クイーン・オブ・ドーナッツ


剛毅たれ。優雅たれ。トレセン学園きっての女傑、ジェンティルドンナ。そんな傑物は、いま──在る人物へのプレゼントを手に取っていた。

サトノ家謹製のリラクゼーション効果のあるクッションを購入し、彼に贈答する為の品の最終確認を、彼女自らが行っている最中である。

かさりと音を立てる包装の中から出てきたのは、無地でまっさらなドーナツ型のクッション。

「…あの人には丁度よい代物でしょう」

…ほんの気紛れ。ちょっとした褒美です。そう言い聞かせて、強がってみる。
嘘。本当は、少し怖い。…あの人の事を思い浮かべる。…喜ぶでしょうか?
私の強さも、弱さも、受け入れて前に進ませてくれたひと。きっと、何でも喜んでくれるのだろうけれど──なんというか、彼は頑張りすぎるので。
だから、少しでも癒しになるようなものを、と思案をし、このクッションを手に取った次第なのです。

…私では、きっと。彼に気を遣わせてしまうだろうから。そのような在り方を通してきたのだから。…貴婦人たるもの、秘めておくべきものでしょう、これ/恋心は。

そう、自嘲する。
敢えて孤高であらんとする為の、絶対的強者としての振る舞いに、強がりに…付き従ってくれたあの人に、ほんの少しでも。
この想いが伝わればいいのですけれど。
…まぁ、無理でしょうね。あのひと、鈍いですもの。だからこそ、好きになってしまった。

───もっと、傍にいたい。甘えていたい。
自らが作り出した壁を、壊してしまいたい。

そんな、淑女に似つかわしくない想いは秘めておきましょう。そうすれば、痛くないのだから。/いつまで、そうしていられるのだろう。いつかは、終わりがくるというのに。

あぁ──こんな自分が、嫌になる。

そう思った次の瞬間──私の手の中のクッションは発光し。

「えっ?」

私は間抜けな声を上げたあと───

その存在の一切が消え失せてしまった。

浮遊感。先程まで地に足を付けて立っていた筈。なのに、臓腑が浮き上がる感覚。程なくして、重力という法則【ルール】に逆らえず──

おち、る。

そう思考したあと、私のカラダは…ぽすん、と。パワフルと謳われる重みなんてなかったかのような音を立ててカーペットの上へ堕ちる。

(……ふぎゃっ!!!!)

突然の衝撃に淑女らしからぬ声を上げてしまう。

──どう、なっているの?

周りを見渡そうにも、私の視界は動くことはなく。ただ、少し広くなった天井を見上げることしか出来ない。
…手足も、胴体も、頭も背中も、その全てがごちゃ混ぜになって癒着しているような感覚。本来触れている部位とは違う部位にまで、触覚が、ついている、ような──

「おーし!ゴールドシップ回収バイト降臨ってなぁ!」
「……サトノ、こえーよマジで……」
「すまん…今度鉄球いっぱいプレゼントしてやっから…」

──因縁深き不沈艦。いつも戯けているあの方の怯えたような声が、何故か私の部屋で聴こ     
た、  気    が───

そこから先は、瞬く間にビニール袋に包まれ、更に私を閉じ込める籠によって、視界が闇に包まれ…もう、なにも分からなくなってしまった。




─ジェンティルドンナ様からです。

─ジェンティルからの宅配?珍しい…
─確かに受け取りました。ありがとう。

がさごそと、外から音がする。そして、あの人の声も。真っ暗で、四角い部屋のなか、ぎちぎちと音を立てながら私はそこで、助け出されるのを待つしかできない。
段ボールの封を開け、白い紙箱の中に鎮座する私を覆う包装が解かれ、視界が急に開けて。
目の前には想い人のカオ。思わず目を背けようとしても、依然として視界は固定されてしまったまま。

私を見下ろす彼が、何かを、喋っている。

「おお〜…これ、は。ジェンティルモチーフのクッション…なのかな?」
「ふふ。ドーナツみたいでかわいいな。でもなんというか…でかいな…」
「ちょっとギョッとしたけど…自信に満ち溢れた彼女らしいと言えばらしい、か」
「使わないと逆に怒られそうなのは分かる」

───いま、なんと?私が、クッション…?そんな疑問は即座に確証に至ってしまう。
彼に持ち上げられて鏡に映る私の姿を目の当たりにして、絶望する。
私の躰は───あの、無地のドーナツクッションと私が合体したような姿をしていて。
私が持っていた時よりも何故か、肥大化、している…というか…?

