ケダモノの夢は飴の味


「ん…?」
目を開けると、ワイン色の部屋が視界を満たしていた。
「何だ…ここ?」
見覚えのない場所。いつからこんなところにいたのかわからない。しかし、既視感もないのになぜか初めからそこにいたかのような居付きを感じる。いったいここは、何処なんだろう?
腑に落ちない感覚を抱えながら、シンは上体をゆっくりと起こした。
ゆっくり、周囲を見渡してみる。
天井は稍低く、開放感は感じさせない。周囲は上品な文様をあしらったカーテンが囲っており、金色の獅子の毛のようなもので装飾されていて、高級感が溢れている。四隅には金色の高座な蝋燭立てがあり、仄かな炎ながら不自然なまでにくっきり部屋の光源を支えている。自分の身体は硬い地面ではなく、柔らかい布状であり、軽く擦ると暖かみを感じさせ、どの位置で横になってもぐっすりと腰を落とせそうな感覚を想起する。ベッドと言うには広すぎる密閉空間であり、寝床なのか絨毯なのか、その境目は曖昧だ。カーテンの囲う距離から言って自分は今その部屋のちょうどど真ん中の位置にいたようで、何がしかのかたちで自分が迎え入れられているような錯覚を憶えた。
ひと呼吸を肺に取り込もうとすると、得も言われぬ花のような艶やかな香が鼻をつついた。
何処かに連れ去られたのか?もしかすると自分は幽閉され誘拐されたのだろうか?それにしてはやたら品があるけれど?
身を包む妖しさに逡巡し、この部屋を物色しようとしてまろび返ろうとしたその時、

「シーンー?」
聞きなれた声が背後から聞こえてきた。
「ルナ?」
その声の主なら、シンはそれを知らないはずはない。ずっと一緒だ、そう誓った恋人。
今自分が生きて関わっている中で、誰よりも自分を大事にしてくれた、自分が一番守りたい人の声だ。
「シン!そこにいるのね?」
自分の声を聞き取った様子に、不安がふっと吹き飛ばされる。部屋の妖しさを逡巡する気持ちが緩んで、つい声がする方を振り返った。
眼前のカーテンがふわっと揺らめき、声の主がそこから顔を出してきた。
「あ、いたいたー❤」
「ルナ!…ルナ?」
期待を込めて目の当たりにしたのは、確かにシンが良く知っているルナマリアだった。しかし、その着こなしたるや、日夜シンが知っている、呼び慣れたパイロットの恋人としての姿からは遠くかけ離れていた。
「ちゃんとここで待っていてくれたのね?嬉しい!」
シンを見つけるや否や、身体を浮かせてゆっくりとシンの眼前へ接近してきた。
間違いなく、彼女はルナマリアだ。髪の色は部屋に似てワイン色で短く纏まり、艶のある白い素肌に、めりはりのあるスタイルを伴った、疲れを知らない少女。しかし、その恰好は余りに現実離れしていた。
頭には内側に曲がりくねった黒い角が生えていて、背中には空を飛ぶにもおぼつかないコウモリのような羽根。余りに恥ずかしげもない、肌の露出の多い、紐でも纏っているかのような水着…というより、身体のラインを強調する紫や紅の模様を刻んだような状態で、乳頭もまるっと露出したままで自重がない。流石の下腹部は覆いがあるもののあまりに薄く、手を掛ければ剥がれてしまう程に細い紐で腰元に支えられている。その尻の少し上辺りからは、漫画に出てくるような尻尾もつけていて、如何にも悪魔であると確信を抱かせる。
そんな、あまりに人間と言う在り方を忘れたような姿をしたルナマリアが、ふんわりと重力を無視して近づいてきた。
「もう、どこかに逃げちゃうかと思ったんだから」
「に、逃げないよ、ルナの傍からは逃げないって…でもどうしてそんなカッコで…んふっ?!」
至近距離を取ってから何の確認もなしに、早速彼女は深い接吻お見舞いしてきた。
「えぁ…ちゅっ…える…」
「んんっ…ちゅく…ちゅぷ…」
奇抜な恰好とはいえ、ルナマリアである彼女からのキスにシンが抵抗する意思が発生することはなく、そのままシンは彼女の舌を迎え入れて、夜ごとそうしている習慣の通りに絡み合わせた。
「ぷちゅっ…ちゅるっ…んんんっっ?!」
暫くの間はよく知っているルナマリアの舌巡りと味どおりだった、しかし流し込まれる唾液は明らかに違う味がした。何より日々よく知るルナマリアの唾液よりも数段か甘く、彼女の身体と同じ強い肌の香を発していた。
気付いた時にはルナマリアの身体がシンの全身にのしつけられ、シンは意志に関係なく両腕でルナマリアを強く抱えさせられた。
慣れない刺激を口越しに鼻に突き付けられたも束の間、ルナマリアの舌の進撃が勢いを増し、シンの舌と言う舌、口蓋の前後から、唇の上下周囲までもをその唾液で満たしてきた。すかさず彼女はシンの舌を啄み、大きな音をかなり長い間立てて自分の軟口蓋まで吸いこんで、交換する分の唾液を頬張った。
「ぢゅううううううぅ…っ、ぷぁ!」
「ぷはぁっ!…はぁ、はぁ」
シンの唾液をじゅるりと吸いきると、奮い立つように上体を反らせて糸をちぎり、嬉しそうにそれをこくりと飲み込んだ。
その姿にぽかんと目を奪われていたシンも、開いた口に溜め込まれた妖しい唾液を重力に従い喉元に流し込んだ。
「んん~、美味しい!」
「る…ルナ…?」
頭まで届くほどの長い尻尾を持ちあげて、嬉しそうにルナマリアが喉を鳴らした。

「”初めて会った”わね、シン。今晩は」
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