待ち人と奇跡とご両親、八年越しの真実


「というわけで……わたしがヒシミラクルです」

 なんというかすごい状況だ。

 お兄さんとヒシミラクルさん……ミラ子ちゃんと終電過ぎの駅で感動の再会を果たした後、私たち三人は菱川家に向かった。
 深夜にドタバタと出て行って、お兄さんとミラ子ちゃんを連れ帰った私……両親の眠気をすっかり飛ばしてしまったらしい。まぁ立ち話もなんだから、と居間に通され、むっちゃ居心地悪そうにしているミラ子ちゃんが自己紹介をしたところ。

 寝間着姿の両親と私、テーブル挟んで、五年前と変わらない姿のお兄さんにトレセン学園?の制服?姿のミラ子ちゃん……改めて、なんかすごい状況だ。

「写真は見せてもらってたけど、本当にみくるそっくりねぇ」
「え、ええ、わたしもびっくりで……」

 お母さんの一言に、ミラ子ちゃんがぎこちない笑顔で答える。
 ちなみに、私の両親とミラ子ちゃんの両親はあんまり似てないらしい。まぁミラ子ちゃんのお母さんはウマ娘だしね。

「髪の毛の色以外はみくるとおんなじで……銀髪?」
「ありゃ葦毛っつうんだ……で、向こうの世界に帰れたのか?」

 お父さんが後半は顔をお兄さんのほうに向けながら言った。

「はい。行って戻ってきたんですが、こっちで五年経ってるとは思わず……」
「ふむ……あっちとこっちを行き来する方法は?」
「終電を寝過ごすことでした。なんでかはわかんないですけど……」

 こういうとき、情緒を抜きにして現状や方法、対策の話ができるのは男性の特徴だろうか……女三人(うちウマ娘一名)がちょっと白んだ眼で男どもを見る。

「今度はこっちにどれくらい居るんだ?」
「ひとまず、五年分のあれこれが片付くまでは……」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください!」

 ここでミラ子ちゃんが声を上げた、というかツッコミを入れた。

「なんでそんなあっさり受け入れてるんですか?! ウマ娘のいない世界なんですよねここ!? トレーナーが突然消えてから五年経ってるんですよねぇ?!」
「よっしゃよく言ったミラ子ちゃん!」

 向こうの世界では個性豊かに同期に囲まれて常識人枠だったらしいミラ子ちゃんのツッコミスキルが冴えわたる。私も思わず立ち上がってガッツポーズしちゃった。

「娘を五年もほったらかした件については、みくるの真っ赤な目元を見ればもう十分かな、と」
「女の子の涙に勝る罰はないからねぇ」
「やっべ、こっち飛び火した」

 両親二人して「あらあら~」みたいな生あったかい目線を向けてくる。ガッツポーズで浮かしかけた腰を椅子に下ろして顔をそむけるしかない。

「ウマ娘の存在については、お兄さんのスマホの写真とか見せてもらってたしねぇ」
「……それも不思議なんですよねぇ」

 お母さんの発言に、ミラ子ちゃんが怪訝そうな顔をする。

「そもそも最初にトレーナーさんがこっちに来ちゃったとき、ウマ娘だのヒシミラクルの女の子だの……よくそんな話信じましたね?」

 こっちの世界の感覚だともう八年前になるのか、夜の外ランニングから帰ってきた娘が、自称行くところのない異世界人を連れ帰ってきたのが。
 同じく話を信じた娘の私が言うのもなんだけど、両親のあっさり度合いは確かにあのころからそうだった。

「信じたっつうか……知ってたからな」
「知ってた?」
「言わなかったか? 俺は行って帰ってきた口だ」

 数秒の沈黙の後

「……はぁ?!」

 私、お兄さん、ミラ子ちゃんの声がはもった。

「行って帰ったって……どういうこと?!?!」
「落ち着けみくる、ご近所迷惑になる」
「だって……!?」
「親父さん、どういうことです?」

 流石のお兄さんも軽く取り乱している。そりゃそうだ、衝撃の事実だもん。

「ありゃ、本当に言ってなかったか。俺はあんちゃんとは逆でな、こっちからあっちの、ウマ娘のいる世界に行ったことがあるんだ」

 一日だけだったけどな、とさもありなんとあっさり話すお父さん。開いた口が塞がらないとはこのことか。

「俺も最初は馬鹿げた夢を見たんだと思ったんだが、向こうで見たレースがこっちの競馬でもやるって知って、同じ名前の馬に賭けたら大儲けよ」
「まさか、テレビでやってたミラクルおじさんって……」
「あれほどでかい額じゃない。まぁでも、この家を建てるのの足しにはなったな」

 それで、あれは夢じゃなくて本当の異世界だったと確信し、お兄さんの話もあっさり信用したというわけだ。

「……ミラクルおじさん? 賭けた?」
「ミラ子、その話は追々しよう」

 私とお父さんの会話に引っかかるところを感じたらしいミラ子ちゃんだったが、お兄さんにたしなめられていた。

「お母さんは? 知ってたの?」
「終電寝過ごして帰ってきたと思ったら、変な夢を見たんだーって話してるのを聞いたのよ。あーそう、ぐらいにしか思ってなかったけど、お兄さんの話を聞いたときに本当のことだと確信した感じ」

 同じ噂を二人から聞けば真実になる、みたいなものか。

「それならそうと言ってくれても……」
「あの場で言って信じたと思うか? あぁその世界なら俺も行ったことあるぜ、って」
「……信じないでしょうね」

 だろ、とお父さんがニヤリと笑い、それにお兄さんが口角を引きつらせて答える。

「さて、話し足りんだろうが必要なことは話したし……寝るか」
「そうねぇ、もう夜遅いし。お二人も今夜は泊って行って。お兄さんの部屋は前のまんまですから」
「あ、ありがとうございます、お袋さん……」

 お父さんが真っ先に立ち上がって部屋を後にしようとするが、あくびを一つした後、何かを思い出したようで私の後ろに近づいてきた。

「みくる、今夜はもう何も言わんから」
「……ん?」

 小声でささやかれた言葉の意味を一瞬では理解できない。

「もう高校生とそのコーチじゃないからねぇ」

 隣で聞こえていたらしいお母さんもそんなことをささやいてくる。

「…………ちょ!?」

 ようやく意味を理解した私の顔が瞬時に沸騰する。

「あ、お兄さん。ベッド足りないんでみくると一緒に寝てくださいね」
「おかあさん!!!!」

 お母さんがニヤニヤしながらキラーパスを飛ばし、その後ろでお父さんがゲラゲラ笑い、真っ赤になった私を見てお兄さんがあきれ顔になる。加えて今は、ミラ子ちゃんがぽかんとした顔をしている。

 五年ぶりに揃った家族の、五年ぶりの笑顔。
 心の片隅に、ずっとお兄さんがいたのは、私だけじゃなかった。
 あの日以降、いっぱいいっぱい、苦労も心配もかけてしまった両親の、久々の笑い声……金メダルを取った時にも見れなかった、何の憂いもない心からの笑顔。
 それがうれしくて、ちょっとだけ恥ずかしい。

 ミラ子ちゃんを加えた家族五人で、これから何をしよう。
 動き出した時計の針は、今度こそ止められない。

「お兄さん! 今日はくっついて寝ますよ! また勝手に消えたら困りますから!」

 私は両親から逃げるようにして、お兄さんとミラ子ちゃんの手を引っ張って、かつてのお兄さんの部屋へと向かった。
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