Journal de sirène


【Journal de sirène】作:理緒来-Riora-

※利用規約
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堀野 沙世(ほりの さよ)
23歳。優しい口調で、大人しい性格。
現在、入院中。

氷室 律希(ひむろ りつき)
沙世に想いを抱く。
周りをよく見ている、明るく優しい男の子。



ー配役ー
沙世/看護師:
律希:

ーーーーーーーー

沙世M「これは、桜が綺麗に咲き誇る季節の出来事」

律希M「【Journal de sirène】(ジョルナル デ シレーネ)」



(病院にて)
律希「失礼します。沙世さーん、起きてますか?」

沙世「…ん、あら。律希君じゃない。今日も来てくれたの?」

律希「当たり前です。昨日言ったでしょ?明日も来ますって。もしかして忘れちゃったんですか〜?」

沙世「忘れるわけないわ。毎日それ言って帰るんだもの。」

律希「もちろん、無理な時は来れないって言いますよ?俺も手術を控えてる患者なんで」

沙世「ふふ…そうだったわね。来てくれてありがとう。そこ、座って。」

律希「よっと…荷物が今日は多いんですよね〜。持ってくるの大変でしたぁ」

沙世「律希君、今日も看護師さんに何も言わずに来たの?捕まらなかった?」

律希「心配性ですね…この時間は何も無いので大丈夫ですよ。点滴を変える時間に戻ればセーフですから」

沙世「ならいいんだけど」

律希「沙世さんは、俺の事より自分の心配をして下さい。はい、毛布持ってきました!」

沙世「へ?わあっ!こ、こんなに…。そこまで寒くないし、平気よ?」

律希「顔色が悪いし、あまり体調が良くないと聞きましたよ?あ、それと…これ!」

沙世「手紙?」

律希「幼児病棟の子供達からです。毛布ついでに頼まれて。」

沙世「…ありがとう」

律希「…いえいえ。じゃ、今日は何しますかっ?トランプ、お絵描き、すごろく…」

沙世「ふふふっ…」

律希「ん?あれ…俺…何か変な事言いましたか…?」

沙世「ふふ…ごめんね、違うの。いつも内容決めてくれてたでしょ?お散歩とか…でも、選択肢が小さい子向けのものばかりで…ふふっ。なんか、可愛いらしいなって思って。何かあった?」

律希「え、あ……さっきまで、小さい子と…遊んでたから…」

沙世「あの子達と?今はおやつの時間じゃなかったっけ…?」

律希「おやつがくるまで、遊んでました」

沙世「なるほどね…だから、か」

律希「だから、とは?」

沙世「いつもより少し遅かったから、看護師さんに捕まってるのかと思ってたのよ。」

律希「あぁ…そういう事ですか」

沙世「寝ていく所だったから、丁度良かった」

律希「え」

沙世「ん?どうしたの?」

律希「ごめんなさい!」

沙世「ちょ、律希君?なんで謝るの?」

律希「沙世さんの大事な睡眠を妨害してしまったので…本当に…ごめんなさい…」

沙世「大丈夫よ。もー…何でそんなに泣きそうな顔してるの〜…あ、下向いちゃった」

律希「…見られたくないですもん」

沙世「こっち向いてごらん?」

律希「…」

沙世「律希君、こっち向いて?お話聞いて欲しいな」

律希「……あい」

沙世「私はね。決まった時間以外に寝るのはダメって言われてるの。だから、律希君が来てくれて本当に助かったんだよ?」

律希「…本当…ですか?」

沙世「うん。だから、泣かないの。謝らなくても大丈夫。ね?」

律希「…はい」

沙世「ふふ…いい子」

律希「…沙世さん、俺子供じゃないですよ〜」

沙世「私からしたら、まだまだ子供よ。いいから、お姉さんにナデナデされてなさい」

律希「恥ずかしいですってー!やめて下さいよ〜…もう…。あ、真珠のピアス外したんですか?」

沙世「え?あぁ…検査の時に外さなきゃいけないから、もうずっと外したままよ」

律希「そうなんですか…似合ってたのに…」

沙世「ありがと。さ、今日は何話す?」




(少し時間が経ったので間を置いてください)

