TS転生厨二ウマ娘でもトレーナーに恋するって本当ですか?


だから俺は心の底から思う、人生何が起こるか分からないと。

「お前は俺の何に惚れた?」

自分でも驚くほど冷たい声。どこか縋りつくような祈るような言葉。
俺はそのまま続ける。

「選べ。俺の力か。俺自身か。」

機械のように平坦なその言葉は目の前の一人の小柄な男に向けられた。

「俺は……。」

男は口を開いた。
その言葉は希望となるか絶望となるか。



ーーー



「遂にこの『瞬間』が来たか……。」

中央トレセン学園の校門の前で一人俺がそう呟く。
そして俺は毎日手入れを欠かさない黒い軍帽を摘まんだ。
銀色の髑髏が太陽の日できらりと輝いた気がした。
そして俺は口を開く、

「この俺の『新詩』の!『序曲』がな!」

と予め考えて置いたセリフをそう叫んだのだ。
周りの新入生がぎょっとして俺を見れば、すぐさま目を伏せる。
そんな彼女たちを見て思う。

この年になるとな羞恥心とか死ぬんだよ。

そんな俺の名前は『ハイカミショウドウ』
『ウマ娘』であり『転生者』だ。



ーーー



これから選抜レースが始まる中俺は今更衣室で着替えていた。
周りでは体操服に着替えるウマ娘たちが居る。

‥‥‥いくら前世が男だと言えここでのぞき見するほど俺は下賤じゃない!
男も女もいけない口になっちゃったことは内緒だが……。

俺は更衣室で体操服に着替えていると周りがざわざわとざわつく。
それもそうだろう。
こんな大柄で筋肉質なウマ娘そうそう居ないだろうから。

「へぇ~結構良いバ体してるじゃない。」

不意にそう声をかけられる。
高めの可愛らしい声質だった。

「‥‥‥。」

俺はそれに反応しない。
何故なら‥‥‥。

今世ではカッコよく厨二病全開で振舞おうとしたけど、咄嗟にかっこいいワードが思いつかないのだ!

やはり厨二病は卓越したワードセンス(語彙力)の上に成り立っているのか……!

厨二病失格だなこれじゃ……。

「へぇ、無言ってことはビビってるってことで良いかしら?ま、この私は名のある家の生まれだからね。」

俺はその挑発に対し反射的な反応で、まるで何かに操られてるかのようにこう反論してしまった。

「まるで雛のような言動だな。孵化したばかりか?」

自分の言葉とは思えない、まさかこんな自然に言い返せるとは。

「……へぇ、それはどういう意味?」

と明らかに怒りで震えているようだった。

俺はその自身の内にある衝動の赴くまま言葉を紡いだ。

「名家が聞いて呆れると言っているのが分からないのか?
 貴様がどんな血筋だろうと俺にとってはどうでも良い。強いか弱いか、それで十分だ。」

「じゃあ、貴方が正しいか私が正しいか、レースで決めましょう。」

「‥‥‥。」

俺は、横目で侮蔑の眼差しだけ送り、踵をかえした。
そして颯爽と軍靴の音を鳴らしレース場に向かった。

だっていい感じのワードが思い浮かばなかったのだから……。



ーーー



晴れ渡る空の元、俺たちは今ゲートに居た。
これから自分のレース人生を左右するトレーナーを決める大切なレース。
皆、緊張する。
だが、その中で二人だけ、このレースの勝敗のみではない、何か遠い先を見つめてた。
俺と栗毛の少女だ。
出走前、何故か絡まれた印象しかないが、トレーナーからの評判は上々。
負けてられないな。
俺たちがそれぞれの思いを抱えている中、ゲートが開いた。



ーーー



レースも終盤に差し掛かる。
栗毛の子は一着を独走中。
2番手との差は大差だ。
そん中俺はというと。

最後方。

全ウマ娘が絶望と感じるワード。
だが俺はこの状況に燃える。
もし仮に、こんな状況からすべてをぶっちぎって一着になったら?
もし仮に、こんな絶望をひっくり返したら?

