【閲覧注意】 アレクセイ・コノエ×アーサー・トライン


まる一日、熱気冷めやらぬ興奮に塗れた一日となっただろう。
月から降り、さらには周辺スエズ基地から北上しこのディオキア基地へと舞い降りたばかり。休憩ポイントのためここで一日ほど休息し、急ぎ足でジブラルタルへ寄港。議長の来航によるもので、私たちは数日をかけてこの基地へと向かう。議長に合わせて帰港することも念頭に入れたが、ここ最近はミネルバの活躍により周辺の地球連合は少し足並みが遅くなっている。
だが、やはり反プラント派とブルーコスモスを軸に動いている。大西洋連邦はこれを隠しているが、いつボロが出てもおかしくはない。火の粉を払いながらの寄港、せいぜい物資は十分にしてほしいものだ。
「相変わらず愚鈍なほどに単純ですね」
「言ってやるな。兵の慰安を怠れば指揮は低迷する、それに褒美を与えねば動く兵も動かんよ」
辛辣な物言いをするアルバートをなだめ、私はその騒々しい歓声をBGM代わりとする。当の本人は騒々しいその光景に、眉を歪ませコンテナにもたれかかっていた。腕を組み、トントンと指で叩いているあたり、いら立ちがピークの様子。
ちらり、と独自カスタムされたザクウォーリアの手のひらで器用に踊る歌姫【ラクス・クライン】を見る。私の知る彼女はここまで活発では無かったはずだが、…やはり雲隠れは本当だったのだな。しかし、今そんなことを指摘しても民衆はおろか、兵でさえ信じぬだろう。彼女を支援し、そばに控えさせる議長は…一体何を思っているやら。

「相変わらずの人気ね」
「そうですねぇ。でも、兵にとっては良い癒しになりますよ」
「あなたも、そうみたいね」
「あっ!?そ、その…そういうわけじゃ」

ふと、女性の声が聞こえた。確かにこのライブの中には女性兵士も交じってはいるが…視界に映ったその白い服装を見て、少なからず興味を引く。
例のミネルバの艦長か。
あいさつくらいは、と軍帽をかぶり軍服を整える。アルバートも気づいたようで、渋々と軍服を整えていく。
こちらにやってきたところを見計らい、声をかけた。
「失礼、タリア・グラディス艦長ですかな?
私はアレクセイ・コノエ。階級は大佐で、ここに帰港させていただいているナスカ級マリキュリエの艦長をしていただいています」
「同じくマリキュリエ所属、技術総士官アルバート・ハインライン、階級は大尉であります」
あいさつを交え、彼女の風貌と姿勢、さらには横に居る副長と思わしき男性にも目を配る。中々のキツめな印象だが、凛とした美しい女性だと安易ながら思う。対し副長は、経験が浅いためか初動が遅れていたが…野心じみた様子は無く真面目で好印象を受ける。
二人はマニュアル通りに肘を小さく曲げ、指を伸ばし敬礼を取る。
「ミネルバ級ミネルバの艦長を務めております、タリア・グラディス。階級は大佐ですわ、…噂はかねがね聞いております、お会いできて光栄ですわコノエ大佐」
「同じくミネルバの副長、アーサー・トラインであります。階級は少佐でありますっ。こ、この度アプリリウスおよびスエズからの長旅ご苦労様ですっ」
「アーサー」
「は、はいぃい!すいません!」
ほう、驚いた。
一応私はスエズから来たことは公には話していないのだがな…まさか、ここに帰港している艦長たちの来港を調べ上げているのか?いや、まだ年若い軍人がそんなことを?
「なに、堅苦しいのはよしてくれ…今は短い余暇を楽しむ者だ」
「お気遣いいたみいりますわ、コノエ大佐」
「この度の戦果、アプリリウスでも耳にしておりますよ。新造艦で進水式をしていない中で、いやはや…苦労が偲ばれる」
「そんな、もったいないお言葉です」
少しばかり雑談をしていれば、彼女もキンとした鋭い雰囲気を引っ込ませ、柔らかい雰囲気を立たせてくる。横に控える副長トライン少佐の方を見てみれば、未だ緊張が取り除かれていないが…一度艦長の方へ視線をやり、見えないところで一息つく。
小さく笑みを浮かべた。不安が少し取り除かれ、安心を示したようだ。
どうやらこの艦長、だいぶ苦労人のようで心配していたとみる。同時に相当、尊敬のまなざしを見られているようだ。
良い部下を持っているようだな、グラディス大佐は。
ふと、遠くから視線を感じ振り向くと…驚いた、歌姫が居ることは知っていたが。まさか議長自らとは。
「デュランダル議長」
「あぁ、畏まらないでくれ。どうかな、この度のライブは」
「兵による精神的疲労も軽減され、さらには抑圧された環境からの一時の解放。これにより、兵の士気およびパフォーマンスの向上が約束されるかと」
「苛烈な緊張感からの一時の解放ほど、気分が良いものです。またこれで、戦えますよ」
「そうか、それならこのライブを行った意味があるものだ。…すまないが、グラディス大佐を借りたい。…良いかね、トライン副長」
プリントされたような、作られた雰囲気すら感じてしまう。何度かお会いするたび、確かにこの人間は人格者だろうと言う錯覚を覚える。しかし、弾圧しようにも…今のザフトはこの議長無しでは立て直しが難しいだろう。

