サンデーファンクラブ秘密会談


日本ウマ娘トレーニングセンター学園に存在する、サンデーサイレンスの非公式ファンクラブ。数多くの会員を抱え、学園生徒に留まらないネットワークを有するこの組織は、高い機密性と団結力を有していた。
サンデーサイレンスを秘密裏に推すことを最大の規則とし、万が一存在が露呈するようなことをした場合、発起人や姉妹であろうと容赦なく処分を下すこのクラブに揺らぎは存在しない……はずであった。

「揃いましたね?ではこれより、サンデーサイレンス非公式ファンクラブ、非公式会談を始めましょう」
トレセン学園旧理科準備室――かつてマンハッタンカフェとアグネスタキオンの公認私室として使われていたこの空き教室に、4人のウマ娘が集まっていた。彼女たちはサンデーサイレンス非公式ファンクラブの会員である。しかし、万が一他の会員にその実態を知られた場合、除名処分を下されかねない異端な存在でもあった。
「まず初めに、この会談に参加したことは口外厳禁。特にサンデーの親族に漏らすようなことはご法度です」
「分かっていますわ~。仮にバレてしまったら、わたくしたちの学園生活は大ピンチですもの~」
「それなら結構。では始めましょうか……サンデーサイレンス非公式ファンクラブにする異端者の交流会を」
「じゃあ、まずは若輩のウチから――」
彼女たちをファンクラブ内で異端たらしめている要素。それはサンデーサイレンスよりも、その関係者を強く推しているということであった。もともとは彼女たちも純粋なサンデーのファンであった。すべての歯車が狂い始めたのは、ファンクラブがより一層サンデーの情報や非公開のデータを入手するために、ヒルノダムールやジョーカプチーノ、学外からイージーゴアを招いたころであった。多くのメンバーにとって彼女たちはサンデーサイレンスの新しい魅力を提示してくれる存在に留まっていたが、ごく一部のものにとってはサンデーサイレンス以上に惹きつけられる存在であり、むしろ彼女たちを推したいという意識を強く持つようになっていったのであった。


「ウチはダムール先輩が一番好きです。サンデー先輩もいいですけど、ダムール先輩は姉と妹の両面を持っているのが魅力だと思うんです」
ナイトフランドルの主張に3人はうなずいていた。妹としてサンデーサイレンスに甘えながら、飛び級で入学したジョーカプチーノを姉としてお世話する姿は、ダムールの同級生ならよく見かけた光景だった。
「ダムール先輩はカプチーノちゃんに姉として振舞ってるわけですけど、カプチーノちゃんの背が伸びて、一気に追い抜かされた時に明らかに落ち込んでたのがものすごく可愛かくてですね。それでも頑張ってお姉ちゃんたらんとする姿がダムール先輩を推すようになった理由ですね」
「あとは大人の女になる!と言って、実際に流行にすごく敏感なところもいいですよね。ウチはあまりそういうのに詳しくないんですけど、ダムール先輩はすごく丁寧に教えてくれて。おかげで友達と遊びに行くときも浮いてないかとか心配しなくてよくなったのがありがたいです」
フランドルはダムールをトレセン学園における姉のような存在と考えているのだった。


「素敵ですわ~フランドルさん。でしたら次はわたくしがお話ししますわね~」
フランドルの次に話を始めたのは、どこか高貴な雰囲気を纏うハイエンドブームであった。
「わたくしは、イージーゴアさんをお慕いしていますの~。サンデーさんとの関係もありますが、実は個人的にもお会いしたことがありまして~」
かつてブームはその雰囲気から様々なやっかみを受けていたことがあった。トレセン学園に入学して以降は、彼女がなかなかの実力を持っていたこともあり、一層問題に直面するようになってしまっていた。
「わたくしとしましては、両親に迷惑をかけたくなくて自身で何とかしようとしていたのですが~、そのころにイージーゴアさんに助けていただいたのですわ~」
ブームが困っていた時に、たまたま通りがかったイージーゴアが話を聞き、彼女を悩ませていた問題を解決することを手伝ってくれていた。
「あの時はお名前を聞いても教えていただけずにいたのですが~、数年前の交通安全講習の際に、再開したのですわ~」
そこで出会ったことをきっかけとして、ブームとゴアの交流が始まっていた。お互いがサンデーの事を気にしているということも合わさって、2人の関係性は非常に良好である。
「それと、イージーゴアさんは普段は気さくでありながらも格好いい方なのですが~、サンデーさんと交流されているときは、なかなか見られない表情をしてくださって、それがまた魅力的なのですわ~」


