――だから、いい意味でも悪い意味でも、今は現実感がないんだよね。
<比率>
0:2:0
(2:0:0版 -アルタイルー)
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(1:1:0版 -デネブー)
https://writening.net/page?jm5tCw
<時間>
30~40分
<登場人物>
加藤
【加藤ふみの(かとうふみの)】女性
中学二年生。漫画の好きな、ほくろの多い少女。
篠崎
【篠崎ゆうか(しのざきゆうか)】女性
中学二年生。いわゆる「典型的な優等生」。
<利用規約>
https://writening.net/page?bmsmZi
------------以下台本—----------
―ある日/旧美術室にて
加藤:えっと……
篠崎:……
加藤:あの……
篠崎:……
加藤:篠崎……さん。
篠崎:なあに。
加藤:なに、って……その……
篠崎:……
加藤:どうしたのかな、って……
篠崎:何が。
加藤:ええ……
篠崎:何よ。
加藤:それは、私のセリフだと思うんだけど……。
篠崎:……
加藤:だ、だって、急に「放課後、旧美術室に来て」だなんて、さ?
篠崎:別に意地悪しようとか、そんなんじゃないわよ。
加藤:え!?いや!そんなことは思ってないよ?思ってないんだけど!ただ……
篠崎:ただ、なに?
加藤:私たち全然話したことないじゃん?だから多分、ちゃんと理由はあるんだと思うの、うん。できたら、それを教えて欲しいなぁ、なんて。
篠崎:……
加藤:……えっと、言いたくないならいいんだけど……。いや、よくはないか……。ずっとこうしているわけにもいかないし。
篠崎:そんなこと分かってる。
加藤:……だよね。篠崎さん、しっかりものだもんね。
(篠崎、大きく息を吸って吐く)
篠崎:……服。
加藤:へ?
篠崎:服、脱いで。
加藤:ごめん、え、なんて?
篠崎:上だけでいいの。
加藤:待って待って。
篠崎:別に変なことはしないから。
加藤:今の時点で相当変だよ。
篠崎:それは……そうかもしれないけど。
加藤:うん。
篠崎:ああもう、とにかく!
加藤:……
篠崎:……とにかく、触ったりとかは絶対にしないから。
加藤:……写真撮ったりもしない?
篠崎:しない。だからどうか、お願い。……します。
(篠崎、頭を下げる)
加藤:ええ……
(少しの間)
(加藤、ため息をつく)
加藤:……本当に、上だけでいいの?
篠崎:うん。
加藤:本当に、変なことしないよね。
篠崎:しないって言ってるでしょ。
加藤:……分かった。信じるよ。
篠崎:……
(加藤、上裸になる)
加藤:……これでいい?
篠崎:……
(篠崎、加藤をじっと見つめる)
加藤:えっと……これでいいんだよ、ね?
篠崎:背中。
加藤:え?
篠崎:後ろ向いて。
加藤:後ろ?
篠崎:背中を、見たいの。
加藤:なんで?
篠崎:……
加藤:……分かった。
(加藤、後ろを向く)
加藤:はい、これでいい?
(篠崎、加藤の背中を見つめる)
篠崎:……
加藤:……篠崎さん?
篠崎:そのまま、しばらくそうしてて。
(加藤、ため息をつく)
加藤:う、うん。
(少しの間)
篠崎:加藤さんって、ほくろ多いよね。
加藤:え?
篠崎:振り向かないで、そのままでいて。
加藤:コンプレックスだから、できれば、あんまり言わないでほしいんだけどなあ……
篠崎:いいの。
加藤:何が?
篠崎:私は、これが見たかったんだもの。
加藤:え?
篠崎:星空みたい、って思ったの。この間、体育の着替えの時に見かけて。
加藤:星空……
篠崎:だから、もう一度見たくって。
加藤:えっと……
(篠崎、ふっと笑う)
篠崎:やっぱり変、か。
加藤:んー……ぎりぎり、かなあ。
篠崎:ぎりぎり、どっち?
加藤:ぎりぎり、どっちともとれる感じ。
篠崎:そっか。
加藤:ほんとにね、ずっとコンプレックスだったの。この背中。
篠崎:うん。
加藤:だから星空みたいって言われたのは嬉しいんだ。だけど、いきなり裸になれって言われたり、背中をただ見られているだけってのは、さすがにちょっと意味が分からないじゃない?
