雪の日のこと


オレにとってのクレイ・フォーサイトって人はさ。とてもじゃねぇけど、一言で言い表せるような存在じゃあねぇんだよ。
だって、はじめて会った時からアンタはすげぇ人だったんだぜ。燃える火事の家の中からオレを助け出してくれた人がいたんだって。自分の左腕をなくしてまで、オレの命を救ってくれたんだって。それだけでもすげぇのによ、それだけじゃねぇんだよ。アンタは。『命の恩人』なんてものだけじゃあなくってさ、クレイはオレの目標だったし、憧れだったし、見上げ続けた理想だった。
だってさ、アンタ、オレのこと、助けてくれただけじゃあなかっただろ。病室まで見に来てくれて、施設に行ってからも何度も面会に来てくれたし、出かけたことだって一度や二度なんてだけじゃなかったしさ。親も親戚もだれもいなかったオレにとって、火事で家も何もかもが燃えちまったオレにとってはさ、クレイ・フォーサイトって英雄はたった一つのオレのものだったんだ。オレの、英雄、だったんだ。憧れ続けてきた十二年間が、今のオレを作ってるし、十二年間ずっとオレの先をいってくれてた人がいなかったら今のオレにはなかったって思っちまうんだよな。
……たとえ、その火事を引き起こしたのがアンタで、アンタはたくさんの人にひどいことをしていて、それから……アンタはオレのことをずっと目障りだって、思ってたんだとしても。
…………。
……リオはさ、今日はマッドバーニッシュの幹部たちと静かに過ごすんだって。アイナも、エリス博士と……アイナのねぇちゃんと久しぶりに一緒のクリスマスだ。レミーも、バリスも、ルチアも、イグニス隊長も、みんなちゃんと帰るべき家があるし、ちゃんと……一緒に過ごす人がいるんだ。
……そうだよ。アンタの言うとおりだ。悪いか。だって、今まで、オレたちずっと一緒に過ごしてきただろ。クリスマスには。
アンタもオレも家族なんて呼べるもんなんて持ってなかった。寄せ集めたがらくたみたいなツリーを囲んでさ、マーケットの売れ残りのレモネードを飲んだりしたよな。そういや、いつだったかアンタがケーキを作ってくれたこともあった。半分焦げかけたやつ。覚えてるか? オレ、今でも覚えてるよ。アンタが作ってくれたあのケーキ。……今思えば、財団立ち上げるまでのアンタって今のオレとそう年齢なんて変わんねぇだろ。アンタは働いてもなかった。きっと大変だったよな。オレみたいなガキの面倒までみてくれて。それでも、クリスマスにはちゃんとサンタクロースが来てくれたんだ。うれしかったぜ。ホントに……。今でも全部覚えてる。良いクリスマスだったよな。贅沢なクリスマスだったなぁって今なら思う。
……辛気くせぇって? いいだろ。別に。たまには思い出話くらい付き合ってくれよ。オレと思い出を話してくれんの、だってアンタしかいねぇだろ。
…………。
……ああ、そうだな。オレも、いつか家族を作るんだろうな。アンタの言うように。思い出話を言い合えるような。ま、もしかしたらオレの思い描いてる家族と、アンタの言ってる家族ってのは、また違うかも知れねぇけど。
家族で思い出した。オレさ、ずっとビビってたことがあるんだ。
……なんだよ。オレにだってビビることくらいあるっつうの。
笑うなよ。ガキん時のオレさ、アンタが……その、結婚とかすんのが怖かったんだ。
……あっ、やっぱり笑ったな!
