【星屑レイサSS】卵の殻


レイサが卵を産むようになってしばらく。
ある日突然レイサの背から巨大な羽が生えた。
あまりにも唐突な出来事に口を開いて驚くことしかできなかった私たちだが、レイサが無邪気に喜んでる姿を見ていたらなんだか驚いてる自分たちが可笑しく思えてきた。
それから羽の生えたレイサと変わりなく過ごす日々が続いた。
いつからだろう。次第にレイサはなんだか頬を赤くしてボーッとするようになっていた。声を何度かかけると慌てたように取り繕う。その時は彼女の身に起きていることを私は理解できていなかった。

それが起きたのはレイサの部屋に遊びに行っていた時だった。何かの冗談を言って、レイサのことを軽く小突いた。するとレイサはまるで火傷でもしたかのように飛び上がって。
「宇沢?」
「あ……きょ、杏山カズサ……」
フラフラと体が揺れたかと思ったら。
──私に覆いかぶさってきた。
体格のさして変わらぬレイサに急にのしかかられて、私は抵抗する間も無く寝転がされていた。
「杏山カズサ……私…‥私…………」
見たことのないような、熱に浮かされた目が、じっとりと舐めるように私の唇、首、胸、お腹、足の付け根あたりを睨め付ける。
「う、宇沢……?」
大きな翼がまるで逃げ道を塞ぐように私の左右を覆い隠す。
「ごめん……ごんなさい。けど、私、私……もう…………!」
そこからは無茶苦茶だった。ろくに知識もなかったのだろう。レイサは乱雑に、貪るように私の体を欲した。翼も相まってまるで餌に群がる鳩のようだ。
「ちょ、嘘でしょ!?あっ♡うざっ♡宇沢ぁ♡ちゅっ♡ちぱっっ♡♡♡」
初めてのキスをまさか彼女とすることになるなんて。あの単純バカでそのくせ人見知りなあいつの舌が私の全身を這うことになるなんて。
あの瞬間まで考えもしなかった。
私は貪られるように、全身にレイサの接吻を受け──けれど、あまり悪い気はしていなかった。どうしてだろう。もっと嫌悪感を抱くと思っていたのに、馬鹿みたいに必死にこちらの膝に股を擦り付け、キスを降らせるレイサをかわいいなんて思ってしまった。
だから。
それから私は互いに脱ぎかけの服を脱ぎ、レイサをベッドに促して、そのまま続きをした。

なし崩し的に私とレイサはそういう関係になった。始まりは少し歪だったけれど、私はこの新しい関係を楽しんだ。何より、レイサが私のことを強く求めてくれるのが嬉しかった。それは今まで感じたことのないような充足感を私に与えてくれた。
とはいえ、私も常にいつ何時もレイサと一緒にいられるわけではない。時には彼女の申し出を断ることもあった。そんな時レイサは息を熱くして堪えるように指をかみながら「次はいつならできますか?」なんて聞いてきて。そんな焦れた態度もまた私の心をくすぐるのだった。

何故、レイサが卵を産んだ時におかしいと思わなかったのだろう。何故、彼女に羽が生えた時私たちはそれをあっさりと受け入れたのだろう。他人にはあり得ないほど体が変化し、一番不安に感じるだろうレイサが無邪気に笑っている事を何故疑問に思わなかったのだろう。レイサが次第に体を火照らせ、肉欲を強く求めるようになった理由を何故考えなかったのだろう。

