モブ視点のシン・アスカ艦長について


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 とある新人パイロットがスクルドに配属されてからの話。おそらく、シンが艦長になってからある程度の時間が経ってる。
 ずっとモブ視点。





 常識というものはその環境によって変化する。
 例えばコロニー内は空気を清浄にするフィルターがすぐにダメにならないようにするために、タバコは禁止または専用の部屋でのみ使用可能で高い税金もかけられている。それゆえにほとんどのコーディネイターがタバコを吸わない。それはプラント育ちなら常識となる。
 しかし地球にはそもそもそんなフィルターは存在しないため、地上でスパスパタバコを吸っているナチュラルたちを見ると衝撃を受けるものも少なくない。そして、初めて嗅ぐたばこの匂いにやられることもある。
 ただ、そんなコーディネイターに気を使って特定の場所でしか吸わないというのも、コーディネイターと仕事をするナチュラルの常識となる。
 こうやって、常識というものはその時の状況や人間関係等で構築されるもので、ガラッと環境が変われば常識もまた変化する。
 なのでまでの常識が覆ったときに「非常識だ!」と頭を抱えるのではなく、「この場所の常識はこういうものだ」とすれば、少なくとも頭痛に悩まされることはない。
 とはいえ、その常識に慣れるまでは個人差が大きく、相性も存在するだろう。それに対して優劣はなく、ナチュラルもコーディネイターもそこは変わらないのだ。というより、変わらないことを思い知らされた。

 強襲機動揚陸艦スクルド。

 それはコンパスの新しい戦艦であり、新人の俺が志願して配属された場所である。
 俺は、アカデミーにいた頃からコンパスという組織に憧れていた。それはいわゆる戦争を無くすためという崇高な目的があったとかではなく、単純にミーハーな理由だった。
 シン・アスカ。この名を知らないものはアカデミーには居ないと断言できるほどの有名人だ。デュランダル前議長の懐刀という点を除けば、彼の戦績は目覚ましいものだ。中でもエンジェルダウン作戦は、当時最強とされていたフリーダムを撃墜するという偉業を成し遂げ、フリーダムキラーとまで呼ばれるようになり、その後はあのネビュラ勲章を2度も授与されている。
 さらにファウンデーションの反乱ではすでに旧型機であったデスティニーで新型機4機を圧倒。さらには艦隊の猛攻を搔い潜り、レクイエム破壊までやり遂げた。その後も衰えることなく一騎当千の活躍をし、今ではこのスクルドの艦長を任されるまでになっている。
 俺はアカデミー時代に教官からこの話を聞き、いつかその人の部隊に配属されたい、なんて想いを胸に抱いて学業を必死で頑張った。
 ほら、すごい人の元で働くってなったら箔が付きそうだろう?相手がすごいだけなのに、あたかも自分がすごくなった感覚になる。俺はそれを感じたかった、ただそれだけだったんだ。

