兵法と侍と島原民


※シチュエーション:自分より格上や気に入らない相手から教えを乞われた結果好感度が上がる
※伊織→→→→→地右衛門はデフォ(余り記載はありません)
※地右衛門から伊織へはゼロではなくなった程度の仲
※宗意軒の野郎が生前他者に火術、外科治療の法、火攻めの方法などを伝授したと某Wikiに記載があったので活用
※相変わらず無駄に長い



とある特異点を訪れたカルデア一行。探索を続ける内に、ある領地の民が一揆軍として砦に立て籠っている事実を知る。そこには現地で召喚されたサーヴァントも存在した為、事態打開の為に互いに協力する事となった。
ここまではいい。
だが、どう事態を好転させるのか。そこで一同は行き詰まった。
良案が浮かばず困り果てるカルデアのマスター。それを見かねた同行サーヴァントの一人である宮本伊織は、もう一人の同行サーヴァントである地右衛門へと相談する。

***

地右衛門は独りでいる事を好む。今回も砦の片隅で、軍議に参加せずにただ佇んでいた。
「……別に俺でなくてもいいだろうが」
「そこを何とか」
拝み倒す勢いの伊織と比べ、地右衛門はあからさまに乗り気ではない。
「つか、テメエは侍だろ?なら、兵法くらい嗜んでるんじゃねえのか?」
「そ、…それが…」
「?」
「俺は、どちらかと云えば武芸者でな。個人の戦略は兎も角、戦の戦略となると…どうにも…」
「………」
頭を掻く伊織を、地右衛門は呆れたように眺めながらため息を吐いた。
「…忘れてた。テメエは剣術莫迦だったな」
「面目ない」
ケッと悪態を吐く地右衛門。
「だったら尚更、俺には無理な話だ。お侍サマがその体たらくじゃあ俺がどうこう出来る話じゃねえだろ」
「そのような事はない」
「……あ?」
伊織は顔を上げる。
「以前、俺とお前が召喚された江戸の特異点。先日その記録を改めて見直した」
「………それは俺じゃねえだろうが」
「ああ、確かに今のお前ではない。だが、あの時のお前と同じものを、今のお前も持っているはずだ。…違うか?」
「………」
ジロリと、地右衛門が睨み付けてくる。
「そ、それに…だ。このまま手を拱いていれば、何れ立て籠る民が犠牲になる。それはお前も望まないのではないか?」
「………………」
地右衛門の瞳に宿る剣呑さが増した。
一体何が気に食わないのか。その理由が解らない伊織はただ、黙って地右衛門の答えを待つ。
待つ事数分。重苦しい沈黙の中、地右衛門はまたため息を吐くと、懐から筆記具を取り出した。紙の小片に何やら鉛筆で書き込みを入れると、それを伊織へ突き出す。
「………そこまで言うんなら考えてやる」
「地右衛門…!」
「だからまず、この辺りの地図とここに書いた情報持ってこい」
「ああ、恩に着る」
伊織は紙を受け取るとすぐに立ち上がった。

***

地右衛門が要求したものを全て揃えた伊織。地右衛門の元へ戻るとそれらを手渡した。
「言っとくが、俺も兵法は齧った程度だ。期待するんじゃねえぞ?」
そう断りを述べた地右衛門は、広げた地図に様々な書き込みを行う。時折紙の隅に数字を書いたり指折り数えたりする様を鑑みるに、どうやら自ら計算も行っているようだ。
一方の伊織は書き足されていく字を見詰める。地右衛門の普段の言動に反し、彼の文字は流麗で繊細だった。きっとそれなりの教養人から手習いを受けただろう事が想像できる。
「……取り敢えず…、こんなもんか」
地右衛門は呟いて鉛筆を置いた。それから顔を上げて伊織を見る。
「オイ宮本伊織。テメエはここの連中の目標をどう定める?」
「目標?」
突然の問いに、伊織は地右衛門と地図を交互に見て考える。
「…勝つ…のが目標…ではないのか?」
「違ェ。…敗けねえのを目標にさせんだ」
「勝つと敗けないは、同義ではないか?」
「はあ?全ッ然違ェよ。いいか。勝つのを目標にしちまうと勝つまで止められなくなる上に、他の選択肢が取れなくなっちまうだろうが。だが、敗けねえ事を目標にすりゃあ打てる手数は増えるんだよ」
「な、…成る…程?」
「……さては解ってねえな?」
地右衛門は僅かに口の端を上げた。
「ここの奴等に勝ちを目標にさせちゃならねえ。そうなっちまったら、…こいつらは完全に賊軍になっちまう」
「…!」
ここで伊織はやっと思い出す。
この地右衛門が、かの島原・天草の大乱の生き残りだという事を。
「こいつらはここの代官の暴政に腹ぁ立ててるんだろ?だったら敵は代官であって御上じゃねえ。なのに御上まで怒らせちまったら、全員撫で斬りにされて全滅だ」
「た、確かに…」
ちらりと。伊織は地右衛門を窺う。
彼が一体どんな思いで説明をしているのか。しかし残念ながら、その表情は髪に隠れてよく見えなかった。
「こんなちっぽけな砦、禁軍共が押し寄せたら一溜りもねえよ。だからこいつらを賊にさせちゃあならねえんだ。あくまでも一揆って形にしとかねえとな」
そこで地右衛門は、地図の上に指を滑らせる。丁度砦を囲む軍の内、代官が指揮を執る軍をなぞるように。傷付き骨張った細い指が代官の名を指す。
「要はコイツをどうにかすりゃいいんだろ?なら、緒戦で勝って即講和が最良だな。コイツだけを悪者にしちまえば他の軍との交渉も可能だろ」
「…成る程」
「自分達は代官に苦しめられ已む無く砦に籠った。代官は兎も角、御上にまで逆らうつもりはねえ。だからどうか話を聞いて欲しい。代官さえどうにかしてくれりゃあ、自分達は喜んで砦を引き払って家へ帰る。…筋書きとしちゃあ、こんなところか」
「…だが、それはどうやって…?」
伊織が呟くと、地右衛門は呆れたような表情を浮かべた。
「はあ?俺が知るか。それはここの責任者が考える事だろうが。…まさか民巻き込んで砦に籠っておいて、テメエの詰め腹斬る覚悟もねえ連中じゃねえだろうな?」
「………」
それに関しては伊織も確証はない。故に黙るしかなかった。
「……敢えて策立てるなら、この広場に先鋒引き入れて潰すくらいか?砦の構造上、ここまでなら敵入れても大丈夫だろ」
地右衛門は地図の一角、砦の正門すぐの広場を指で示した。
「俺から言えんのはここまでだ。細けえ戦術に関しちゃ現地の奴等の方が解んだろ。後はそいつらと相談しろ」
地右衛門はそう言って、広げていた地図を掴んで伊織へ突き出した。
「本当に忝ない。恩に着るぞ、地右衛門」
「…フン」
地図を受け取った伊織に対し、地右衛門はもう役目は終えたと言わんばかりにそっぽを向いた。