「次はあたし?わかった!」
3番目に話すのは最年少のアップアルフールだ。入学してから約半年のアルフールがサンデーファンクラブに入ったのは、彼女の大切な友人の存在が大きかった。
「カプちゃんはあたしの大事なお友だちなの!」
アルフールとカプチーノが出会ったのはトレセン学園に入学する以前、府中市が主催する地域運動会だった。体がそこまで強くなかったアルフールにとって、外に出て運動することはあまり好ましいものではなく、その時もどうして参加しないといけないのかと思っていた。
「その時に話しかけて、あまり足の速くなかったあたしと一緒に参加してくれたのがカプちゃんだったの!昔からカプちゃんは優しくて、良い子だったよ!」
身体の弱さと相まって人見知りをするアルフールを誘い、最後まで一緒に参加し、あまり結果を残すことができなかったことを責めずに、笑顔で抱きしめてくれた。それをきっかけにアルフールとカプチーノは仲を深めていったのだ。
「カプちゃんが飛び級でトレセン学園に行くって聞いた時はもう会えないかもって思ったけど、いつまでも待ってるって言ってくれて。だからあたしも頑張って、トレセン学園に来たの!」
アルフールにとってカプチーノは、自分の進む道を示してくれる眩い光であった。
「あと最近はカプちゃん、スタイルよくなって。ぎゅっとしてくれる時、ものすごくふわふわなの!」
これに関しては多くの生徒が賛同するだろう。スキンシップが多めのカプチーノだが、ここ1年で著しい成長を見せたことで、かなり多くの生徒を魅了していた。栗東寮では入浴時間に湯船につかるカプチーノと、それをとてつもない嫉妬のまなざしで見つめるダムールの姿はかなりの頻度で目撃されていた。
「あたしもカプちゃんくらいのスタイルになれたりしないかな?」
「信じている限り道は残りますわ~。トレセン学園に来たときと同じように、アルフールさんの頑張り次第ですわ~」


「さて、最後は私ですね」
最後に話すのは、今回のメンバーの中で最年長のロードリターニーだ。他3人にとって、リターニーが現れたのは大きな衝撃だった。ファンクラブの中でも古参であり、中心的な存在でもあった彼女が、まさかサンデーよりも推す存在がいるとは考えられていなかったのである。
「本当のことを話すと、私はサンデーが好きだからファンクラブに加盟したというわけではないんです。昔から彼女のお母さま――マンハッタンカフェさんに憧れていて、そこから彼女も応援するようになったんです」
リターニーが初めて見たトゥインクルシリーズのレース。それはマンハッタンカフェが勝利した有馬記念の映像だった。それ以来、彼女は中央のレースで走るため、少しでも憧れに近づくために努力を重ねてきた。
「本当は私もカフェさんのように長距離を走りたかった。でも、私には長距離は向いていなかった。……悔しかったですよ。いくら重賞で好走したとしても、オープンのレースに勝ったとしても、憧れた人の進んだ道は歩めないのは」
リターニーの握りしめた手は赤くなり、声も普段からは想像できないほど震えていた。心配して立ち上がろうとするブームを制して、深呼吸をする。
「失礼、少し取り乱しました。……私はサンデーが羨ましかった。あの人の娘として生を受けて、あの人と同じトレーナーに見てもらって、あの人と同じレースを走れるあの子が」
その悔しさを、妬みを少しでも解消できればと思って、設立に協力したのがファンクラブだった。活動を続けるうちにサンデーに憧れる子は増え、メンバーも増えていった。それでも、一度抱いた嫉妬心はなかなか消えることはなかった。
「でも、あの人は、カフェさんはそんな私の悩みを理解してくれたんです」
春の感謝祭で講演者としてマンハッタンカフェが学園を訪れた時、リターニーは案内役を任された。そのときふと漏らしてしまったサンデーへの嫉妬を、マンハッタンカフェへの憧れを、優しく受け止めてくれた。憧れは敬愛へと至り、今ではカフェと個人的な交流も持てるようになった。
「人生って何が起きるかわからないものですよ。元は私の醜い感情を抑えるために作った組織の活動がきっかけに、憧れても届かないと思っていた人に近づけたんですから」
そう零すリターニーの表情は、負の感情とは無縁な晴れやかなものだった。