 さて、話を戻そう。

 俺はこの艦に配属されて驚いたのは、何といってもナチュラルの多さだった。
 コンパス自体、コーディネイターとナチュラルが混同している組織だから不思議ではないが、世界監視なんて途方もない取り組みにナチュラルがついてこれるとは到底思っていなかったし、何よりシン・アスカはコーディネイターであるから、自然とコーディネイターの比率が多くなると勝手に思っていた。
 だけど蓋を開けてみれば、コーディネイターとナチュラルはほぼ半々。パイロットはさすがにコーディネイターが多いが、それでも数人のナチュラルパイロットがいる。
 コーディネイターとナチュラル、仲良く手を取り合いましょう、なんて世の中に変わっていっているものの、未だにコーディネイターの中にはナチュラル差別がある状況だ。特にアカデミーは、さすがに露骨な差別はないものの、それでもナチュラルを侮っているものだ。
 だからこそ、俺にとってこの光景は異常以外の何物でもなかった。俺以外の志願者も多分そう思っていただろう。
 血気盛んな年ごろの、しかも男児たちがやらかすのはさほど時間はかからなかった。
「ナチュラルが戦えんのか?俺嫌だぞ?ナチュラルの雑魚の尻拭いすんのは」
「んだとこのクソコーディ!!」
 配属されてすぐ俺はナチュラルにケンカを売った。ケンカを売った相手はどうも気が短かったようですぐに取っ組み合いのケンカになった。が、このケンカは隊長であるルナマリア・ホークの鉄拳ですぐに収まることになる。
「まったく!元気なのはいいけど、みっともないケンカはやめなさい!」
 なんて言っていたが、俺は(というより俺たちは)殴られた衝撃があまりにも強く、しばらく悶絶していた。
 その後は互いに険悪な空気を出しながら、お世話になる場所に案内され、それぞれの部門の責任者とあいさつを交わす。そのたびにクスクスと笑われるのだから俺は余計に気分を悪くした。
 そして、待ちに待ったシン・アスカとのご対面はかなり拍子抜けするものとなった。

「すぅ……すぅ……」
 そこはとある休憩室の一角。色とりどりの球体に囲われて青年が眠っていた。
 黒い髪に白い肌。あどけない表情で眠る姿は俺と同い年だと言われても違和感がないだろう。しかし、身にまとっている服は白。明らかに自分よりも階級が高い人間のものだった。
 周りの球体はゴロゴロと自動で動き、かわいらしい音声で「シン、オヒルネチュウ!ジャマスルナ!ジャマスルナ!」と耳?をパカパカさせて主張している。いつの間にかいた鳥のようなロボットも、この青年の眠りを妨げてほしくないのだろう。周りでパタパタと飛んでアピールしてくる。
「あちゃぁ、ダウン中だったかぁ……」
 ホーク隊長はどうしようかと頭を抱える。
 俺はというと、この光景にめまいを覚えていた。まさか、この眠っている人物は……。
「あの、この人は?」
 あのナチュラルの野郎が俺の気も知らずにホーク隊長に質問をする。
「ああ、彼はシン・アスカ大佐。この艦の艦長よ」
 ガッデム。俺はついに天を仰いだ。嘘だと言ってくれ、これがあのシン・アスカだって?フリーダムキラーと呼ばれ、ネビュラ勲章を2度授与され、さらには新設された艦の艦長を任された男が、このおもちゃみたいな色とりどりのロボットに囲まれて、子供みたいに眠っている男と同一人物だって?
 ガラガラと俺の夢が崩れていく感覚に陥る。こんなクールともかっこいいとも言えない、むしろファンシーなんて言葉が似合うような男に俺は憧れていたのか?と絶望に打ちひしがれることになった。
 ああ、俺今すぐザフトに戻りたい。頼りないナチュラルがいっぱいいて、憧れの艦長はこんな緊張感のない姿で眠っていて、こんな場所一刻も早く去りたかった。
 涙はさすがに出なかったが、部屋に籠って泣き叫びたい気分だ。
 ちらっとナチュラルの野郎を見ると、やはり唖然とした表情になっている。それを見て自分のことではないのに無性に恥ずかしくなって、頬に熱が溜まる。くそ、なんでこんな思いをしなきゃいけないんだ。
 なんて、微妙な空気が流れる中、唐突に眠っていたシン・アスカの目が開く。予備動作なしで突然に目が開くものだから、一瞬ドキッと心臓がはねた。
 そのまま起き上がろうとし上半身を中途半端に起こしたところで周りの様子に気が付いたのか、ぽかんとした表情で俺たちの顔をまじまじと見ている。
 ホーク隊長は呆れた笑顔で「おはようございます、アスカ艦長」とわざとらしく言うと、やっと状況を理解したのかサッと青ざめて慌てて立ち上がり身なりを整える。転がっていた帽子を取り頭に被ると、ごほんとせき込み「すまん、見苦しいところを見せた」と恥ずかしそうに口元を拳で隠した。
 今更かっこつけられても手遅れだと思いながらも、これでも一応軍の教育を受けている身なので、先ほどのショックを隠し敬礼をする。ナチュラルの野郎も同じタイミングで敬礼をしているところを見て、教育だけはしっかり受けていたんだなと感心する。
「話は聞いてる。艦長のシン・アスカだ。後ほど改めて挨拶するから今は手短に済ませるな」
 と言うと、スタスタとこの場を去っていく。
 さすがの行動にホーク隊長は「ちょっと!?シン!?」と引き止めようとする。それに続いて、あの色とりどりの球体たちも「シン、マダオヒルネタリナイ!モットネロ!モットネロ!」と、はねながら追いかける。鳥も(今気づいたが、3羽いた)艦長を追いかける。
 新人の俺たちはもう置いてけぼりで、どうすればいいのか悩んだ瞬間、いきなり緊急のアラートが艦内に鳴り響く。いきなりのことに混乱していると艦内放送が流れる。
『全クルーに通達!現在停泊中のコロニー周辺にて所属不明の艦隊が接近中!直ちに戦闘準備に取り掛かります!MSパイロットは出撃準備をお願いします!繰り返します――』
「隊長、これは――」
「まったく、予想的中じゃない!アンタたち早く準備しなさい!」
「え、それって」
「初日からで申し訳ないんだけど、実戦ってやつよ!」
 もう、俺の感情は追いついてこなかった。

