、伊織は固まったまま、真っ赤な顔で話す地右衛門がその答えをくれるのを、ただひたすらに待った。それしか、出来なくなっていた。

「俺、伊織のことが知りたい。……俺の全部を、知ってほしい」

 不安に瞳をゆらゆらと揺らがせて、それでも真っ直ぐに伊織を見つめる幼い子供の、これ以上無い真摯な告白に、切り捨てたはずのモノが伊織の中に湧き上がる。そしてそれを、剣鬼であろうとした男は、不思議と不快に思わなかった。
 拒絶を恐れているのか、ぎゅっと目を瞑ってしまった地右衛門の頬へと触れる。髪に、耳に、首元に、手を滑らせていく。

「は、ぅ……」

 擽ったいのか、小さく声を上げた唇へと吸い付く。驚き、開いたそこへと舌を入れて、狭く熱い口内を侵していく。

「あ、ぅう……」

 はふはふと息を荒げる地右衛門の唇を伝う唾液を、舐め取って飲み込む。酷く甘く感じるのは錯覚かもしれないが、真偽など伊織にとってはどうでも良かった。
 敢えて目を背けてきた感情。捨て去るべき余分。一個人への愛執。ほんの数分前まで解らなかったそれを一瞬にして伊織は理解し、受け入れた。

「俺もお前を知りたい。例え解らなくても、その全てを」

 何も言えずに小さく震える地右衛門を、伊織が抱き寄せる。力の抜けきった身体は、すっぽりと伊織の腕の中へと収まった。

「俺の全てを教えてやろう。だから、俺にお前の全てを教えてくれ」

 自分を喰らい尽くそうとする男の欲を隠さぬその声に、今はまだ無垢な子供は嬉しそうに微笑み頷いた。
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