ヌオー國世界線のイアソンとメディア


イアソン
『彼を超える英雄は居ても、彼以上に没落し挽回した英雄はいないだろう』
『欲しがった時は手に入れてもすぐに失うが、要らないとなると勝手に手に入る、そんな数奇な運命を持った男』

 上記はイアソンという男を語った言葉である。
彼の生涯は、イオルコスの王位継承者でありながら幼い頃に国を追われ、ケイローンの下で養育された後に玉座を取り戻すためにアルゴナウタイを率い、大冒険の末にイオルコスを奪還する。
その際に、あの有名な魔女メディアとイアソンは結婚している。

その後イオルコス王になるも、調子に乗って改革を性急に進め、国民からの反発で国を追われ、コリントスに亡命。
コリントスにて、国王に気に入られ、王女と結婚すれば次の王になれるので、メディアと離婚することを画策するが、激怒したメディアによりコリントス王も王女も重傷を負い、メディアとの間にできた子供達も怒り狂うコリントス市民に石打ちで殺されかける。
この際に女神エレオスが現れ、コリントス王と王女を癒し、メディアが破壊した宮廷や都市をエフェソスからの支援で修復することを約束したことがイアソンの怒涛の後半生を決めた。

 女神エレオスはイアソンに対し、メディアへの不実が原因でこうなったのだから、今回のことを反省しメディアに謝罪するとともに、今回の加護に相応しい対価を支払うことを要求する。
後にイアソンは、この時の女神エレオスの顔は微笑を浮かべていたが、怒り狂うメディア並に恐ろしかったと語っている。

 恐怖にかられたイアソンは、逃走し、放浪の果てにアルゴ号の所まで辿りついた。
だがそこには、完璧に修復されたアルゴ号と自分の子供達とヌオー達、アマゾネス達に『銀髪の侍女』が待っていた。
アタランテも来ていて、「次に子供を置いて逃げだしたら、汝を……、理解できているなイアソン」と獰猛な笑顔で宣告する。
唖然とするイアソンに『銀髪の侍女』は「ごきげんよう、イアソン様。 女神エレオスよりの言葉を預かりました『イアソン、あなたに要求する対価はこの子たちを連れてアルゴ号でメディアとの和解をすることです。 それを果たせばあなたはもう一度、王となるでしょう。 良き航海となることを祈っています』とのことです。 よろしくお願いしますねイアソン様」と伝えた。

 イアソンは泣きたくなった、どうしてこの世で最も会いたくない女を追わなければならないんだ!
しかし女神相手では逃げ場も無いし、子供達の前でこれ以上無様な姿を晒せないという見栄もあり、彼は航海に乗り出すことになった。

 航海は、怒りの治まらないメディアの攻撃を凌いだり、各地で起きるトラブルの解決等をしながら、様々な土地に赴いた。
中には、ギリシャの誰も到達したことのない土地もいくつか含まれていたとされる。

 とはいえ、かっての冒険の黄金の羊皮と違い、今度の目標物は逃げるために冒険は長引いた。
旅の途中では、子供達が結婚したり、栄誉を求める英雄候補が船に加わったりということもあった。

そんな中、追われていたメディアは娘の『裏切り者‼』という糾弾により精神に深い傷を負っていた。
寝ても覚めても娘の『裏切り者‼』『お父様を裏切り者と言うけど、お母様だって私達を裏切って、復讐の道具にして使い捨てたじゃない‼』『ねえ、石打にされている私達を見て楽しかった? お母様に捨てられたとも知らずに、お母様に助けを求める私達の姿は滑稽で楽しかったでしょう? あの愚かな男の子供らしい無様な醜態だって、本当は腹を抱えて笑いたかったんでしょう⁉ そんなつもりはなかった⁉ 私はあなた達のことを……。 この嘘つき‼ そうやって涙ぐんで甘い言葉を囁けば、まだ私達を操れると思っているのか⁉ この魔女‼ お前は私たちの中のお父様の血を卑しいと思っているみたいだけど! お前だって同類だよ‼ 私はあなた達の血を継いでいることが恥ずかしいよ、おかあさま』その言葉が脳裏から離れない。
もはや気が狂いそうになっていたメディアは、自分自身を理性と本能の二つに分けることを考え出す。
建前上は、情に流されて、大幅に落ちた魔術の腕を取り戻す為であったが、遠回しな自殺に近かった。
 