篠崎:それは……そうだよね。
加藤:だから、ぎりぎりセーフとも言えるし、ぎりぎりアウトとも言えるなあって。でも今はいいよ。その辺は。
篠崎:……
加藤:篠崎さんってさ、すっごく成績いいし、クラス委員もしてるし、まあ誰もが認める優等生って感じでしょ?
篠崎:……それが何よ。
加藤:私みたいな、教室の隅で漫画ばっかり読んでるようなタイプは、絶対関わることのない人種だと思ってたから、不思議な感じでさ。だから、いい意味でも悪い意味でも、今は現実感がないんだ。
篠崎:……
加藤:だから、まあいいやって。
篠崎:別に……
加藤:なに?
篠崎:別に、漫画くらい読むわよ、私だって。
加藤:そうなんだ。意外。ね、篠崎さんは何が好きなの?
篠崎:「忘却のシリウス」は、面白いと思ったかな。
加藤:あー、面白いよねえ、あれ。アニメもすごくよかったよ。
篠崎:アニメは、見てないけど。
加藤:そっか。じゃあおすすめだけしとくね。
篠崎:うん。
(少しの間)
篠崎:……ごめん、さすがにそろそろ寒いよね。
加藤:まあ……少し?
篠崎:ありがとう。もう大丈夫。
加藤:ん。じゃあ、服着るね。
(加藤、服を着始める)
篠崎:本当に、ありがとう。
加藤:篠崎さん、星好きなの?
篠崎:なんで?
加藤:星空みたいって言ってたから、私の背中。だから、そうなのかなって。
篠崎:……多分。
加藤:多分なんだ。
篠崎:うん。
加藤:そっか。
篠崎:……
(少しの間)
篠崎:加藤さん。
加藤:なに?
篠崎:また、呼び出してもいい?
加藤:……
篠崎:本当に、見るだけだから。今日みたいに。
(少しの間)
加藤:いいよ。
篠崎:ありがとう。
加藤:じゃあ私、そろそろ帰るね。
篠崎:うん。
加藤:また明日。
(加藤、出ていく)
(篠崎、その背中を見送る)
【間】
―また別の日/旧美術室にて
篠崎:加藤さん。
加藤:なに?
篠崎:あの、今更なんだけど。
加藤:うん。
篠崎:本当に、いいの?
加藤:本当に今更だね。
篠崎:でもこの間は「現実感がなかった」って言ってたし……
加藤:うん。
篠崎:だから、現実感がないままオッケーしたんじゃないかって思って……今更。
加藤:……
篠崎:一週間も経てば冷静になって、やっぱり変だし、気持ち悪いから嫌だってなってもおかしくないでしょ?でも、今更後には引けないし、ってなってたら、その……悪いから。
加藤:まあ、今も変だなあとは思ってはいるけど……
篠崎:……だよね。
(少しの間)
加藤:あのね、あの日私、帰ってから動画見たんだ。
篠崎:動画?
加藤:星空の。適当に検索したから、どこのだったかは忘れちゃったけど。
篠崎:……
加藤:篠崎さんが、星空みたいって言ったから。私の背中のほくろを。
篠崎:……それで?
加藤:東京じゃ星なんかろくに見えないし、篠崎さんは私に何を見たんだろうって、気になっちゃって。
篠崎:うん。
加藤:すごかった。
篠崎:……
加藤:だから、まあいっかってなった。見るだけなら、好きなだけ見ていいよ。あれは、何度だって見たくなるよ。
篠崎:……ありがとう。
加藤:じゃあ、少し待っててね。今脱ぐから。
(加藤、服を脱ぐ)
(篠崎、その背中を見つめる)
篠崎:……理由、聞かないのね。
加藤:篠崎さんが星空にこだわる理由?
篠崎:うん。
加藤:気にならないわけじゃないよ?だけどさ、簡単に言えることなら、もう言ってるでしょ。篠崎さん、結構はっきり物を言うタイプだし。
篠崎:……
加藤:だから、言わないなら別に聞かなくてもいいやって。
篠崎:変なの。
加藤:それにさ、私あんまり好きじゃないんだ。深刻な話って。
篠崎:誰だってそうだと思うけど。
加藤:切り出されたら、ちゃんと聞かないといけないもんね。
篠崎:責任が生まれるものね。
加藤:ね。
(少しの間)
篠崎:……なんか、変な感じ。
加藤:ん?
