チリ婦人、ヤブからアーボック
作成日時: 2024-03-03 14:43:53
公開終了: -
「へえ、なかなかやるじゃねえか」
「ネモこそ。ただの口が悪い引きこもりじゃなかったんだね」
「言うねえ。負けてから吠えづらかくんじゃねえぞ」
アカデミーの広場。即席のバトルコートでにらみ合うネモとアオイを、大勢の歓声が包みこんでいる。
勝負はまさに一進一退。
ネモのルガンガンがステルスロックをばらまけば、アオイのマスカーニャがトリックフラワーで相手を沈める。ガブリアスが大地を揺らせば、ミミズズが体力を回復する。
「すごいすごいすごい!こんなに才気あふれる若者たちがいたなんて!校長!ほらほら!おたがい最後の一体ですよ!テラスタルきたあああ!」
「お前ら遠慮する事はねえ!迷わず戦れよ!戦れば分かるさ!!」
見物人はアカデミーの関係者だけではない。
「これぞバトルの醍醐味!これこそ手に汗にぎる接戦!いやあ、業務を放置して出てきたのは何年ぶりか……」
「うるさいですよアオキ……フン。まあ、今のところは両者に及第点をさし上げましょうかね」
四天王たちも思い思いに独りごちる。なにせチャンピオン最年少記録を立て続けに破った2人が並び立つのだ。これを見逃す手はない。
「2人の戦い方、どんな教本でも読んだ事がありませんわ……一体どこで覚えたのでしょうか。ねえ、チリさん。」
ポピーは、横にいたはずのチリに顔を向けた。
「……チリさん?」
が、誰もいない。階段を無理やり走って広場まで乗りつけた、アカデミー生の座席として占拠されている、鮮やかなグリーンのミニも、もぬけの殻。
「ま、まさか……!」
ポピーの大きな瞳が、アカデミーの正面に続く階段の上から突きでた、巨大なボール型のモニュメントを射抜いた。そして、その懸念は当たっていた。
ポピーが彼女の不在に気づく10分ほど前。
チリ「(‐З‐)~♪」
喧騒にまぎれて野次馬から抜けだしたチリは、口笛まじりにアカデミーのエントランスをスキップしていた。勝負を見るために、生徒や教員はもちろん、受付にいたるまで1人のこらず出払っている。
これは絶好のチャンス!
チリ「んー、oh…!シシシシ!」
行き先をしめすモニターの使い方がわからず、すぐそばに重ねられた紙製のマップを1枚ひろげたチリは、目的の場所を見つけ、(*´罒`*)と笑った 。
勝負を見にきたフリをして、彼女がアカデミーを訪れた理由は1つだけ。理科の実験室で遊ぶためだ。
アオキとオモダカに付きそって励ましにいくたび、アオイの口からウキウキと語られた、ジニアの授業で行われた実験の数々。それを聞かされるごとに、チリは心踊った。
その実験室とやらには、さぞかし楽しいおもちゃが、たくさん置かれているに違いない!
念には念を入れ、周りをキョロキョロ見渡したチリの足は、一目散に実験室へと走った。
実験室はロビーと同じ1階にあった。おそらく、実験中に万が一にでも危険が起きた時に早く脱出できるように、という配慮からだろうが、チリには知るよしもない。
白いドアには、「入ったらマルノームのエサ ジニア」という貼り紙がされている。一瞬たじろいだチリだが、「はっ」と息を吐くと、ベリッと剥がした貼り紙をビリビリに破いて、ドアをスライドさせた。
真っ先にチリを出迎えたのは、テスラコイルという道具。金属で出来たドーナツを、同じく鉄製の1本足が支えている。
(゚ロ゚*)ほぉぉー、と、ため息をついたチリの両手が、カミソリのようにブーンと音を立てているドーナツに、ひたと付けられた。
何の痛みも、かゆみもない。そればかりか、電気で逆立つの、とアオイに教えられた髪も、いつものクーリッシュな形のまま微動だにしない。
「(ー"ー )」
拍子抜けし、すっかり興味を失ったチリは、ふてくされた顔で、次のおもちゃを試そうと、窓ぎわに立てられた試験管のスタンドへと踏み出した。その時。
ベタリ。
チリの足に、なにか張りついた。
学園の要項が書かれたチラシだ。
ローファーをブンブン。いくら地団駄を踏んでも離れようとしない。
「むぅぅ……」
屈伸して靴底から剥がしたビラは、今度はチリの手のひらにくっついた。
「んもおお!」
右手から剥がせば左手、左手から剥がれれば右手。キリがない静電気でのリレーに、チリの堪忍袋の緒がきれた。
「(#゚Д゚)きいいい!」
残像が残るほど両腕を上下にシェイクさせながら、チリは無意識にどんどん窓ぎわに寄っていく。
ガシャン!