***

結論から云えば。
この地右衛門の策は見事に嵌まった。事はこちらの思惑通りに進み、立て籠った全員は無事に終わった。更に民の訴えも聞き届けられた結果、代官は更迭の上罷免されたのである。

こうして砦の件を片付けたカルデア一行は、間もなく聖杯を回収して帰還した。

***

「………付いてくンなよ、宮本伊織ィ」
「まあ、気にするな。しかし見事であったな、地右衛門」
「……別に、大した事じゃねえ」
「大した事だろう。お前の案が作戦として採用されたのだからな」
「あんなモン、誰でも気付くだろ普通」
「俺は全く気付かなかったな。気付いたのであれば、やはり普通ではないと思うが?」
「…そりゃテメエが普通じゃねえだけだ」
「……酷い云われようだな」
ストームボーダーの通路を歩く伊織と地右衛門。すぐ先に角が見える。
伊織の居室は真っ直ぐ行った先。だが、地右衛門は無言で角を曲がろうとした。
「待ってくれ」
「……あ?」
気が付くと、伊織は地右衛門の細い手首を掴んでいた。
「………なんだよ?」
「……えーっと…」
訝しげにこちらを睨む地右衛門に、ふと伊織は先程までの会話を思い出し。
「…その、俺に兵法を…教えてくれないか?」
「はあ?」
驚いたような。呆れたような。ウンザリしたような。様々な感情が浮かぶ表情を地右衛門は見せた。
「……テメエ、本当に莫迦だな。兵法学ぶんならここの軍師連中に頭下げた方が早え。…齧った程度の素人に頼むんじゃねえよ」
「齧った程度の素人に、あれ程正確な状況判断が出来るとは思えないな。やはりお前には才がある。その才を、是非伝授して貰いたいのだ」
「………」
相変わらず、地右衛門は伊織を睨み付けたまま。伊織は彼の手首を掴む手に、僅かに力を籠めた。
沈黙が二人を包む中、やがて地右衛門は口を開く。

***

それから暫く時が経って。
「違う。ここは隘路だろうが。伏兵潜んでたらどうすんだよ」
「…と、すまない」
カルデアの図書館の片隅。テーブルに地図と兵法の書籍を広げ。伊織と地右衛門が兵法について語り合う光景が、すっかり図書館に馴染んでいた。勿論他者の迷惑にならないよう、小声でやり取りしているのは云うまでもない。
地右衛門は伊織が動かした駒を彼の元へ戻す。
「ホラ、最初からだ。ここからここまでの行軍。敵戦力も地形も考慮した上で最短経路を割り出せ」
「…解った。えーっと…」
伊織は戻された駒に触れたまま思案する。

図書館を訪れる他者はまず、この珍しい組み合わせに驚くのが常だ。特に普段の二人の仲を知る者は尚更。
だが間もなく、第三者は気付くのだ。
「…オイまだか?」
「ま、待ってくれ。まだ考えが纏まらん」
「…ったく…」

思案を重ねる伊織を呆れたように眺める地右衛門が。
どこか嬉しそうに、笑うのを。



【あとがき解説】
地右衛門の筆記具が鉛筆
→無論カルデアに来てから知った物。墨は要らないし携帯に便利だし削ればすぐ使えるしで重宝している…という設定
→彼の柔軟な思考を表すアイテムだが、ボールペンやシャーペンなど壊れても自分でどうにもできない物は避けているイメージ
→逆に伊織は頑なに筆と墨を使用
お知らせ
実務でも趣味でも役に立つ多機能Webツールサイト【無限ツールズ】で、日常をちょっと便利にしちゃいましょう!
無限ツールズ

 
writening