律希「沙世さんはこの物語の中なら誰が好きです?」

沙世「ふふっそうね〜…律希君からしたら『何で』ってなるかもしれないけど、この本の主人公が意外と好きなのよ」

律希「うーん…仲間を見捨てる奴なのに?俺的にはヒロイン役の女の子が好きですかね〜。正義感あって、戦いにも怯まず挑んでいく。凄い魅力を感じます」

沙世「もはや主人公がこの子みたいな感じの作品よね。だけど、この主人公は過去に色々あって、こういう性格になっちゃったの。そして今でもずっと、仲間に対する思いと過去の出来事と、戦ってる…その姿に何故か惹かれたの」

律希「確か、親友を自ら殺したんですよね?王様の命令で仕方無かったのに…何でずっと引きずってるんですか?」

沙世「自分の隣でずっと戦ってきた大切な幼なじみだったの。王様の命令には忠実に従ってた彼でも、流石に『はい、分かりました』なんて言えると思う?」

律希「…うーん……言えない…なぁ…」

沙世「その幼なじみは、想い人だった…。王様から命令を下された理由は、敵国へ寝返ったとの噂がたったからなの。でも、それは嘘で、仲間が謀った事だったのよ。だから主人公は信用ならないものは切り捨てる性格になっちゃった…」

