【閲覧注意】 アーノルド・ノイマン×TSアーサー・トライン


白い靄の中には、人影があった。
熱気帯びた靄の中、パタパタと水滴を垂らす人影。目がやっと慣れ、その人影を映し出すと…そこには、確かに、見慣れた人物が立っていた。それも、認識してい性別とは真逆の人物だ。
水気を吸ってしなりと濡れた暗いオリーブ、こちらの存在に驚きオレンジ色の目がいつも以上に見開いている。頬は熱帯びて血色も良く、成人特有の熟れた淫靡な色気を思わす錯覚を起こさせていた。
問題は頭から下だ。白い肌に男性よりも細い体つき。鍛えられているとはいえ、細いくびれに細腕一本で隠すも隠しきれていない、ふくよかな胸部。腰から下へと伸びる足は、男の武骨なものではない、細く折れそうな両足。普段から露出のほぼない軍服でしか見たことなく、私服もどのようなものを着ているのか、知る由もない。
これ以上、目を配らせれば後戻りはできない…自身の明確な警告が頭の中で響く。
だからだろう、隠された秘密を暴いたような思いを馳せてしまう。
けど、確かに…目の前には、副長アーサー・トラインが居て、お互いに裸である。
深夜、当直以外の者は寝静まりスクランブルでもない限り、既定の時間に起きなければならない。この場には、副長と己だけしか、居なかった。
まじまじと見過ぎたせいか、副長は羞恥心から真っ赤になった顔を逸らしシャワー室の奥へと縮こまってしまう。
「あんまり、見ないで」
か細く、消えそうな声を上げる。いつもなら大げさでひょうきんと言える明るい声を上げ投げながら注意でもするかと思ったら、予想外の行動。自分の状況を一気に理解してしまい慌てて一言謝り、シャワー室を出てい一目散に自分のロッカーの前に立った。そうしてガン、とロッカーの扉が悲鳴を上げるくらいに、頭を擦り付け…今後、副長に対しどう接すればいいかを、思案するしかなかった。

事務作業は良い。あの無茶苦茶な命令を下すマリューさんの指示も無ければ、戦場での操舵も無い。アークエンジェルは好きだ、こいつなら俺を…と想ってはいる。だからと言って、あの無茶な命令は好きじゃない。バジルール少佐やチャンドラもそうだが、俺に対して過剰な信頼を向けてはいないだろうか?
カタカタと、キーボードを叩き資料を作成、さらには降られた仕事をこなしていく。この静寂で単調な音、嫌いじゃない。
「ノイマン大尉、少しいいかな」
柔らかな声が後ろから掛かる。ぐるり、といすごと回転させれば…そこには、トライン少佐が普段通りの人当たりの良い笑みで迎える。
ふと、あのシャワー室でのことを思い出してしまう。
一瞬の出来事に、勢い余って机の裏に膝を強打。あまりの痛さに、言葉が出ない…鍛えても、痛いものは痛い。何で、トライン少佐を見ただけで…いや、あれが強烈すぎたから思い出したんだろう。単純な脳め…いや、俺自身か。
悶絶し、言葉が出ない中…トライン少佐は驚かせたことに悲鳴と謝罪を一緒にやってきた。彼…いや、彼女は、悪くない。
「ノイマン大尉、…あの、コノエ艦長がお呼びだったんですが…えっと、それもありますし、気分がすぐれないなら、少し先伸ばしても」
「い、ま…いぎまず」
膝を抱え、どうにか声を絞り出しコノエ艦長の下へと、意地でも行く意思を見せる。
チャンドラはゲラゲラと俺の様子を見て腹を抑え笑っている。ジンジンとひざの痛みが浸透し、なんとも言えない感覚だ。