 彼女の見立てでは不要な本能を捨てることで、娘の糾弾にも冷静に対処できるようになると考えていた。
その予想は外れた、彼女の情は理性を凌駕していたのである。
こうして誕生した本能のメディアは乙女のような愛らしい容姿とは裏腹に、恐るべき情愛の化身だった。
彼女はイアソンを心から愛していたが、その愛はとても歪んでいた。
彼女はイアソンの苦しむ顔に喜び、彼が他の女に目移りすると嫉妬に狂う、そうでありながらカッコいいイアソンも、自分に甘える駄目なイアソンも同時に素敵だと思っていた。
本能のメディアは理性のメディアを自身の持つ宝石に難なく封印すると、素知らぬ顔でアルゴ号に乗りこんだ。
全てはイアソンを徹底的に味わうが為に。
なお、この時の本能のメディアの姿はイアソンに出会った頃の姿だったという。

 イアソンに対して、本能のメディアは自分がイアソンとメディアの娘で、あの日には母の胎内にいたのだと嘘偽りの物語を伝え、自分を復讐の道具にしようとする母から逃げ出したのだと伝えた。
なぜこのような物語にしたのかといえば、イアソンに近親相姦の罪を負わせるためである。
当時のギリシャにおいても、これは大罪で、発覚すれば娘のほうが恥辱のあまり自害した事例は神話でもいくつかある。
本能のメディアはイアソンの女の好みは熟知していたし、年を経て減退した性欲も、彼女の手にかかれば簡単に回復させられる。
つまりイアソンの境遇はここから更に悪化した。

 本能のメディアの手練手管は見事で、アルゴ号の面々と友好関係を築き、もう存在しない、追われているメディアも完璧に演出して見せた。
またイアソンの篭絡も着実に進め、彼の身の回りの世話をすることを誰も疑問に思わない状態に持って行った。
だが、あと一歩のところでイアソンは何度もメディアの誘惑に耐えたのである。
そのことに嬉しさと怒りを同時に抱きながら、メディアは微笑んだ。
蜘蛛の巣にかかった以上は、いずれ喰われるだけだと。

 イアソンの二度目の大航海の最後の舞台は奇しくもコルキスであった。
かってのコルキス王アイエーテスは弟のペルセースに王の座を追われ、それに反抗したアシュプロスは捕らえられ、処刑を待つ身であった。
何度もこちらを騙してきていた相手であったが、父親の姿と重ね合わせたイアソンは、アシュプロスを救出し、アイエーテスを王座に戻すのと引き換えにメディアの罪を赦すように約定を結ばせた。

 多勢に無勢ではあったが、歴戦の船員に英雄が揃い、しかも指揮官としては神話屈指の男が率いてるとあっては、一国の力だけではどうしようもなく、アシュプロスは無事に救出され、アイエーテスは王の座に戻った。
ペルセースは捕縛されたが死刑ではなく、追放刑となったそうである。

一連の行為に打算が無いことを、長年イアソンを見てきたメディアには理解できた。
だからこそ、嫌悪しているはずの自分のために行動するイアソンの姿は彼女の心に大きな動揺をもたらし、装飾品に封印したもう一人の自分に逃げられてしまう。

 そして逃げ出したもう一人の自分の暴露で、本能のメディアの謀略は全て暴かれてしまった。
本能のメディアは、イアソンを謀ろうとした自分に罰を下すことを願うが、イアソンが与えたのは謀略への赦しであり、夫婦としてもう一度今後のことを話しあおうという物であった。