律希「…沙世さんは、好きな人とかいるんですか?」

沙世「ん?唐突ね〜……ふふふ。ナイショ、かな」

律希「えー!教えてくださいよー!」

沙世「教えなーい。さて、今日はここまでにしときましょうか」

律希「えっ!!何でですか?まだ時間大丈夫ですよ?あ、もしかして体調悪くなってきましたか?!」

沙世「そうじゃないよ〜大丈夫。律希君、知らないの?」

律希「え?何をですか?」

沙世「今日は、他の学校から職場体験で学生が来てるの。だから、1時間早く看護師さんが回ってくるのよ。多分、そろそろじゃない?」

律希「ほ、本当ですか?!え、急いで戻ります!沙世さんありがとうございます!体は!絶対に…」

沙世「はいはい、無理しないから。大丈夫よ。ありがとう」

律希「また明日!」

沙世「また明日」


沙世「……また明日、か……後、何回聞けるのかな」




(次の日)
律希「はぁ…今日も子供達元気だったなぁ。嬉しいけど…俺の体力的にはキツイな…腰が…アイタタタ……ん?あれ、あそこに居るのって…」


(外のベンチで)
沙世「ふぅ……」

律希「さーよさんっ」

沙世「わぁっ!り、律希君…はぁびっくりした…驚かさないでよ〜…心臓が止まるかと思ったわ」

律希「ごめんなさい、珍しく外に居るんだなぁと思って。何か考え事ですか?」

沙世「そういう訳じゃないけど…まぁいいわ。ほら、隣座って」

律希「いいんですか?」

沙世「ずっと立ってるの辛いでしょ?」

律希「…ありがとうございます、では…失礼します」

沙世「ふふっ何で堅いのー?いつもはそんな感じじゃ無いじゃない」

律希「いや…まぁそうですけど、この距離感は初めてなので…」

沙世「恥ずかしいのー?顔が赤くなってきてるよ?」

律希「わっ!見ないで下さいぃいー!」

沙世「ふふふ。ごめんなさい、はい、正面を向いてるから。そんな端っこに居ないで戻っておいで」

律希「…はい…沙世さんて、たまに意地悪ですよね」

沙世「あら、嫌だった?」

律希「いえ、全然。むしろ…」

沙世「むしろ?」

律希「な、なんでもないです!」

沙世「変なの〜…。…今日も天気がいいわね…」

律希「桜も綺麗に咲いてますしね。近くの公園では花見をしてるみたいですよ。看護師さん達が話してました」

沙世「花見か……いいなぁ。私もしたいな。入院する前は、毎年、家族でお花見してたの」

律希「そうなんですか。俺はした事ないですね」

沙世「意外。律希君なら友達誘って遊んでるイメージしかないから」

律希「遊び人って事ですかぁ?」

沙世「それは、また意味が違うわよ。」

律希「体は弱い方なので、ガンガン遊びに行くって事は出来ないんです。学校に行って、友達と話す。それぐらいですね」

沙世「そっか……友達は居たんだね」

律希「沢山います。でも、最近話をしてないので友達と思ってくれてる人がいるかは分からないですけど…」

沙世「羨ましいな…」

律希「沙世さんは?学生時代どんな感じでしたか?」

沙世「…うーん、そうね。凄い大人しかったかな。おかげで、いじめられたりしてたけど」

律希「沙世さんが?!」

沙世「そこまで驚く?」

律希「…意外すぎて」

沙世「そこまで酷いいじめではなかったから、大丈夫。高校卒業する少し前辺りからだったから、長期間って訳じゃなかったし」

律希「あぁ…なら良かった…」

沙世「…いい事だったのかな」

律希「ん?」

沙世「…ふふ…律希君と出会えて良かったな」

律希「え?!」

沙世「ん?どうしたの?」

律希「沙世さんか急にそんな事言うから!!」

沙世「本音よ?律希君のおかげで、入院生活も楽しくなったし。優しい子に出会えて嬉しいよ」

律希「……俺も、沙世さんに出会えて嬉しいです。」

沙世「……ありがとう」

律希「…沙世さん?泣いてるんですか?」

沙世「ん?泣いてない。そろそろ部屋に戻ろっか。看護師さん来るだろうし」

律希「…はい。あの、沙世さん!」

沙世「ん?どうしたの?」

律希「…俺、本当に沙世さんに出会えて嬉しいんです。誰に対しても優しくて…俺なんかとお話もしてくれて…俺…えーと…あの…」

沙世「ふふ…なになに、お別れ前の挨拶みたいな。律希君必死すぎ」

律希「え、あの違くて…!」

沙世「そんなに言わなくても伝わってるよ?ありがとう」

律希「……はい」

沙世「行こっか」


律希M「…俺の意気地無し。『好き』ってたったの2文字なのに…。」


沙世M「…あの時と変わらない青空だなぁ…」



(次の日)

沙世「……」(寝ています)

律希「失礼します。沙世さーん!…沙世さーん?来ましたよー…ん?あれ、寝てる?」

沙世「ん……」

律希「…寝かせておいた方がいいのかな。看護師さん呼んで…」

沙世「…あ…お」

律希「ん?」

沙世「……いか…な、いで」

律希「え?!さ、沙世さん?起きましたか…?」

沙世「あ……お…」

律希「……あお?」

沙世「……だ、め……ダメ!」(起きる)

律希「わぁっ!!びっくりしたァ……沙世さん、起きましたか?」

沙世「…へ…?律希君…?」

律希「はい、俺です。大丈夫ですか?変な夢でも見ましたか?」

沙世「……あぁ、あれ…夢だったのね…なんだ…。ごめんね、こんな所見せて…」

律希「酷い汗かいてますよ。このタオルで拭いてください。俺、お水持ってきますね」

沙世「……うん…お願い」

律希「それにしても、沙世さんがこの時間寝てるなんて珍しいですね」

沙世「……少しね、薬を飲み忘れちゃって」

律希「…そうですか。はい、少し冷たいですけど」

沙世「ありがとう…」

律希「…あの、沙世さん。」

沙世「ん?どうしたの?」

律希「……え、と。夢で、何かありました?」

沙世「……何も無いよ。」

律希「……沙世さ…」

沙世「律希君、来てもらって悪いんだけど、今日は帰ってもらえる?」

律希「……え?」

沙世「看護師さんとお話しなきゃいけないの。さっき、寝ちゃってた訳だし、報告とか色々」

律希「……わ、分かりました…じゃあ、また明日…」

沙世「…うん。ありがとう」

律希「………」


律希M「何だろう。いつもの会話の筈なのに。沙世さんから『また明日』を聞けなかった、ただそれだけなのに。この胸のもやもやは…一体何なんだ?」

沙世M「『今日は大人びた表情をしていたな…でも、少し辛かった…。貴方が不安そうな顔をしてるから…それに、あの日と同じ青空だったんだもの。慣れてると思ったんだけどな…やっぱり、思い出したくないんだよね。』」