「さて、時間も過ぎましたし、今日はこのあたりにしましょうか」
「そうですわね~。今日は楽しかったですわ~。また機会があれば、よろしくお願いいたします~」
参加者4人それぞれの話も終わったことで、そろそろお開きの雰囲気が立ち込めていた。
だが、せっかくの機会、どうしても聞いておきたいことがフランドルにはあった。
「あの、リターニー先輩!」
「なんですか、フランドルさん?」
「その、聞きたいことが……できれば、ブーム先輩とアルフールちゃんにも聞きたいんだけど」
フランドルの真剣そうな態度にリターニー達も注意を向ける。
「その、先輩たちがサンデー先輩の関係者の人たちに色々な気持ちを持っているのはわかりました。でも、やっぱり気になるんです。あの人……サンデー先輩たちのお父さんについて、皆さんがどう思っているのか」
フランドルの質問に対して、アルフールは意図を理解できないような反応を示したが、リターニーとブームには、意図する内容が完璧に理解できた。
「やっぱり気になりますわよね~。フランドルさんが入学されたころには、もうトレーナーとして復帰されたころでしたわよね?」
「はい……」
かつてマンハッタンカフェを担当し、カフェの引退と同時に担当を持つことを中断し、数年前まで教官として活動していたトレーナー、景福の話は未だにトレセン学園生の間で話題になるものであった。
教官としても後のトゥインクル・シリーズの主役となるウマ娘の指導を行った彼に指導をしてもらうことは、ある種のステータスとなっているのである。
「リターニー先輩が入学されたころは、まだ教官でしたよね?」
「ええそうね。残念なことに、私の教官ではなかったけれど。ブームはぎりぎり指導してもらえた頃だったかしら?」
「ええ、そうですわ~。わたくしは教官として指導していただいて、途中でサンデーさんを担当するためにトレーナーに戻られた形でしたわ~」
「やっぱり違うんですか?他の教官と?」
「そうですわね~。メニュー自体は基本的なものでしたけど、聞いたら何でも教えてくださるかたでしたわ~」
ブームの発言を聞いて、フランドルの表情が少し暗くなった。最近レースでもほとんど結果を残せていない。トレーナーと相談していろいろ試しているがなかなか目が出ない状況で、試せるものは何でも試そうと思っていた。もしかしたら何かきっかけをつかめるかもしれないと思ったのだが……。
「フランドル、そう落ち込まないで。何か悩んでいるなら、いつでも相談に乗ってあげるから」
「リターニー先輩……」
困っている後輩は放っておけないのがリターニーである。それでも、自分も壁にぶつかっているのは確かではある。いいアドバイスができるかどうかは……
「じゃあじゃあ、みんなでカプちゃんたちのトレーニングに混ぜてもらおうよ!」
アルフールの発言に3人は顔を見合わせた。あちらは3姉妹全員G1ウマ娘、こちらはよくてOP勝ちや重賞連対だ。そう簡単に引き受けてくれるはずがない。
「アルフールさん、さすがにそれは難しいんじゃないかしら?」
「大丈夫だよ!あたし、明日カプちゃんと併走するの!そのときに、一緒に走りたい子がいるって伝えておくね。カプちゃんのお父さん優しいから、一緒に見てくれるよ!」
妙に自信満々なアルフールを否定するわけにもいかず、3人はとりあえずアルフールに任せることにした。

翌日、アルフールから承諾してもらえたという連絡が日時と共に送られ、実際に3姉妹のトレーニングに協力して、景福からそれぞれアドバイスをもらうことになるとは、アルフール以外の誰も想像していなかったのであった。
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