 というのが、俺の初日の出来事である。
 あの後出撃した俺たちを待っていたのは初めての実戦で、相手はザラ派の残党で軍人崩れの賊だった。詳しい話は聞いていないが、なんでもテロ目的だったが"運悪く"停泊していたスクルドに見つかり、あえなく失敗に終わったということだった。
 戦闘に関しては新兵だったこともありあまり前線に出してもらえなかったが、それでも訓練と実践との違いに震え上がった。そして、シン・アスカの声が聞こえた時、先ほどの雰囲気からでは想像できないほどの迫力に圧倒され、正直素直にかっこいいと思い先ほどの絶望感が少し晴れた気がした。
 とはいえ、戦闘後に改めて挨拶したときに俺たちに威厳を見せようとキリッとした表情でいたシン・アスカが、あの球体のロボットと鳥のロボットたちに「ハヤクネロ!ハヤクネロ!」と攻撃をされてしまい、我慢できなくなったホーク隊長が笑い出したので結局締まらない空気になってしまったのだが。
 ということで、初日の印象から俺はシン・アスカに対しての尊敬の念はほぼ消え去っていた。いや、戦闘中の彼はとてもかっこいい雰囲気を出していたが、それでも第一印象がアレなのでこの人は一体何なんだという疑念を持つようになっていた。どうして尊敬なんてしていたんだろうすら思っていた。
 という状態で1週間が過ぎスクルドは次の任務のために地上に降り海路を渡っていた。その間は戦闘なんてなかったため、数日を過ぎ慣れてきたあたりで起きることと言えば、そう、ケンカである。
「さっきから聞いてれば俺たちのことをなめ腐りやがって!そっちこそ実戦でなんも役に立ってなかったくせにいいご身分だなぁ!クソコーディ!!」
「なんだと!役に立ってなかったのはそっちだろう!ナチュナルはナチュラルらしく引っ込んでいればいいんだよ!!」
 食堂でギャイギャイと言い争う俺たちに、コーディネイターのみならずナチュラルまで微笑ましいと言わんばかりの笑みで眺めている。それが俺の神経を逆なでしていて、こうやって毎日のようにこのクソナチュラルと顔を合わせてはケンカをしている。
「今日こそは許さねぇ!表に出ろ!!」
「上等だ!格の違いってもんを教えてやるよ!!」
 と殴り合いのケンカになりかけたその時だった。
『総員に告ぐ!これより本艦は戦術起動訓練を行う!総員、直ちに対ショック姿勢!振り回されるぞ!』
 いきなりシン・アスカの声でそんな放送がされるものだから「はぁ?」と素っ頓狂な声を出すと、周りで微笑ましくやり取りを見ていたクルーが「うおっ!来やがったか!」とか「やると思ったが地上でやるなよ!」とか言い出して、慣れた様子で言われた通りの対ショック姿勢を取る。ケンカをしていた俺たちはなんのことかさっぱりわからないと見合っていると、近くにいたギーベンラート大尉が「アンタら!死にたくなかったらさっさとどっかに掴まりなさい!」と怒鳴って、やっとやばい状況だと判断し二人で同じところに掴まる。それに対して互いに文句を言おうとした矢先に船内がどんどん傾く。
 戦艦が360°回転する勢いで傾くので、沈むんじゃないかとパニックになった俺たちはなりふり構わず情けない声を上げていた。

