アン女王の復讐


 寄港した町全体を巻き込んだ宴の最中、1人の馬鹿の膝を銃で撃ち抜く。
 さっきまでの盛り上がりが嘘のように静まり返る。

「たまにはこういうことしないと、俺がどういう男か忘れちまうだろ?」

 その言葉で宴に巻き込まれただけの一般人どもは当然として、普段から俺に従っている部下ども、この宴の場にいる全員の目が恐怖に染まる。

 たった一人を除いて。
 ヌオーがいつもと変わらない様子で膝を撃ち抜かれた馬鹿の元に向かう。

「あ……姐さん」

 ヌオーはそのまま馬鹿の膝を治療し始める。
 ヌオーに治療されて馬鹿の目が恐怖から喜びに変わるが、それもほんの一瞬だけ。
 その喜びはすぐに恐怖に塗り潰される。

「よかったな」

 そりゃそうだ。
 俺が本気の殺気をぶつけてやったんだからよ。

 テメェがヌオーにどんな感情を抱いているのか、俺が気付いてないとでも思っていたのか?
 テメェ馬鹿だからうまく隠していると思っているかもしれねぇが、俺からみたらバレバレだ。

 他の野郎どもがヌオーに対して敬愛や、親愛、憧れのようなある意味信仰ともとれるような感情を抱いている中で、テメェだけは違った。

 テメェだけはヌオーに対してまるで盛りのついた犬みてぇな情欲を抱いていやがる。
 雌だったら誰でもいいと思っているような、雌犬のケツにしがみついて腰を振ることしか考えれねぇ犬のように。

 そんな気持ち悪いクソみたいな感情を抱いていやがる。

 俺のお宝に憧れるのはいい。
 羨ましがるのも当然だ。
 世界一のお宝だからな。
 むしろ自分のものにしたいと思うのは当然だ。

 俺たちは海賊なんだからよ。

 だが、俺の宝を汚すっていうんなら話は別だ。

 俺が気付いてないとでも思っていたのか?
 テメェが必死になって俺の寝首をかこうとしているってことによ。
 世界一のお宝を欲しいと思うのは当然だし、そもそもテメェみたいな俺の足元にも及ばねぇ三下以下の虫ケラがどれだけ頑張ったところで俺の首を取ることなんざ不可能なんだからよ。

 テメェが無能だから見逃してやっているのに、何を勘違いしてやがんだ?
 見逃されているだけなのに、自分が有能であるかのように勘違いしてんじゃねぇよ。
 テメェみたいなカスが、自分ならヌオーを手に入れられると思い上がってんじゃねぇよ。

 俺の宝を欲しがるのは勝手だが、俺の宝を汚すことは許せるわけねぇよな。

 だが、テメェが思い上がっちまったのは俺の責任でもある。
 テメェが予想をはるか下回るほどの無能だと思い至らなかった俺の責任だ。
 俺のせいでテメェは、ありもしない希望を抱いちまった。

 だから、警告で済ませた。

 テメェの何も入ってねぇ頭の風通しがよくなっていないのは俺の優しさだってことを理解しろよ?
 すまん、そんなこと無理だよな?
 だって、テメェ無能なんだから。

 しばらく大人しくしてたみたいだが、無能だからまたヌオーを手に入れたいとか思いやがったな?

 無能だからまた必死こいて俺の寝首をかこうとしたな?
 無能のくせにいっちょ前にイギリスと手を組みやがって。
 俺たちが単独で停泊することを誰にもバレないように必死になって伝えていたよな?
 誰にも見られていないか必死になって周りをキョロキョロと見回してしたお前はすげぇ馬鹿みたいでよ、笑いをこらえるのに苦労したぜ。

 無能なテメェじゃ俺の首を取ることなんざ不可能なんだよ。
 筒抜けだったのに計画がうまくいったのは俺の優しさのおかげなんだぜ。
 あの時といい、テメェは俺の優しさに救われていたんだぞ。

 だから、俺の首が体とおさらばしたのはテメェの力じゃねぇ。
 俺の優しさと、メイナードとか言う奴がテメェとは比べ物にならないくらい有能だったからだ。

 なんだよあいつ。
 腕を切り落とされても全く怯まずに俺の首をぶった切りやがった。
 さすがにここまでされたら素直に負けを認めるしかねぇ。
 テメェじゃなくてメイナードって野郎にだがな。

 テメェ無能だから気付いてないかもしれないが、愛しいヌオーはテメェのものにはならねぇぞ。
 他の奴らがヌオーを逃がしてるはずだからよ。
 俺を殺せばヌオーを手に入れられると思ってその辺が適当だからテメェは無能なんだよ。

 ヌオーを手に入れられなくて絶望するテメェの顔を見られねぇのは少しばかり残念だが、せいぜいその辺に転がっている程度の財宝で我慢するんだな。
 テメェにはその辺の財宝でももったいないくらいだがな。

 そうやって意識が消える寸前、それは聞こえた。

「ざまぁみやがれ!!これでヌオーは俺のもんだ!!」

 その瞬間、消えかけていた意識が一瞬で覚醒する。

 今、あの野郎はなんて言いやがった?

 たしかに聞こえた。
 間違いなくあの馬鹿の声で。

 ヌオーは俺のもんだ?

 たしかにヌオーは俺のもんだとふざけたことをぬかしやがった。

 よし、殺す!

 殺す!

 聞こえちゃいねぇだろうが、わかってるよな!?
 だって体(おれ)は首(おれ)なんだからよ!

 あのふざけた野郎をぶち殺せ!!