律希M「その日から、沙世さんは病室を移した。看護師さんに聞いた所、検査をする為だと。でも、俺は納得がいかなかった」


沙世M「六日後の事…」


(六日後、沙世の病室にて)
律希「沙世さん!失礼します!」

沙世「え?!…律希君?何で…」

律希「また明日って約束、守れなかったので謝りに来ました」

沙世「…え…あ……そう。別に気にしてないのに…」

律希「俺が嫌なんです…ごめんなさい。」

沙世「本当に真面目だなぁ…何も言わずに病室変わっちゃって、私の方こそごめんね」

律希「沙世さんはいいんです。悪くないです」

沙世「…ありがと。そういえば、律希君、どうして病室が分かったの?」

律希「病院にある部屋を全部、一部屋ずつ見てまわりました。」

沙世「全部?!」

律希「看護師さんが教えてくれないので自力で探すしか無いなと」

沙世「…そ、そうだったんだ……よく探そうと思ったね…私なら諦めちゃうな」

律希「……沙世さんが…心配だったので。」

沙世「そっか…わざわざありがとう。嬉しいよ。もう会えないのかなーって思ってたから」

律希「俺も…凄い嬉しいです…あ、今日はお喋りしても大丈夫ですか?」

沙世「いいよ。あ…この部屋、椅子がないから私のベッドに座って。」

律希「沙世さん、あまり動かない方がいいんじゃ…俺なら立ってても大丈夫ですから」

沙世「え〜…折角座れるスペース作ったのに…座らない?」

律希「…す、座らせていただきます」

沙世「堅すぎ〜。…で、何話そっか」

律希「……えと…そうですね〜…」

沙世「…律希君」

律希「ん、何ですか?」

沙世「私に聞きたい事とかあるでしょ」

律希「…何でですか?」

沙世「だって、私が何言わず病室変えちゃったりとかした後だよ?雰囲気がいつもと違うし…この前もオズオズしながら、何か話したそうにしてて…しぶしぶ帰って行ったし」

律希「…分かります?」

沙世「丸分かり」

律希「…はぁ。沙世さんには隠し事しても無理ですねぇ〜何も聞かずに、楽しい話して終わろうとしてたんですけど」

沙世「凄い聞きたそうな顔してたし、多分律希とお話してる人なら分かるんじゃないかな?」

律希「えぇ〜…なんかそれ、嫌です。」

沙世「ふふ…それで?聞きたい事は?」

律希「……2つ、ほど」

沙世「2つも?ふ〜ん…1つかと思ってたんだけど…ふふ。なに?」

律希「…沙世さん、沙世さんの病気って何ですか?」

沙世「…答えたくないって言ったら?」

律希「それならそれでいいです。言いたくないなら、これ以上は聞きません。」

沙世「…優しいなぁ。
………心臓の病気だよ。名前は言わないでおこうかな。」

律希「……心臓…ですか」

沙世「それと、もう1つ病気を持ってる」

律希「…もう1つ?」

沙世「特発性過眠症(とくはつせい かみんしょう)
っていうもの。」

律希「…初めて聞きました」

沙世「名前の通り、長い時間寝てしまう病気、かな。小さい頃、昼夜逆転してて、何をしても日中寝てしまって。親も『おかしい』って思ったんだろうなぁ…病院に連れてかれて、診断されたのが特発性過眠症だった。」

