カイニス アルケーを想う


 今日も“私”は、黄金色に神々しく輝く“海神の三叉矛(ポセイドン・トライデント)”を自室で眺めていた。
“私”という神霊の記憶は、ケンタウロスの軍勢を全滅させた後に力尽きて、そんな無様な最後を認められず、黄金の鳥に変貌したところで終わっている。

 そのことが“私”にとっては耐え難い屈辱だった。
なぜならば、カイニスの物語はそれで終わりだが、アルケー様による英雄譚の第二幕はそこから始まるのだから。

黄金の鳥になって、アルケー様を探して、天空を飛び続ける愚かな女。
アルケー様は“私”のせいで死んで、冥界に行ったのだから、地上を飛び回ったところで見つかるはずもないのだ。

……でも、アルケー様はそんな愚かな女のために、神性もヌオーであることすら捧げて、人間となって地上に転生した。
なぜ⁉ “私”なんかのために、そんなことをしたのですか! アルケー様!

 アルケー様のその後は、まさに波乱万丈だったようだ。
なぜならアルケー様のことをポセイドンは心から憎んでいた。
奴は復讐のために、“海神の三叉矛(ポセイドン・トライデント)”を報酬に、アルケー様の首級を求めたのだ。

 オリュンポスの神々の座への切符として、アルケー様は睡眠とはほぼ無縁で、裏切りと闇討ちだらけの人生だったそうだ。
なにせポセイドンが、アルケー様を殺した者ならば、人間以外にも褒賞を与えると約束したせいで、魔獣や下位の神々とかにまで、命を狙われ続けたのだから。
まあ、あの御方はそれを裏手にとって、自身を餌に悪党や人に仇なす者達をおびき寄せて、返り討ちにするということをしていたようだが。

 そうして過酷な生涯を送る中で、アルケー様は“私”を追いかけ続けた。
何回かは、“私”の下まで辿り着いたが、“私”はアルケー様をアルケー様と認識できず、飛び去って逃げたのだという。
つくづく、我がことながら、吐き気がする。

 だが、どんな旅路にも終わりはある。
アルケー様が数え切れぬ死線を越え、幾千もの眠れぬ夜を越えたのを確認したポセイドンが、最後の仕上げにとりかかったのだ。

 ポセイドンは、空を飛ぶ“私”を捕獲し、期日までに来なければ、“私”を殺すと、アルケー様に伝えたのだ。
そう奴は、最初から、自分自身の手でアルケー様を殺すつもりだったのだ。
アルケー様の首級に褒賞をかけたのも、あの御方に試練を与えて限界まで鍛えあげる目算で、そのついでに褒賞に踊らされる者の引き起こす騒動を酒の肴にしていたのだ。
捕獲されていた“私”は、アルケー様が奴の下に来た時に解放されたが、少し離れた所からアルケー様を見ていたという。

 ……アルケー様とポセイドンの決戦は、そうして始まった。
見届けたオデュッセウス曰く、まさに人智を超越した死闘であり、ポセイドンが終始圧倒的に優位だった。
当然の話だ、アルケー様に神性を有するヌオーであったころでさえ、ポセイドンの方が優位だったのだ。
それが浜辺ではなく、海上ともなれば、海神相手に人間のアルケー様に勝ち目などあるはずもない。

転機は愚かな“私”がアルケー様に助力しようとして、ポセイドンに突撃した時に起きた。返り討ちになりそうだった“私”を、あの御方が庇ったせいで重傷を負ってしまったのだ。
具体的には右半身がまるごと“黄金の三叉槍(ポセイドン・トライデント)”で抉られていた。

神聖なる決闘に水を差されたポセイドンは激怒して、アルケー様の傍で泣きじゃくる“私”を始末しようとした。
『この英雄のなりそこないの小娘がッ⁉ 
我が心臓の傷を癒す、この神聖な儀の邪魔立てをするとは、許すまじ‼ 
いいだろう。 そんなにアルケーと同じ場所に行きたいのなら行かせてやろう。
ただし、貴様らの行く場所は、ハデスの領域ではなく、虚空(カオス)の彼方だがな‼』

『その発言は撤回していただこうか、ポセイドン。
カイニスは僕の勝利の女神だし、誰にも恥じぬ立派な英雄だ!
……カイニス、泣かないで。
ここからが僕の、君の英雄の見せ場なんだから、ね。
大丈夫だよ。 今回こそは必ず勝利するから、あの海神に』
アルケー様はそう言って、私に微笑んだそうだ。

そしてポセイドンは権能を全開にして『我・星を覆う波濤(ポセイドン・メイルシュルトローム)』を発動した。 
天地が波濤で覆い尽くされた瞬間にオデュッセウスは気絶したらしい。
そして目が覚めると勝負の決着はついていたようだ。
アルケー様の槍に心臓を穿たれて、ポセイドンは消滅寸前になっていた。

『なぜだ? なぜ汝に、我は二度も敗れるのだ⁉』
『それは、あなたが独りだったからだ。
僕には彼女が――― カイニスがいた。
彼女があなたに突撃しなければ、行動分析が完了しないまま、僕は削り潰されていた。
そして、あなたが無意識に彼女を敵と認識していたから、あなたの防護にはわずかな穴が出来た。
……だから、前回もそうだが、今回も、僕は彼女のおかげであなたに勝てたんだ』
『汝の話は理解が出来ぬ。 だが、敗北は敗北だ。 
わが権能とその象徴、“海神の三叉矛(ポセイドン・トライデント)”をやろう。
アルケーよ、誇るがいい。 汝は人の世の魁(さきがけ)となったのだ』
『我が身には重いが、受諾しよう、偉大なるオリュンポスの神ポセイドン。
この“海神の三叉矛(ポセイドン・トライデント)”にてあなたの栄誉を損なわないことを約束する』
 そうアルケー様が宣言すると。ポセイドンは屈辱に身を焦がすことなく、アルケー様を讃えながら消え去ったそうだ。

……その後のアルケー様と“私”は常に一緒だったようだ。
アルケー様はその後、神の時代から人の時代への移行に伴う混沌の時代を戦い続け、人の時代に映ったのを見届けると亡くられたという。
その時に“私”もアルケー様と一緒に冥界に行ったそうだ。
そしてエリュシオンで私達は正式に夫婦になったのだと。

 残念ながら、私にはそれらの記憶は無い。
ヌオーとしてのアルケー様は知っていても、人間の英雄アルケー様については、私はなにも知らないのだ。
そのことが悔しくて、哀しくて、情けなくて仕方がない。
それでも、そんな薄情で愚かな女を、アルケー様は愛してくれているのだ。
“私”が“海神の三叉矛(ポセイドン・トライデント)”を使えるのは、アルケー様の加護のおかげだ。
……“私”はあの御方の献身と愛に何一つ返せていない!

 それでも恥知らずな“私”は、あの御方がカルデアに来られる日が来ることを期待している。
アルケー様と再会できれば、この耐え難い記憶の欠落は無くなり、あの御方への恩返しを始められると
都合の良い妄想を抱いているのだ。
アルケー様に会いたくて、会いたくなくて、気が付くとヌオー達が召喚される場所に”私”はいたりする。
この葛藤はアルケー様と再会した時にしか答えは出ないだろう。

 そして今日も、アルケー様のことを知る者達に、”私”は話を聞きに行くのだ。
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