二年/夏


 携帯が鳴ってる。夏油傑からだった。
 一年前まで私の連絡帳は一件しかなかったのに。
 「…はい」
 『や、榊原』
 「…なに」
 『今沖縄に来てるんだけど、お土産何がいい?』
 なんて?
 「なんで沖縄?任務は?」
 『だから、任務で沖縄に来てる』
 「…だからの意味が分かんないんだけど」
 星漿体の護衛任務のはずでしょ?なのになんで沖縄?
 『いろいろあって』
 護衛対象の世話係が拉致されたから、沖縄まで取り返しに行ったらしい。わざわざ沖縄に行かなくても、世話係なんかほっとけばいいのに。そんなの、いくらでもいるでしょ。同化には世話係必要ないし。
 「沖縄旅行はいいけど、同化には間に合うの?」
 『夕方の飛行機に乗るつもり。だから明日の同化には間に合うよ』
 じゃあ、いいか。いいはず。なのになんだかか、モヤモヤする。
 「…飛行機に乗り遅れないでね」
 電話を切ろうと画面を見たら、ちょうど12時だった。沖縄のどこでなにしてるかは知らないけど、そろそろ空港に行ったほうがいいんじゃない?それも言おうとして、もう一度携帯を耳に当てる。
 『あ、榊原』
 「…なに」
 『やっぱり明日帰るよ』
 モヤモヤする。
 なんで?さっさと帰ったら?
 「余裕だね」
 『余裕…っていうか、理子ちゃんにできるだけ思い出を作ってあげたくてね。たぶん、悟もそう思ってる。明日の飛行機にするって言ったのは悟だし』
 理子ちゃん。
 「あのボンボンがそこまでするとか、星漿体はいい術式でも持ってるの?」
 『理子ちゃんは非術師だよ』
 理子ちゃん。
 非術師の理子ちゃん。
 呪術は非術師を守るためにある?
 「…じゃあちゃんと守ってあげないとね」
 『うん、がんばるよ』
 電話を切った。
 そのあとで、夏油傑からメールが届いた。
海の写真が一緒に送られてきた。夏油傑と五条悟の間に、知らない女が映ってる。たぶん、理子ちゃんだ。
 「…猿のくせに」
 いいな。海は行ったことない。携帯画面の中はあんなにも明るいのに、私がいるのは暗い廃墟だ。いるのは任務で戦った呪詛師二人だけ。
 「猿のくせに」
 メールを削除してしまおう。削除したら、モヤモヤがたぶんなくなる。猿の写真なんか、持ってても意味ないんだし。
 じっと画面を見る。猿の隣で五条悟と夏油傑が笑ってる。みんな水着を着てる。夏油傑は派手なシャツも着てる。いつも黒い制服を着てるから、珍しい。
 みんな笑ってる。
 猿のくせに。
 「いいな…」
 みんな楽しそうな顔をしてる。
 早く削除してしまおうと思っていると、夜蛾先生から電話がきた。空港にいる一年と合流して、星漿体が乗った飛行機が安全に着陸できるようにしろ、とのことだった。
 時間が経って、携帯画面が黒くなった。そこに映った私の顔は暗い。
 なんだかとってもモヤモヤする。
お知らせ
実務でも趣味でも役に立つ多機能Webツールサイト【無限ツールズ】で、日常をちょっと便利にしちゃいましょう!
無限ツールズ

 
writening