うるせぇ、仕方ねぇだろ。だって、ホントにアンタに家族が出来るのがこわかったんだぜ。アンタはオレのこと、ずっと一番みたいに大事にしてくれてただろ? クリスマスに過ごすのも、バースデイに過ごすのも、オレのこと優先してくれてさ。でも、段々成長してきて、社会ってのがわかってきて、アンタが特許を取ったり財団立ち上げたりしてく中でアンタの周りにいろんな人がいるようになってって……。オレ、実はすっげえ怖かったんだ。いつかきっと、アンタにはオレよりも、もっと大事で大切な人が出来る。その人と、アンタが選んだステキな人と、アンタは一緒に過ごすようになるんだ。クリスマスもバースデイもいろんなホリデイを。今から思えば当たり前だよな。そんなこと、わかりきってたことなんだけどよ……やっぱガキん時は怖かった。ビビってた。
知らねぇだろ。オレがアンタにクリスマスの誘いをするたびに、いつかきっと断られる日が来るんじゃねぇかって。それが今日じゃねぇかって思ってたこと。オレは、また一人になっちまうんじゃねぇかって。
……そんなつまんねえことを思ってた自分もイヤだったな。アンタの幸せを心の底から祝福するオレでいたかったし、つまんねぇ独占欲でアンタに迷惑をかけたくなかった。これは本気だぜ。こう見えても、オレ、結構アンタのために色々我慢してたりしたんだからな。アンタはきっと知らねぇだろうけど。
……なぁ。
オレ、アンタの前ではずっといい子だったよな。……けっこう猫かぶってたっつうかさ。ずっと先生の言うこと聞いてるガキみてぇだった。自分でも思うぜ。反抗期なんて起こさなかった。アンタの迷惑にはならねぇように気をつけてたつもりだったしな。マッドバーニッシュの親玉だって捕まえようとしたのも、半分くらいアンタのためだったんだぜ?
……あ、やっぱ嘘。四分の一くらいかも。
……わかったよ! はい! そんなことあの時は微塵も思ってなかった! 
でも、リオを捕まえたあとには思ったな。きっとアンタは喜ぶだろうなって。これで、この街が平和になるんだって言ってくれるってよ。
まぁ……それも全部、まやかしみたいなものだったのかもしれねぇけど。でも、あの時のオレは本気でそう思ってたんだ。
絵に描いたみてぇないい子だったよな。オレってさ。あーあ、まったく。涙が出るぜ。オレは本当にけなげだったよなぁ。アンタのこと、ぜんっぜん疑ってなかったんだ。
アンタも……オレの前では、ずっと理想の英雄でいてくれてたんだなって今ならわかる。
今でも覚えてる。アンタがどんな風にオレの頭を撫でてくれて、どんな風にオレを抱きしめてくれて、どんな言葉をかけて、どんな贈り物をしてくれてたのか。ずっと覚えてる。忘れられるわけがねぇんだよ。くそ……なんでだろうな。なんでだろう。オレ、ちゃんとあの後に考えたんだ。父さんと母さんの墓参りまでしてさ。ずっと考えてた。アンタがいなかったらオレの家は燃えなかった。オレはあのまま父さんと母さんと一緒に幸せに幸せに暮らしてたんだ。そんなオレのこと、オレ自身のことをすげぇ考えたよ。ずっと、ずっと考えてた……でもさ、そのオレはもうオレじゃねぇんだよ。いまここにいるオレじゃない。
アンタがオレの家を燃やして、アンタがオレの英雄になったから、だから、今、ここにオレがいるのかなぁ、なんてことをずっと…………考えてた。
…………。
わりぃ。こんな恨み言みてぇなことを言いに来るために来たわけじゃねぇんだ。
だって、ほら。アンタが……その、パルナッソス号が堕ちて、裁判があって、それからここで暮らすようになってからの最初のクリスマスだろ。
レスキュー隊の奴らもみんなホリデイに誰かと過ごしてんのかな、って思ったらさぁ。なんか会いたくなっちまったんだよ。ちらっとでも顔が見れねぇかな、なんてさ。
……アンタは、きっと、オレの顔なんか見たくねぇだろうけど。それでもオレは……ずっと、クリスマスにアンタの顔ばっか見てきたからさ。もう、オレ、両親と一緒に過ごしたクリスマスの数よりも、アンタと一緒に過ごしたクリスマスの方が多いんだぜ。
…………。
……なぁ。
クレイ。
アンタは知らねぇかもしれないけど、この前、プロメポリスで初雪が降ったんだ。……二十年ぶりだって言ってた。こんな時期に雪が降るのは。プロメアがいなくなった影響じゃないかってニュースではよく言ってる。ホワイトクリスマスっていうやつだ。白い雪がさ、街全体を覆ってるんだ。高っけぇビルの上にも、細っそい路地裏にも雪が降って、……きっとこの監獄の上にだって雪は降ってんだよな。アンタのところからは見れねぇけど。きれいなもんだぜ。ホントに。クリスマスのいろんな飾りに雪が積もってるのを見るのは。
…………。
……クレイ。
オレさ。いつか、いつかアンタと…………。
いや、……なんでもねぇ。
…………。
クレイ。
今日、この日に、また……アンタの顔が見れてよかったよ。
…………。
……ああ。
うん。……ありがと。
アンタも……元気でな。
……メリー、クリスマス。
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