篠崎:こないだまで全然話したことがなかったクラスメートと、いきなりこんな、さ。
加藤:裸の付き合い?
篠崎:……
加藤:……ごめん。
篠崎:ん。
加藤:……篠崎さんみたいな誰からも注目されるような人には分かりづらいかもしれないけど……
篠崎:なに。
加藤:同じクラスって言ったって、所詮は他人じゃん?
篠崎:どういうこと?
加藤:ただ同じ教室にいるってだけで、結局は同じ町で生活しているだけの通りすがりと変わらないんだよ、私たち。だから、会話することがないのも当たり前だし、ふとした瞬間に……それこそ、「落としましたよ」みたいなところから会話することも、それはそれで当たり前にあることなんじゃないかなあ、って、私は思ってるんだ。
篠崎:随分受け身な考え方に思えるけど。
加藤:そう?篠崎さんほどじゃないよ。
篠崎:……
加藤:ごめん、別に悪い意味じゃないよ。ただ、篠崎さんが自分から誰かに話しかけたりするのを、私あんまり見たことがなかったから。
篠崎:他人の癖によく見てるじゃない。私のこと。
加藤:篠崎さん、目立つもん。どうしたって目に入るよ。
篠崎:そう。
加藤:それに、ここ最近は、特に見てたから。
篠崎:そうなの?
(加藤、ふふと笑う)
加藤:うん、漫画読むふりしてこっそり。
篠崎:通りすがりじゃなくなったから?
加藤:そ。通りすがりから「見知った人」になった感じ。
(少しの間)
篠崎:……私にとっての星空も、そんな感じかな。
加藤:そっか。
篠崎:全然星なんか興味なかったの。好きでも嫌いでもなかった。でも、あの満天の星を知った瞬間、そうじゃなくなった。
加藤:私、あの時――星が好きなの、って聞いた時に篠崎さんが「多分」って言ったの、今ならなんとなく分かるかも。
篠崎:……
加藤:好きかどうかは分からないけど、嫌いじゃない、みたいな。そういうのかなって。
篠崎:そうかも。
加藤:うん。
篠崎:……好きって言い切れるほどそれを知らないし、触れてもいない。だけど、気づくと目が、それを追っているの。
加藤:わかるわかる。嫌じゃないし、興味はあるんだけど……ってね。
篠崎:むしろ私たちの周りって、そんな中途半端なところにいるものばっかりじゃない?
加藤:好きな教科とかね。
篠崎:嫌いな教科ならはっきり分かるのにね。
加藤:篠崎さん、嫌いな教科なんてあるの?
篠崎:国語。
加藤:え、でも成績いいじゃん。
篠崎:質問している人間はきっとこういうことを答えさせたいんだろうな、っていうのを読むのは得意なんだけど、感受性?みたいなのを求められるのは、正直苦手。
加藤:すごいなあ。私、そんなこと考えたことなかったよ。
篠崎:あと、国語担当の粕谷(かすや)が嫌い。
加藤:ちょっとうざいよね、粕谷先生。「国語は作者と対話することです!」とか、意味わからないし。あと粕谷先生って、いつもちょっとおばあちゃんちのタンスみたいな匂いしない?
篠崎:するする。ねえ、加藤さんは?
加藤:嫌いな教科?
篠崎:うん。
加藤:んー……体育、かな。
篠崎:まあ、確かにあんまり得意な印象はないけど。
加藤:体育はね、公開処刑だよ。ペーパーテストなら、点数は自分しか知らないでいられるけど、体育はできないのがみんなにバレるでしょ?あれがつらいよね。
篠崎:考えたこともなかった。
加藤:だろうね。篠崎さん、体育も普通にできるもんね。
(加藤、小さくくしゃみをする)
篠崎:あ……つい長くなっちゃった。ごめん。今日はもう終わりにする。
加藤:ん。
篠崎:はい、これ。服。今日もありがとう。
加藤:どういたしまして。
(加藤、もぞもぞと服を着る)
篠崎:本当に、ありがとう。
加藤:あ、ねえ。
篠崎:ん?
加藤:篠崎さんって、家どっち方面なの?