全体的にボリュームアップしている事が伺える、彼に抱えられている鏡の中の私。
中央にぽっかりと空いた孔をぐるりと取り巻くように鮮やかな紅の色をベースとして、白の生地と金の装飾のプリントが成されており──私の勝負服の特徴的なデザインである、黒のリボンとそれに連なるシースルーが私の胸の位置を如実に示している。

胸の位置から見て孔の上部には、左側には王冠とハートの刺繍がプリントされ、メンコで覆われたウマ耳…もちろんクッションに添えられる本物ではない黒い耳が、おまけのように縫い付けられていた。

…なんとも、無様で滑稽な姿を晒している。
背面は、真っさらな純白に金の刺繍が縫い付けられ彩られている。…おそらく、私の脚を輝かせるロングブーツのイメージなのでしょう。

なぜ、こんな事になってしまったんでしょうか。あのように、願ったから?その結末が、これ…だとでもいうのですか?

そのように打ちひしがれる私を置いてけぼりにして、彼は少し興奮気味に、少年のように、無遠慮に…私を撫でまわし、指を食い込ませ、私の理性を侵していく。

「おおお…すごいな、これ。ふふ……」
「ふわふわモチモチ、それなのにすべすべしてて…ほんのり暖かくもある。…湯たんぽみたいだな?」
「オーダーメイドなんだろうか。…高そう…」

(ひゃんっ!やめっ…あぅぅ……っ…元にっ…戻ったら…覚えておきなさ…はひっ……♡)
(ふにゅうっ……!…ぁ……や……あっ……♡)

遠慮がないのはそう。けれど、やさしい手付きで。こねこね、ぐにぐに。ぐにょんぐにゅん。

まるで、ドーナツの生地を練るように。わたくしが、とけていく。貴婦人が、おんなのこに──とろかされていく。

「うお、なんか更に温度が上がった」
「それと、なんというか。ジェンティルの、匂いが…する、ような……?」
「……する、だろうな。こちらの反応を愉しむために、敢えてそういう事をするもんなあの子…」

彼の整った顔が近付く。私の胸の谷間に当たる位置に、鼻を寄せて…すん、と。それがたまらなくくすぐったくて、こそばゆくて。

(〜〜〜ッ!!!あふぅっ……へん、たいぃっ……♡)

頭ではそう考えられる。でも、頭の中で響く私のこえは、あまくあまぁくとろけていて。悦びに満ち溢れてしまっていて。

「なんか、慣れ親しんだ…好きな匂い、だな」
「これを言ったら流石にアウトだけどまぁ、1人だしいいか…」

(────やめ、て。わたしを、これ以上、こわさないで…あなたを、もっと。すきになってしまう)

「まぁ、取り敢えず座り心地でも確かめてみるかな」
「よいしょっ…と!!」

突如、ぽふんと柔らかな床に投げ出される私。その衝撃による甘美な刺激で痺れてしまう。
だから。纏まらない頭で、ぼうっと。あの人の臀部が飛び込んでくる事を見やる事しか出来なくて。
黒い影が、私を押しつぶさんとするその刹那に、その状況を正確に把握して、しまって。

──しあわせの臨終。その間際の、最後の思考。

あ。   こわ  れ   ちゃ  

(待っ…待っへ…いま、いまそんなことされたりゃっ……ふぎゅうううっ!!!!)

(ひに゛ゃっ!!あ゛っ………?…ぷぎっ!?!)

