傷だらけの隼に明日を
作成日時: 2024-03-03 02:27:58
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「はあ、仕方ないなあ。面と向かってっていうのも何だし……先生、ちょっとその辺一緒に歩かない?」
私の『行動』の訳を聞く先生の顔は今まで見たこともない程、怖かった。
銀行を襲撃した時に見せた怖さとはまた違う。
アレは歴戦の人の「凄み」からくる畏怖だとするなら、
ついさっき私に見せたそれは『人を呑み込むような恐怖感』だった。
だから私は先生の顔を見ずに済むように廊下を先導した。
「けほっ、けほっ……うわぁ、ここも砂だらけじゃ~ん……」
「ま、仕方ないんだけどね。掃除しようにも、そもそも人数に対して建物が大きすぎて……。砂嵐が減ってくれれば良いんだけど」
二人の間に流れる沈黙を破るために私の方から切り出した会話への返答は、明らかに上等な靴が鳴らすべきではない砂の擦れる音だ。
(先生、何考えてるんだろう…怒ってるのかな)
先生が怒ってる姿については何度か見たつもりだ。
だが、今の態度は明らかに違う。
親が子にするような怒りでも、不快感からくる怒りでもない。
冷たい刃の様な怒りだ。
「うへ~、せっかくの高校生活が全部砂色だなんて、ちょっとやるせないと思わない?」
そんな諦めのような自嘲のような言葉を聞いたとき先生は初めて口を開いた。
「だが、ここでの思い出は君にとって砂色じゃない」
「……今の話の流れで、本当にそう思う?」
「出会ってからの君の行動がその証明だ。砂色の思い出を護るためにここまではしない」
「・・・・」
まただ。
本当に先生と話すといつもこうだ。
こっちの言葉に100点満点の返答を必ずしてくる。
それが、問い詰められる側になるとこんなにも苦しいものなんだね
「……うへ、やっぱ先生は凄いね」
その言葉に先生は特に返事を返さなかった。
言われなれてるのかな?
…本当は先生の事も知ってみたいなって思い始めてはいたんだよ?
「…………砂漠化が進む前、アビドスはかなり大きくて力のある学校だったって言われてるけど……そんな記憶も実感も、おじさんには全く無いんだよね。最初から全部めちゃくちゃで、ちゃんとしたものなんて何一つない学校だった」
「おじさんが入学した時のアビドス本館は、今はもう砂漠の中に埋もれちゃったし。当時の先輩たちだって、もうみんないなくなった。今いるここは、砂漠化を避けて何回も引っ越した果てに辿り着いた、ただの別館」
私は続ける。
「……ま、でもここに来てシロコちゃんやノノミちゃん、アヤネちゃんにセリカちゃんと会えたから……うへ、やっぱり好きなのかもしれないなぁ……」
そんなことを言う頃にはもう、外に出ていた。
先生が横に並んだから、見られてもいいように笑顔を作っておく
「君の4人への愛はよく分かっているつもりだよ、ホシノ」
うん。
やめよう。
先生はもう全部わかってるんだ。
でも、だからこそ私の口から説明するように求めてる。
私が先生を煙に巻こうとしたら、先生はその煙を晴らす。
そして、獲物が自分から口の中に入ってくるようにしてる…
ますます、今日の先生は『違う』
笑顔で皆を励ましてた先生じゃない。
今まで見てきたどんな大人よりも怖い『怪物』だった。
「……先生、正直に話すよ」
「私は二年前から、変なやつらから提案を受けてた」
先生は黙って月を見上げていた。
続けてって事なんだろう。
だから私は話した。
ーカイザーコーポレーションからスカウトを受け続けていた事
ーそしてついこの間もその『提案』を受けていた事
「それは誰から見たって破格の条件だった。でも、その時は私がいなくなったらアビドス高校が崩壊するって思ってたからこそ、ずっと断ってたけど……」
「……あいつら、PMCで使える人材を集めているみたい」
「その『提案』をしたのは何者かな?」
「私も、あいつの正体は知らない…ただ、私は黒服って呼んでる」
「黒服…」
「何となくぞっとするやつで……キヴォトス広しといえども、ああいうタイプのやつは見たこと無かったし…怪しいやつだけど、別に特段問題を起こしたりもしなかった…」
「何なんだろうね。あのカイザーの理事ですら、黒服のことは恐れてるように見えたけど──」
すると、先生は意外そうに
「ほう、あのカイザー理事にも物事を恐れるという分別はあるんだね…それもよりにもよって当時の私と同じような格好をしているであろう相手に…」
と返した。
ー多分、今の先生を見たら流石にカイザーの理事もビビるんじゃないかな?
