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「いいよなショーンは」
「急になんですか、ジョン様」
「ジョンもケイトとあんな風に近くでしゃべりたいんだ。だからショーン、知恵を貸してくれ!」
「えっと、知恵も何もジョン様の方がケイト様の近くにいると思いますけど……。それに俺よりもジョン様の方がしゃべっているかと」
 少し前を歩いていたジョンが急に言い放った言葉に対し、ショーンは不思議そうな顔をしつつ返答する。
 亡霊騒ぎは芳しいとは言い難い結果に終わり、もう考えても仕方がない。ケイトとエミリコと共に祈るだけだった。そしてケイトとエミリコは班長となり、また新たな始まりを踏み出した。そんなところだ。
「ショーン!」
 急にジョンが振り返った。
「なんでしょう、ジョン様」
 戸惑いを顔に浮かべながらもショーンが返事をすると、ジョンはまるで拝むように両手を合わせた。
「お願いだ! ジョンにも近くにいられる方法を教えてくれ! 頼む!」
「やめてくださいジョン様! どうして俺に聞くのかさっぱり分からないんですが、とにかくそのポーズはやめてください!」
「頼む! ショーンにしか頼めないんだ!」
「だから……ああもう!」
 早急にそのポーズをやめさせ、ショーンは周りをさっと見回した。回りの何対かがこちらを怪しげに見て、口を動かしている。とにかくこの場所から一旦離れよう、とショーンはジョンに説明するが、ジョンは心ここにあらずという状態のようで、なかなか聞いてくれなかった。
 仕方がないのでショーンは早口で告げる。
「分かりました。よく分かりました。聞きますから場所だけ変えましょう、ジョン様!」
「本当かショーン。助かる!」
 ジョンは輝くような顔になって、そのままショーンに手を引かれていった。

 なるべく人がいない場所を探し、結局メインハウスそばの奥まったところにたどりつく。いかにも秘密の話をするのにちょうどいい、日光も半分ほどさえぎられた外観にある窪みのような場所だった。
 壁に背中を預け、ジョンは腕を組んだ。
「さあショーン、早く聞かせてくれ!」
 ここまで連れてきたショーンは多少疲れた顔をして脇に立った。何に端を発してこんなところにきたのだろう、と一度ぼんやりと考え、彼は思い出した。
「えっとその前になんですが、ジョン様はケイト様と仲良くなりたいんですよね?」
「まあ、そうだな。できれば婚約したいが」
 平然とそんな言葉をジョンは口にした。それを自分に聞くのか、とショーンは閉口する。
「ゆっくりと仲を深めていくしかないのでは? 俺には経験がないので、そのようなことはいまひとつ理解できていないのですが――」
 思案しながらゆっくりとショーンは話していたが、それを途中でさえぎるようにジョンの声が響く。
「ショーンなら分かるはずだろ? だってエミリコとあれだけ近いんだぞ!? ジョンはケイトとあんな風にできないのに! 近くでケイトと話したいぞ!!」
 興奮したように激しく身振り手振りを交えながら、ジョンはショーンに詰め寄るように近づいた。
 ショーンはなんとか落ち着かせようと焦りつつ考えを巡らせたが、同時に疑問を覚える。
「ちょっと待ってください。俺とエミリコが近い、ですか? まったくそんなこと思ったことないのですが。むしろジョン様と気が合っていませんか?」
「うーん? ……確かにジョンの言ったことをすぐに分かってくれるな、エミリコは」
「ほら、やっぱりそうじゃないですか」
「それならショーンはケイトと近いのか!? ジョンにはよく分からん話をしてる! ずるいぞ!!」
 少し興奮も落ち着いていたのだが、また言葉に熱がこもり始めた。あわててショーンは首を横に振る。
「あれはあくまでケイト様と亡霊騒ぎを解決するために知恵を絞っていただけです。確かに話しをしていて不思議な魅力があるお方だとは思いましたけど、また別ですよ。 ジョン様は気が合うからエミリコの婚約者になりたいとは思わないですよね?」
 顎に手首を当ててジョンはショーンの言葉をゆっくりと飲み込んでいるようだった。
「確かにそうだ。ジョンはケイトで、楽しいがエミリコじゃないな。……っていうかケイト以外考えられるか!!」
「分かっていただけてよかったです。それでこそジョン様」
 呆れ半分、安堵半分の息をはいた。ようやく主人は落ち着いてくれるだろうか。
 彼にはまだそのような気持ちは理解できていないが、とりあえずジョンの突飛な誤解が晴れてくれて、なぜだか妙にほっとした。さすがにエミリコを婚約者に、とは確実に言いださないと思っていたけれど、しかしなんとなくもやもやとした気分があった。それもいつの間にかさっぱり消え去ってようやく一段落ついた。