律希「…治らないんですか?」

沙世「どうかな…今は覚醒維持剤って言うのを飲んで、日中でも起きていられるようにしてるけど…飲み忘れると、前みたいに寝てしまうの。」

律希「…そうなんですね…よく分かりました、ありがとうございます。」

沙世「で、もう1つは?」

律希「…えと」

沙世「今更隠しても意味ないからね??」

律希「分かってますよ〜!…あの…この前、沙世さん、寝てたじゃないですか」

沙世「…そうだね」

律希「…『あお』って、何ですか?」

沙世「……あお?」

律希「寝言で、『あお、あお』って言ってました」

沙世「寝言?!え…恥ずかしい…律希君に寝言聞かれてたなんて…」

律希「え、あの…そこまでハッキリと聞こえてた訳じゃないんですよ?ぼんやりと…」

沙世「恥ずかしい……」

律希「さ、沙世さん?」

沙世「こっち見ないで〜…私のライフはもうゼロですぅ〜」

律希「(小声で)え、え……沙世さんが可愛い…」

沙世「あの日の事はもう聞かないで〜!」

律希「わ、分かりましたから沙世さん、布団から出てきてくださいよ〜」

沙世「…うん、約束だよ?」

律希「…ふふっアハハハ」

沙世「もー!何笑ってるのー?!」

律希「ごめんなさい、可愛いくてつい」

沙世「可愛い?!」

律希「可愛いらしいですよ。いつもの大人っぽい沙世さんと違って」

沙世「いつもは可愛いくないと…そうよね、私みたいなオバサン…」

律希「いや、普段の沙世さんもとても可愛いですよ!凄い愛しく思います」

沙世「…へ?愛しい?」

律希「はい………あ」

沙世「い、愛しい…とは…?」

律希「……あ、あ、あああ…あの、そのですね?好きとかじゃなくて、 愛しいっていうのは…」

沙世「好きじゃ、ない…?」

律希「いや、違うんです!好きです!す……ぁぁぁ俺のライフもゼロですぅ〜!!恥ずかしくて死ねます…」

沙世「ふふ……ふふふ。あははは!律希君、可愛いよ?」

律希「俺で遊ばないでください〜…」

沙世「ふふふ…好きだなぁ。」

律希「え?!」

沙世「馬鹿で、真面目で、可愛いらしくて。本当に好き。いつもありがとう。」

律希「…えへへ…俺も、好きです。沙世さんの事」

沙世「ふふふ」

律希「へへ…」




律希「もう時間なので行きますね。それじゃあ、また明日」

沙世「また明日。待ってるね」

律希「はい!」


沙世M「…好き、なんて…久しぶりに言った気がするな」

律希M「よし…後一歩…ここまで来たら、想いを直接伝えれるはず!頑張るぞ…!!」


沙世M「……もう、頑張ったよね……私。」



律希M「俺が沙世さんと出会ったのは、2年前の大雨の日だった。」


(2年前)
律希「はぁ…今日も子供達は元気だよなぁ…何であんなに体力あるんだろ…最近雨ばっかりだなぁ…」

看護師「緊急患者です!道を開けてください!」

律希「また誰か運ばれてきたのか……ん、あれ…ピアスが落ちてる…。
ふぁ…綺麗……これ、さっきの患者さんのかな…」

律希M「看護師さんに渡せばいいものを、廊下で拾ったピアスを何故か直接手渡したいと思った。」

(ノック音)
律希「失礼しまーす…」

沙世「はい…え、と。どちら様でしょうか…?」

律希「……あ…」


律希M「恥ずかしい事に、声が出なかった。俺は、そこに居る女の人に、一瞬で惹き込まれた。それが…」


沙世「堀野 沙世(ほりの さよ)と言います。お名前は?」

律希「…氷室 律希(ひむろ りつき)…です」

沙世「律希君…でいいかな?いらっしゃい」

律希M「しどろもどろな俺に対して、沙世さんは優しく笑顔で接してくれた。」

律希「あの…ピアス、落としませんでしたか?」

沙世「あ…!無くしたと思ってたの。ありがとう!嬉しい…どこに落ちてたの?」

律希「廊下です…運ばれてきた時に…」