 その瞬間、誰もが目の前の光景を疑った。
 首を失ったはずの黒髭の体が甲板に倒れた瞬間にはじかれたように立ち上がったのだから。

「……は?」

 それは誰の声だっただろうか?
 海軍か?
 海賊か?
 それとも全員か?
 いずれにせよ誰も目の前の光景を信じられなかったのはたしかだ。

「うわぁああああ!!」

 体だけの黒髭は迷うことなく一人の海賊に飛び掛かる。
 それは自分たちに情報をもたらした内通者であったとメイナードは記憶していた。

「がぁああああ!」

 黒髭はその内通者の頭を掴み、握り潰さんとばかりに力を込めている。

「だず!だずげで!」

 骨が砕け、血が溢れながらも内通者は助けを求めるが、まるで時が止まってしまったかのように誰も動けない。
 目の前の光景があまりにも信じられず、そしてあまりにも恐ろしすぎた。

「ぬ……お……」

 まるで腐った果実が潰れるように、男の頭が潰れた。

「総員撤退!!全員今すぐにこの船から逃げろ!!」

 潰れた瞬間、時が動き出したかのようにメイナードは叫んだ。
 今すぐに逃げなければいけないと全ての細胞が叫んだかのように。

「し、しかし!まだヌオーが!」

「そんなことをしてみろ!やつはヌオーを取り戻すために本国まで追いかけて来るぞ!!」

 間違いなくそうなると、メイナードは確信していた。
 ヌオーを確保したら最後、奴はヌオーを取り戻すためにどこまで追いかけて来ると。

「そ、そのようなことは……」

「ないと思うのか?」

 ありえないと言おうとする部下に起こっている光景を見るように促す。
 その先ではすでに死んでしまった内通者の死体を殴り、潰し続ける黒髭の体があった。
 まるで肉片のひとかけらですら存在を許さないと言わんばかりの憎悪のこもった、あまりにも惨たらしすぎる光景が広がっていた。

「何かあっても全ての責任は私が取る!!だから今はここから避難するのだ!!」

 その言葉により、はじかれたように逃げ出していく。
 今は内通者の死体が残っているが、全ての肉を潰し終わったら次は自分かもしれないのだから。
 メイナード自身も部下の手を借りながら避難する。

 惜しいとは全く思わなかった。
 ヌオーの産み出す利益よりも、あの黒髭によってもたらされるであろう惨劇を思えばヌオーを確保しようとは思えなかった。

(しかし……どうしてそれほどまで)

 たしかにヌオーの産み出す利益は莫大だ。
 ヌオーがいれば航海は安全なものになり、交易により膨大な富が手に入る。
 だとしても、首を切り落とされても裏切者を殺すほどまでなのかと、メイナードは疑問に思ってしまった。

(内通者は……たしか)

 メイナードは記憶をたどる。
 黒髭が死ぬ寸前に聞いたであろう言葉を。

『ざまぁみやがれ!!これでヌオーは俺のもんだ!!』

(ヌオーを誰のものにもしたくなかった?それではまるで……)

 たとえ死んでも誰のものにもしたくないなどと。
 あまりにも強欲ではある。
 美しいとは言えないかもしれない。

 たとえ、それでも。

(まるで愛ではないか)

 そう、思ってしまった。

余談

 黒髭
裏切者の存在には気付いていたが、自分と比べたら無能だったので見逃していた。
結果として襲撃で殺されるがそれはメイナードが黒髭の予想を超えていたため起こったことであり、相手がメイナードでなければ襲撃を返り討ちに出来ていた。
首を切り落とされ、意識が消える寸前にふざけたことが聞こえたために裏切者を殺すことを決意。
体が首の無い状態で動き、裏切り者を殺す。

 裏切り者
他の船員とは違い、ヌオーに対して情欲を抱いていた。
そのことを黒髭に見抜かれており、警告と船の支配をしやすくするため印象操作に利用され膝を撃ち抜かれる。
それを恨みメイナードに密告し襲撃する。
メイナードが黒髭の想像の上をいったため襲撃は成功するが、最後に余計なことを言ったため黒髭の憎しみを買い首の無い状態の黒髭に殺されて死体も原型が無くなるほどに潰された。
余計なことを言わなくても他の船員によってヌオーは逃がされるのでヌオーを手に入れることは出来ない。
ちなみに、ヌオーと謁見するために功績を上げまくるので他の船員と比べてもそこそこ優秀ではあるが、黒髭の方が圧倒的だった。

 ロバート・メイナード
密告者の協力により、黒髭を襲撃。
腕を失いながらも全く怯まずに黒髭の首を切り捨てた紛れもない英雄。
ヌオーを確保することも出来たが、首の無い状態でも裏切り者を殺した黒髭を見てヌオーの確保を断念。
そのことで「余計なことをした男」という烙印を押され左遷までされたが、本人はまったく弁明をせずにそれらを受け入れた。
もし命令を優先してヌオーを確保していた場合、黒髭は軍勢を連れて本国にまで攻めて来るのでメイナードの判断は正しかった。

 黒髭(首無し)
この黒髭はメイナードの予想通り、ヌオーを取り返すためにどこまでも追いかけて来る存在
ヌオーを取り返すという思念だけで動いているバーサーカーであり、あらゆる精神干渉が通じない。

 宝具“アン女王の復讐(クイーンアンズ・リベンジ)”
かつての船員がグールやゴーストといった存在になってもついて来ている。
彼らは黒髭も含めてヌオーを取り返すという思念を共有しており、いくら葬られようとも船員が一体でも残っていたらそれを目印に何度でも自らを召喚する。
彼らを全て葬るには、対軍宝具などでまとめて消し飛ばすか、彼らの目的であるヌオーを取り返させる必要がある。
ちなみに、ヌオーならば誰でもいいというわけではなく、彼らと共に過ごしてきたヌオーでなけらばならない。
違うヌオーであったとしても危害を加えることは決してない。
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