チリ婦人、ヤブからアーボック


「へえ、なかなかやるじゃねえか」

「ネモこそ。ただの口が悪い引きこもりじゃなかったんだね」

「言うねえ。負けてから吠えづらかくんじゃねえぞ」

アカデミーの広場。即席のバトルコートでにらみ合うネモとアオイを、大勢の歓声が包みこんでいる。

勝負はまさに一進一退。

ネモのルガンガンがステルスロックをばらまけば、アオイのマスカーニャがトリックフラワーで相手を沈める。ガブリアスが大地を揺らせば、ミミズズが体力を回復する。

「すごいすごいすごい!こんなに才気あふれる若者たちがいたなんて!校長!ほらほら!おたがい最後の一体ですよ!テラスタルきたあああ!」

「お前ら遠慮する事はねえ!迷わず戦れよ!戦れば分かるさ!!」

見物人はアカデミーの関係者だけではない。

「これぞバトルの醍醐味!これこそ手に汗にぎる接戦!いやあ、業務を放置して出てきたのは何年ぶりか……」

「うるさいですよアオキ……フン。まあ、今のところは両者に及第点をさし上げましょうかね」

四天王たちも思い思いに独りごちる。なにせチャンピオン最年少記録を立て続けに破った2人が並び立つのだ。これを見逃す手はない。

「2人の戦い方、どんな教本でも読んだ事がありませんわ……一体どこで覚えたのでしょうか。ねえ、チリさん。」

ポピーは、横にいたはずのチリに顔を向けた。

「……チリさん?」

が、誰もいない。階段を無理やり走って広場まで乗りつけた、アカデミー生の座席として占拠されている、鮮やかなグリーンのミニも、もぬけの殻。

「ま、まさか……!」

ポピーの大きな瞳が、アカデミーの正面に続く階段の上から突きでた、巨大なボール型のモニュメントを射抜いた。そして、その懸念は当たっていた。

ポピーが彼女の不在に気づく10分ほど前。

チリ「(‐З‐)~♪」

喧騒にまぎれて野次馬から抜けだしたチリは、口笛まじりにアカデミーのエントランスをスキップしていた。勝負を見るために、生徒や教員はもちろん、受付にいたるまで1人のこらず出払っている。

これは絶好のチャンス!

チリ「んー、oh…!シシシシ!」

行き先をしめすモニターの使い方がわからず、すぐそばに重ねられた紙製のマップを1枚ひろげたチリは、目的の場所を見つけ、(*´罒`*)と笑った 。

勝負を見にきたフリをして、彼女がアカデミーを訪れた理由は1つだけ。理科の実験室で遊ぶためだ。

アオキとオモダカに付きそって励ましにいくたび、アオイの口からウキウキと語られた、ジニアの授業で行われた実験の数々。それを聞かされるごとに、チリは心踊った。

その実験室とやらには、さぞかし楽しいおもちゃが、たくさん置かれているに違いない!

念には念を入れ、周りをキョロキョロ見渡したチリの足は、一目散に実験室へと走った。

実験室はロビーと同じ1階にあった。おそらく、実験中に万が一にでも危険が起きた時に早く脱出できるように、という配慮からだろうが、チリには知るよしもない。

白いドアには、「入ったらマルノームのエサ ジニア」という貼り紙がされている。一瞬たじろいだチリだが、「はっ」と息を吐くと、ベリッと剥がした貼り紙をビリビリに破いて、ドアをスライドさせた。