 その後、子供達とその伴侶を含めた7人の話しあいが、どんな内容だったかは残っていないが和解は成立したようだ。
ただ分離したメディア達はどうも、完全に別人となってしまっていたので、元には戻れなかったそうである。
乙女の如き姿の本能のメディアは終生、イアソンの傍にいた。
熟女である理性のメディアは、定期的にイアソンや子供達の前には姿を現したが、それ以外の時はどこにいるかも分からなかったそうである。

 そして、イアソンは無事に航海を終えたが、国王になんてなるのはもうごめんだった。
王になる機会はその後幾度もあったが、その度に辞退したり別の誰かに押し付けた。
この頃にイアソンは船団を率いての交易を大々的に行い、莫大な富を蓄えたのだという。

 しかし老年に差し掛かった時期に、故郷のイオルコスがぺレウスの復讐により破壊されてしまう。
さすがに故郷愛は残っていたので、復興支援をするのだが、その流れで国王の座に祭り上げられてしまう。
イオルコスの民はぺレウスが怖かったので、対抗できる英雄の統治を望んでいたからである。
自分が復興したところがまた破壊されるのも癪なので、先代の王であるアカストスの子が王座に着くまでの代理としてイアソンは王になった。

 今回の統治は前回の反省を生かしていたのと、本人的には無難なことしかしなかったが、以前はなんだったのかと思えるほどに治世は上手くいった。
やがて、アガストスの子がぺレウスへの復讐を果たした後も国民の絶大な支持で王を辞めることが許されず、老衰で死ぬまで続けたそうである。

死後はメディアの手でエリュシオンに連れていかれ、そこで一緒に暮らしているとされる。

余談:『銀髪の侍女』
 誰がどう見ても女神エレオスだが、彼女は適当な名前でごまかす。
その理由は、高位の神がみだりに地上に干渉してはいけないとゼウスから指摘があったので、それなら人間としてなら大丈夫ですか? という彼女の発言に、ゼウスが許可を出したからである。

 神霊が人間の型に収まるのは、耐えがたい屈辱と苦痛なので、いかに『慈悲の女神』でも、そんなことはすまいとゼウスは考えていた。
ゼウスは失念していた、彼女は女神である前にヌオーであるという事を。
結果、女神エレオスは定期的に『銀髪の侍女』という人間になって地上界を巡っている。
今回の事件ではコリントスの王女とイアソンが結婚するという話に、大変な事が起きると確信し参加したそうである。

 『本能のメディア』
 乙女のような愛らしさと魔女としての淫蕩さを併せ持つ女。
行動原理はイアソンへの愛で、イアソンを滅茶苦茶にしたいし滅茶苦茶にされたい。
子供達への愛情はあるが、それよりもイアソンが優先される、情念の怪物と言えるが、そのぶん魔術センスは『理性のメディア』を凌駕している。
謀略家としても優秀だが、人間不信気味なので、思いやりに弱く、それが原因でイアソンに敗北した。
だが最後の勝利までは譲らなかったそうである。

『理性のメディア』
どちらかというと通常状態のメディア。
別に理性的になったわけでもなく、ただ単にリソースをもう一人の自分に奪われただけだった。
とはいえ驚異的な魔術の腕は健在である。
イアソンに対しては若い頃は大嫌いで、年老いた後はイアソンでさえなければ好きになっていたかもとのことである。
家族の和解に協力してくれた、子供達の伴侶と女神エレオスには感謝している。
また、もう一人の自分と一緒にエリュシオンに行くことになったイアソンに対しては、「タルタロスのほうがずっと良かったのでは?」と同情している。

