題名:カルセドニーとアンジェリカ 作者:草壁ツノ
<登場人物>
カルセドニー:不問 はるか昔に作られた、人語を話す機械。森の中で少女と出会う。
アンジェリカ:女性 少女。森の中でロボットと出会う。(シナリオの中で少女・女性・老婆になります)
コーラル:女性 アンジェリカの孫。
N(ナレーション):不問
----------------------
<役表>
カルセドニー:不問
アンジェリカ+コーラル:女性
N(ナレーション):不問
----------------------
■利用規約
・過度なアドリブはご遠慮下さい。
・作中のキャラクターの性別変更はご遠慮下さい。
・設定した人数以下、人数以上で使用はご遠慮下さい。(5人用台本を1人で行うなど)
・不問役は演者の性別を問わず使っていただけます。
・両声の方で、「男性が女性役」「女性が男性役」を演じても構いません。
その際は他の参加者の方に許可を取った上でお願いします。
・営利目的での無許可での利用は禁止しております。希望される場合は事前にご連絡下さい。
・台本の感想、ご意見は Twitter:
https://twitter.com/1119ds 草壁ツノまで
----------------------
N: 二人が出会ったのは、深い、森の奥だった。
そこは森の拓(ひら)けた空間で、足元には白い野花が一面に咲き、暖かい陽の光が指す美しい場所。
そこで、二人は出会った。
一人は、まだあどけなさの残る、赤茶けた髪をした少女だった。
一方で、その少女と向き合うのは人間では無かった。
その体躯(たいく)は少女の背丈をゆうに越えるほど大きく、体の表面は見た事も無い材質で作られている。
一目見れば人間では無いと分かるその存在。
彼の正体は、人造の機械生命体――ロボットだった。
※シーン切り替え
アンジェリカ:「あなた......一体、だれなの......?」
カルセドニー:「......私の名前はカルセドニー。人類支援を目的として作られた機械生命体、《ロボット》だ」
アンジェリカ:「ロボット?!......ロボットなんて、絵本の中でしか見た事がないわ」
カルセドニー:「私が作られたのは今より二百年前。人々の記憶から忘れ去られていても、無理は無い」
アンジェリカ:「に、二百年前っ?!」
カルセドニー:「随分と大きな挙動をするな。人間の子供」
アンジェリカ:「人間の子供じゃないわ。私の名前はアンジェリカよ」
カルセドニー:「《アンジェリカ》......なるほど、データに記録した」
アンジェリカ:「ねえカルセドニー。あなた、どうしてこんな場所にいるの?」
カルセドニー:「《どうして》?......ふむ。推測するに、目の前の少女は、私がここに留まる理由を求めている......。
私がここに居る理由。それは、ここで友人が帰ってくるのを、私は待っている」
アンジェリカ:「友達が帰ってくるのを待ってるの?」
カルセドニー:「そうだ」
アンジェリカ:「その友達も、あなたと同じロボットなの?」
カルセドニー:「否定。彼は、君と同じ人間だ」
アンジェリカM:「(人間の友達......200年前の人でしょう? そんな昔の人.......まだ、生きてるの......?)」
アンジェリカ:「あっ」
N :少女はひどい事を考えてしまったと、思わず申し訳なさそうな顔で口を噤(つぐ)んだ。
カルセドニー:「どうした、アンジェリカ? 脳に負荷がかかっている」
アンジェリカ:「な、なんでも......無いわ」
カルセドニー:「アンジェリカ。君こそ、何故この森に来た?」
アンジェリカ:「......リスに、大事なリボンを取られたの」
カルセドニー:「《リス》?」
アンジェリカ:「そう。そのリスがこの森の中に入っていくのを見て、あとを追いかけたの......そしたらここに着いて」
カルセドニー:「《リス》......《げっ歯目》、《小型の草食性》。《長い尾を持つ》。《樹上性》......」
アンジェリカ:「ジュジョウセイ?」
