通りがかりの二人の話


【剣士と魔女は、二人で世界を見て回る旅の途中でとある宿場町に立ち寄ったのであった】
【道が交差する宿場町の中心には、たいてい掲示板(物理)が置かれている。あちこちからやって来た旅人が見聞きしたものを書き込むそこは、情報の交流場として重宝されているのであった】
──魔女殿、何か面白いものでも?
──これ見て。この貼られてるポスター。逆鱗が花柄のドラゴン捜索中、ですって。
──逆鱗が……花柄?
──貴方確か、龍の剣士みたいな奴だったわよね? 覚えないの、花柄ドラゴン
──確かに、今まで何頭かドラゴンは見てきましたが……花柄は、見た事が無いですね。というか想像がつかないというか……
──でもでもほら、賞金まで掛かってるわよ。4億ゴールド
──4億……
【4億ゴールドといえば、彼らのような一般人にとっては余りにも非現実的な額なのであった】
──4億! それだけあったら、ポーション制作の機材だって作り放題……
──いや……嘘では?
──夢が無いわねぇ、剣士くんは。

──仮に嘘だったとして、こんなの誰が得するのよ。貰って嬉しい? 花柄ドラゴンの首。
──錬金術師や鍛冶師なら、使い出もあるかもしれませんが……確かに、謎ですね。
──気になるわねぇ……
──例えば……花柄のドラゴンなんて存在しない、という前提で、このポスターを貼る事自体に意味があった、とか?
──どういう事?
──つまり……これを見て、まあ花柄のドラゴンを探し始める人も現れるかもしれません。そうやって、探させるのが目的。
──何のために
──まあ、それはおいおい
──何にも分かってないじゃなーい。全く。
【取り留めのない話を終えた二人は、旅の支度を整えるために市場へと向かうのだった】
──私だったら、ドラゴンの首に花柄の模様の薄紙でも貼り付けて持って行ってやるわ。
──流石に、すぐバレますよ。
──逆に、実は偽装に使われるであろう花柄模様の方が、依頼主の本当の目的とか……
──おっと!
【買い物袋を抱えていた剣士は、突然後ろから走って来た少年にぶつかられてしまったのだった】
「うわっ、ごめん兄ちゃん!」
──ああ、大丈夫だ。気を付けるんだぞ
「はーい……いけねぇ、こうしちゃいられねぇ!」
「絶対見つけてやるぞ、ドラゴンの花!」
──えっ
【少年はそう言って走り去って行ったのだった】

──今、ドラゴンの花って言ってたわよね?
──言ってましたね

──ご主人、この近くにドラゴンが居るのですか?
「ああ、確かにいるよ。北の街道から西にそれた森に、大人しいレッサードラゴンの巣穴があってね」
──北の街道……あの子が走って行った方だわ
──嫌な予感がしますね……本当に彼がドラゴンに会いに行ったなら
──様子を見に行きましょうよ? どうせ出発まで時間はあるわ
──ですね。店主殿、ありがとうございました。そうだな……情報のお礼として、この布を頂きます
「毎度あり。それはセレネリオスから来た旅人から買い取ったんだ。ビロード製だぜ、洒落てるだろ」
【二人は教えられた場所に赴き、森の中の巣穴を見つけ出したのだった】

【巣穴の洞窟の中では、いかにも不機嫌そうに唸っているドラゴンの目の前で、あの少年が腰を抜かしているのだった】
──お待ちください!
『キサマは……龍の紋章を持つ者か。何用だ』
『この子供は我が領域を冒し、眠りを妨げた。黙って帰す訳にも行かぬ』
──その子は、貴方に危害を加えようとした訳でも、財宝を盗みに来た訳でもありません(多分)。どうかお許しを……
【剣士は必死に頼み込んで、子供を見逃してもらったのだった】

──一体どうして、あんな無茶を?
「俺……どうしても、ドラゴンの花が欲しかったんだ」
「同級生の奴らが、俺を揶揄うんだ……弱虫だって。こんなんじゃ病気の妹にも心配かけるから……ドラゴンの花を手に入れて、弱虫なんかじゃ無いって思い知らせたかったんだ」
──成程……
──ねえ、ドラゴンの花……って、一体何なの? そういう花?
「ん? いや、生き物だよ。ここらじゃそう呼ばれてる。実際なんて名前なのかは知らないけど……花びらみたいに薄くて、細長いんだ。それで、ドラゴンの喉の鱗の所に酢を掛けたら、花が咲くみたいに出て来るんだ」
──生き物……
「ドラゴンの花は、食べると病気が治るって聞いたから……妹にあげたかったんだ」
──多分これ、寄生虫ね。ドラゴンくらい大きな生き物だと、珍しくない。そういう事だったかあ……

──君は妹の事を思いやれる、優しいお兄ちゃんなんだな。それに勇敢だ。
「俺が……?」
──そうさ。その為にドラゴンの巣穴に入るなんて、なかなかできる事じゃない
──でも、その勇気をどう使うかはしっかり考えた方がいいわね!
──はは、それもそうで……あれ、君。膝の所、血が出てるじゃないか
「え、これ? ああ多分、さっきドラゴンに見つかって転んだ時に……」
──放置してると良くないわ。そうだ、さっき市場で買った布があるから、それ巻いときなさい
──ああ、それが良い。ほら、傷口を見せて
【剣士は赤い布を細長く千切って少年の膝に巻いてやり、共に街に戻ったのだった】
【少年は二人に礼を言って、元気に家へと帰ったのであった】
【それを見送ると、二人も旅を続けたのであった】

──しかし……結局、あのポスターの目的は何だったのでしょうね。"ドラゴンの花"の書き間違えだったのでしょうか?
──そうねぇ。案外、単純に花柄が大好きな人たちが花柄のドラゴンを一目見たいだけだったりして!
──ははは、それは……あ、そろそろ次の村が見えてきましたよ


【ゼンムラビトイヨウナホドハナガラダイスキ村】
「ようこそここはゼンムラビトイヨウナホドハナガラダイスキ村 村人はみんな狂ったように花柄のものを愛好しているよ」
──そうか……

【黒剣のフィッツジェラルドの冒険 完】
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