「面白いだろ?」

俺は一人そう呟くと、足をターフに踏み込み……。

跳んだ。

「Let`s Dance!」

一気に体が加速する。
意識が追いつかなくなりそうだが、気合で一気に自分を持つ。
まるで衝撃波が出そうなほど加速した俺に、周囲の走者は何が起こったか理解できていないようだった。

あぁ、そうだ。
この絶望をひっくり返せる力が、俺にはある。

そして3番手を追い越して。
2番手を追い越して、遂にはるか彼方に居る1番手を、この眼で捉えた。

手加減はしない。
全力で叩き潰してやる!

そんな思いと共に、俺はさらに加速した。
身体を打ち付ける風が痛い。
少しでも足が空回れば負ける。
臆せばその勝利は遠のく。


だからこそ。前に進む!


俺は1番手と並んだ!
どうした?お前の実力はその『程度』か?
そんな俺の思考を読んだのか彼女は、

「ふっざ!けんじゃないわよ!!」

と叫び、さらに加速した。
まだスタミナが残っていたのかと驚く一方、面白いと思っている自分が居た。
楽しいと思っている自分が居た。


「負けてられないのよ!私はあああああ!!!!!」


と彼女は叫ぶ。
そして俺たちはしばらく競り合った。
身体をお互いにぶつけ合い、まさに獣のそれだった。
芝がめくれ、土が舞い、お互いの身体が泥だらけになる。
そんなに汚れても俺たちは走ることを辞めなかった。
彼女には彼女なりの信念があるのだろう。
だが、だからこそ!
負ける理由にはならない!


「勝つのは俺だああああああ!!!!」


俺はそのままさらに加速していき、彼女をを抜き去った。
そして俺が振り向きざま見た彼女の表情は、


「ぁ……。」


絶望そのものだった。
そして俺は、そのままの勢いで彼女と大差をつけゴールインした!



あぁ……これが勝利。これが栄光。


俺は、ゴールインし、立ち止まって空を見上げる。
俺はあの綺麗な青空を見て思う。
皆、元気にしているかな?
と地元への郷愁の念に少し涙が出そうになる。


そんな俺の余韻をぶち壊した存在が居た。
トレーナーどもだった。
その中の一人が言う。


「いや~君すごいね。最後方に居た時はもうダメかと思ったけど~~~~」


なんか自分を持ち上げて言ってるなとしか思えない薄い内容。
そんな存在に徐々に苛立ちが募っていき、
思わず一言。

「邪魔だ。」

その声は自分でも驚くほど低い声だった。
そして俺は、その声で固まるトレーナー達を手で退かし、控室に向かった。



ーーー



控室。
俺は全力で耳を絞り、不機嫌だと周囲に示した。
そうだろう?誰だって余韻をぶち壊されて、あんなこと言われたら苛つくだろ?
そう俺が考えていた時。
不意に声をかけられた。

「ちょっと貴方!私の選抜レースめちゃくちゃにしといてあの態度は何よ!?」

その声の主は、一番手の栗毛の少女だった。

「お前は逃げの……。俺に一体何の用だ?」

俺がそう聞くと彼女は、

「逃げのじゃないわ!私の名前はアッドアウェイよ!それであれは何!?」

と自己紹介してくれた。

「何って、退かしただけだ。」

「退かしたって……。あの中にはベテランもいたのよ!」

その言い変えればなんであんなチャンスを……とも捉えられる発言に俺はこの子、アッドアウェイの育ちの良さを理解する。

「お前も、周囲でセミが鳴いてたら鬱陶しく思うだろ?」

「貴方、人を虫扱いして‥‥‥「それよりもだアッドアウェイ。」!?」

俺は彼女の言葉を遮ると、立ち上がってこう言った。

「待っているぞ」と。

そして俺はそのまま控室を去った。



ーーー



「ん?なんだお前は?」

控室を出るとそこには一人の小柄な男が居た。
159㎝くらいの小柄な男が。

「は、はい。俺を貴方のトレーナーにさせてください。」

と目の前の男は俺を見上げて言う。
どこか俺に憧れた眼をしていたが……。
そんな男に俺は、水筒の蓋を開け、そのまま水をぶっかけた。
俺の中にはとっくにトレーナーに対して苦手意識があったのだから。