カルセドニー:「主に樹の上で生活するという意味だ。それに――《赤いリボン》。条件が一致した」
アンジェリカ:「え?」
N :少女が顔を上げると、目の前で腰を下ろしたロボットの肩の上に、小さな影が現れた。
そのふさふさと揺れる尻尾には見覚えがある。その生き物はロボットの肩の上で毛繕いをしたあと、少女に視線を向けた。
その口元には、真っ赤なリボンが咥(くわ)えられている。
アンジェリカ:「あーーーっ!! そのリボン、そのリボン!!」
カルセドニー:「このリボンは、少女の所有物なのか。このリスはこの森によくやって来る。
私の数少ない友人だ。迷惑をかけて、すまなかった」
N :ロボットがリスに指先を近づけると、そのリスは抵抗することもなくリボンを彼に返した。
ロボットは、そのリボンを乗せた指を、少女の元にすっと近付けた。
アンジェリカ:「あ......」
カルセドニー:「君の物だろう」
アンジェリカ:「あ、ありがとう......」
カルセドニー:「《ありがとう》......その言葉を覚えている。私の記憶中枢(ちゅうすう)に深く根付いている。
我々機械にとって、その言葉は音の集合体であり、体を動かす動力にもなり得はしない。
だが......何故だろうな。私は、その言葉が好きだった」
アンジェリカ:「......優しいロボットなのね。カルセドニー」
カルセドニー:「《優しい》?」
アンジェリカ:「ええ、そうよ」
カルセドニー:「......その言葉は、我々ロボットにはふさわしくないものだ。アンジェリカ」
アンジェリカ:「どうして?」
カルセドニー:「ロボットは心を持たないからだ、アンジェリカ。君は私のことを優しいと言ったが、そうではない。
そう見えるのだとしたら、それは私の振舞いや言動がそう見えるよう、システムを構築されているからだ。
私の中に組み込まれたプログラムが、人間にとって好意的に思われるよう、そう命令を出しているだけだ」
アンジェリカ:「......言っている事が難しすぎて、全然分からないんだけど......。
カルセドニー。あなたには心があるはずよ。だってさっき、あなた《ありがとうが好き》って言ったじゃない」
カルセドニー:「......システムの不具合が見られる。クリーンモードをスタンバイ」
アンジェリカ:「あーもう、なんなのっ! カルセドニー、あなたさっきから変な言葉ばっかり言って!
せっかく私が褒めてあげたのに、なんで否定するの? 褒められるの嫌いなの?」
カルセドニー:「回答不能。《嫌かどうか》という問いについて、私は答えを提示出来ない」
アンジェリカ:「うじうじしちゃって。男らしくないわ、カルセドニー!」
カルセドニー:「否定。我々ロボットに、そもそも性別という概念は存在しない―――」
N :その日の出会いをきっかけに、少女とロボットは、その森で一緒にいる機会が多くなった。
少女は一週間のうち、三日も四日も夜遅くまで森にいて、次の日また朝早くにやって来る。
アンジェリカ:「ねえ、カルセドニー」
カルセドニー:「なんだ、アンジェリカ」
アンジェリカ:「そう言えば、前から気になっていたんだけど。この家は誰の家なの? カルセドニーが住んでるわけじゃないのよね?」
カルセドニー:「この家か。この家は......私の友人が、かって暮らしていた家だ」
アンジェリカ:「そっか......ここが......でも、随分ボロボロね」
カルセドニー:「木材で建築された家屋、最後に使用されてから数百年は経過している――当然だ」
アンジェリカ:「......ねぇ、カルセドニー。もし良かったらなんだけど。この家、私達で直さない?」
カルセドニー:「直す......? 一体何が目的で、そんなことを」
N :少女はロボットの方を振り返り、両手をいっぱい広げて話し始めた。
アンジェリカ:「だって、明日にでもあなたの友達が、ここに帰って来るかもしれないわけでしょ?
けど、その時に自分の家がボロボロだったとしたら悲しいじゃない?
