subject: 先生を本気で倒す方法について from:桐藤ナギサ to:不知火カヤ


「先生を本気で倒すなら、ですか?」
「はい……」

 当時の防衛室長──私による、連邦生徒会クーデター騒動から数か月。シャーレの当番業務に追加された、【専属秘書・不知火カヤの監視】の記載が形骸化し始めた頃、その日の当番であるナギサさんから思わぬ問いを投げ掛けられた。
 互いの手慰みに打っていたチェスの一局、摘まみ上げた黒い騎士が行き場を失う。ひとまず駒を戻し、ナギサさんの方に視線を向けた。

「以前のクーデターは、カヤさんが先生に盤石な体制を引き渡すための行為だったと理解しています」
「……およそ、私の独り善がりではありましたけどね」
「それを反省出来ているならば十分かと」

 傍らのティーカップに指を掛け、優雅な所作を振舞うナギサさん。私も倣って、コーヒーカップに手を掛ける。紅茶の香りと珈琲豆の香りが混じり合う空間は、他の生徒が当番の日には中々味わえない感覚だった。

「あれだけのクーデターを計画できたカヤさんが、本気で先生を害そうとするならば。どんな方法を考えるのか、気になってしまって……」

 少しずつ尻すぼみになっていくナギサさんの声。ひょっとしたら、酷なことを聞いてしまっているかも、なんて思いやりが彼女の行動にブレーキを掛けているのかもしれないと感じつつ。
 しかし彼女はティーパーティーの一員、すなわち学園一つを支える生徒会組織の存在だ。如何なる緊急事態とて、それが予想できるならば対策の立て様もある。だからこそ、私は努めて笑顔を作り、彼女に向き合った。

「構いませんよ、危機に備えることは必要なことです。……もっとも、私も一般論しか話せないのですが」
「それで十分です、どうしても自分一人では限界がありますので」

 少し硬めの言葉に反して、ほっとしたような安堵の息を吐くナギサさん。その姿に微笑みながら、もう一度だけコーヒーで喉を潤した。



「さて、先生の倒し方ですが……すぐに思い付く方法は2つあります」
「2つ、ですか?」

 今まで先生と解決してきた事件の数々。それらを脳内で振り返りながら、ナギサさんに伝える。

「方法の1つ目──『先生は、過去に弱いので、そこを突くこと』」
「過去……」

「はい。例えば先生は、物資難に喘ぐアビドスを助けることに成功しました。
名もなき神々の王女を、一生徒として受け入れることに成功しました。
アリウス自治区を利用した、邪悪な大人の企みを阻止することに成功しました。
SRTを追われた特殊部隊の少女たちが、悪に堕ちないよう支えることに成功しました。
──ここまではよろしいですか?」
「……大丈夫です」

 アリウスの話を出したときに、少しだけ顔色を悪くしていたナギサさん。ただ先生からも話を聞いているのか、それ以外の部分については概ねすぐに受け入れられたようだ。
 だから、私も安心して続きを話す。

「先生が得意とする、生徒の指揮。これは戦闘の場面に留まらず、苦しい現在からより善い未来へ導くことへの一助にもなっていると、私は考えています」
「──しかしながら。それは可能性がある『この先』に限った話。過去はそうではないと?」

 先を促すナギサさんの言葉。ああ、やはり彼女は本当に理解が速いと、内心で膝を打つ。

「はい。如何に先生であっても、アビドス生徒会が借金を負った事実は消せません。
名もなき神々の王女が鋳造された事実は消せません。
アリウス自治区……アリウス分派が、第一回公会議で迫害された事実は消せません。
SRT特殊学園が廃校となった事実も消せない……過去は、決して変えられないのです」

 ……他はともかく。アビドス生徒会の借金と、SRTの廃校騒動は、連邦生徒会にも一定の非がある。ましてやSRTの件は私の在任期間にも関わりがあったわけで、内心の忸怩たる思いは消せない。
 ただ、今日の本題はそこではないので。一息に飲み込んで、続きを話す。

「なので、決して変えられない過去を上手く使い、生徒を追い詰めることが出来れば。先生は、その生徒を助けるべく、動かざるを得なくなります。そこを突けばいい」
「なるほど……これが1つ目ですか。ちなみに2つ目は?」
「2つ目は簡単な話ですよ、先生を物理的に叩き潰せばいいのです」
「一気に安直になりましたね!?」

 神妙に話を聞いていたナギサさんが、方針の寒暖差に思わず白目を剥く。普段ならば微笑ましい姿であるのだが、今ばかりはそういう気分になれなかった。

「……エデン条約の調印式、覚えていますよね?」
「ッ……!」

 桐藤ナギサという生徒の、明確なウィークポイントの一つ。今日の話は、あの事件にも帰結する部分がある。

「あの一件はゲマトリアが主導して行われたものですが……トリニティに対するアリウス分派の憎しみを煽って兵力としたのは、まさしく過去の利用です。ミカさんの『アリウスとも仲良くしたい』という考えも、迫害の過去が無ければ決して浮かびません。あの女、ベアトリーチェはそれすら利用してみせました」
「そして、アリウススクワッドの錠前サオリによる先生銃撃事件。結果的に助かったから何とかなったものの、あそこで先生が助からなければ、エデン条約機構(ETO)の奪還は敵いませんでした。そうなれば、ユスティナ聖徒会の複製とアリウス兵の戦力で圧殺されて終わりです」
「……人間としては憎むべき相手ですが。こと『先生を叩き潰す』という一点に限って見るならば、あの女には喝采を送るべきだと思いますよ。私は大嫌いですけどね」

 そこまで伝えて、残り僅かだったカップの中身を飲み干す。話が終わりであることを理解したのか、ナギサさんも腰を折って感謝を伝えてくれた。参考になったならばいいのだが。



 ……過去の利用。話を進めながら、気になっている場所がある。アビドス自治区、ホシノさん達の居場所。
 原因不明の砂嵐が吹き荒れ、利益最優先な大人達の手が介入し。デカグラマトンの預言者が砂漠内を闊歩しているかと思えば、ウトナピシュティムの本船なんて代物が埋まっていた。しかも最近、それらとは別の高エネルギー反応が埋まっている疑惑すら出ている。
 これだけの厄介な案件が揃っているあの場所に、再び悪意ある何者かの手が入ったとすれば。その先に何が待っているかは──正直、想像したくもない。そう思った。
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