吸い出す者


人からなんでも吸える能力。
それが私の能力だ。
これは記憶や寿命、身に付いた技能すら吸えるインチキ能力。
記憶を吸いば相手がそれまでに蓄えた知識を吸え、
寿命を吸えばその分、私の寿命は増える。
身に付いた技能を吸うは
一流の外科医から吸い取れば私は一流の外科医に、
オリンピック選手から吸い取れば私は一流のスポーツマンに。
技能があっても体格や筋肉が追い付かない?
それさえも吸えばいいのだ。
現代において最適のチート能力の一つだろう。。
魔法と剣の世界でも活躍できるだろうが、そんな生活レベルが低いとこに行くのも嫌だ。
きっとトイレは現代と比べるべくもないほどに不潔で、食事の味のバラエティは少なく、夜は暗く、犯罪率も高い、命の危険は何十倍もあるだろう。
そんな世界より快適で危険の少ない現代社会の方で生きるのが楽に決まっている。
だからこそ戦いも脅威も身近ではない現代でも使えるこの能力こそが「最適」なのだ。
まあ、難点があるとすれば吸われた人間はその吸われたものを失うということか。
だが私はとっくの昔に後ろめたさ、後悔という感情らと決別したので気にも留めなくなってる。
我が春に曇るとこなし。

「さて今日は何をするかな」

今の私は地位も財も好き放題できる。
寿命も吸えるので人間社会が存続する限り生きていけるだろう。
他人から全てを吸い取ればその他人の居場所すら成り代われるので不老者特有の悩みもない。
そんな私は日々を享楽的に生きていた。
だが、そんな生き方も何百年と続けていると飽きがくる。
だからある日、ちょっと趣向を変えてみようと思った。

「私の能力は他にできることはないのか?」

私は能力の研鑽をしていない。
物語でよくある意識や認識の変化による能力の拡張はあえてしないようにしている。
能力の変化が怖い。
変化はいつだって自分に益があるとは限らないのだ。
そして一度気付いてしまったことは捨てられないのだから能力の変化が固定される可能性がある。
だからこそ研鑽して来なかった。
だが今日はそんな恐怖を越えてちょっとのスリルを味わいたい。

「そうだ。吸えるなら吸ったものを与えることもできるのじゃないか?」

試しに家政婦にこれまでに吸収した技能を少し念じて与えてみる。
吸うときの逆だ。
思惑は成功し、家政婦はそれまで苦手だった裁縫をスイスイとできるようになった。
本人も驚いている。
これは面白いと思った。

それから私はこれまで自分に蓄えた不要だと思う技能や経験を他人に与えてみた。
なんなら寿命を与えて命を救ってやったこともある
他人がそれまでにできなかったことができるようになる。
姿形が変わる。
命すら与える。
神になった気分だ。

だがそれは唐突に来た。

「あ、崩れる」

そう感じたときには意識が混濁していた。

混濁して落ちていく意識の中で全てを理解した。
与えてはいけなかったのだ。
今までの積み重ねは私という人間を構成していたのだ。
上から順に積み重ねていくのはよい。
何を吸っても崩れることなく順繰りに積み重なっていく。
だが与えたことでその積み重ねに隙間、揺らぎ、欠損ができた。
故に崩れた。
私は思い出す。
最初にこの能力に触れたのはいつだったか。
発現したのは何故だったのか。
そう、これもまた誰かに与えられた能力だったのだ。
耐えられなくなった前任者からの。
きっと私の意識が混濁しても表面上は何もなかったかのように振舞い、また誰かに渡されていく。
確信した。
この能力は生きている。
そしてあらゆるものを収集しているのだ。
それは不意の好奇心から宿主が破滅するのを待っている。
その目的も理由も分からない。
ただ意識は混濁し、何も分からなくなった。
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