 『ヘメラ』
イアソンとメディアの間の娘。
人懐こくて、お母さん子で、幼いながらも追放が決まった母を慰め、同道することを約束していた。
弟であるぺレースと一緒に嫌々ながら、父の再婚相手であるコリントス王女グラウケに王冠と結婚衣装を送る使者をした。
だが王冠には呪いが、結婚衣装には毒が仕込まれており、グラウケは苦しみにのたうち回り、娘を救おうとしたコリントス王クレオンもまた苦しみにのたうち回ったのである。
当然ながら、コリントスの人々はこの行為に激怒した。
ヘメラ達を捕らえられ、イアソンも縛り上げられて、自分の子供が石打に会うのを強制的に見せられることとなったのである。
子供なのですぐに死んだり気絶しないように、大人よりも小さな石で石打は行われた。
イアソンは石打のあいだ、子供の助命を哀願したが、コリントスの人々はあの魔女を呼べば、犬の餌にするのだけは勘弁してやると返答した。

 女神エレオスとその従者であるヌオーの到着があと少しでも遅ければ、彼女達は死んでいたであろう。
かろうじて助かり、女神の加護とヌオーの治療により傷は治ったがヘメラの心の傷は深刻で、かって人懐こかった彼女は弟以外の人間は近寄らせることさえしなくなった。
また笑顔はヌオー達と一緒の時だけ浮かべるようになったという。
その中で一匹のヌオーと恋をし、彼と結婚したのである。

 その後、母メディアが父イアソンを詰る場面に居合わせ、ため込んでいた怒りが爆発し『裏切り者‼』と糾弾した。

コリントスでの家族会議では夫の介添え無しでは、父や母とも顔を合わせられない状態だったが、「両親が自分達を愛していることだけは信じさせてほしい」と、胸の内を打ち明けた。

大航海の後はエフェソスに移り住んだ。
そこで夫であるヌオーとの間に子供が出来たことで、当時の母親の気持ちが少し理解できるようになった。
きっと、夫が他の女に目移りして自分を捨てたら、私は母以上に冷静な行動をとれる自信は無い。

それが転機となって母とまともに喋れるようになり、子育ての話とかも出来るくらいに関係は改善されたそうである。

後にエフェソスに来たカッサンドラ―とはすぐに仲良くなった。

『ぺレース』
 イアソンとメディアの間の息子。
甘えん坊で、いつも母や姉に甘えていたが、コリントスの惨劇で自身の無能さに打ちのめされた。
彼は家族のだれも救えない自身の弱さと無能さに憤り、力を求めたのである。
その後、アルゴ船に一緒に乗っていたアマゾネスの一人に、自分を徹底的に鍛えて欲しいと言い、それは受理された。
生傷の絶えない鍛錬であったが、石打ちの時の痛みと悔しさに比べればどうということもないと彼は鍛錬を積んだ。
時にヌオー達からも武芸一辺倒ではだめだと座学を仕込まれ、彼は英雄としての才覚を目覚めさせていく。

 大航海の中で一端の英雄にまでなったが、彼が求めているのは栄誉ではなく、ただ大切な者を守れる力である。
そして彼にはすでに新しい家族が出来ていた。
そう、自分を鍛えてくれたアマゾネスである。
いつしか彼女を超える実力をぺレースは手に入れていたが、一人の人間として彼は彼女を敬愛し、妻としたかったのである。
その想いに彼女が応えたことで二人は結ばれた。

家族会議では妻となったアマゾネスと参加し、「俺は父上も母上も今はまだ信じられない。 だから傍で見届けさせてほしい」と伝えた。

その言葉通り、イアソンの副官として仕え続け、イアソンが王となった後も副王として支え。
イアソンが崩御すると、正式にアカストスの子孫たちにイオルコスを任せ、自身は家族を連れて姉の住むエフェソスに移り住んだという。
お知らせ
実務でも趣味でも役に立つ多機能Webツールサイト【無限ツールズ】で、日常をちょっと便利にしちゃいましょう!
無限ツールズ

 
writening