篠崎:旗池(はたいけ)の方。
加藤:私と同じじゃん。
篠崎:そうなの?。
加藤:うん。ねえ、一緒に帰ろっか。
篠崎:ううん、今日はもう少し余韻を楽しんでから帰ることにする。
加藤:そっか。それじゃあね。また明日。
(加藤、出ていく)
【間】
―さらに別の日/旧美術室
(顔を腫らした篠崎と向き合う加藤)
加藤:ほっぺ、結構腫れちゃったね。
篠崎:……
加藤:ごめん、ね?
篠崎:別に加藤さんが謝ることじゃないから。
加藤:でも
篠崎:加藤さんのせいじゃない。
加藤:でも本田さんたちが私の背中のほくろをからかったから、それで怒ってくれたんでしょ?
篠崎:うぬぼれないで。そういう悲劇のヒロインみたいなセリフ、好きじゃない。
加藤:へへ、そうだよね。ごめん。
篠崎:……
加藤:ごめんね。
篠崎:加藤さんの背中は……
加藤:……
篠崎:加藤さんの背中は、星空なの。それなのにあの人たち……あいつらは、私の星空を侮辱した。だから私、すごく腹が立って。
加藤:びっくりしたよ。篠崎さんが誰かを殴るなんて。
篠崎:初めてよ。だからそりゃぼっこぼこにやり返されるよね、って話なんだけど。
加藤:まあ、うん。本田さんたちって、その……結構、さ。結構あれだから。
篠崎:それでも、腹が立ったんだもの。
加藤:……うん。
篠崎:なによ、あいつら。「病気みたい」って……
加藤:……
篠崎:……
(少しの間)
加藤:そういえば、はじめてだね。
篠崎:なにが。
加藤:私から呼び出したの。
篠崎:……迷惑かけて、ごめんなさい。
加藤:そんな理由じゃないよ。
(加藤、ゆっくりと服を脱ぎ始める)
篠崎:加藤さん、別に今日は
加藤:私は、さ。
篠崎:……
加藤:私は、いつも通りのことをしたいだけだよ。
篠崎:……
(加藤、篠崎に背を向ける)
加藤:……篠崎さん。
篠崎:なに。
加藤:私の背中、今日もちゃんと星空に見える?
篠崎:……当たり前でしょ。
加藤:よかった。
篠崎:……
加藤:そりゃ、篠崎さんが心配だったのも少しはあるけどさ。
篠崎:本当に、ごめんなさい。
加藤:悲劇のヒロインぶらないでいいよ。
篠崎:……むかつく。
加藤:じゃあこれでおあいこね。
(長めの間)
篠崎:……こないだの夏休みに、祖母の家に行ったの。
加藤:うん。
篠崎:鳥取。
加藤:……
篠崎:そこで見たの、星空。
加藤:鳥取って星見えるんだ。
篠崎:星取県(ほしとりけん)って呼ばれてるんだって。県内のどこからでも天の川が見えるから。
加藤:へえ、そうなんだ。
篠崎:私もこないだまで知らなかったし、今まで何度も行ったことはあっても、わざわざ夜空を見上げたことはなかったよ。興味もなかったし。
加藤:……
篠崎:ごめん、今から少しだけ、深刻な話してもいい?
加藤:……いいよ。
篠崎:ありがと。
(篠崎、大きく息を吸い、ゆっくりと吐く)
篠崎:鳥取には、ひとつ年上の従兄弟がいるの。
加藤:うん。
篠崎:……いた、かな。
加藤:……うん。
篠崎:やっぱり、「いる」でお願い。
加藤:……
篠崎:……
加藤:どっちでもいいよ。「いた」でも「いる」でも。
篠崎:……
加藤:……
篠崎:鳥取に行くたびにセリは……従兄弟は、年上ぶって私にかまうの。本当うざいくらいに。東京のスタバはどうだとか、原宿はどうだとか。田舎者丸出しで、恥ずかしいったらなくて。
加藤:うん。
篠崎:友達はいるのかだの好きな奴はできたのかだの、電話してもLINEしてもそんな感じで、それが本当にうっとうしくて。
加藤:ふふ。でも私、その従兄弟さんの気持ち、ちょっとわかるかも。
篠崎:なにが。
加藤:篠崎さんって、すごーくちゃんとしてるけど、あんまりにも隙が無さ過ぎて、嘘っぽく見えるときがあるからさ。
篠崎:なによ、それ。
加藤:ごめん、悪い意味じゃないんだ。ほら、前に国語の話をしたでしょ?