真っ先にチリを出迎えたのは、テスラコイルという道具。金属で出来たドーナツを、同じく鉄製の1本足が支えている。

(゚ロ゚*)ほぉぉー、と、ため息をついたチリの両手が、カミソリのようにブーンと音を立てているドーナツに、ひたと付けられた。

何の痛みも、かゆみもない。そればかりか、電気で逆立つの、とアオイに教えられた髪も、いつものクーリッシュな形のまま微動だにしない。

「(ー"ー )」

拍子抜けし、すっかり興味を失ったチリは、ふてくされた顔で、次のおもちゃを試そうと、窓ぎわに立てられた試験管のスタンドへと踏み出した。その時。

ベタリ。

チリの足に、なにか張りついた。

学園の要項が書かれたチラシだ。

ローファーをブンブン。いくら地団駄を踏んでも離れようとしない。

「むぅぅ……」

屈伸して靴底から剥がしたビラは、今度はチリの手のひらにくっついた。

「んもおお!」

右手から剥がせば左手、左手から剥がれれば右手。キリがない静電気でのリレーに、チリの堪忍袋の緒がきれた。

「(#゚Д゚)きいいい!」

残像が残るほど両腕を上下にシェイクさせながら、チリは無意識にどんどん窓ぎわに寄っていく。

ガシャン!

ハッと目を見開いたチリ。窓ぎわのテーブルを見やると、ドクロマークの札が付いたスタンドが倒れ、粉々になった試験管の束から液体がこぼれ出していた。

「(・ω・`;)三(;´・ω・)」

靴底にチラシを貼り直し、右往左往するチリ。その間にも、漏れだした薬液どうしが混ざりあい、濃いグリーンの煙が生まれつつある。

(逃げよう!)

右脳で即決したチリは、ベッタベッタという自分の足音も気にせず、全速力で駆けだしてドアを開けた。

「チリさん!やっぱりここにいましたのね!」

チリの顔が、げっ、としかめられた。

足下から自分をにらむ、よりによって今もっとも会いたくない、口やかましいマトリョーシカ。

「さては、またイタズラしてたんですわね!今日という今日は、アオキさんにたっぷり油をしぼってもらいますからね!」

おたおたした身振りで後ろを差しながら「お前も逃げろ!(゜Д゜)」と伝えるチリ。だが、お叱りモードのポピーには通じない。

「まったく。電気を流せば灯りがともる。そんな自明の理をわざわざ試して、何が楽しいんでしょうか」

やむをえない。アカデミー生の安全が第一だ!

ポピーがぶつくさと敷居をまたいだ瞬間、入れかわりで部屋から出たチリは、そばの壁にあったホウキでドアにつっかえをした。

「えっ?ちょっと、チリさん?チリさん!開けて!開けなさい!おいこら、変態!タレ目!ちょっ、この煙なんなの!?さっさと出せやごらあああ!!」

くぐもった怒号を無視し、チリはエントランスを全速力で突っきった。



広場では、すでに決着がついていた。

大声で泣きわめくネモをアオイが抱きしめ、観衆が大喝采を送っている。

「グスッ…よがっだ…どっちもすごかっったよお…今世紀で、もっとも胸をうつ勝負でしたね校長…!」

「もっともっと勝負バカになれよコノヤロー!!」

鳴りやまない拍手の間をぬいながら、顔面蒼白のチリが愛車へとにじりよっていく。

「あっ、チリさん!ポピーさんが探していましたよ!保護者が子どもを放置するとは何たることですか!」

「フン。こんな名勝負を見逃すとは、アナタがたはトレーナー失格なのです」

アオキとハッサクの叱責や皮肉など耳に入らない。チリは一心不乱に車の南京錠をガチャガチャと鳴らした。



ボン!!!



……歓声がやみ、どよめきに変わった。実験室にあたる窓から閃光が放たれるや、割れたガラスの隙間から緑色の煙がもうもうと上がっている。

六角形のメガネをはめた男が、ギャラドスのように凶悪な目つきでアカデミーの方へと走り出す。

「こんの、緑オタクがあああ!」

全身を緑色にそめたマトリョーシカが、窓から顔をのぞかせて雄たけびを上げるとともに、南京錠がカチャン、と開いた。

伸ばし放題の後ろ髪をひるがえし、ミニの運転席に飛び乗ったチリ。

「チリさん待ちなさい!あなた、また何か……」

フロントガラスを叩くアオキを振りきって、Uターンした鮮やかなグリーンの車体を日光にきらめかせながら、チリのミニは、行き先も決めずにガタガタと階段を降りていった。
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