だから、それまでにこの家をピッカピカの状態にして、その友達を喜ばせてあげましょうよ!」
カルセドニー:「......なるほど、理解した」
アンジェリカ:「......駄目かしら?」
カルセドニー:「......老朽化した家屋を見て、喜ぶ人間の割合、およそ12%。状態の良い物が好まれる」
アンジェリカ:「(笑う)話が分かるわね! それじゃあ早速取り掛かるわよっ」
N :それからというもの、ロボットと少女は二人で力を合わせ、古くなった家屋の修理に取り掛かり始めた。
ロボットは最初、力加減がよく分からず、誤って家屋の一部を壊してしまうこともあった。
けれどその度に少女に注意され、そこから学習することで、少しずつロボットは力加減を覚えていった。
そうして、その家屋は二人の手によって、日に日に元の姿を取り戻していった。
アンジェリカ:「見てよカルセドニー! どう! 見違えるほど綺麗になったわよ!」
カルセドニー:「......肯定。確かに、状態が以前と比べ改善された」
アンジェリカ:「これで、いつあなたの友達が戻ってきても大丈夫ね」
カルセドニー:「......アンジェリカ」
アンジェリカ:「なに?」
カルセドニー:「君さえ良ければ、ここで暮らせば良い」
アンジェリカ:「え、でも......良いの?」
カルセドニー:「肯定。この家屋は今、誰も住んでいない。保存状態を維持するため、誰かが使用した方が良い」
アンジェリカ:「そう?......そういうことなら......少しの間、お邪魔しようかな」
N :こうして、そのロボットの申し出を受けることにした少女は、その森の家で暮らしていく事にした。
※シーン切り替え
N :その後、朝と夜が何度か繰り返され、時間で言うとおよそ数年の月日が流れた。
幼かった少女の姿は無く、そこに居たのは背丈がすらりと伸び、溌剌(はつらつ)とした印象を感じさせる女性が居た。
アンジェリカ:「ねーっ、カルセドニー!」
カルセドニー:「なんだ、アンジェリカ」
アンジェリカ:「あなた、ちょっと見ない間に随分体が汚れてるじゃない。今日は私がピカピカに磨いてあげるから!」
カルセドニー:「汚れではない、これは錆(さび)。長い年月をかけ、体の表面の材質が変化したもの」
アンジェリカ:「あーもうはいはい。いいからいいから。はい、座って!」
カルセドニー:「......人間は無駄な事にエネルギーを使う生き物と彼に聞いたが、それは本当のようだ」
※シーン切り替え
アンジェリカ:「......ねえ、カルセドニー?」
カルセドニー:「どうした、アンジェリカ」
アンジェリカ:「あのね、ちょっと相談したい事が......あるんだけど」
カルセドニー:「......《風邪》を発症したのか? 体温が著しく上昇している」
アンジェリカ:「そうじゃ無いってば。えっと......」
カルセドニー:「なら、なんだ?」
アンジェリカ:「......カルセドニー。私、今付き合っている人から......結婚を、申し込まれてるんだ」
カルセドニー:「......結婚」
アンジェリカ:「そう」
カルセドニー:「人間は異性と交流を深め、子供を産み、後世に血を受け継いでいく。
それに幸せと生き甲斐を感じるものだと」
アンジェリカ:「そんなまじまじと説明しないでよ」
カルセドニー:「疑問がある。何故そのことを私に謝罪する必要がある?」
アンジェリカ:「だって......」
カルセドニー:「?」
アンジェリカ:「......もし、私が結婚したら。カルセドニー......ここで、一人になっちゃうじゃない」
カルセドニー:「そんなことか」
アンジェリカ:「そんなことって......」
カルセドニー:「......元々、私はここでずっと一人だった。また、その日々に戻るだけだ」
アンジェリカ:「......カルセドニーは、私がもう、ここにもう来なくなっても、何とも思わないの? 寂しくないの?」
カルセドニー:「......寂しいという感情を、ロボットである私は、持ち合わせてはいない」
アンジェリカ:「......ああもう!」
カルセドニー:「アンジェリカ?」
アンジェリカ:「あなた、いつもそうやってロボットロボットって! ちっとも本音を話してくれないじゃない!」
カルセドニー:「どうした、アンジェリカ。何を怒(おこ)っている」
アンジェリカ:「怒ってない!」
カルセドニー:「語気が普段よりも荒く、眉間に皺が寄っている。怒りを抱いている者の、典型的な特徴だ」
アンジェリカ:「あぁもう、うるさいなっ!」
カルセドニー:「アンジェリカ。どこへ行く」
アンジェリカ:「どこだっていいでしょ! 別にカルセドニーにとって私なんて、居ても居なくても変わらないんだから!」
カルセドニー:「待て、アンジェリカ」
アンジェリカ:「待たないっ!」
N :彼女はそう言い残すと、その場から走り去っていく。ロボットの伸ばした手も空しく、彼女の姿は見えなくなった。
カルセドニー:「......」
N: 当てもなく伸ばした腕を下ろしたロボットの傍に、彼の友人であるリスが駆け寄ってきた。
リスはロボットを見上げ、小さく首を傾(かし)げている。
カルセドニー:「......何故、アンジェリカが怒っていたのか、お前には分かるか? 私には、分からない。
彼女は、私が《ロボット》と言うことに、腹を立てているようだった。
何故、彼女がそのことで怒るのだろう。私は、ロボットだ。それは事実に他ならない。それなのに、何故......。
......お前に頼みがある。私の代わりに、彼女の様子を見てきてくれないか」
N :リスは、ロボットの言葉を聞くと、まるで意味を理解したかのように頷く。そして、その場から駆け出した。
※シーン切り替え
N :彼女は森の外に広がる、緑の丘の上に腰を下ろしていた。夜空を見上げて、一人何かに想いを馳せている。
そんな彼女の側に、先ほどのリスが駆け寄って来た。
アンジェリカ:「......あなた、カルセドニーの友達の。......様子を見て来いとでも言われた?