(──── 、─、───? ─ 、───♡)

ずしんと、私を押し潰すトレーナー。私のなかで響き渡る情けないこえ。
私もパワフルと言われるだけある重量はあります。けれど…殿方の重さ、というものを味わうのは、初めての経験で。
いつもであれば、特に力を入れずとも大抵のモノは持ち上げてしまえる私にとっては、ソレはとても…とても、味わい難いもので。

ドーナツクッションと化した私の穴の部分にすっぽりと、彼の臀部が収まる。ずぶずぶと、私の躰に沈み込んでいく感覚は、堪らなく心地のよいものであり──
……無駄な肉の付いていない、引き締まった筋肉の動きが、私にダイレクトに伝わってくる。

彼の、ねつ。いつもの彼とは違う、ラフな服装に染みついた匂いと、少しだけ汗ばんだ湿気が、私をおかしくしていく。

…それに混じる、ナニカの記憶。

(う、ぁ……♡はひっ……あぇ……?なんでっ…こんな屈辱を受けているというのに、昂って──)
(なんで、なんでなんでっ!?懐かしい感覚が…在、る…?)
(私のものじゃないのに、わたく…し、の記憶…?なに…?これっ…私、こんなの知らなっ)

「…よっと。すっごいふかふかで抜群の座り心地だ」
「これから寒くなるし、ありがたいモノを貰ってしまったなぁ。お返しとか考えとくべきだろうか…」

(…ぁ……)

かぽん。なんて音がしそうなほど、すっぽり嵌っていたあの人の臀部がクッションの私のクチから抜け出す。
…そんな私を襲ったのは喪失感。せつない。くるしい。もっと、もっと敷いていてほしい。乗っていてほしい。
そうである事が自然、という感覚。妙に馴染む、初めての…
あの人に乗られていたい、という──マゾヒズム、の、ような。

(うぅっ…しっかり、しなければ。私は、剛毅たれ、優雅たれを貫く─)

「座るのもいいけど、やっぱ抱き心地だよなぁ、こういうのは」

(…はへぇっ?)

ぐばん。と、ぐずぐすの私を喰らうために、私を持って座っていた彼の手足が開かれる。

ほんの少しだけ、刹那の刻の中で。
本来この体では自立することの出来ない私は──彼と対面する形で…まるで独楽のように。
虚空をくるくると廻り、自立しており…私は、呆然とそれを見やり、受け入れるしかできない。

廻るせかい。廻る私。廻り廻る、あまい毒。
いまから、さらに。その毒/砂糖でコーティングされる──

【ドーナツの女王様】。
Queen of doughnut.

(待って…おねがい…わたくひ…ほんとにっ……こわれっ)

ぎゅううううううう〜〜〜〜〜っ!!!!!!


(ぴっ)


(に゛ゃ゛っ゛っ゛っ゛!!!???!!!)


(───────────ぁ♡)


再度、鬼婦人と呼ばれた傑物の呆気ない断末魔。
勿論、女傑を屠ってみせた処刑人にはそんな声は聞こえるはずもなく。

───無慈悲な追撃は続く。

「…あったかいなぁ」
「なんというか、本当に。ジェンティルが近くにいる感覚があるような…なんだか、安心してしまう」
「…この際だし、色々吐いちゃうかな」


(……なに、を?わたくしへの、愚痴?いや…いや。ききたくない…こんなに、めちゃくちゃにされてるのに…!)

あたまも、むねも、うでも、せなかも、おしりも。すべてがくっついていて、あのひとにつつみこまれて、どろどろにされているのに。
もし、わたくしがきらいなことをはきだされたら、どうすればいいの?