 結局艦は360°回転したし、そのあとも何度か同じようなことが繰り返され、俺たちはケンカどころではなくなってしまった。
 通常航行に戻るというアナウンスが流れた時には、俺は恐怖で放心していたし、ナチュラルの野郎はグロッキー状態で吐いていた。この状態の俺たちを周りのクルーは笑いながら介抱してくれた。念のためと医務室に運ばれて、不本意ながら俺とナチュラルの野郎は今日一日は仲良く隣同士のベッドにお世話になることになった。
 放心状態から復活しない俺たちに医務室まで運んだナチュラルの整備士が笑いながら俺たちに言う。
「びっくりしただろ?でも、これがこれからのお前たちの日常になっていくからな。下らねーケンカなんてやってる暇ねーぞ?」
 日常?これが日常?
 その言葉に俺は目の前が真っ暗になった。

 日常になるという言葉通り、本当にこれが俺の日常となった。
 スクルドは荒事の任務が多いのかかなりの確率で出撃命令が出る。部隊も小隊が3つなのでローテーションはしているが、それでもスパンが短くなってしまう。
 スパルタだ。とにかくスパルタだ。俺が新兵だという事実がこの艦に配属されてからなかったことにされているのか、とにかく使いつぶされる。
 出撃がない時も訓練でホーク隊長にしごかれ、ぼろ雑巾のように転がっているところをハーケン隊かギーベンラート隊の人たちに介抱される。
 ザフトに帰りたいと泣き言を言いたいが、気に食わないナチュラル野郎が何も言わず訓練に食いついているので、悟られないようにするため俺も何とか訓練に食らいつく。
 このころから、コーディネイターとかナチュラルとかそういうものを気にすることはなくなった。というのも、訓練に食らいつくのがやっとでそういうことに気を使っている余裕がないからだ。
 朝から晩まで任務か訓練かをこなし、泥のように眠る。アカデミーでは考えられないオーバーワークに不思議と充実感があった。
 そうして3か月が立つ頃には、あのナチュラル野郎とケンカ仲間というべき仲になった。以前みたいに険悪になることはなく、じゃれ合うようにケンカをする。それがなんだか楽しくて、スクルドではもうおなじみの光景として皆に親しまれるようになった。
 そんな状態になれたからか、憧れであったシン・アスカについて考えるようにもなった。
 シン・アスカは普段はいろんな場所であのロボットたち(名前が付けられていると知ったのは最近のことなので全然覚えられていない。)に囲まれて眠っているのを見かける。起きているときは気さくに話しかけてきて、一緒に食事をしたりもする。訓練中の時には乱入してシミュレーターで俺たちをボコボコにしてから仕事に戻るときもある。たまにそのことについてホーク隊長に叱られている光景を目にして、なんとも緊張感のない人だと感じるときが頻繁にある。
 それでもいざ戦闘が始まると雰囲気がガラッと変わり、艦長として適切な指示を飛ばす。結構な頻度で無茶ぶりを命令されることもあるが、絶対に無理なことはさせなかった。
 そして極めつけは……。
『ホーク隊はけん制しつつ後退!ハーケン隊はホーク隊の援護を!トライン副艦長!あとはまかせます!』
『ええ!?またかい!?』
『格納庫!インパルスの出撃準備をお願いします!』
 そう、これである。
 シン・アスカは艦長という立場に居ながら、パイロットとしても出撃することがある。それは基本的に敵の戦力がこちらを圧倒しそうな場合だが、これだけ激戦区を行ったり来たりしていると、こういう光景は結構高い頻度で見ることとなる。
 そして、パイロットとして出撃したシン・アスカはそれはもう一騎当千の活躍をして帰投する。かつてアカデミーで聞かされたシン・アスカという英雄の物語を特等席で見ている気分だ。
 だからなのかもしれない。危険な任務で各地を飛び回り、激戦を経験してもなおこの艦で死亡者が一人も出ていないのは。
 シン・アスカという一線級どころかMSで出撃するだけで戦況を変えてしまうほどのパイロットが艦長を務めるスクルドという戦艦は、世界で一番危険な場所を飛び回る世界で一番安全な場所だった。