沙世「…そうだったんだ…律希君ありがとう。」


律希M「その笑顔はどこか悲しげで、優しかった。心の底から笑顔に出来るかな…いつも、学校の友達にしていたように…そう思うようになった。

この日から、毎日毎日。彼女の笑顔が見たくて、彼女の支えになりたくて…時間があれば会いに行った、ある日の事…」

律希「お邪魔しまー…」

沙世「あっ…」

律希「……沙世、さん?」

沙世「………律希君…」

律希M「俺は、呆然と立ち尽くす。点滴の管に繋がれた沙世さんの腕が、無防備に机の上にあった」

沙世M「その腕は、何針も縫ってある傷跡があったのだ…新しくて、生々しい傷跡が。
こんな傷を、律希君に見られたくなかった…
色々な思いが混ざって、涙になって溢れ出した。
そんな私を見ても、律希君は逃げなかった」


律希「俺は、『沙世さん』が好きなんです。たとえ、傷があっても…それが自分で付けたモノでも。過去にしてきた事、された事…他の人が引くような内容だとしても、俺にとっての沙世さんは、沙世さんでしょ?嫌いになる理由はないです。」

沙世M「どれほど、嬉しかったか…この日から、少しずつ心を開けていった気がする」

律希M「この時から、俺は沙世さんを守る…沙世さんの事が大切で好きなんだって気づいたんだ。

白い檻の中に入れられて、ずっと死んだように生きていた。
その俺に『生きたい』と思わせてくれた。
この想いを伝えたいと」



(次の日)
律希「沙世さーん!失礼しま……す…って、あれ?居ない…検査に行ってるのかな…」

律希「あーもー…布団グチャグチャ…よっ。畳んでおこうっと…ん?何か落ちた……ノート?
…凄い綺麗な刺繍。外国のヤツかな?何て読むんだろ…『ジョ…ジョー?…シ…』
あー無理だ。やっぱ分からないや。英語って難しい…
何か書いてたのかな…少しだけ…」


沙世M「『Journal de sirène』(ジョルナル デ シレーネ)
松嶋蒼(まつしまあお)、堀野沙世(ほりのさよ)
since.May 23。(シンス、メイ テゥエンティスリ-)」

律希「…Since(シンス)…5月23日…これって、日記?」


沙世M「『えーと…何を書けばいいんだろう…。とりあえず、よろしくお願いします…かな?初めて交換日記をするからこれで合ってるか分からないけど…。うーん…何書けばいいの〜?』」

律希「…交換日記……もしかして、沙世さんの学生時代のノート?」

沙世M「『あ、でも…いいの?私なんかと…。他の人に見つかったら色々噂になって何か言われるんじゃ…』」

律希「『そんな事ないよ。俺がしたくてしてるだけ。毎日女子が擦り寄ってきて、自由に話したい人と話せないし。沙世と話がしたいっていう俺のワガママ。他の人には何も言わせないよ。これからよろしく』
……相手、男の人…だよな。あおって…もしかして、この前沙世さんが寝言で言ってた…。」

沙世M「『25日。蒼(あお)君、ありがとう。私も話したかったから嬉しいな。今度、マドレーヌを焼く予定なの。もし部活に持って行けたら渡すね』」

律希「なんか、沙世さん楽しそうだな」

沙世M「『29日。蒼(あお)君、また怪我したみたいだけど…大丈夫?骨折とか聞いて心配になって…このノートも、返せるときでいいからね?無理はしちゃダメだよ』」

律希「ふふ…沙世さんらしいな。心配性なのはこの頃から変わってないんだ」

沙世M「『6月9日。怪我が治って良かった〜…バスケも出来るようになったんだね。部活の皆がまた騒ぎ出すなぁ。ノート、返してくれてありがとう。蒼(あお)君は本当に優しいね』」

律希「…『沙世もありがとうな。わざわざ俺の為に授業ノートとか、書いてくれて。助かったよ。本当に嬉しい。ノートは自分が書ける時に書いてるから、無理はしてないよ。沙世の方が優しいと思うな。昼間の授業、頑張って起きて受けてたんだろ?』」