壊れた頭でも、そんな風に。あり得る筈のない最悪を想定してしまう、面倒な女が顔を出している。
そんな私の事なんて知りもせず、穴の内側に座す、ぴょこんと飛び出た、薄手のウマ耳の近くで──

─ジェンティル、本当に可愛いんだよなぁ。顔がそもそも可愛い系だし、褒めてもらいたがりだし。ドヤ顔が本当に可愛い。
─頑張り屋なのも健気で可愛い。足も手も結構小ちゃめなのが可愛い。赤だけじゃなく、ピンクが結構好きなのも可愛い。
─もっともっと、彼女が輝く様を見ていたい。
でも、彼女の魅力に耐えれなくなったら、君に吐き出させて貰おう。
─ふふ。更にあったくなった。どういう仕組みか分からんけれど、ぽかぽかするなぁ…

可愛いの洪水。囁くようなこえで、嬉しそうに、誇るように、捲し立てるように。抑圧からの解放の反動、というものが当てはまるような苛烈さ。
そんな風に、吐息が当たる、距離で。更に抱きしめる力が強くなった上で──
私をでろでろに融かす口撃が炸裂する。

(……ふぇ……?)
(?!#€♡〒☆!?)

メルトダウン。私のキャパシティを遥かに越える惚気が私に突き刺さり、爆発させる。
結局、その日の私の記憶はそこで中断されており──目を覚ました時には、体は元に戻っていたのでした。からだは、あつく、あつく。
ベタついた汗が、私の額を濡らしていた。

ベッドから体をむくりと起こし、ぺたぺたと体を触る。細くしなやかに、他の方と比べると小さめの指が、私の全身が確かに在るということを証明していく。
ウマ耳も、尻尾も、リング状に結った髪も。自慢ではないけれど…豊満といえる肢体も、しっかりとそこに存在している。

昂り切ったこころを抑えつける為に、大きく息を吐く。けれど、吐き出されたのは桃色吐息。危険な熱を持った、淫靡な呼気が、私から漏れ出していて。

フラッシュバックする、先程の地獄のような天国。それを振り払って、この現象を理解しようと努める。

──ゆ、め?…いいえ、アレは夢の感触ではなかった。では、どういう…?

そんな疑問を抱きながらも、時計を見やって、学園への登校の準備をする。そうして、いつも通りに学園生活を送り、その後のトレーニングをこなし──自室に舞い戻る。少しだけ気怠い体を引き摺り、ベッドの上へ。
そして、暫くして…ふたたび。とろん、と。意識が沈んでいく。

気が付けば、再び私はあの人の部屋へ。
…こんな事が何度も起きて、漸く自身の状態が理解できた。いつもの私と、クッションとしての私が存在している。
意識だけが移る、とかそういうモノではなく…しっかりと体が変化している。

もちろん、この状態を改善するには…
サトノグループに商品の問い合わせをすれば済む話。…薦めてきた、サトノダイヤモンドに異変を伝えれば良い話。

…けれど。私はこの変異を敢えて、放っておく事にしてしまったのです。
あの甘美な時間は、あの人の愛に飢えていた私には深く深く突き刺さって抜けなくなり…手放せなくなっていて。

忙しさ故に、無精髭を生やして、いつもよりも汗の匂いが強いあなたが覆い被さってくることも。
少し苛立つ事があったのか、力任せに抱きしめてくることも。
極限まで疲れていたのか、はたまた微睡んでいたのか。抱きしめながら寝ていた『私』を本当にドーナツと勘違いしてかぷりと食むことも。

私の前で、大人として、トレーナーとして、完全たる従者としての振る舞いをする、そんなひとの…所謂、素のすがた。

ああ──こんなにも私は。
この人のことを何も…知らなかったのね。

色々なあの人を知る事に対して、幻滅などしない。寧ろ、可愛らしくて。この人の良いところも、ちょっぴりダメなところも──
総てが、更に好きになってゆく。遠い存在だと思っていたひとが、存外に近くて。それが堪らなく、嬉しくて。

だから、だから。

「…ね、触らないの?」
「…褒めて、くださらない?もっと、情熱的に」
「休みなさい。英気を養う事も、私のトレーナーたる者としての責務です。…だから、私の膝を貸して差し上げてもよくてよ?」
「…他の娘よりも、少しだけ…硬いかもしれないけれど」

