“エレオスの掌(てのひら)”とアトラス院


 女神エレオスの掌(てのひら)より落ちる“糸”。
アトラス院に所属する錬金術師の多くがその“糸”に絡めとられ、かの女神の策謀の駒となった。
その“糸”は、人類が霊長になる以前から、張りめぐらされていた。
“セファール”によって、その“糸”は一度ほぼ断ち切られたが、“神”が“神霊”に堕ちた
ことで、女神の策謀を止める者は誰もいなくなったのである。
“朱い月”という月より来た超越者が、女神のしかけた“糸”を利用しようともくろんだ
ことがあったが……
残念ながら、それをするには一万年ほど遅かった。
逆に“朱い月”は“糸”に絡めとられたあげく、志半ばで、この世を去った。

 そもそも女神がしかけた“糸”とはなんなのか。
それは、典型的なアトラス院の錬金術師の末路をもって解説しよう。

 アトラス院に所属できる錬金術師は上澄みの上澄みである。
彼らに求められる最低条件を満たした錬金術師は、平均的な同業者100人が必要な
案件を片手間でこなし、そのうえで比較にならないほどの完成度の物を出せる。
そうであるがゆえに、彼らは自分が世界を救えることを、まるで疑っていない。

 そのような彼らの傲慢に近い誇りは、自身が観測した世界の危機の前に崩れ去る
ことになる。
なぜなら、世界の危機という物は解決すれば、そこからより悪質な物が現れるからだ。
そのようなことを延々と繰り返す内に、それらへの対策手段さえもが別の世界の
危機をもたらすという結果になる。
文字通りの袋小路であり、詰みである。

 この段階で自決の道を選べた者は幸いであろう。
どう考えても、ここより先は地獄だからだ。
残念ながら、アトラス院に所属する錬金術師の多くは諦めが悪いので、発狂するまで
根本的な解決法を探し、足掻くのだ。

 やがて、狂気が理性を凌駕しはじめたとき、彼らは自身の脳裏に”糸”を見るのだという。
この段階での彼らは、すでにどのような手段であれ、解決の糸口になるならば
実行しかねないほどに狂っている。
アトラス院と交流した経験のある魔術師は「人類救済のために、人類の9割を殺す
必要があるならば、彼らはためらわずにそれを実行するであろう」といったとされる。

そのような彼らだから、“糸”に手を出してしまうのも、とうぜんと言える。
“糸”の正体は、女神の本性“始祖のヌオー”が人理の危機に備えて用意した保険である。
それは物であったり、技術であったり、知識であったりさまざまだが、その『糸』を
用いれば彼らが見た世界の危機は根本的に解決される。

だが大きな問題が二つほど生じる。
一つは、彼個人の案件は解決しても、人類には別の危機が存在すること。
二つ目は、“糸”を用いて解決すれば、“始祖のヌオー”が描いた未来に世界は進むこと
であろう。

 とはいえ上記の二つの問題点は、“糸”を用いたアトラス院の錬金術師たちにとって
は何の問題にもならない。
もとより、人類を救済するためなら人類の退化や衰退さえも許容する彼らが、
そのようなことを気にするはずもない。

 結果的にアトラス院の錬金術師の多くは女神の策謀の駒と化したのだ。

 このことを危惧したのは、時計塔と聖堂教会である。
彼らにしてみれば、不気味な何者かの計画が水面下で進んでいるのは恐怖でしかなかった。
“糸”を用いた錬金術師によると、計画が成就したときにもたらされるのは
『科学と神秘が共存し、現実と幻想が互いに支え合うことで未曽有の繁栄と幸福に満たされた世界』なのだという。

それが真実かどうかは、時計塔と聖堂教会からすればどうでもいい。
時計塔からすれば、魔術世界の根底を覆されたら彼らの既得権益が台無しになるから
許容できない。
聖堂教会からすれば“唯一の神”ではなく“神を僭称する忌まわしい獣”がもたらす未来
など、決して認められるはずもない。

 その結果、時計塔と聖堂教会の共闘と、それに呼応した「アトラス院の当初の志が見失われたと考えた改革派」によって“糸”を用いていた錬金術師の多くが殺されたのである。
西暦1300年頃のことと、いわれている。

 その後、生き残った“糸”を用いていた錬金術師の残党が“女神の掌(てのひら)”と呼ばれる独自の組織を立ち上げて、人類史に少なくない影響を与えたのは別の話である。

余談および解説
 上記の文章は“エレオスの掌(てのひら)”を研究している学者の意見なので事実とは食い違っているであろう部分が多々あります。
ひょっとしたら“女神の掌(てのひら)”の会員なのかもしれない。

女神エレオス
 上記の一連の“糸”の件では「……えっ。 どういうこと?」と困惑顔である。
“はじまりのろくヌオー”はセファールの一件を後悔していた。
そのために未来で起こるであろう無数の問題に、対策として用意した保険が“糸”と称される物である。
当然ながら、対策でしかないので、そこに深い意図があるわけでもない。

 また世界の再定義に関しても“消費の理”が行き過ぎて、人類も星もどうしようもなくなりそうになったときの保険でしかない。
とはいえ、拡大解釈は人の性である以上はどうしようもないことであるが。

“糸”
 “はじまりのろくヌオー”が人理の危機的状況に対処すべく仕込んだ対策機構。
人類がアラヤによってかすかに繋がっていることを利用し、世界の危機を解決しようとする人に必要な物や技術、知識を送るように設定されている。
ただし頻繁に送ることによる、悪影響への懸念のため、発動条件は厳しくなっている。

アトラス院
 根本的に詰んでいる、とてもお労しい方々。
多くの錬金術師が“糸”を用いたことで、女神の走狗扱いされ、同胞に売られたあげく死ぬことになった。
だが彼らが後悔したのは“糸”を用いたことでも、同胞に売られたことでも、迫害の果ての苦痛に満ちた死でもなく、自身が新たに見出した案件を解決できなかったことだったという。

その後、わずかな生き残りが“女神の掌”という組織を立ち上げ、今もなお人類の諸問題の解決に邁進しているという。
おそらく彼らは人類の諸問題のすべてが解決するその日まで、苦行をつづけるのだろう。

 なお現在のアトラス院でも、“糸”問題にはなんら有効な手を打てていない状態で、現院長の
ズェピアはどういう思惑か、現状は放置しているようだ。

 シオン
 女神エレオスを筆頭に“始祖のヌオー”由来の存在を警戒している。
彼女等の保有する存在としての情報量が神霊級なのも、疑惑を抱く要因であるらしい。

 プトレマイオス
 ある意味で、女神エレオスに一生を翻弄された人。
“エレオスの掌(てのひら)”の先にあるオケアノスが天の彼方にあることを、東方遠征の最後の方で気が付いた。
青春時代から死ぬときまで、彼はオケアノスを目指した。
文化(ものがたり)を用いて、“エレオスの掌(てのひら)”を超えようとさまざまな計画を実行し、その遺産は裏のアレクサンドリア図書館に封印されている。
彼がオケアノスを目指したのは、女神エレオスこと“始祖のヌオーたち”がこの星に描こうとしている物語の全容を知りたかったからだという。
お知らせ
実務でも趣味でも役に立つ多機能Webツールサイト【無限ツールズ】で、日常をちょっと便利にしちゃいましょう!
無限ツールズ

 
writening