沙世M「『そんな事ないよ。私なんてダメダメだし…先生とかにも怒られるし…。病気の方は薬で何とかしてるから私の力じゃないよ 。授業を中々受けれないって、辛いのは知ってるから、蒼(あお)君が困るかなって…思っただけで…』」

律希「『それでも嬉しいよ。ありがとう。』
……あれ、なんか乱暴に消されてる跡がある。何書いてあったんだろ…」

沙世M「『21日。蒼(あお)君、誕生日プレゼントありがとう。凄い嬉しいよ!男子から貰うなんて初めてだし、まさかアクセサリーをくれるなんて思ってなかった。大切にするね』」

律希「『沙世、誕生日おめでとう。本当はイヤリングにしようとしたんだけど、中々似合いそうな物がなくて。ピアスを選んだんだ。気に入ってもらえて良かったよ。付けることは出来ないけど、お守りにもってて。』」

沙世M「『うん!本当に嬉しい!蒼(あお)君、誕生日の日、楽しみにしててね!』」

律希「『分かった。楽しみにしてる』……」

沙世M「『蒼君』」

(病室の寝言の時)
沙世「…あ…お」


律希「…沙世さんは蒼(あお)さんの事がー……」

沙世M「『これから、蒼(あお)って呼ぶね。』」

律希「……ん?日付が凄い飛んでる…」

沙世M「『8月13日。蒼(あお)、私は貴方が心配です。』」

律希「なんか、文が変わった…?」

沙世M「『治療の為に入院したのは知ってる。分かってる。でも…1ヶ月って言ってたから…あれから大分(だいぶ)時間が経った。凄い心配。連絡は無理せずって言ってたくせに、欲しいとか思ってしまう自分がいる…ノート、病院にまで送ってごめんね。』」

律希「……」

沙世M「『……待ってるね』」

律希「……文が止まってる…他のページは何か…あ、このページ…引っ付いてるや。剥がせれるかな…よっ……綺麗に取れた…。
ん?文字が凄い荒れて…」

沙世M「『嫌だ…嫌だ…行かないで』」

律希「…これって」

沙世M「『傍にいてよ…死なないで…』」

律希「…っ」

沙世M「『神様…お願いします。蒼(あお)を連れていかないで』」

律希「…沙世さんの本音…」

沙世M「『好きだよ…蒼(あお)…』」

律希「………っう…」(少し泣き始める)

沙世M「『9月27日。お誕生日おめでとう。手術だよね。応援してる。こっちは、土砂降りの雨で、警報が出てるから自宅待機になっちゃった。本当はそっちに行きたいのに…。でも心はずっと…傍に居るから。』」

律希「……『10月1日』…!蒼(あお)さんからの返信だ…!
『沙世。待たせてごめんね。ありがとう。
世の中は本当に残酷だよ。俺ダメダメだな。
頑張って病気と闘ったのに…また再発って
凄い辛い。癌は若いと進行が早いんだ。
君には…初めて伝えるね…許して』」

沙世M「『許すも何も、謝らなくていいよ。
自分の病気を相手に伝えるのって勇気がいるよね。私も持ってるから分かる…この際だから、言うね。
私は心臓が弱くて、運動すると動悸が多いし、呼吸困難になったりする。特発性過眠症もあるし…親から色々邪険にされてたり…これからどういう風に病状が進行するか分からないから凄い怖い』」

律希「『大丈夫。大丈夫だよ沙世』」

沙世M「『うん…ありがとう蒼』」

律希「…『沙世…俺がついてる。傍に居るよ』
……あれ、ここで途切れてる……他に書いて…」

沙世M「『あれから、丁度6年が経った…もう、疲れたよ、蒼(あお)。私も…』」

律希「…4月、14日…今日の日付…丁度…6年?ていう事はもしかして……!!沙世さん!!」

沙世M「『桜の花びらはいつも蒼(あお)を思い出す』」

律希「っ!!沙世さん!!沙世さん!!どこ行ったんだ…?!」(走り出す)