「せっかく気分が良かったのだが、お前は少し分を弁えろ?この痴れ者が。」

そしてやった後に気づく。
あ、やりすぎた……と。
だが目の前の男は諦めの表情を見せずに。

「また来ます。」

と言ってその場を去った。
ちょっとだけ申し訳なくなった。

ーーー

それから数日間。

俺が一人グラウンドで走っている時、あの男はよく顔を見せては俺をスカウトして来た。
何度断られても、なんどその手を払いのけても、アイツは何度も俺をスカウトした。
そんなある日。ベンチに座ってそいつが隣に立っていた時。

「お前名前は?」

と俺は思わず聞いてしまった。
その問いに男は、

「正樹。一条正樹です。」

と俺を見ながら答えた。
一条……、どこかで聞いたことがあるような……。
まぁいい。

「正樹か‥‥‥。なら聞こう。なぜ俺にそこまで執着する?」

それは俺にとってはほんの少しだけの好奇心だった。
何故、ここまで無碍にされてもこの男は俺をスカウトするのか。

「少し、昔の話をしてもいいですか?」

「構わない。」

すると彼、一条はこう続けた。

「俺、昔はウマ娘を嫌っていたんですよね。俺の父がウマ娘を理由に俺たち家族を捨てたから……。
許せないと同時に思ったんですよ。父がどうしてウマ娘にそこまで執着したのか……、それが知りたいからトレーナーになったんです。」

俺は驚きを隠せなかった。
そんな過去があったなんて……。
その知りたい。という気持ちだけでここまで上り詰めたのかと。

「こんな不純な理由で中央まで来ちゃったんですよ。だから、担当を持つ気とかさらさらなかったんですよ。
けれど、君と出会って、全てが変わった。君の走りに、俺は惚れたんです。
君の全てを飲み込むようなあの走りに。」

ここで俺は気づく。
俺は自分の走りだけで人の価値観を変えたんだと。
目の前の男の価値観を変えたんだと。
それが少し嬉しかった。

「貴方のお陰で、ウマ娘のすばらしさに気づけた。だから、貴方の夢を叶える手伝いをしてみたい。そう思ったんです。」

「それは、本当か?俺が強いだけとか、出世のためとか下らんもののためだろう?」

俺は立ち上がり、一条の方を向いた。
俺はこの人のことを信用しきれなかった。
だからこんなことを言った。
すると彼は、

「出世のためだからじゃない!俺は君の走りに惚れたんだ!だから!君のトレーナーになりたいんだ!」

と俺の眼を見据えて言った。
その瞬間、俺は理解した。

あぁ、この男は俺の走りだけを見ていたんだと。

「君じゃないと嫌なんですよ!君の隣に立ちたい!俺は君の夢を叶えたい!」

「ほう……。中々面白いことを言うな。」

「俺は君の走りに惚れたんだ!だから!君のトレーナーになりたいんだ!」

だからだろう、少し揶揄ってみたくなったのは。

「なら、この俺のためにその命をささげる覚悟はあるか?」

普通ならNOというこの問いに彼は、

「君のためならこの命。惜しくはない。」

YESと答えた。
俺はその覚悟に尊敬の意を感じた。
あぁ、俺のためにこんなに必死になってくれる人が居るんだと。
俺の走りだけを見てくれる人が居るんだと。
だから俺は決めた。

「ならその命の輝き。俺に魅せてみろ。『信徒よ』?」

この人をトレーナーにすることを。
この人と共に歩むことを。
冷めきった心が少し暖まった。
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