笑ってくれる人がいる限り


灰色の雲が常に空を覆い、月や太陽を見たのはいつの日だっただろうか。そして、周りには崩れたビルや、アスファルトが剥がれて土がむき出しになった道路……。
その真ん中を歩いているのは、一体のロボット。ボロボロのマントとタキシードを着ていて、頭にはピカピカのシルクハットを被っていた。
それは、エネミー。シルクハットのエネミーだった。マジックを見せることを生きがいとした、愉快なエネミー。
だがそれは、世界が終末を迎えるまでの話。世界が荒れに荒れてからは、得意のマジックで人々を喜ばせることはほとんど無くなってしまった。残ったのは、マジックで戦う日々……人々を守る為に戦っても……。
「あっちへ行け! このエネミー!」
「騙されないぞ! エネミーめ!」
「エネミーのせいで、俺たちは……!」
自身がエネミーであることを理由に、人々を守っても蔑まれる毎日……。それでも、人々を信じて、守る理由があった。
「お前のマジックは、本来は人々を喜ばせるためのものだろ?」
「やっぱ最高だな、シルクのマジックは!」
「世界中の人々を……喜ばせたいんだろ、お前は」
世界がこうなる前、自分のマジックに喜んで、愛してくれた人々、仲間……そして、ショーで大歓声をあげてくれた多くの人々……。その人々のことを思えば、いくら酷い目にあっても耐えられた。それに……。
「ぐすん……ひっく……」
遊具が壊れ、荒れ果てた公園に一人泣いている少女がいた。
「どうしましたか?」
「お父さんやお母さん達に、置いていかれちゃったの……」
おそらくこの子は捨てられたのだろう……。終末を迎えたこの世界、生きる為に幼い子どもを捨てることなど、当たり前のことだ。
それでも、かわいらしい女の子が涙を流しているのは、シルクハットのエネミーにとっては我慢ならないことだった。
女の子の顔の前に手を差し出して指を鳴らすと、ポンッと音を立てて花がでてきた。
「は、花……?」
「あなたのかわいらしい顔には、涙は似合いませんよ」
「わあ……」
「まだまだ、こんなものではありませんよ!」
タキシードの袖の中からは、万国旗はおろか、ハンカチを結んで繋いだロープが出てくる。
シルクハットを頭から外し、ステッキで叩けば鳩が出てくる。
そしてステッキを回せば、ステッキが花束へと変わった。
「わぁ~!」
少女の顔に、笑顔が戻った。シルクには、これぐらいしかできないことはわかっていた。だけれども、やらずにはいられなかった。
「どうですか? 楽しかったでしょう?」
「うん! 楽しかった!」
「でも……俺はこれくらいしかできません、食べ物とか、住むところをあげることはできないもので……」
「ううん! ありがとう! とっても楽しかった!」
「それで……あなたはこれからどうするつもりですか?」
「えっと……できたら……お兄さんと一緒に行きたい……」
「それは残念ながらできません、なぜなら俺は……エネミーですよ?」
「えっ……」
「ですからお嬢さん、すみませんね……」
立ち尽くす少女を尻目に、シルクハットを深く被ってシルクハットのエネミーは去って行った。
(ごめんなさい、お嬢さん……エネミーが一般的に敵な以上……あなたと一緒にいるわけにはいかないのです……それでも、笑ってくれてありがとうございます……)
一緒にいることもできないし、人の所に連れて行くこともできない。だけれども、悲しんでいる人がいる限り、それを笑顔に変えることは止めない。
自分のマジックで笑ってくれる人が、いる限り……。
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