沙世M「『私は、蒼(あお)が好き。本当は伝えたかった…でも、その前に逝ってしまった…ずるいよ…蒼(あお)は……私の事、どう思っていたのかな。』」

律希「ここにも居ない…何処だ…クソッ!」
(律希のセリフ中で、息切れ等の演技は沙世のセリフに被せてもOKです。)

沙世M「『蒼(あお)が逝ってから、私との交換ノートがクラスの人にバレたの…。蒼のお母様がお礼をしたいと学校に来て……卒業前辺りかな。案の定、いじめられたよ。でも、そんなのどうでも良く思うぐらい私は病んでた』」

律希「!沙世さんのピアス…!この先は屋上か…?沙世さん…お願いだ…!間に合ってくれ…!」

沙世M「『夢で、久しぶりに蒼(あお)と会えた…。桜の季節になるといつも会いに来てくれるよね…でも、すぐ逝っちゃうの…寂しいんだよ?これでも。あの青空は…あの日と変わらないんだね』」

律希「ハァハァ……。っ!!…心臓…が……ぐぅ…ハァハァ…くっ!!沙世さん!」

沙世M「『あの後、私は心臓病が見つかった。特発性拡張型心筋症。心移植をしなければいけないって判断がくだされた。もう、生きてる意味が分からなくなった…だから死のうとしたんだよ…カッターで切り刻んだ所を親にみつかって救急車を呼ばれた…』」

律希「グゥッ……!ガハッ!……ハァ…ハァ…」

沙世M「『病院に運ばれて…何針も縫って…それでも死にたくて、その上から切ろうとしてた…その時に…律希君っていう子が助けてくれたの。私の心を救ってくれた…』」

律希「……死なないで…まだ…俺は…伝えたい事が……」

沙世M「『嬉しかったな…。蒼(あお)以外の人に、優しく接してもらえるなんて…。でも、心が痛い…律希君を利用してるように思えてしまう…だから…』」

律希「屋上…まで…あと少し……」

沙世M「『ありがとう……私は幸せ者だよ』」

律希「沙世さ…!!!…………」

沙世M「『バイバイ』」

(間)

律希M「その後の事はあまり覚えていない。俺は、心臓に負荷をかけすぎて、即手術。沙世さんを探していた看護師達が、屋上で倒れている俺を見つけてくれたらしい」

看護師「氷室(ひむろ)さーん。点滴を変えに来ました。体調どうですか?」

律希「大丈夫です。ありがとうございます」

看護師「最近、天気良い日が続いてますね〜。
花粉症の私にはこの季節辛いんですけど、息子が花見をしたいって、うるさくて」

律希「そうなんですか?」

看護師「もう葉桜になっちゃってるから無理だって言うんですけどね〜」

律希「お花見……まだ咲いてる所があるかもしれませんよ。」

看護師「あればいいんですけどねぇ〜。はい、替え終わりましたよ。
…あら、可愛らしい。どうしたんです?これ。
彼女へのプレゼントですか?」

律希「違いますよ。俺の宝物です」

看護師「へぇ〜…でも少し欠けてますね。」

律希「…この前、花壇の所で落としてしまったので。」

看護師「あ、また勝手に…」

律希「ご、ごめんなさい…。」

看護師「まぁ…これからは一言下さいよ?」

律希「俺ってもう外へ出ても大丈夫なんですか?」

看護師「いいですよ。だいぶ安定してきてるので。外出の際に連絡してくだされば。くれぐれも忘れずに!
…では、失礼します」

(外に出る)
律希「…ふぅ。今日も天気がいいや」

律希M「…沙世さんは、想い人に会えたのだろうか…。
俺は、あのノートをたまに読み返す。」


律希「『沙世が好き』…ふふ。蒼(あお)さん、きちんと言葉で、伝えれたのかな」


律希M「雲ひとつない青空を見上げて、俺は微笑んだ」


沙世M「…ありがとう」


律希M「何処からか沙世さんの声が聞こえた気がした…」


fin.
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