コノエ艦長の下へと赴けば、ミレニアムの操舵士と対面し、教育係としての任が入った。彼くらいなら、すぐに上達する。…俺のは、ほぼ独断と独学、ちゃんとマニュアルは読んでいたとはいえ、道すがらの修羅場ばかり。
食堂へと赴き、遅めの昼食を取る。午後は…アークエンジェルで、ミレニアムの…マーカス君だったか、彼を教えるという事になったな。頼むから、マリューさん…連合時代の無茶ぶりは勘弁してくださいよ。
そう、マリューさんのことに恐ろしく心配になりながらおにぎりをむさぼっていれば…頭上から、ここいいかい、と声が聞こえた。
見上げると、トライン少佐がランチボックスの袋と水筒を手に、ニコリと微笑んだ。
食堂を見渡せば、…なるほど相席しないといけないな。
「大丈夫?驚かせてごめんね、ノイマン大尉」
「あ、あぁ…平気だ。こっちこそ、変に驚いて悪かったな」
平気だよー、なんて柔らかく、こちらが気の抜けそうな笑みを浮かべ、レーションを頬張る。ふと、彼女のテーブルの上の食事を目に通すと…レーションの小箱に、レーション、さらにはウィダーゼリー、薬がいくつか、それに飲み物は水。……スクランブルって出たのか?いや、アラートも無ければ、パイロットたちも書類イヤだと駄々こねるくらいに、暇だ。
「…トライン少佐、…食事は?」
「え?これだよ、今のレーションってすごく美味しくなったよねー、オーブ製だって。羨ましいよ」
カタカタ、と半分ほどの量となったレーションの小箱を振りながら見せる。特に気にすることもなく、そのまま雑談を進めるトライン少佐。軍人だからレーション付けになるのは珍しくはない、だが…それはあくまで戦場での話だ。今は、少しばかり戦場から離れている、あのパイロットたちだってちゃんと食べている。
「ちゃんと食べているのか?」
「…食べているよ」
「嘘つけ。間が開いたという事は、食べていない…いや、食べれないのか?」
図星を付いたようで、トライン少佐は…困ったような顔で口を閉じてしまう。しまった、地雷を踏んでしまったか。
少しばかり残ったレーションを食べきり、同時に薬も水を使って流し込む。飲み切って、一息つくと…とんとん、と人差し指でテーブルを小突き、しゃべる気になったようで口を開いた。
「んー、ちょっとね。血のバレンタイン以降からずっと食べれないんだ。摂食障害、と言うか拒食症で食事そのものが苦手になっちゃったんだ。お医者さんや軍医が言うには、うつ病…の可能性が有るって言われたかな。
今は少しづつ食べれるようになったけど、まだまだ遠いよ」
「…すまん」
「気にしないでよ。それにしても…君って物静かだけど、感情は結構出やすいよねーえへへ」
「そうか?」
あまり会話が上手いというわけじゃない。トールやチャンドラ、それに誰かが緩和剤になって口が滑るように会話ができる。トライン少佐のように、誰かに話しかけて懐に入り込める技量は、持ち合わせていない。
俺がそう、トライン少佐のことを話せば…彼女は、小さく笑って、寂しそうな顔を浮かべる。
「僕も、会話が上手いわけじゃないよ。…僕はね、死にたくないから人に関わるんだ。日常生活では寂しい人間で喪女だよ」
死にたくないから、か。じゃあなんでこんな所に居るんだ、…そう気軽には聞けなかった。
彼女の歩んだ道は俺は正直知らないし、解らない。調べてすらもいない、コンパスでの同僚の一人でその程度。
ただ、彼女のあの明るい笑みと感情で、こんな薄暗い世界でまともに働けている。思考が動けている、彼女が潤滑油となっているからこのコンパスではいい方向になっている。コーディネイターもナチュラルも、ここではそこまで隔たりは無い。
これはきっと…良いことで間違いない。
「えぇー僕が極度の反ナチュラルだったらどうするのさ」
「……あんまり、思いつかないな。トライン少佐が差別することが、いい意味でも悪い意味でも、少佐は…興味ないだろ?」
思ったことを口にすると、トライン少佐は一瞬驚いた顔を浮かべるが、すぐにぶーたれたような顔を取りながら、水を口につけこう言った。
付け加えるように、あのシャワー室でのことを蒸し返しだした。
「…。やな人、シャワー室でじっくり見たくせに」
「…バッ、カッ!!?」
くすくすと、いたずらっ子のような可愛い笑みを浮かべ、こちらを茶化してくる。チャンドラと似たような性格だが、…可愛いが占めている。これで同い年と言うんだから、外見も当てには出来ないな。
それと共にあぁ、これが素なのかな…と、場違いなこと思ってしまう。
はじめは、とんでもないハプニングからだったが…今となっては、笑われても仕方ない、茶化されても仕方ない出会いの日となった。
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