 ……そもそもなんの話だったか。ショーンはそう思いながら記憶を遡っていると。
「……ったくケイト以外にある訳ないだろショーン。だからショーンに聞いてるんだぞ」
 まだまったく終わっていないことに気づいた。
「なんの話でしたか、ジョン様。ケイト様と婚姻したいという内容でしたか」
「違う! うーん……ケイトと近くで喋りたいっていうのだった気がするが、 正直もうなんでもいいぞ! ケイトに好かれたい!」
 あまりに直球な叫びに、ショーンは思わず想像もつかないほど強烈な感情を持っているのだと思い知らされ、なぜだか苦笑してしまう。
「やっぱり俺に言えることなんてないと思いますよ」
「どうしてだショーン。 エミリコとあんなに近いっていうのに」
「ああ……。確かにそんな話をしていました。というかその話をしようとしていました」
 ようやくショーンは本題を思い出した。しかし彼自身に自覚がなくどう返せばいいのかどうにも分からない。
「ショーンはエミリコとあんなに近いだろ? つまり仲が良い。どうすればそんなに近くで仲良くできるのか教えてくれ! 確かそういう話だったはずだ!」
「ジョン様がはっきり覚えてる……。ケイト様関係だからか?」
「おい、急になんか態度変わったなショーン」
「いえ、少し動揺しただけです」ショーンは襟を正す。「えーっと、俺とエミリコの話でしたっけ。仲は悪くないですがそんなに近くはないですよ、たぶん」
「でもエミリコはよくショーンの話、してるぞ。楽しそうにショーンがすごいとかショーンに助けられたーとかって」
「そんな話をエミリコが?」
 初耳だった。まずジョンとエミリコがしている会話の中身までショーンはどちらからも聞いたことがなかった。
「あとはそうだな……。陶器みたいな顔してたからつまんだら全然違った、とか聞いたことがあった気がする」
「ああ、それは深夜の見回りをさせられたときのことですね。エミリコはもともとそういう性格なんだと思いますよ。……なんだか懐かしいな」
 顔を少し上げ、そのときのことを思い出しながら彼はひとりぶつぶつと言った。わずかに穏やかな表情になる。
 ジョンもエミリコと話していたときのことを思い返しているのか、わずかに唸った。
「何かどーんと大きいことを聞いた気がするんだが、なんだったか思い出せないぞ。なんだったかな……。あーもう、むかついてきた!」
「頭を抱えないでくださいジョン様。それと煤が出ていますよ」
「確かこう、ぐーっとしてぎゅーっとした、みたいなのだった。なんていうかこう、ショーンはずるいってことだった!」
 そう言われても、と返答しかけたが、あのときのことだとショーンは思い出した。エミリコが自分たちの部屋にきたときのことだろう。
 思い出すとあの小さな身体に秘められた体温が蘇る気がした。それと同時にむず痒いような感覚が小さく湧きあがり、どうにも話しづらいとショーンは感じてしまう。
「なんて言えばいいのか分からないんですが、ジョン様が言いたいことは分かりました。エミリコがその、俺やエミリコ自身が人間だって分かって、抱きついてきたんですよ」
「なにぃ! やっぱり近いじゃないか。ジョンもケイトに抱きつきたいぞ! ……でも嬉しすぎて恥ずかしすぎて無理かもしれない」
 急にジョンの声が小さくなる。
「あのときはしょうがないでしょう。 エミリコだって心配だったんだと思いますよ!」
 半ば衝動的に、叫ぶようにショーンは言った。
 理由は分からないが、どうにも恥ずかしい気持ちが湧きあがる。冷静な自分は、奇跡的に洗脳から逃れられ、ここまでつながったのだ。恥ずかしいなどと言っている場合ではない。そう思っていた。しかし今このとき、その事柄だけを持ち出されると、とてつもなくむず痒い気持ちが心の中で騒ぎ立てる。
「……ショーン、なんだか悪かった」
 ジョンが何か言っている。そこまで分かったがもう一度、一瞬あのエミリコの体躯の感触を思い出してしまう。なぜか赤面しそうになっている自分をどうにか抑えるように片手で顔を覆う。
「はあ……。俺はどうしたんですか」
「……たぶんどうにもしてないから安心しろ、ショーン。そういうところ、近すぎるのもよくないかもしれない。うん、ひとつ勉強になったぞ」
 ジョンはショーンの態度に驚きつつも、彼なりに極めて深く考え、冷静にぶつぶつとひとりつぶやいた。
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