ふん、自分で来ないなんて、相変わらず男らしく無いんだから。あのロボット」
N :彼女は皮肉っぽくそう言うと、顔を伏せた。先ほどまでの勢いはどこかに消えてしまったようだ。
アンジェリカ:「(溜め息)......どうして、あんな風に言っちゃったんだろ。間違いじゃない。カルセドニーはロボット。
彼の中にある言葉でしか答えられない。さっきのは......私の、ただの八つ当たりだわ」
N :リスはただ彼女を見つめている。彼女は言葉をつづけた。
アンジェリカ:「(溜め息)最低ね。ただ......彼に《寂しい》って言って欲しかっただけなのに。
私は彼の元を離れるかもと思った時......誰よりも、寂しいと感じたわ。
だって私は、カルセドニーの友達で、家族だもの。だからこそ......同じ気持ちだって言って欲しかった」
N :隣のリスに彼女がぽそぽそと話しかけると、やがてリスは森に向かってぴゅっと駆けていった。
アンジェリカM:今頃、カルセドニーはどうしているのかな。少しは私の事、考えてくれてたり......するのかな。
N :そんな事を考えていると、森に向かったリスが、再び戻って来た。
その口には何か植物で編まれた、輪っか状の物が咥えられている。
それを見た彼女は、ロボットとかわした数年前の会話を思い出していた。
アンジェリカM: ――ねえ、カルセドニー知ってる? 私のお母さんが言ってたの。
大切な人にはこうやって、花冠(はなかんむり)を作って、それを相手に贈るの。
花冠には《あなたの幸せを願っています》という気持ちが込められているのよ――
N :白い花で出来た花冠を見た途端、かつての自分の言葉が蘇ってくる。
カルセドニーに向けて教えてあげた、花冠の話。それを、彼は覚えていたのだ。
アンジェリカ:「......(笑う)ほんとにもう。記憶力ばっかりいいんだから......あのロボット」
※シーン切り替え
アンジェリカ:その後、私は森に戻ってカルセドニーと話し、ひどい言い方をしてしまったことを謝った。
私が怒った理由を説明すると、どうやら彼も納得してくれた様子で、同じく謝罪をされた。
結婚については、彼なりに私の幸せを願っている気持ちを伝えられた。
カルセドニー:どうやらアンジェリカは、結婚の申し出を受ける事にしたようだ。
新しく彼女が住むことになる土地は、ここから随分と離れた場所だ。
そうなると、この森に来ることは今後、難しくなるかもしれないと言っていた。
N :そして、別れの日の朝が来た。
彼女はロボットとの別れを惜しみ、中々その場から離れようとはしなかった。
しかしロボットが彼女にこう伝える。
カルセドニー:「アンジェリカ、心配することは無い。私は、人間のように老いる事は無いのだから。
ここで、君と、友の帰りを待ち続けよう。だから、安心して行くといい」
N :ロボットがそう言うと、ようやく彼女は納得した様子で、この森から出て行った。
そしてそれ以来。この森の空間に、少女とロボットが一緒にいる光景を見る事は無くなったのである。
※シーン切り替え
N :それから、いくつもの季節が流れた。
青々とした緑の葉が次第に明るい色となり、それがやがて色味を失っていくと、次第に空から雪が降り始める。
けれどカルセドニーはその場所から動く事はせず、体中に降り積もった雪を払いのける事もしなかった。
一日中、何も言葉を発さず身動き一つしない。その光景は、見る者の目にどこか寂しさを感じさせた。
長い長い時間が経ち、やがて、ロボットの体に不調の兆しが見られ始めた。
手足の動きがぎこちなく、考えを巡らせようとすると、その動作の途中でノイズが走り、視界が一瞬白くなる事があった。
立ち上がろうとするとうまく体を支える事が出来ず、バランスを崩し、その場に肩から倒れてしまう事があった。
カルセドニー:「これが、終わり......私のボディの活動限界が、近付いている......」
カルセドニーM:悲しい事ではない。はじめから分かっていた事だ。
作られた命にとって、始まりがあれば、明確に終わりが存在する。
その命の長さが、人間より少し長く設定されているだけであり、終わりの瞬間はどちらも等しく存在するということを。
カルセドニー:「......ジェ...... アン......誰だ、この、少女の名前は......」