「そういや、なんで艦長って部屋で寝ないんですか?」
 今ではすっかり悪友になっているナチュラルのパイロットが、ホーク隊長へ質問をする。
 そういえば、なぜシン・アスカが休憩室どころか食堂や廊下、いたるところで睡眠をとっているのか、今まで聞いたことがなかった。
「あー……そういえば説明したことなかったわね」
 そう言うと、ホーク隊長は少し顔に影を作る。ホーク隊長とシン・アスカはとても仲が良く、ハーケン隊長に聞いたところ、二人はアカデミーからの知り合いでさらには付き合っているらしい。道理で階級が離れているはずなのに呼び捨てにしたりわけだと納得した覚えがある。
 そんな彼女だからこそ、おそらくはシン・アスカの事情に詳しいのだろう。少し言い淀んでから、話始める。
「彼ね、部屋じゃ眠れないのよ」
「眠れない?」
「そう、艦長だからすぐに起きれるように床で寝てるって言われてた時は、正直馬鹿なこと言ってるなって思ったのよ。でもね、そうじゃなかった」
「そうじゃなかった……て?」
 俺は恐る恐る聞いてみる。
 ホーク隊長は先ほど飲み終わったコーヒーの缶を強く握り、こう答える。
「彼はずっと失い続けてたから……だから怖いのよ、きっと。また失ってしまうのが……」
 そう語るホーク隊長はひどく寂しそうな顔をしていた。

