破滅的百合


 みらーい、みらい。
 ビルが立ち並ぶオフィス街。
 残忍な殺戮者、赤の女王が暴君マグニフに追われていた。

「待ちなさーい!」
「誰が待つか! タコサンピン!」

 誰をだーれ、と発音し、街路樹を蹴って逃げ走る赤の女王。
 婦警服姿のマグニフは、追いかけながらに白い手錠を手に取る。

 白とデコラメ・クリアピンクのボディを持つ手錠の正体は当然、万能エネルギー武器のラ・メーリアだ。

「一撃拘束! "捕縛ワッパー"、とぅ!」
「避ける」
「あっ!? こらぁ!」

 手錠の一端を構え、赤の女王へと放つマグニフ。
 目標の女王は柔軟な身のこなしでかわし、白い輪っかは哀れにも遥か遠くの高層ビルへと吸い込まれていった。

 "捕縛ワッパー"は、捕まえる対象に合わせて自在にサイズを可変する。例えばアリや巨人の犯罪者を相手にしても、捕まえるためだ。
 白とラメピンクの輪が空中でサイズ・アップして、瞬く間にビルの胴体を捕縛する。

「クッ。外した……」
「逃げるが勝ちね!」
「あっ、こらぁ! 待ちなさい!」

 逃げる女王を追い、ワッパーの一端を掴んだまま走り出すマグニフ。もう一端は、外すのも忘れ、ビルを掴んだままだ。

 バッゴォ!! メキメキ、バキバキ……!
 当然、ビルが中程からぼっきりと折られ、崩れ落ちる。
 ドドォ、ドォン! ドォン。崩落ビルが地に墜落し、轟音の断末魔をあげた。

 がれきと砂の中から、血塗れのビジネス・マンたちが、めいめい咳き込みながら這いずってくる。

「何!? 何が起こったの」
「会社がメチャクチャだ……これじゃあ、商談に間に合わない!」

 働く人間族の嘆きには目もくれず、制帽を手で押さえ、暴君マグニフは女王を追いかけ、ひた走る。

「こらぁ、待ちなさーい!」
「アイツの方が、よっぽど街を壊してるじゃない! まったく」

 誰が待つか、ば~っか!
 女王のハスキー声が、血塗れのオフィス街にとどろいた。

 何故こんなことになったのかというと……。

 時を少し戻し、無音のオフィス街、シゴトシロー・シティ。
 宇宙有数の労働都市である、高層ビル立ち並ぶ街でビジネス・マンたちは皆、今日も死んだ顔で元気に働いている。

 ザッキン!
 すべてのビルの、すべての窓ガラスを突き破り、恐ろしい血の色をしたトゲが、尖った頭を突き出した。

 オフィス街ふもとの広場へ、赤い血の雨が降り注ぐ。

「キャ───────~~~ッ……」

 血雨を浴びながら口もとに手刀をやり、高らかに叫ぶこの女は、もちろん悲鳴をあげているわけじゃない。

「ハッハッハッハ! はははははははははは! サイッコ~……」

 長い髪は赤く染まり、赤いドレスに赤いヒール。赤づくしコーデで涙目に笑う、この冷酷殺人鬼は赤の女王。
 血に染まったトゲを自在に操る、極悪残忍なシリアル・キラーだ。

「ほーんと、最高。マジメにコツコツ頑張ってるヤツらの刺され顔が一番、面白──ん!」

 上機嫌に笑い転げた女王の眉が、突然にひそめられる。近付く連続・爆裂音。
 もの静かな労働都市に似合わぬ、無遠慮なローター音。

「……ゲ~~ッ。いや~な予感」

 ゲンナリ顔で固まる女王のもとへ、白とデコラメ・クリアピンクボディの小型ヘリコが降りてくる。
 ヘリコの開け放したドアぶちに立つ女が、なびくプラチナ・ブロンドの髪を白手袋の手で押さえ、拡声器を口に当てて、息を吸った。

『こら─────────ぁあああ……』
「出たよ……"コラ女"」
『聞こえてますよ!
誰がコラ女ですか!』

 拡声器ごしに喚く女の服装は白い制帽に、白い婦警服。
 赤の女王とは対象に真っ白いかっこうの彼女の名は、悪名高き、トレバー・マグニフ。

 暴君マグニフ、その人である。

『赤の女王! また、他の人に殺人行為をはたらきましたね!』
「それが何よ! わたしの勝手でしょうが」
「う~っ、今日という今日は許しません! そこに居なさい、女王。いま捕まえてやるんだから!」

 拡声器を後ろに放り、ヘリコから飛びかかりそうな勢いのマグニフ。
 付き合ってられないよ、だ。女王はさっと身を翻し、オフィス街を駆けだした。

「待ちなさい!」

 すかさずヘリコ内部へ振り向くマグニフ。次の瞬間、デコラメ白ピンクのオートバイが唸りをあげてヘリコから飛び出し、バイク乗りのマグニフと共に雄叫びをあげた。

「行くわよ、ラ・メーリア! 風のわが友、サイクロン!」

 マグニフを乗せたラ・メーリアが着地した頃、主を失ったヘリコが水色の空に溶け消える。
 ガオオッ、ギギィッ。猛獣のような声を発して、ラ・メーリアのタイヤオーラが高速回転・駆動を開始。