N : ロボットの目に位置する部分が、バチバチと白い火花を上げる。
白く靄(もや)がかかった映像データの中で、誰か分からない少女の姿が映し出された。
歯を見せて笑う少女。怒ったように口を突き出す少女。泣いているのか、口をぐっと結んで、頬に雫を流す少女。
そのどれもが懐かしく、彼の胸を締め付けるような錯覚を与えてくるのに、彼女が誰なのか答えは出ない。
急速に、彼の中の記憶が壊れ、崩れ落ちていくのを、彼自身が感じていた。
カルセドニー:「......誰だ、君は、一体......」
※シーン切り替え
N :長い冬が過ぎ、雪が解けて春が訪れた。
分厚い雪の下に埋もれていた花達も雪の下から顔を出し、その空間は白い花が咲くかつての光景を取り戻していた。
カルセドニーは、静かにその場で息をしている。残り僅かな動力を、ただ眠らないために費やしていた。
カルセドニー:「......?」
N :白く視界がかすむ中、ざっざっ、と誰かが森の地面を踏む足音が聞こえた。
カルセドニーは緩慢(かんまん)な動作で、ぎぎぎ、と頭を動かすと、音の発生源である先に視線を向ける。
カルセドニー:「―――――」
N :ロボットのノイズの走った視界が、その瞬間焦点を結んだ。
視線の先には、《赤茶けた髪をした》少女が、そこに佇んでいた。
少女の頭には、《赤いリボン》が付けられており、誰かの面影がある。
その少女は純粋さと好奇心、そして、僅かに不安の色を帯びた瞳で、目の前のロボットを見上げていた。
コーラル :「わっ......ロボットだ......ほんとに居た」
カルセドニー:「だ、れだ」
コーラル :「私はコーラル......ねえ、あなたもしかして......アンジェリカお婆ちゃんの、友達?」
カルセドニー:「アン、ジェ、リ、カ」
コーラル :「カルセドニー......カルセドニーじゃない?」
N :少女は、舌足らずな声で、ロボットの名前を呼んだ。
少女は、自分のお婆ちゃんから聞かされたという伝言を、目の前のロボットに話し始めた。
アンジェリカM:......私の古い友達にね、男らしくない、頭の頑固な、......けれど優しい、そんな友達がいたの。
名前はね、カルセドニー。ふふ、私の、大事な、友達よ......。
......ねえ、コーラル。こんなお婆ちゃんのお願いを、聞いてはくれない?
どうしても彼に伝えてほしいの。きっと、彼は今もあの場所で待っているから......
コーラル :「一緒にいてあげられなくて、ごめんねって。それと......」
アンジェリカM:あなたと一緒にいた日々は、かけがえの無い毎日だった。毎日が天国のようだった。
......出来れば最後にもう一度、あなたに会いたかった。けど、それはどうやら無理みたい。
けど、心配しないで。大丈夫...... 私は、最後までちゃんと......
コーラル :「《私はちゃんと、幸せだったから》......」
N : その言葉を聞いた途端。活動を停止しかけていた体の中心に、暖かな感覚が宿った気がした。
薄れかけた灰色の記憶が、色鮮やかに蘇っていく。
懐かしい、少女――アンジェリカの声色。髪色。感情豊かな彼女と過ごした日常の一瞬一瞬が。
その日々が、目の前の少女の言葉を通じて、もう会う事の叶わない彼女の言葉になって届く。
理由は分からない。けれど、その少女の言葉を聞き終えた時、ロボットは、やっと眠る事を許されたような、そんな不思議な気持ちとなった。
カルセドニー:「ああ......君は、幸せに......そうか......また、こうして、私に......」
N :ロボットは、小さくそうとだけ呟くと、もう、二度と動く事は無かった。
※シーン切り替え
N :その森にはかつて、ロボットと少女が暮らしていた。
しかし今はもう、そこに誰も居ない。
<終>
------------------
2021.9.26 修正
2021.7.10 修正
<小ネタ>
アンジェリカ:天使を意味する男性名アンジェロ(Angelo)の女性形アンジェラ(Angela)の形容詞形。 「天使のような(女の子)」あるいは「天使に関する~」
カルセドニー:和名で「玉髄(ぎょくずい)」。
コーラル:珊瑚。「子供を守る」と伝わる石。染色されたもので赤いものがある