「こう」なってしまったあと、「いつも」の私も──素直に甘える、という一歩を踏み出す事が出来たのです。怪我の功名、とでも言えるでしょうか。

普通に考えても、二倍貴方の傍に居られるのですから…慣れてしまえばただのご褒美です。…ふふ♪
そんな風に、こんな奇妙な生活のサイクルが…日常として溶け込んだころ。
いつものように、クッションとなった私を片腕で抱きしめながら仕事に精を出す、そんな目の前の愛しいひとが…ふと。

「そろそろ、洗濯時かなぁ…」
「ちょっとベタついてきちゃったし、清潔にしておかないと流石にジェンティルに怒られるだろうし…」

えっ。

(なん、で…?貴方と刻んだ時の蓄積でしょう?私を、洗うの?やめて…お願い…!)

突然、そう告げる。天国のような至福のひと時から一転、地獄へのいざない。
至極真っ当な提案の筈なのに、私は「使われる」モノとして完全に堕ち切っていて。
そう、考えてしまう。そんな胸中も知りもせずに、私を閉じ込めていた白いハコを漁る彼。

「あの箱に説明書とかあるのかな?よっ、と。…どれどれ?カバーも外さずにそのまま洗濯OK、か。凄いなこのクッション…本当に特注品なんだな、これ…」
「信頼されているのかねぇ…ありがたい話だ」

そんな納得したような声と共に、ぽーんと。なんて事のないように洗濯機に放り込まれる私。
どさりと、あなたの質量がほんの少し増えた躰が洗濯槽という奈落に堕とされてゆく。

(…うぎゅうっ!!)
(やだ、やだやだやだ!あなたといっぱい、触れ合った証なのに…!)

子供のような駄々。そんな駄々を呑み込むように、洗濯槽が冷たい水で満たされていく。

(あ、ああぁああ……ごぽっ、がぼっ…)

四方から染み入ってくる質量になす術もなく沈んで、ぶくぶくと肥っていく私。
この躰は、「いつも」の私の躰ではない。けれど、まるで──巨大な肉塊にでもなってしまったかのような感覚に囚われる。
そして、無情にも響く電子音を皮切りに、鉛のように重くなった躰が、ふわりと浮き始める。

(うぶっ…ぶひゅっ…ぶぉ…っ…お゛っ!?)
(ひぎゃっ!がっ、あっあっあっ!?)
(止め……へっ…♡やめっ…♡に゛ゃあああっ……♡)

まぁるく、ぶよぶよとした、重いからだが、洗濯槽という小さな空間で水流という大きな力に弄ばれ、ばちべちと乱反射しながらのたうち回る。渦のなかで、わたくしが滅茶苦茶にされていく。
わたくしの重さで、ゴトゴトと揺れ動く洗濯機。それによって更に、更に。振動は強さを増していく。
先程までの洗浄に対する絶望が、悦びに変換されている事に気付きもせず、快楽に揉まれて──

あらゆる思考が漂白されてしまったわたくしは、ずるりと。あのひとの手によって、引き揚げられる。

全てが敏感になった躰に、あの人の手が突っ込まれて、水を吸って重くなった肢体に食い込んでしまって。それが、なんとも──

(…んへぇ、……っ?……ぁ、  ぅ───)
(ひゅっ……、…んぶぅっ……きもち、いい……ッ……♡)

「うお、重い…だいぶ水吸ったな…」

(ぶふっ…ごふっ…う゛ぅ゛…まるで、肥え太ってしまったよう…です…うぶっ…)

「よし、絞るか」

(ふぅ……ふぅ…んぇ…?しぼ、る?私をっ、絞るのですか!?)
(うぷっ…こころのっ、じゅんびがぁ…ぎゅむぅ!!)