篠崎:……
加藤:あれ聞いてて、なんかすごく納得したんだ、私。
篠崎:納得?
加藤:篠崎さんって多分、他人(ひと)から求められているものを察知するのがすごく得意で、だから誰に対しても日常的に、反射的にそれにしっかり応えちゃってるんだろうなって。応えられるだけの能力もあるから、余計に。
篠崎:……
加藤:でも篠崎さんを見ているこっちは、本当の篠崎さんってどこにいるのかなって感じる時があってさ。だからきっと、従兄弟さんもそうだったんじゃないかと思うの。
篠崎:……むかつく。
加藤:ごめん。
篠崎:……確かにセリも、同じようなことを言ってた。
加藤:……そっか。
篠崎:だから鳥取に行くとセリは必ず私に、全部決めさせるの。「ゆうかは何がしたい?」「ゆうかが決めんと俺は動かん」って。自分から誘っといて、いっつも。
加藤:すごいね。
篠崎:本当にめんどくさくって。
加藤:うん。
篠崎:……もうわかってるんでしょ、この話の落ち。
加藤:どうだろ。私も別に国語が得意なわけじゃないから。嫌いじゃないってだけで。
(少しの間)
篠崎:……嫌いじゃなかった。自分でしたいことや行先を決めさせられるのも、セリの無駄な力強さも。無駄に大きな声も、私の手を引く大きな手も。別に、嫌いじゃなかった。でも、好きなのかは、分からなかった。
加藤:うん。
篠崎:分からないまま、セリは死んじゃった。
加藤:……
篠崎:脳幹なんとかだ、って、おばさんに聞いた。去年の夏行ったときは、いつも通りだったのにね。
加藤:そっか。
篠崎:通話した時も、元気そうだったのに。
加藤:……篠崎さん。
篠崎:なに?
加藤:言っていいのか分からないけど……
篠崎:なによ。
加藤:きっと篠崎さんは、自分の求めているものを察して、その通り動いてくれるだろうから、動いてくれてしまうだろうから、従兄弟さんは、それが嫌だったんじゃないかな。
篠崎:……
加藤:あくまでも、私がその人ならって話だけど。
篠崎:でも、加藤さんはセリじゃない。
加藤:うん。私はその人じゃない。だから、今のはどう受け取っても構わないんだけどさ。
篠崎:……
加藤:……
(少しの間)
篠崎:夏に鳥取に行ったとき、セリはもう病院から自宅に戻ってきてた。これってどういう意味か分かる?
加藤:ん。なんとなく。
篠崎:毎日セリの家に行った。セリは嫌がったけど、私がそうしたいから、って押し切って。
加藤:うん。
篠崎:最期の時は、夜だった。おばさんから電話をもらって、セリの家に走って行った。私が着いた時、セリはもう目を閉じて、息を止めては吹き返して、を繰り返しているような状態で、その姿は、なんだかもう別の生き物みたいだった。
加藤:うん。
篠崎:ほんの数秒だった。セリが突然目を開けて、窓の外を見て言ったの。「かあさん、とうさん、ゆうか。星が綺麗だな」って。
加藤:……
篠崎:みんなが反射的に夜空を見上げた。……すごかった。今がどういう状況なのか忘れるくらい、すごい星空だった。ほんとうね、ってセリを振り返ったら、セリはもう目を閉じて、息も止めてた。もう二度と、戻ってくることはなかった。……セリは、その瞬間を見せずに、夜空いっぱいの星のひとつになったの。
加藤:そっか。
篠崎:二学期になって偶然加藤さんの背中を見た時、あの日の夜空が強烈に蘇ってきたの。その背中のどこかにセリがいる気がして、それで私思わず……
加藤:背中を見せてって言ったんだね、私に。
篠崎:……探したかったの。セリを。
加藤:うん。
篠崎:確かめたくて。
加藤:何を?
篠崎:……分からないけど。
(少しの間)
加藤:手を、伸ばしてみたら?
篠崎:え?
