大東亜戦争と吾等の決意(宣言)


歴史は作られた。世界は一夜にして変貌した。われらは目のあたりにそれを見た。感動に打顫えながら、虹のように流れる一すじの光芒の行衛を見守った。胸うちにこみ上げてくる、名伏しがたいある種の激発するものを感じ取ったのである。

十二月八日、宣戦の大詔が下った日、日本国民の決意は一つに燃えた。爽やかな気持ちであった。これで安心と誰もが思い、口をむすんで歩き、親しげな眼なざしで同胞を眺めあった。口に出して云うことは何もなかった。建国の歴史が一瞬に去来し、それは説明を待つまでもない自明なことであった。

東亜から侵略者を追いはらうことに、われらはいささかの道義的な反省も必要としない。敵は一刀両断に切って捨てるべきである。われらは祖国を愛し、祖国に次いで隣邦を愛するものである。われらは正しきを信じ、また力を信ずるものである。

大東亜戦争は見事に支那事変を完遂し、これを世界史上に復活せしめた。今や大東亜戦争を完遂するものこそ、われらである。

われらは支那を愛し、支那と共に歩むものである。われらは召されて兵士たるとき、勇敢に敵と戦うであろう。

中国文学研究会一千の会員諸君、われらは今日の非常の事態に処して、諸君と共にこの困難なる建設の戦いを戦い取るため努力したいと思う。道は遠いが、希望は明るい。相携えて所信の貫徹につき進もうではないか。耳をすませば、夜空を掩って遠雷のような響きの谺するのを聴かないか。間もなく夜は明けるのであろう。やがて、われらの世界はわれらの手をもって眼前に築かれるのだ。諸君、今ぞわれらは新たな決意の下に戦おう。諸君、共にいざ戦おう。


『竹内好全集』、筑摩書房、1980年、第14巻より。
(竹内好により執筆され、昭和17年1月(すなわち日米開戦直後)発行の『中国文学』第80号の巻頭に無署名で発表されたものです。)
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加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社)に、竹内好「大東亜戦争と吾等の決意」からの引用がありました。

歴史は作られた。
世界は一夜にして変貌した。
われらは目のあたりにそれを見た。
感動にうちふるえながら、虹のように流れる一すじの光芒のゆくえを見守った。
(中略)
12月8日、宣戦の大詔が下った日、日本国民の決意は一つに燃えた。
爽やかな気持ちであった。
(中略)
率直にいえば、われらは支那事変に対して、にわかには同じがたい感情があった。
疑惑がわれらを苦しめた。
(中略)
わが日本は、東亜建設の美名に隠れて弱いものいじめをするのではないかと今の今まで疑ってきたのである。
(中略)
この世界史の変革の壮挙の前には、思えば支那事変は一個の犠牲として堪え得られる底のものであった。
(中略)
大東亜戦争は見事に支那事変を完遂し、これを世界上に復活せしめた。
今や大東亜戦争を完遂するものこそ、われらである。

『中国文学』80号  1942年1月1日

大東亜戦争が、朗らかで明るい、清々しい、と受け止められたのは様々な証言からわかります。
敗戦後には、「弱いものいじめ」という感受は甘かったことがわかりますが、
支那事変は、当時重苦しく、気の進まない、戦争になっていました。
長引いて、戦争目的もわからなくなっていなっていたからです。

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