そう心には思ったけど流石に言えなかった。
だってここで冗談を言っていいのは先生だけだ。
それ以外の人がこの『怪物』の望む応え以外を返すことは許されない。
そんな雰囲気だから…
「それでこの退部届か…」
「……うへ」
ここに来るまでほぼすべて教えちゃったな…
じゃあもう『これ』は使えない…
そう思って破ろうとした時、
「ある女性がいた。その女性は末期の病気だった…」
先生の方から口を開いた
「そして、彼女は薬の過剰摂取で命を絶とうとした。彼女曰く『尊厳ある死』を迎えるためだったが、実際の所は夫に死に目を見せないためさ」
「…その人はどうなったの?」
「結論から言えば、病院に搬送されて一命は取り留めた。その際に彼女の心の主治医を殴ったがね…」
今の私には返答に困る話だ。
助けた医者は正しいことをしたはずだ、でもその女の人の気持ちもわかるのだから…
「さて、ホシノ。君ならわかるだろう。彼女の何がいけなかった?」
「自ら命を絶とうとした事…?」
「違う。一人で悩んで一人で結論を付けた事だ。『夫を悲しませない』という目的の為にとった行動がことごとく夫を悲しませた」
「…」
「残される者の気持ちと言うのは実際の所、残される者しか分からないんだよ。君ならよく分かると思うがね」
…先生は何処まで知ってるの?
「お前に何が分かるって言いたいだろうね。けど少なくとも君の3倍以上、私は生きてる。だから、大体の選択にある『裏』も知ってるさ」
ちょうど、先生に何が分かるの?って言おうと思った。
けど確かに、3倍は生きてそうな人に言う言葉じゃない。
当事者じゃないにせよ、同じような苦しみを味わった事があるはずなんだ。
私が答えに窮していたら、先生は続けた。
「君はこの話を聞く前にやろうとしていた事を今でもするなら、止めないさ。好きにしなさい」
「…『大人』なら止めないとダメなんじゃないの?」
「なら、辞めるかい?少なくとも、アビドスと残りの4人の事『だけ』を考えるなら破格の条件と選択だ」
止めようとしたと思ったら、突き放す
救いの手は差し伸べる、けど掴まないなら好きにすればいい
…そんな無責任な事ってあるかな
怒りを込めた目で先生を見ようとしたとき、其処に映っていたのは『先生』ではなく、『頭に大きな鹿の角が生えた黒い男』ー
そんなはずはないって、怖いっていう感情よりも先に、
目を擦ってもう一度見た時は『いつもの』先生だった。
じゃあ今のは何?
先生の『本性』?
…やめよう。
今更詮索したって仕方ない。
『大人』に頼ったんだ。
これはその代償なんだ。
それでもほんの少しだけ希望をくれた先生には挨拶くらいしよう。
「……この話はこれでおしまい。じゃあ、さよなら。先生」
そういって私は先生に背を向けた。
今はこの場から離れたかったし、それにこれ以上話しても先生に罪悪感をつつかれ続けるだけだから…
後ろでライターの音が聞こえる。
そして、煙を大きく吸い込む息遣いも。
『大人』にはそういう道具もあるんだね…
ずるいや…
「ところでホシノ。『お芝居』は好きかい?」
場違いすぎる言葉に思わず振り向いた私を待っていたのは
『先生』のチョイ悪な微笑みだった。
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どれくらい時間が経つだろう。
みんなに事情を話して怒られた後に先生の『一夜漬け授業』で何とか形にした『演技』…皆が勝つための『映画』…
昔、先輩に言ったっけ。
「奇跡」っていうのはもっとすごくて、珍しいものの事だ
なーんて。
言った張本人がその「奇跡」に縋ったって聞いたら先輩笑うかな?
「…」
「先輩はすぐそこにいるはずです!!」
「ん、壊れない…もう一度…」
「あ、アヤネちゃん!?どうしてここに!?」
「先生が用意したヘリで!ホシノ先輩は!?」
「ここです!でもドアが開かなくて…!!」
「こんのっ!!」
なんだか聞きなれた声の後に鳴り響いた轟音で私はふと我に返る。
(もしかして、本当に、本当に上手くいった?)
体が自由になったのを感じて思うことは感謝よりも先に驚きだった。
だってねぇ
『映画』みたいに上手くいくわけないって思ってたし…
先生には失礼だけど、そんな都合のいい話ないよ…
『授業』の時だって先生だけだったよ?
異常に上手かったの。
「「「「ホシノ先輩!!」」」」
扉の開く音と同時に心の底から望んでいたみんなの声が響く
そこに立っていたのはいつもの…大切なみんなと何故か花束を持った先生。
「…ほ、ほんとに…上手く言ったの?」
「ホシノ」
まだそれを信じられなかった私に先生は近づき花束を渡すのかと思ったら、シロコちゃんに預けるなり思いっきり抱きしめられた。
「うへ!?」
「よく頑張った…そして、お疲れ様。すまなかったね、君にこんな辛い役を与えて、そして『あの時』怖い思いをさせて…」
心の底からの懺悔。
その言葉を言う先生は『あの時』の『黒鹿』じゃなく私の知ってる『先生』だった。
「君が本当に聞きたい言葉を伝えるべきだが私が先に言うべきじゃない。それでも誰よりも先に君に謝らないとね」
「先生…ちょっと苦しい…」
実際本当に力強い…
それに恥ずかしいし…
「おっと、失礼。さ、囚われの姫君を助けた王子様たちに顔を見せる番だよ」
そう言って私の服の汚れを払って立ち上がらせてくれた。
みんなが私に近寄って『最も聞きたかった言葉』を伝えてくれる中、横目で先生を見てみたらまたタバコを吸っていた。
でもそれは、今まで見た中で一番美味しそうに、そして嬉しそうに吸う私たちの
マッツ・ミケルセン先生だった。
その視線に気が付いた先生は今度は満面の笑みで言ってくれたんだ。
「おかえり、ホシノ」
って。
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