目一杯の力を込めて私を捻じるトレーナーさん。ぎゅちぎゅちと音を立てて、私が歪み、私に蓄えられた水分を搾り出していく。
両端を鷲掴みにされて、まるでツイストドーナツのような細長い姿にはやがわり。
多少乱暴に扱われる時にでもあった、彼の根底にあるモノへの優しさを感じられない…そんな野蛮な刺激をダイレクトに味わう。

(んぎゅうううう!?………ぷぇ!?)
(あうぅぅっ!!ぐぅぅううう!!)
(んにぇ〜〜〜〜っ……きゅう〜〜〜っ……)

ボトボトと、滝のように滴り落ちる雫。思考まで抜け落ちてしまいそうな、そんな感覚に揉まれ、呆けているうちに、随分と体が軽くなっていて。

─おし。あとはこれを天日干しにして、と。

水を出来る限り絞った私は、部屋の窓際へ。
脱水シートの上に、逆さま…つまり、いつもの面ではなく背面。…その、お尻の方を上にして干されてしまったのです。じりじりと照りつける日差しが、私の体を乾燥させていき─

「──まじか。この大きさだと結構乾きが遅いと思うんだけど…もうじわじわと乾いてるな…」
「どうなってんだこのクッションは…」
「ま、そういう事なら──」

そうして、奥へ消えていくトレーナー。

(ふぐぅ……うぅ…っ、散々な目に、遭いま─)

パァン!!!!

ばちっ。ばちばたばちいっ!!!
私の臀部に奔る凄まじい衝撃。じんじんと、炸裂した衝撃の余韻が私のからだを蝕んでゆく。
何が起こったか確認しようにも、目の前は真っ暗な闇。
当然でしょう。だって、私のカオは今、地面に向けられているのだから。
動く事さえままならず、ただただ尻に受ける衝撃を享受することしか出来ない。

(きゃああああーーーーッ!?!?)
(おし、おしり、が、なくなっ──)

─よっ…と!

パァン!!パァン!!スパァン!!

(いやぁーーーーッ!?!?)

今の私は洗濯物。つまり、その。今私は、布団叩きでっ──

ッパァン!!!

んぎゃっ!!!無慈悲に布団叩きを振るうトレーナー。…私、もう何回散々な目にあっているんでしょうか…?

(…でも。でも…また。あの時──あの人に無遠慮に跨られた時と、同じ悦びが……♡)
(あんっ♡過る、この記憶は…っ…ひぅっ……♡…なんなんですのぉっ……!)

再び、ナニカの記憶が混濁する。尤も、今回は──「いつか」の私にとっては、苦い記憶らしいということ。
…それを甘美なものとして受け取ってしまった、私は。へんたい、なんでしょうか…?




…そんな一幕もあったりして。乾いてふかふかな柔らかさを取り戻した私は、あの人の胸の中に戻っていく。
たまらなく、幸福な時間。
…できれば。「いつも」の姿でも、存分に。貴方に触れ合えたらいいのに。なんて思いながら、まどろむ。…ふふ、あったか、い───




もぞりと、体を起こす。寝覚めが良い。…ふぅ。やる事は変わりません。「いつも」の私として、あの人と──おこ、せない。体が、横になったままで身動きがとれない。

──────え?

ふわりと。クッションの時に幾重も味わっていた匂いに包まれている。私の腰に、しっかりと絡みついているしなやかで、太い腕。
いつも見上げることしかできない『わたくし』の視界は、自在に動かす事ができ──

そして。目の前で瞼を閉じ、すぅすぅと寝息を立てる貴方がいて。

「〜〜〜〜〜っ!?」

思わず、全霊の力を込めて、目の前のひとを押し除ける。
…自らが、ウマ娘のなかでも。凄まじき力を持つ存在という事を忘れて。
すぐさま、我を取り戻すけれど…後悔してももう遅いでしょう。
嗚呼。私の所為で、目の前の人が、こわれっ…

へにょん。

……あぇ?にゃっ…にゃんっ、でっ…?

