春の色の道


徹夜で仕事を前倒しで片付けて、なんとかもぎ取った3日間だけの春休み。
その貴重な休日を使って、エースと共に彼女の故郷の桜を観にやって来た。
世界の果てまで続いているのかと思うほど長い桜並木。
名所と聞いていたが、朝早く来たからか、歩いているのは俺とエースだけだった。
桜を見上げつつ彼女と他愛のない会話をしていたが、突然桜の花弁を纏った突風が吹き、思わず立ち止まり、エースの方を見た。

その一瞬、1秒にも満たない時間、俺の隣にいたエースが、薄紅色の花弁に隠された。

「トレーナーさん?」

エースに呼ばれてハっとする。
俺は無意識に彼女の手を握り、自分の方へと引き寄せていた。

「どうしたんだよ、少し顔色悪いぞ?」
「…君が、桜に攫われるかと思った…」

心配そうに見上げてくるエースに、俺は正直に言う。
彼女は目をまん丸くして、一旦の間を置いてから吹き出し声を上げて笑った。

「攫われねぇよ、あたしそんなに儚くないぞぉ?」

エースがあまりにも笑うもんだから、俺はだんだん恥ずかしくなって、彼女の手を離したが……直ぐに掴まれる。

「ごめん!バカにした訳じゃないんだ、そんな風に心配されたことなくて、ちゃんと女扱いされた事がこそばゆくなっただけなんだ

……だから…先に行かないでくれよ…」

彼女の言葉尻が微かに震えていた。
不安そうに俺を見上げてくるみ空色の瞳に水が張っていて、少しでも動いたら雫が溢れ落ちそうだった。
女の子扱いされた事がないと言っていたが、俺の目の前にいるのは、嫌われる事を恐れて、不安で泣きそうになっている女の子だ。

「…………行かないよ」

そう言って俺は空いている方の手でエースの頭を撫で、そのまま頬に触れる。

「君を置いてなんて行かない、この先ずっと君の隣に並ぶって決めたんだから」

嘘偽りのない言葉を紡げば、エースは安心したように微笑み、猫が甘えるように俺の手に頬擦りした。
そして少し見つめ合って、指を絡めて手を繋ぎ直す。
今度は言葉を交わさず、隣にいる愛しい存在の熱を掌で感じながら、花弁の舞う薄紅色の道を同じ歩幅で歩き出した。


終わり
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