私の目はあまりに節穴だった。

学校の課題が重なりしばらくレイサに会えない日が続いた。きっと寂しがってるだろうと、私は軽い足取りで彼女の家へ向かっていた。驚かせてやるつもりだった。

「あっ♡あっ♡あぁっっん♡♡♡」
扉の前に立つとその向こうから聞き覚えのある嬌声が聞こえてきた。関係を持つようになってからレイサの性欲は強まり続け、一人で慰めているところに出くわすこともあったので、その時点では私はやれやれというくらいにしか思わなかった。
けれど──
「あっあぁ♡レイサぁ♡で、出る♡出ちゃう♡♡♡」
彼女以外の声が聞こえてきて、私の体は凍りついた。頭で何か考える前に体が動いていた。合鍵を使って扉を開き、レイサの部屋に飛び込んだ。
「イクっ♡イクイクイクぅっ♡」
そこには、ナツがレイサに腰を叩きつけ、精を吐き出す光景が広がっていた。
生えているはずのないものがナツの足の間からはぶら下がっていて。
そこから流れ出した白濁とした液体がレイサの足の間から溢れ落ちていた。
「……」
「か、カズサ……!?あ、これは……その……ちがっ、違うんです!!あ、私……あぁあ!」

それからどうしたのかよく覚えていない。
散々怒鳴って物を壊して、途中で誰かに羽交締めにされたような気がする。何もかもが断片的で、気づけば私は救護騎士団の病院で横になっていた。

ヘイローの浮かぶ卵をレイサが産んだのはそれからしばらく経ってのことだった。

「あ、赤ちゃん!私の赤ちゃん!!取らないでぇ!!!連れてかないでぇぇえ!!」
レイサと卵はすぐに引き離された。肉欲に支配されて、いつどうなるかわからない今のレイサに卵を安全に温めることなどできないという判断だった。それでもレイサは泣き叫び、その悲鳴はレイサの病室を訪れようとしていた私の耳にこびりついてはがれなくなった。
ナツも精神の均衡が不安定であると別の病室に収監されていた。

……私は、レイサとの関係に浮かれ、スイーツ部のメンバーがどうなっているかにちっとも気付いてなかったのだ。
味覚障害を起こしたアイリは自分の求める味を探していつからかスラムを徘徊するようになり、まるで便利な奴隷のようにそこの住人たちに犯されるようになっていた。
ナツは体が急激に成長し、そのことが目についたのか学校で酷いいじめ──それも性的な──を受けるようになっていた。
何もかもがめちゃくちゃだった。そしてそのことに私は欠片も気づけなかった。

自分の愚かさに愕然としている私の元に一通の郵便が届いた。
その中に入っていたBDには夜、眠るレイサの枕元に立つ女の姿が映されていた。彼女は奇妙な道具を用いて、レイサのヘイローに触れていた。
「卵を産めるようにしてあげましょうか。なるべく早く孕んで自分が何を産むかをわかるようにするために」
「試しに羽を生やしてみましょうか。驚かないように認識も変えて」
「少しづつ性欲が高まっていくようにしましょうね。特に杏山カズサの体に魅力を感じるように」
「どんどん、どんどん性欲が強くなっていく。もう杏山カズサなんかじゃ満足できない……他にちょうどいい子を用意してあるからその子を誘惑するように」
そこに記録されていたのはこれまでのレイサの行動全てをヘイロー越しに命じる女の姿だった。
同封されている手紙に目を落とす。
『見ての通り、宇沢レイサがこうなったのは私がそう仕向けたから。あなたの体を求めたのも、あなたを裏切ったのも。放課後スイーツ部のメンバーがおかしくなったのも。ついでにあなたがそのことに全く気づかなかったのも。全部私がそうさせた。だから気にやまなくていいのよ、キャスパリーグ?』
もう一度画面に目を向ける。
そこにはレイサと共に眠る私のそばに立ち、私のヘイローに手を伸ばす女の姿があった。

「あ、あぁ……あああぁ、ぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!」

膝から崩れ落ちる。チョロチョロと恐怖により漏れ出した小水が床に水溜まりを作る。
そんな状態で地面に額を擦り付け私は叫んだ。
今恐怖している私は果たして私なのだろうか。レイサを好きだと思った私は私なのだろうか。ここにいる私は誰なのだろうか。

救護騎士団が叫び続ける私に気づくまで私はずっとその場で絶叫していた。
落ち着けなどと、そんな声が聞こえた気がした。
けれど、もう手遅れだった。何もかもは壊れていた。
好きな人も友人も見つけた居場所も。
私自身も。

今はもう、星屑のように粉々。
そうして私たちは終わった。
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