「…はい、艦長がよろしければ船の方はお任せを」

一度、小さな間が空いたような気がした。それに、一瞬だけだが…きっと気のせいだと思うが、彼の顔が、ひどく憂いと言わんばかりに沈んだような顔。
「分かりました。船をお願いね、アーサー」
「了解しましたっ」
一度敬礼を取り、はっきりとした声を上げる。先ほど沈んでいた顔は気のせいか、ガチガチと緊張に塗れた表情になっている。
一度、笑みを残し議長はグラディス艦長と共に、この場から離れていく。確か、そういった関係であったな…彼女と議長は。もっとも過去の話だが、…まぁ、こちらには関係ないこと。
「…本当にお会いできて光栄です、コノエ大佐にハインライン大尉。もう少しお話を伺いたかったですが、自分は船に戻らないといけなくなりました。…この度のこと、申し訳ございません」
「いや、私たちは明朝にはもうこの基地を出るつもりだ。…あまり無理はしないように」
「はい、お気遣いありがとうございますっ。それでは、失礼します!」
敬礼と共にせわしなく頭を下げると、急ぎ足で港の方へと向かっていく。
私はその背が見えなくなるまで、じっと見ていた。
「どうしました」
「いや、なにも…さて、私共も支度は進めておこう。明朝にはここを発つからな」
「まさか議長がお越しになるとは、よほど暇なのか…あるいは」
「アルバート。口を慎め」
まったく、この部下は余計なところに突っ込みを入れて藪に潜む蛇を叩きだそうとする。確かに、出来過ぎた訪問ではあるが、結果としては兵の士気が上がり、親プラント派の団結にも繋がってもいる。一概に議長の行ったことを非難できるはずもないのだ、ましてや…この場に居るのは戦場で命を張る者たちばかり。
一時の安らぎを欲するのは、悪いことだろうか。…頭痛が痛くなるな。
船へと戻る道をたどりながら、かのミネルバの船を率いる艦長と副長を思い出す。凹凸ながら、こうでもしないと崩れてしまうような不思議な関係の二人。議長の采配だとすれば、慧眼も等しいだろう。
しかし、議長であれ…やはり、人の心を理解することは難しいようで。
トライン少佐が一瞬だけ見せたあの憂い表情が、どうしても忘れることが出来ない。片隅にやることすら、出来ないでいた。
たった一人の兵士、それだけなんだがなぁ…。
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