 こうして今日も、女王と暴君の追いかけっこが始まった。

「待ちなさ~い! 赤の女王!」

 時を戻して、ぐちゃぐちゃのビル街。
 走りながらマグニフ、立てた人差し指を唇に当てる。

「ちゅっ♡ ……ピストルキス!」
「危な!」
「こら! 避けるな!」

 バキュン! と本格的な音と共に、空を切り裂く突きキッス。
 女王の頬をかすめた弾が、流れ弾でコンビニへと着弾・付近を巻き込み破砕した。

「ちょっとプロポーズにしては、高い威力を込めすぎじゃない?」

 おどけた口調で笑う女王。こんな逃走劇、何も彼女にとって初めての経験などではなかった。

 あの時も、あの時も。女王が行く、どんな場所でもたちまちマグニフが現れ、こんな具合に激しい愛し合いが始まるのだ。

 ザギン・シティの銀行強盗の時も……。

「へっへっへ、カネを出せ! 逆らったら、酷いわよ」
「こらー!」

 海底アコヤ貝・密漁の時も……。

「ごごぼっ、ごぼぼ!」
『こらーぁ!』

 ……あの時わたしはドレス姿で素潜りなのに、あんただけサブマリンに乗ってたのはズルいんじゃない?

 ビーチでバカンスしてる時も。
 海から、わざわざ水上バイクで来ちゃって。

「こらーぁ!」
「えっ、バカンスしてるだけで?」

 しまいにはスカイ・ダイビング中に、ヘリから手錠を放ってきたわね。

「こらー!」
「ちょ、ちょっと。危ないって」

 宇宙ジェットをハイジャック中、戦闘機ラ・メーリアで射撃してきたこともあった。

『こらコラこらぁー!』
『レスキューじゃないのか!? なぜ撃ってくるんだ!』
『もう、どこまで追ってくる気よ!』

 そんなマグニフと女王は今、ビル屋上の庭園で、超スピード・ラッシュの殴り愛をしている。
 というか一方的にマグニフがラッシュを連打し、女王は拳の嵐を回避するのに専念している。

 ふと、女王がくす、と小さく笑った。

「? 何か面白いことでもありました?」
「いいえ、別に。ただ──」

 マグニフの顔に、血のような赤いトゲが炸裂した。
 いよいよ女王は、おお笑い。身を翻して、飛び降りる。

「あなたが、わたしの射程を忘れてるのが可笑しくて! もう最高、キャッハハハ!」
「ぶあ~……。待ちなさ~い……」
「つかまえてごらんなさ~い。オホホの、ホ」

 逃げられて、追いかけ。追いかけられては、突き放し。
 二人の女王の鬼ごっこは、このまま永遠に続くようであった……。

 結論から言うと、赤の女王は捕まった。
 今は私服の白セーラー服に着がえたマグニフの手錠に、引っ張られている。

 訂正。女王は手首に繋がれた手錠で、自ら首に手錠をかけたセーラー暴君マグニフを引っ張っている。

「あんたさぁ……恥ずかしくないワケ?」
「何がです? ぼくは女王さまの忠実な犬ですワン」

 空中機動城塞、ホワイトキング・キャッスル。
 天候にかかわらず柔らかな日差しが常にさしこむ庭園で、赤の女王は頭を抱えた。

「ご主人様、どうしたワン。急に頭を痛めたりして、心配ですワン」
「黙ってて……ご主人様は、これからの待ち受ける将来に真剣に悩んでるんだから」

 そんな調子で城の寝室までやって来ると、扉の前に立っている、腕時計に目を落とした銀髪ロン毛の貴族ふうイケメンが、キリリとした無表情顔を上げる。

「戻ったか、女王。本日も庭園の動きに異常はない。確認のため、目を通しておいてくれ」
「あら、目付くん~! 今日もお仕事、ご苦労ちゃんです!」
「ふむ……からかうのはよせ。わたしは自分の部屋へ戻らせてもらう」

 手に持っていた書類をマグニフへと押しつけ、さっさと立ち去ろうとするイケメン。
 無駄な足掻きだが、その背中に赤の女王はすがるような目を向けた。

「何かあったら言うように。では! ……」

 もちろん彼は、助命を無視した。
 好き勝手に殺人を楽しむ癖のある、赤の女王を野放しにすると、彼の部屋に起訴状が山ほど溢れかえる事になるからだ。

「はぁ~、相変わらず顔がいい……。美女美男を城に抱えて、わたくし幸せ者ですわ♪」

 女王は最後の抵抗に身をよじるが、マグニフは見ないフリをして扉のパネルに指を滑らした。

『マグニフ様の部屋』→『二人♡の愛の巣 ハイルナ』

 表示された文字を目にして、迫る将来を憂い青ざめる女王。
 二人が入り、閉じられた扉から、書類を放り投げる音がした。

「ちょっと、大事な書類なんでしょ。放り投げていいわけ……」
「二人の時間より大切なものなんて無いよ。それより……」

 鍵の音。布擦れ。後退り。軋むベッドのスプリング。
 次から次へと不穏な物音が、閉まりドアから抜け、やがて女二人の叫声に変わる。

「まずは身体検査から! 怪しい武器とか持ってないか、さわさわして確かめる! じゅる……」
「何だよ、その手つき! ガチで本物ケーサツに謝れよ、オマエ! そんでハラキリってやつで詫びろ!」

 はた迷惑な二人の鬼ごっこ。
 周囲を巻き込み破滅させる程おお掛かりな逃走劇の正体は、何とも迷惑な事に女王カップルの痴話喧嘩であったそうな。

「脱ぎ脱ぎしましょうね~♡」
「あんたと一緒にいると、娯楽がこれ系ばっかだからイヤなのよ~! やめ、どこ触──アンっ♡」

 ……やんれ、めでたやな、めでたやな。
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