「テヤンデイ!テヤンデイ!」
「ミトメタクナイモノダナ……」
「オマエラ!ウルサイ!シン、ネテル!シズカニシロ!」
 ぴょんぴょんはねるこの球体には随分と慣れたもので、この跳ねる球体ことハロと呼ばれるこのロボットと3羽の鳥のロボットがいるときは、必ずと言っていいほどシン・アスカが見つかる。
 案の定、休憩室の椅子にまるで胎児のような姿勢で眠っているシン・アスカがいた。
 すぅ、すぅと白いハロを抱きかかえながらあどけない表情で眠る彼は、うわさに聞いた大英雄の面影はない。むしろ、庇護されるべき子供のような、そんな雰囲気すら感じられる。彼は俺よりずっと年上でそんなことを思うのは変なことなのに、妙にしっくり来てしまうのはなぜだろうか。
 先ほどのホーク隊長の言葉を思い出す。
 失い続けてきたとはどういうことだろうか。確かにシン・アスカはデスティニープランを強行しようとしたデュランダル元議長の懐刀で、その時に起きた大戦の敗者ではあるからその時のトラウマか何かだろうか?
 でも、それ以降は大英雄と言ってもいいほどの活躍をしている。そして今まで見てきた一騎当千ぶりからそんなトラウマもう克服していてもおかしくないのではないだろうか。これだけの力を持っていて、何を怖がっているのだろうか?
 そんなことを悶々と考えてると、シン・アスカからかすかにうめくような音が聞こえた気がした。
 ハッとなって彼の様子を見てみると、脂汗をかき苦悶の表情を浮かべている。先ほど聞こえたうめき声も気のせいではなく、彼から発せられたものだった。
 初めて見る様子に、どうすればいいのか混乱してしまった俺はしばらく硬直したまま動けなくなってしまった。誰かを呼ぶべきか、それとも無理やりにでも起こすべきか。そんなことを頭の中でぐるぐるしていると、声にならない悲鳴とともに勢いよく彼が起き上がる。
 その表情はまるで恐ろしいものを見たかのように恐怖で満ちていて、脂汗とともに大量の涙が赤い瞳から零れ落ちている。
 激しい呼吸が静かな部屋に鳴り響く。その間、俺は呼吸を止めていたような気がする。
 しばらくしてハロたちが「シン!チョウシワルイ!モットネロ!モットネロ!」と空気を読まず大合唱をし始めたので、俺もシン・アスカも硬直が解けたように動き出すことが出来た。
「ぁ……わ、わるい!なんか、変なとこ見せちゃったな!あははは……」
 と、大量に出ていた涙を乱暴に拭きながら笑うシン・アスカに俺は何とも言えない痛々しさを感じた。
「……いえ、別に大丈夫です」
「本当、ごめんな……お詫びに飲み物奢ってやるよ。何がいい?」
 無理して作っている笑顔に気づきながらも、とりあえずご厚意には答えようと俺は好きな炭酸飲料を頼む。普段は控える炭酸飲料だが、今は無性に飲みたくなった。
 シン・アスカから飲み物を貰い飲み口をかすかに開ける。プシュッという音が鳴り、中のものが溢れないか確認してから一気ふたを開け、胃の中に飲み物を流し込む。炭酸の刺激が喉を通り、さっきから激しく鳴り響いていた心臓の音を大人しくさせる。
 ふう、と一息つくと、シン・アスカは俺の飲み物と一緒に買っていたのだろうコーヒーを持ち、ハロたちと戯れていた。
「シン!マダネナイトダメ!」
「ソウダ!ソウダ!」
「ああもう!あとで寝るから大丈夫だって!」
 ハロたちを大人しくさせながら、持っていたコーヒーのふたを開け、グイッと一気に飲み干す。……コーヒー飲んだら寝れなくなるんじゃないか?
「たく……ごめんな、ハロたちがうるさくて」
「いえ……それより、大丈夫なんですか?」
「……なにが?」
「えっと、ずいぶんと魘されていたみたいだから……」
 そう聞くと一瞬、シン・アスカの表情が消えた気がした。それが恐ろしくて、ビクリと肩が跳ね上がる。
「……大丈夫だよ。心配しなくていい」
 そう答える彼はさっきとはうって変わって消えそうな笑顔を浮かべている。
 俺は、きゅっと心臓を掴まれたような感覚がした。
「さて、俺は仕事に戻るかな?お前も夜更かしせずに、しっかり英気を養えよ」
 そういって、さっさと俺を置いてシン・アスカはこの場から去っていく。ハロや鳥たちも彼の後を追って行ってしまったから、この部屋には俺しか残っていない。
 静かになった部屋で先ほどのことを思い出す。
 悪夢に恐怖する表情、心配ないと言いながらどこかに消えてしまいそうな儚い表情。そのどれもが初めて見るもので、頭から離れてくれない。
 それに一瞬見せたあの表情。何もない、すべての感情をそぎ落としたかのようなあの顔は一体何だったのだろうか。
 今日、俺はシン・アスカという一人の人間の闇を覗いてしまった気がした。
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