ハッと目を見開いたチリ。窓ぎわのテーブルを見やると、ドクロマークの札が付いたスタンドが倒れ、粉々になった試験管の束から液体がこぼれ出していた。
「(・ω・`;)三(;´・ω・)」
靴底にチラシを貼り直し、右往左往するチリ。その間にも、漏れだした薬液どうしが混ざりあい、濃いグリーンの煙が生まれつつある。
(逃げよう!)
右脳で即決したチリは、ベッタベッタという自分の足音も気にせず、全速力で駆けだしてドアを開けた。
「チリさん!やっぱりここにいましたのね!」
チリの顔が、げっ、としかめられた。
足下から自分をにらむ、よりによって今もっとも会いたくない、口やかましいマトリョーシカ。
「さては、またイタズラしてたんですわね!今日という今日は、アオキさんにたっぷり油をしぼってもらいますからね!」
おたおたした身振りで後ろを差しながら「お前も逃げろ!(゜Д゜)」と伝えるチリ。だが、お叱りモードのポピーには通じない。
「まったく。電気を流せば灯りがともる。そんな自明の理をわざわざ試して、何が楽しいんでしょうか」
やむをえない。アカデミー生の安全が第一だ!
ポピーがぶつくさと敷居をまたいだ瞬間、入れかわりで部屋から出たチリは、そばの壁にあったホウキでドアにつっかえをした。
「えっ?ちょっと、チリさん?チリさん!開けて!開けなさい!おいこら、変態!タレ目!ちょっ、この煙なんなの!?さっさと出せやごらあああ!!」
くぐもった怒号を無視し、チリはエントランスを全速力で突っきった。
広場では、すでに決着がついていた。
大声で泣きわめくネモをアオイが抱きしめ、観衆が大喝采を送っている。
「グスッ…よがっだ…どっちもすごかっったよお…今世紀で、もっとも胸をうつ勝負でしたね校長…!」
「もっともっと勝負バカになれよコノヤロー!!」
鳴りやまない拍手の間をぬいながら、顔面蒼白のチリが愛車へとにじりよっていく。
「あっ、チリさん!ポピーさんが探していましたよ!保護者が子どもを放置するとは何たることですか!」
「フン。こんな名勝負を見逃すとは、アナタがたはトレーナー失格なのです」
アオキとハッサクの叱責や皮肉など耳に入らない。チリは一心不乱に車の南京錠をガチャガチャと鳴らした。
ボン!!!
……歓声がやみ、どよめきに変わった。実験室にあたる窓から閃光が放たれるや、割れたガラスの隙間から緑色の煙がもうもうと上がっている。
六角形のメガネをはめた男が、ギャラドスのように凶悪な目つきでアカデミーの方へと走り出す。
「こんの、緑オタクがあああ!」
全身を緑色にそめたマトリョーシカが、窓から顔をのぞかせて雄たけびを上げるとともに、南京錠がカチャン、と開いた。
伸ばし放題の後ろ髪をひるがえし、ミニの運転席に飛び乗ったチリ。
「チリさん待ちなさい!あなた、また何か……」
フロントガラスを叩くアオキを振りきって、Uターンした鮮やかなグリーンの車体を日光にきらめかせながら、チリのミニは、行き先も決めずにガタガタと階段を降りていった。
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