私のうで。零距離からでも、人を軽く吹き飛ばせるくらいの力がある私の腕は…目の前の彼の胸板をさわさわと撫でているだけ。
力を入れていた感覚はある。それも、咄嗟に出た全力の防衛本能。なの、に──

あつい。あつい、あついあついあつい
すき、すきしんじゃうっなんでこんなちかいのいいにおいがするしっぽがまきついちゃうもっとちかくでかぎたいだめちがうだめじゃないからあううぅぅ………

あれだけ尊大に振る舞っておきながら、想い人に跨られ、抱き潰され、お尻を叩かれるのに快感を得ているなんて事が知られてしまったら…
なんてこともほんの少し考えて。
その後はずうっと、桃色に染め上げられた頭が同じ言葉を繰り返している。

そして、その熱を覚ますのは、貴方の目覚めで。

「ん、ぅ……」
「ひっ……」
「…お?おー……?」
「……………」
「………?」

「「────」」

「うおおおおおおお!!?!?」
「こえ!こえがおおきい!!」
「なんで君がいるんだ…?」
「それはっ…その……」
「…あの、さ。俺、クッション抱いて寝てたんだよね」
「………はい」
「で。クッションは存在せず、君、が…」
「────ッ!」

どうすれば。どうすればいい?このまま彼の口から紡がれる言の葉を受け入れれば、私は終わってしまう。この、関係が。最悪、嫌われてしまう。契約解除も視野に…っ

目覚め。異質な状況。蕩された私の頭。そして、次の言葉を受け入れたくない私は───

「むぐっ!?」

自らの肉厚で、ぽってりとした唇を優しく、べったりと重ねる。眼前の雄のかさりとした乾いた唇を覆い尽くすように。
このまま、貪ってしまいたい。そんな獣欲を抑えて、名残惜しさを感じつつも…ゆっくりと、顔を遠ざける。

「…ぷぁっ」
「…いわ、ないで」
「おねがい」

いま、私はどんな貌を晒しているのでしょう。泣いているのでしょうか。
困っているのでしょうか。
総てを諦めて、嗤っているのでしょうか。
そんな私に、貴方は。

「……あぁ。まぁ、わかった」
「ただそうだね。もっかい寝させてくれ」
「いまならもっと、良く寝れそうだし」

そんな風に、優しく笑っていて。…受け入れてくれた。なら、もう加減する必要もない。抑える事もない。
トゥインクル・シリーズを駆け抜けてきた中で熟成された、ぐずぐずの恋心をぶつける赦しが出たのだから。まずは──

「お供します。私もまだ、微睡んでいたいの」

そう告げて、此方から。モノであった時には味わう事が出来なかった事を、やりたかった事を。
腕や脚を絡めてぎゅうっとしがみつく。顔を硬い胸板に埋めて、幼子のように頬を擦り付ける。

今も尚、何故か力は出ない。全霊の力であっても、少しだけ苦しそうに身を捩る貴方を感じるだけ。愛しい人を潰してしまう事がない。
だから、今一度。目一杯に力を込めて、貴方を抱きしめる。夢にも思わなかった事が実現していて、涙が出てしまいそう。
そんな私を、優しく、けれど強く抱き返す貴方に溺れていく。…くるしい。けれど、そのくるしささえも、愛おしい。
熱が混ざり合って、急激な睡魔に襲われて。私はするりと眠りに堕ちていく。

…ふふ。もういちど貴方と一緒に起きたら、ドーナツでも買いに行こうかしら?今、とっても食べたい気分なんですから。






───『ジェンティルドンナ』の弊社開発のクッションとの融合、それによる生活の果てに…特定の他者への一時的な筋力の大幅な低下を確認。素晴らしいですね。
───ええ。ウマ娘が全力を以て他者への介入を行うと、凄惨そのものな光景を生み出してしまいますから。
───トレセン学園随一の超パワーを持つウマ娘である彼女の力を抑制できたという事は、この計画の成功を意味します。
───これで、私も目一杯トレーナーさんに甘え倒してやるんですから…!
───あっ。クラちゃんにも贈っておこう!クラちゃんトレーナーさんの声聴くの好きだし…きっと、ハマってしまう事でしょうから♪
お知らせ
実務でも趣味でも役に立つ多機能Webツールサイト【無限ツールズ】で、日常をちょっと便利にしちゃいましょう!
無限ツールズ

 
writening