加藤:遠いところから眺めていても見つからないのなら、近づいて手を伸ばしてみたらいいんじゃないかな。手を伸ばして、触れて、探してみようよ。
篠崎:……
加藤:もし篠崎さんが「そうしたければ」だけど。
篠崎:加藤さんは……
加藤:篠崎さん、私には「私が篠崎さんに求めているもの」を探ったことなかったじゃない。自分がしたいことばっかりでさ。
篠崎:……
加藤:まあ、私には、っていうより、従兄弟さんのことがあってから気の持ちようが変わっただけなのかもしれないけど。
篠崎:……
加藤:うぬぼれ、かもしれないけどさ。
篠崎:……いいの?
加藤:いいよ。別に私、嫌じゃないから。
(篠崎、加藤に近づき、その背に掌を這わす)
加藤:……っ
篠崎:ごめん、指、冷たかった?
加藤:ううん、大丈夫。
篠崎:あたしは、あったかい。
加藤:……
篠崎:あったかい……。
加藤:……
篠崎:セリ、夜空は、あったかいんだね。ねえセリ、あなたの夜空は、あったかいね。あなたは別に、寒くはないんだね。
(加藤、ちいさく鼻をすする)
篠崎:セリ……私ね、もっと早くあの満天の星を見たかったよ。セリと、見たかったよ。そうしたら、私きっと、もっと早く分かったと思うんだ。私、わたし……
(篠崎、加藤の背にすがったまま、こらえきれず涙を流す)
(加藤、大きく鼻をすする)
篠崎:なんで……加藤さんまで泣いてるの?
加藤:知らなくていいよ、そんなこと。私の求めているものなんて、篠崎さんは知らなくていいの。むしろ一生、知らないままでいてよ。篠崎さんはずっと、ずっと、篠崎さんがしたいようにすればいいよ。
(篠崎、声を上げて泣く)
加藤:それでいいんだよ。それ、で。
(加藤、微笑みを湛えながらすすり泣く)
【長めの間】
(篠崎、鼻をすする)
篠崎:ごめんなさい。今日は本当に、迷惑ばっかり。
加藤:今更だってば。そもそも、いきなり背中見せてくれって時点でおかしかったんだからさ。
篠崎:それも、そうだね。
加藤:気は済んだ?
篠崎:分からない。
加藤:そっか。
篠崎:でも、ありがとう。
加藤:何に。
篠崎:分からないけど、なんとなく。
加藤:ん。……ところで、そろそろ服着てもいい?
篠崎:あ、寒かったよね、ごめん。
加藤:別に。あったかかったよ、篠崎さんがくっついてたから。
篠崎:ちょっ……
加藤:話したこともないクラスメートの服を脱がせる方がよっぽど恥ずかしいと思うけどな。変なの。
篠崎:うるさい。
(加藤、ふっと微笑む)
加藤:ねえ篠崎さん。
篠崎:なに。
加藤:星、好き?
篠崎:……好き。
加藤:ふふ、私も好きだよ。私の星空も、好きになったよ。
篠崎:加藤さん
加藤:うわ、すっかり暗くなっちゃったね。日が短くなったんだなあ。二学期が終わるのも、あっという間なんだろうなあ。
篠崎:……
加藤:ところで、今日は私、もう少しここにいるつもりだけど、篠崎さんはどうするの?
篠崎:……私も、もう少しここにいる。
加藤:そっか。じゃあ帰りたくなったらそれぞれ帰ろうか。
篠崎:そうね。
(少しの間)
篠崎:ねえ加藤さん。
加藤:なに?
篠崎:……明日の体育、一緒に組む?
加藤:嫌だよ。余計に公開処刑になるじゃん。
篠崎:そっか。
加藤:別に約束なんかしなくても、明日も私たちは変わらないから。
篠崎:……
加藤:相変わらず、少しだけ交わっただけの「他人ではないくらいの誰か」だよ。
篠崎:「友達」じゃなくて?
加藤:その言葉は、重いから好きじゃないなあ。
篠崎:……
加藤:なに、変な顔してさ。
篠崎:ううん。
加藤:なんて呼んだらいいか分からないくらいの関係でいいんだよ。私たちは、多分。
篠崎:……
加藤:私は、それがいい。
篠崎:……加藤さん。
加藤:なに?
篠崎:やっぱり私、先に帰るね。
加藤:ん、お疲れ。
篠崎:ありがとう。
加藤:ほっぺ、帰ったらまたちゃんと冷やしときなよ。念のため。
篠崎:ん、そうする。それじゃあ、また明日ね。
加藤:うん。また、明日ね。
【幕】